【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。
 久しぶりにディズニーに行き、新しいクリスマスパレードを楽しんだseven774です。
 アーチャー冠位戴冠戦、皆さんは誰を冠位に指定しましたか? 私は雑賀孫一を指定しましたッ! 最初は彼女かバーヴァン・シーかエウリュアレの誰にしようか迷っていたのですが、コインの所持数や宝具レベルの事も考えて彼女にしました。石は800個以上あるのですが、来月のキャスター戴冠戦に向けて貯めておきたいのもありますが。

 今回はカドック達の強化回の続きです。
 それでは、どうぞッ!


勇者は氷の試練に答え

 

 吹き荒れる氷の嵐。

 肉体という壁を超えて、魂まで氷漬けにされてしまうのではないかとさえ感じさせる程の絶対零度。

 開かれた口から入り込んだ冷気が体内を冷やし、徐々に思考を鈍らせる。

 

 並の生命であれば一時間とせず積もりゆく吹雪に埋もれていくしかない過酷な環境だが、それが僕―――カドック・ゼムルプスの倒れていい理由にはならない。この程度の冷気の中で斃れては、彼女に顔向けできない。彼女のマスターには、到底相応しくない。

 

 

「くぅ……ッ!」

「アナスタシア……ッ!」

 

 

 吹き飛ばされてきたアナスタシアを助け起こす。

 キリン亜種との交戦が始まって既に二時間。微力な僕の支援魔術を受けながら粘り続けたアナスタシアだったが、その体には決して無視できない数の傷が刻まれていた。

 元は王族が纏うに相応しい純白のドレスも今となってはボロボロになっており、彼女の傷から流れ出た血によって所々赤く染まってもいた。

 

 

「うぉ……ッ!?」

 

 

 本能的な危機を感じ、アナスタシアを抱えて横に飛び退くと、先程まで僕達がいた場所に巨大な氷柱が落ちてきた。

 すぐに僕から離れて態勢を立て直したアナスタシアが右足を踏み下ろして氷の槍を出現させるが、キリン亜種は軽やかなステップでそれを回避し、頭部から伸びる角を向けて突進してきた。

 

 

「ヴィイッ!」

 

 

 雪煙を上げて迫るキリン亜種を、アナスタシアの背後に出現した巨影が阻む。

 外見的な大きさであればヴィイの影はキリン亜種の数倍上の体躯を誇るが、だからといってキリン亜種の突進を必ず止められるとはならない。

 

 しなやかでありながら、気の遠くなる程の年月を生きる中で鍛え上げられた脚力。それによって突き動かされたキリン亜種の体がヴィイの影を突き飛ばそうとしてきていた。

 だが、ヴィイもただ力負けするだけでは終わらない。己の契約者であるアナスタシアの意思に従ってキリン亜種の体を受け流すと、頭部から圧縮した魔力光線を発射した。

 

 受け流された直後の魔力光線は見事キリン亜種に直撃し、その身を軽く吹き飛ばす。しかし、それが決定打になるはずもない。すぐさま態勢を整えたキリン亜種が両前足を強く大地に振り下ろすと、両前足に宿った氷属性のエネルギーが破裂し、氷の槍を精製した。

 

 先程アナスタシアが出現させたものとは段違いの冷気によって作り出された氷槍が地面を駆けて彼女へ向かっていく。咄嗟に動いたヴィイの影が勢いよく腕を振り下ろして発生させた衝撃波で迎え撃つが、それすらも乗り越えてきた氷槍が遂にアナスタシアの身を貫いた。

 

 

「アナスタシアッ!」

「大、丈夫、です……ッ! この程度で、斃れるはずが……ぅ……っ」

(やっぱり彼女とヴィイじゃ相性が悪いか……。攻め手は限られているが、どう決め手まで繋げる……ッ!?)

 

 

 貫かれる直前に体を後方へ逸らしたのだろう。急所を貫かれる事だけは阻止できたそうだが、それでも体を貫かれた痛みは壮絶なものだ。それに加えてこの冷気の中では、このまま持久戦を続けてもいずれジリ貧になってしまうだろう。

 そうなる前にキリン亜種との決着をつけるとなれば、その決め手となるのは間違いなくヴィイだ。

 

 氷を操る能力において、アナスタシアとヴィイに勝ち目はない。自然界における氷と冷気の化身であるキリン亜種の立場は、彼女達の完全上位互換だ。拮抗するまでもなく食い破られる。となるとこちらに残されたのは、冷気に頼らずに攻撃できるヴィイの影だ。

 これまでの戦いで、キリン亜種にも少しずつダメージは与えられている。持久戦になるが、上手く運べればキリン亜種に勝利する事も―――

 

 

「言っておくけれど」

 

 

 不意に、風に乗った声が鼓膜を震わせる。

 キリン亜種と交戦しているアナスタシアへの注意を逸らさぬまま声の方角―――アンナへと視線を向ける。

 

 

「そのまま粘っても、あの子は倒せないわよ。見てみなさい」

「なに……なッ!?」

 

 

 少女然とした態度を潜め、大人の女性らしさを感じさせる態度の彼女に促されるままキリン亜種を見て、驚愕した。

 

 

「フウウゥゥゥ……ッ!」

 

 

 小さく開かれた口元から鋭い息が吐き出された瞬間、雪原から浮かび上がってきた仄かな光がキリン亜種を包み込む。キリン亜種を包んだそれは凄まじい勢いでその身についた傷を癒し始め、ものの数秒で完治させてしまった。

 

 

「古龍種は一つの生命であると同時に、自然界の化身でもある。氷を司るあの子にとって、この地は正しくホームグラウンド。狩りたいのならトップサーヴァント級の戦力がないといけないわよ?」

「トップサーヴァント級だと……ッ!? チッ、知っててわざと言わなかったなッ!?」

「言っても言わなくても良かったのだけれど、今の貴方は勝利に拘りすぎている。そのままじゃなにも掴めずに終わるわよ。……さて、これで持久戦は無意味だという事がわかったけれど、どうする?」

(ッ、そうだ。動揺している場合じゃない……すぐにこれからの事を考えなければ)

 

 

 乱れた思考を整理する。

 これまで少しずつ着実に攻めていたが、あの回復能力がある以上、アンナの言う通り持久戦は無意味だ。やればやる程こちらが不利になるしかなく、その果てに行き着く先は決定的な敗北……最悪、死だ。

 その未来を避ける為にも、確実な勝利を―――

 

 

(駄目だッ! 確実な勝利に拘るなッ! それに取り憑かれたら終わりだッ! 考えろ、考えるんだ……)

 

 

 アンナは、古龍種を討伐するならトップサーヴァント級の戦力が必要だと口にした。

 トップサーヴァント―――歴史に名を遺す英霊達の中でも特に著名かつ、それに相応しい伝説を持つ者達。キリシュタリアのカイニスやオフェリアのシグルド、アンナの“禁忌”達がそれに該当するだろう。

 彼ら程の力がアナスタシアにあるかと問われたら、「NO」としか言いようがない。死の間際にヴィイと契約しなければ、彼女は良くて幻霊止まりだった。ヴィイと共に在るからこそ、彼女はサーヴァントとして成立できるのだ。

 

 アナスタシアではキリン亜種の打倒は叶わない。ならばどうすれば、『僕達の勝利』に繋がるのか。足りない手札で、どう逆転の目を見つけ出す?

 

 ―――いや、待て。

 

 

(そもそも……倒す必要があるのか(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?)

 

 

 ちらりと、静かに僕らの戦いを静観しているアンナを見やる。

 何事も喋らず、腕を組んでじっと佇んでいる彼女の瞳に、一切の人間らしい感情はない。ただ、僕らがキリン亜種に力を示せているかどうか(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を判断しようとしている、機械のように無感情かつ冷徹な瞳だった。

 そうだ。彼女は「力を証明しろ」とは言ったが、「必ず勝て」とは言っていない。つまり、僕らの勝利条件はそのまま『キリン亜種に勝利する』ではなく、『キリン亜種に認められる戦い方をする』だ。

 

 倒せない相手に、自分達の力を示す。絶対的な強者を前に、自分達の戦いを認めさせる。

 

 ―――柄にもないが、燃えてきた。それを超えてみたくなってきた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

『アナスタシア。聞こえるか』

『えぇ、バッチリと。ですが手短に。片手間に戦える存在ではありませんから』

『よし。これからやってほしい事がある。まずは……』

 

 

 キリン亜種に悟られぬよう、念話で指示を送る。

 即席で考えた一か八かの策だが、僕からの指示を受けた彼女は『やってみましょう』と一言、自信に満ちた声で返してくれた。

 

 

『よし、始めてくれ』

「えぇ、任せなさい。私のマスター」

 

 

 念話ではなく、口頭での返事。それに頷いた僕が走り出せば、アナスタシアが左手を振るって雪嵐を発生させた。

 キリン亜種を囲むように出現した六つの雪嵐。それらを歯牙にもかけずにアナスタシア目掛け攻撃を仕掛けるのを横目に、僕は目ぼしい位置に細工(・ ・)を施していく。

 

 

(まずは……一つッ! 次いで二つッ!)

 

 

 右手に走らせた魔術式で軽く雪原に触れ、起点を作成。均等な感覚、乱れぬ配置。それらを意識しながら少しずつ作業を進めていると、ゾワリとした感覚が背筋を凍らせた。

 

 

「マスターッ!」

 

 

 わかっている。可能な限り気配を消して行動していたが、それでもここは奴のホームグラウンド。なんらかの仕掛けを施されている事ぐらい容易く看破される。

 アナスタシアの作った雪嵐を突き破って迫ってくるのは、無数の氷の礫。帯のように連なるそれらは風の動きに左右される事無く僕を狙ってくるが、すぐに全身に身体強化の術式を走らせて紙一重で回避していく。

 

 

(三つッ!)

「貴方の相手は私です。ヴィイッ!」

 

 

 アナスタシアが自前で生成した氷槍を、ヴィイの力で強化。瞬時に空気の壁を突破した氷槍だったが、キリン亜種は自身を覆うように構築した氷の礫による障壁で防御。氷槍を防ぎながらアナスタシア達に反撃を仕掛けてきた。

 身を翻して回避したアナスタシアの体を、彼女の影から出現したヴィイの手が放り投げる。空中に浮かび上がった彼女をキリン亜種が狙わないはずがないが、その攻撃さえも身を捻じって間一髪で避けた彼女は氷の滑り台を作って素早く地上に戻りつつ、その合間にも冷気を圧縮したビームでキリン亜種を狙う。

 ヴィイの放つ魔力光線と比べれば細いものだが、それ故にキリン亜種を覆う礫の壁の隙間をすり抜けられる。アナスタシアの一撃を受けたキリン亜種の意識がさらにアナスタシアに向けられた瞬間、ヴィイの瞳が妖しく瞬いた。

 

 直後、アナスタシアの足元から伸びた無数の影が立ち昇り、六体のヴィイの影が出現した。

 本来、ヴィイは巨大な影となってアナスタシアの背後に立つ。それを個々の戦闘力を落とす代わりに複数体に分けたのだ。

 

 ヴィイの影達が光線や衝撃波、腕などでキリン亜種に攻撃を仕掛ける音を聞きながら、僕は次々と新たな起点を作成していく。

 

 

「これで八つ―――ぐぁッ!?」

 

 

 最後の起点作成を完了する。が、それが一瞬の油断となってしまい、氷礫が頭部に掠ってしまった。

 掠ったと言えども凄まじい速度で動くそれによって受けた傷は大きく、無意識的にそこを押さえた手の感触からするに、どうやらぱっくりと割れているらしい。生暖かい血が流れ出るのもわかるが、この程度で止まってはいられない。

 

 

「起点発動、術式発現―――捕縛開始ッ!!」

 

 

 頭部から流れ出る血がべったりとついた左手を雪原に叩き付ける。

 瞬間、僕がこれまで作成してきた起点に仕組まれた術式が発動。それらは互いにそれぞれの機能を向上させ合い、紫色の雷を帯びる八角形の陣となって展開。その中心にいるキリン亜種を捕縛した。

 

 

「アナスタシアッッッ!!!」

 

 

 全身の魔術刻印を総動員。その場に這いつくばるようにして捕縛を維持しつつ、残された魔力全てを彼女に注ぎ込む。

 

 

「上出来よ、カドック」

 

 

 僕から注がれる魔力に充足感を感じているのか。どこまでも満たされた表情でアナスタシアが両腕を広げ、浮かび上がったヴィイが前方に小さな両手を突き出す。

 六体の影を構成する魔力がアナスタシア達の前に集まり、そこへ彼女の両腕とヴィイの両手から注がれた魔力が混ざり合う。そこへさらに周囲一帯に満ちる強大な魔力すらも吸収して出来上がったのは、それら全てを極限まで圧縮した蒼白の魔力球。

 

 

「穿ちなさいッ!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アナスタシアが、水色の外套をはためかせながら魔力球から魔力光線を発射する。

 放射されたそれに対してキリン亜種が防御を固めようとするが、もう遅い。

 

 即席の氷の壁と氷礫の障壁を容易く打ち破るどころか蒸発させたそれは標的であるキリン亜種の全身を瞬く間に呑み込み、その奥にある雪山上部すら削り取ってからようやく消えた。

 

 

(ど、どう、だ……?)

 

 

 限界を超えた魔力消費による意識の混濁。解れていく思考をなんとか繋ぎ止めようとするが、上手くまとまらない。

 体全体に冷たい感触がある事から、自分がうつ伏せに倒れた事はわかる。だがそれだけで、立ち上がる為の気力どころか、呼吸すら覚束ない。まずい。このままじゃ、死―――

 

 

「―――よく、頑張ったね」

「…………ぁ…………」

 

 

 全身を、仄かな温もりが駆け巡っていく。尽きかけた命の熱が全身に伝播していく満ち足りた感覚を覚えると同時、ゆっくりと体が起こされた。

 こちらを心配するように見下ろすのはアナスタシア。その彼女と反対側にいるのは、どこまでも優しい微笑みを湛えたアンナだった。視線を動かすと、彼女はなにか小さな結晶体を僕の体に押し当てていた。

 

 

「アンナ……これは……?」

「龍結晶を加工したものだよ。見た目こそちっちゃいけど、内包する魔力は大きいから君を回復させるには充分。でもあくまで外付けの礼装だから、体になにか違和感があったら教えてね」

「……いや、特になにも」

 

 

 意識を自分の体に向けるも、魔力切れによる倦怠感こそ残っているものの、それ以外の違和感はない。

 

 

「よかった。……ん、来たね」

 

 

 アンナの視線が逸らされると同時、吹き荒れる吹雪がゆっくりと止んでいき、それと入れ替わりに霜の柱が出現する。それが消えた後に姿を現したのは、キリン亜種だ。

 アナスタシアとヴィイの一撃を受けた影響か、全身から黒煙が立ち昇っており、所々に火傷も見受けられる。が、戦闘時に見せた回復能力を鑑みるに、そう長くない時間で完全に治癒するだろう。

 しかし、キリン亜種からは先程までの殺気が感じられない。加えて、その瞳には僕らに対する敬意が見て取れた。

 

 

「おめでとう、君達は力を示した。この子も君達を認めたみたいだね」

 

 

 アナスタシアや僕に顔をこすりつけてくるキリン亜種。

 先程までとは打って変わって、現代の馬そのものな態度になったキリン亜種に呆けていると、不意にキリン亜種はゆっくりと僕らから離れた。

 

 アナスタシアに肩を貸してもらい立ち上がると、キリン亜種は切れ長の瞳をそっと閉じる。

 すると、キリン亜種の体から立ち昇った魔力がビー玉サイズの球体となり、僕の前まで移動してきた。

 

 アンナに視線を向ける。微笑みと共に彼女が頷き、僕は目の前に浮遊する球体を手に取った。

 

 ―――瞬間、僕の脳裏に無数の情報が流れ込んでくる。

 

 氷に覆われた王国。

 暗雲に閉ざされた、吹雪の大地。

 氷槍が無数に突き立てられた、あらゆる生命が死した冷たい景色。

 

 それはきっと、このキリン亜種の記憶。気の遠くなる程遠い昔からこの世界を見守り続けてきた古龍種を形作ってきたもの。

 

 早送りされた映像のように瞬いては消えていったそれの余韻に浸り終え、球体からキリン亜種へ視線を向ける。

 

 

「今のは……お前の記憶だな?」

 

 

 頷くキリン亜種。僕はそれに「そうか」と一言だけ呟き、球体を持つ右手を強く握り締める。

 

 キリン亜種が僕に渡してきたこの球は、彼の分身そのものだ。分御霊、とでも言うべきだろうか。存在強度は本体に遠く及ばないものの、この球は間違いなく眼前に立つキリン亜種と同一の存在だという事。

 それを僕に与えたという事は、僕らは本当に、彼という古龍種に認められたのだろう。

 

 ならば、僕らも彼の信頼に応えなければならない。彼という古龍種に認められたからには、それに相応しい“覚悟”を身に付けなくてはならない。

 

 

「アンナ、ありがとう。こいつとの戦いで、僕にも見えてきたものがあった。今後に活かしていくよ。まずは、アナスタシアとこいつに似合うマスターにならなくちゃあな」

「またそんな事を言って~。君はその資格をずっと昔から持っているよ。そうじゃなかったら、アナスタシアが君の再召喚に応じるはずがない。そうでしょう?」

 

 

 腕を組んだアンナに訊ねられたアナスタシアが「そうね」と答える。

 

 

「実のところ、最初は拒否しようと思ったわ。彼ったら、ロシア異聞帯で別れて早々に私を再召喚しようとするんだもの。あの時の私の言葉を、何一つ聞いていなかったんじゃないかとも思ったわ。でも……」

 

 

 アナスタシアの視線が僕に向けられる。

 

 

「『諦めたくない』、『まだ僕はやれる』……泥沼に沈んでいく愚かな決意ではない強い意志が、座にある記録の一つになりかけていた私にまで届いたのだもの。そんなの、応える他ないじゃない」

「アナスタシア……」

「これからもよろしくね、カドック。とっても諦めの悪い、私の可愛いマスター」

「……あぁ、こちらこそよろしく。お前も、これからよろしくな」

 

 

 キリン亜種に近付き、鬣に触れる。

 氷の力を操る故に、その鬣は驚く程に冷たい。しかしその冷たさは心身を凍てつかせるようなものではなく、春が訪れる前の静かな夜の静寂を感じさせる、優しくひんやりとしたものだった。

 

 僕が頭を撫で終えるとキリン亜種は身を翻し、嘶きを上げて雪原の彼方へと走り去っていった。

 雪が降り積もった大地に足を取られる事無く駆けていく後ろ姿が消えていくのを見届けた後、「そういえば」と僕はアンナへと問いかける。

 

 

「どうして、僕らとキリン亜種を引き合わせたんだ? 不満なんてないが、やろうと思えば、イヴェルカーナにも会わせられただろう?」

「だって君、アナスタシアを軸において戦いたいんでしょう? そうなると、戦闘能力が段違いのイヴェルカーナじゃ彼女の役割を奪っちゃうのは確実。仮に契約したとしても、あの子は陽動や攪乱には向いてない。その点、キリン亜種なら小回りが利くし、アナスタシアのサポートも出来ると思ったの」

「そうだったのか」

 

 

 確かに、“冰龍”イヴェルカーナは強力すぎる古龍種だ。あの強大な戦闘力は魅力的だが、アナスタシアを軸に戦うとなると、その高すぎる戦闘力は帰って邪魔になってしまう。アンナが言ったように陽動や攪乱に利用しようと思っても、それでは折角の戦闘力が無駄になってしまうだろう。

 如何に強力な手札であろうと、それを活かせられなければ意味はない。その点でいえば、小回りが利いてアナスタシアのサポートも充分に可能なキリン亜種は僕らにピッタリな古龍種なのだ。

 全く……本当に、彼女には感謝の念が尽きないな。

 

 

「さて、これであの子との契約は完了。これからは君かアナスタシアが喚べば、あの子はどこにでも駆けつけてきてくれる」

 

 

 アンナが僕の右手に掌を翳すと、そこから溢れ出した魔力が僕の右手首に集まり、腕輪の形状となって嵌った。

 

 

「それは餞別だよ。さっきの球を嵌め込んでおけば、落としたりする事はないからね。どう? かっこいいでしょ?」

「そうだな。僕好みのデザインだ」

 

 

 腕輪に視線を落とす。

 雪のような白色を中心とした、青と黒の線で模様を刻まれた腕輪だ。中央に窪みがあるのを見るに、そこに先程キリン亜種から貰った球を嵌め込めるのだろう。

 派手すぎす地味すぎず。かといって普通のものではない。そんなデザインのそれに、僕は口端が吊り上がるのを感じた。

 

 

「それじゃあ帰ろうか。それともここに残って、あの子を喚んでみる?」

「いや、帰るよ。別れてばかりなのに喚び出すのは流石に申し訳ない」

「ふふっ、それもそう―――……ッ!?」

 

 

 口元に手を当てて笑い声を漏らしたアンナが、突然表情を強張らせた。

 あり得ないとでも言いたげな表情で「嘘……ッ!」と零した彼女が掌を掲げると、僕らはあっという間に緋雷の籠に閉じ込められてしまった。

 

 

「アンナッ!? いったいどうし―――」

シュレイド城に侵入者(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)ッ! 最大速度で行くから、気をしっかり保ってねッ!」

「は―――うおぉッ!!?」

 

 

 シュレイド城に侵入者。その情報に驚愕するよりも前にアンナが飛び立ち、僕らもそれに釣られる形で後に続かされるのだった。

 

 

 

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 場所は変わり、シュレイド城下町跡。

 他地域に生息する者達と比べても強力なモンスター達が跋扈する、龍結晶に覆われた大地。

 

 日夜互いの生存を賭けた弱肉強食の戦いが繰り広げられているその地を、一つの影が駆けていく。

 

 マントを靡かせて坂道を下っていく男―――シグルドが、両腕に抱える自身の主を見やる。

 

 

「オフェリア、無事か」

「えぇ、なんとか……。結界は作動させたわ、もうすぐ救援が来るはず。それまで持ちこたえて……ッ!」

「了解。―――っ、口を閉じろッ!」

 

 

 負傷した腕を押さえたオフェリアが口を閉じた瞬間、シグルドの頭上から緑色の魔力弾が降り注いできた。

 巧みな足捌きでそれらを回避していくシグルドがルーン魔術で頭上に反撃するが、それは「おいおいおい」という声と共に容易く打ち払われてしまった。

 

 

「逃げないでほしいなぁ。(ボク)に手をかけさせないでよ」

 

 

 どこまでも甘ったるく、どこまでも無邪気な、どこまでも冷えた声。それを発したのは、草臥れた白衣とボサボサの髪の毛に、円縁の眼鏡をかけた男性だ。

 その身から感じ取れる魔力から彼がサーヴァントだという事はわかるが、服装からしてシグルドと同じ神代の英霊でなければ、蘭陵王のような数百年前に生きた英霊でもないだろう。アナスタシアのような比較的近代か、ともすればそれよりも近い年代の可能性も……。

 

 だが、これだけは確実に言える―――奴は強敵だ。

 

 魔術が得意なキャスタークラスや、結界の隙間を潜り抜けてくるアサシンクラスでさえ突破は困難な結界。下手に干渉すれば手痛い迎撃魔術が発動する、幾重にも張り巡らされたそれを、あのサーヴァントは一切反応させずに侵入してきた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。不意を突かれたオフェリアはその時に負傷し、シグルドが咄嗟に彼女を抱えて城から城下町跡へ飛び出したのだ。

 

 事前にルーツによって手動による結界の発動方法を教えてもらっていたオフェリアがすぐにそれを使用した以上、それぞれの作業の為に各地に散らばっていた仲間達が戻ってくると思うが、その兆しは未だ見えない。

 

 

(一番来るのが早いと思ったボレアスが来ないという事は、彼の空間転移が妨害されている……そう考えるのが妥当ね。一番近いのは採集に出かけていた芥とキリシュタリア様だけれど、彼らもいつ来るのかまではわからない。ここは粘るしかないわね)

 

 

 拓けた場所に出たオフェリアが「ここで迎え撃ちます」と口にすれば、シグルドは素直にその言葉に頷いて彼女を下ろして構える。

 

 巨大な龍結晶を足場に、白衣を風に弄ばせながら飛び降りてくる男に、シグルドが腰から引き抜いた三本の短剣を殴り飛ばす。

 一秒の間にも満たない速度で殴り飛ばされた短剣は途中で互いに弾かれ合いながら別方向から狙っていく。

 

 だが、男もただ呆然と短剣に貫かれるわけではない。最小限の動きでそれらを回避しながら腕を振るうと、彼の周りの空間が滲み始める。

 白紙に染み込ませた墨汁のように広がっていく黒い淀みから現れたのは、黒と赤の魔力弾だ。

 

 即座に大剣を手にしたシグルドが弾を切り裂き、左手で空中にルーン文字を描いた。

 

 突き出された左手から発生した風のドリルは男が身を捩った事で回避されてしまうが、そこに突っ込んでいく影が一つ。

 

 男が回避する事を予測していたシグルドが投げ飛ばした大剣だ。回避した直後に飛んできたそれに気付くも、男は回避行動を取れない。防御態勢もだ。

 

 自らの失敗を悟って目を見開いた男の顔がやけによく見えた瞬間、シグルドの大剣が彼の体を真っ二つに両断した。

 だが、まだ終わらない。グラムは主の手元に戻る。その擦れ違いざまに、グラムは苦悶の表情を浮かべる男の頭部を木っ端微塵に粉砕し、主の手に帰還した。

 

 

(流石はシグルド……こうも容易く英霊を倒すなんて。粘る必要なんかなかったようね)

 

 

 肉体は上半身と下半身が泣き別れ。思考する為の頭部も原型を留めない程に破壊された。最早なにも出来ないであろ仮初の肉塊が魔力の粒子となって消えていくのを見届けようとして―――

 

 

「なぁんて、ね」

「え……な……ッ!?」

 

 

 悪戯が成功した子どものような無邪気な声が聞こえた瞬間、肉塊からなにかが溢れ出す。

 ニョロニョロと、見ているだけで不快感を抱かせる無数の触手。切り離された体や砕かれた肉片から伸びたそれらは互いに絡み合い、捏ねられた粘土のように一塊となる。

 明確な異常にシグルドが大剣を向かわせるも、塊から伸びた触手は瞬時にそれを絡め取り、私に投げ飛ばしてきた。

 

 

「オフェリアッ!」

 

 

 すぐに私の前へ出てきたシグルドが白刃取りの要領でグラムを掴み取るのと、肉の塊が中庭に落ちてくるのはほぼ同時だった。

 油断なくグラムを構えるシグルドの背後から、落ちてきた肉塊を確認する。

 

 グジュグジュ、グチャグチャと、肉を掻き混ぜるような音と共に、肉塊が少しずつ人の形を取っていく。そうして立ち上がった肉塊だったものの姿を見て、私は目を細めた。

 

 

(男じゃ……ない?)

 

 

 そこに立っていたのは、先程の白衣の男ではなく、その真逆をいく人物だった。

 

 足元まで届くマントを着けた、黒を基調とした軍服。日輪を象ったと思しき装飾が施された帽子。腰まで伸びた艶のある黒髪に、地獄の炎が如き妖しい光を湛えた瞳。

 これらの特徴を持つ少女(・ ・)が、私達の前に立っていた。

 

 

「フ……フハ、フハハハハハハッッ!!」

 

 

 両腕を大きく広げ、天を仰いで笑う少女。

 外見年齢では十代後半のように見える彼女だが、その笑い声は私の心を芯まで凍てつかせる程に恐ろしく、悍ましい。

 

 ―――魔王。

 

 そんな言葉が脳裏に浮かび上がった途端、笑い声を止めた少女が大きく仰け反らせていた体を逆再生したかのように戻し、「ふむ」と自身の体を見下ろした。

 

 

「なるほど、こんな姿になるのか。うむ、悪くない。そして戦い方は……こうか」

 

 

 少女が軽く手を振るうと、黒く滲んだ空間から何丁もの銃が姿を現した。

 形から推測するに、恐らくかつて日本で使われていた火縄銃と思しきそれらは、所有者である少女の手にかからなくとも引き金を引き、銃弾を撃ち出してきた。

 

 即座に私達へ向かってくるそれらを迎撃するシグルド。少女の周囲はもちろん、私達を囲むように展開された火縄銃による一斉砲火すらも持ち前の技量と神代のルーンで容易く打ち払っていく。

 私も彼への強化を行いながら使い魔で少女に攻撃を仕掛けてみるも、使い魔達は目標に辿り着く前に銃弾によって粉砕されてしまった。

 

 

「是非もなし。この体は実に使いやすいな、今後戦う時には重宝するとしようか」

 

 

 矢継ぎ早に撃ち出される銃弾。

 休む暇なく、コンマの隙すら生ませずに襲い来る鉄の雨。

 

 単騎なら迷わず突貫できたであろうシグルドも、私というマスターを護りながらでは突っ込めない……そう判断したのか、少女は私達から自分の体へと視線を移しており、完全に私達から意識を逸らしている。

 

 ―――その慢心が命取りになるとも知らずに。

 

 

「シグルド、行きなさいッ!」

「……ッ!」

 

 

 命令に従い、騎士が動き出す。私という要を置き去りにして走り出した彼に「なに?」とこちらへ視線を戻した少女の顔が、小さな驚愕から嘲笑へと変わる。

 

 

「馬鹿め、飼い主を放って噛みつきに来るか。実に羽虫らしい愚かさじゃ……むッ!?」

 

 

 シグルドという護りがなくなった私が、為す術なく殺られるとでも思ったか。悪いけれど、その考えこそ愚考だ。

 

 私を蜂の巣にするはずだった銃弾が、途中で半透明の障壁(・ ・ ・ ・ ・ ・)によって弾かれる。少女に向かう前にシグルドが残してくれた、防護のルーンによる魔術障壁だ。この弾幕の中では長くは保たないが、それでも彼が自由に行動する分には充分すぎる。

 

 微かにその瞳に動揺と焦燥を滲ませた少女がシグルドを迎撃し始めるが、たかが銃弾の雨など北欧の大英雄からすれば脅威ではない。

 容易く銃弾の全てを薙ぎ払ったシグルドが短剣を殴り飛ばし、それらが少女の身を抉った瞬間には、次に彼が殴り飛ばしたグラムがそのすぐ前にあった。

 

 

「―――壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)ッッ!!!」

 

 

 真名解放と共に繰り出される、英霊シグルドが有する最大の絶技。

 それは寸分違わず彼女に直撃し、その身を龍結晶に激突させた。

 

 凄まじい衝撃を受けた事で瞬く間に破壊された龍結晶が、地響きを起こしながら少女がいるであろう場所に降り注いでいく。

 

 

「……やった、のかしら……」

 

 

 巻き上がる土煙を注意深く見つめるオフェリアの口から、そんな懇願にも似た呟きが零れる。

 

 体を両断され、頭部を粉砕され、それでも尚姿を変えて蘇った正体不明の敵。

 間違いなく死んだと判断できる外傷を受けても尚蘇った、気味の悪い不可思議な存在。

 

 もし、シグルドの宝具でも消滅していなかったとしたらという、恐怖の感情は―――

 

 

「……飽きたな」

 

 

 ―――現実となって、彼女の前に現れた。

 

 

「ぐぉ……ッ!?」

 

 

 土煙を突き破って伸びてきた、幾本もの触手を絡め合わせて作られた槍が、シグルドの身を貫く。

 瞬間的な判断で急所を逸らしたシグルドが反撃に出ようとするも、それより先に彼を貫いた触手の槍が振るわれ、彼を投げ飛ばした。

 

 

「シグルドッ! ―――ッッ!!」

 

 

 何度も轟音を轟かせて飛ばされていく自分のサーヴァントの名を叫ぶオフェリアの前に、また別の姿となった少女だったもの(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)が降り立つ。

 

 溜息が出そうな程に美しく整った、真っ黒な肌。カソックを身に着けているところを見るに神父のように思えるその男は、妖しい紫色に輝く瞳を細め、笑った。

 

 

「手間がかかったけど、これでチェックメイト。一緒に来てもらうよ、王女様の転生体」

 

 

 その言葉を最後に、オフェリアの意識は深い暗闇の底へと沈むのだった―――。

 




 
・『アナスタシア』
 ……カドックからの限界を超えた魔力供給と大気中に満ちる魔力を取り込んだ事で霊基が第三再臨のものに変化。ヴィイの性能も上がったので、より強力な攻撃が可能となった。

・『キリン亜種』
 ……伝説に語られる、王国を一夜にして氷漬けにしたキリン亜種と同一個体。周囲に満ちる氷属性の魔力を吸収でき、受けた傷が軽度であれば即座に回復可能。重度であれば時間がかかる。その気になればアナスタシアの攻撃も吸収できたが、流石にそれでは勝負が成り立たないとして意図的に能力をオフにしていた。
 カドックとアナスタシアを認め、契約の証として自らの分身を与えた。

・『シュレイド城/城下町跡の結界』
 ……ルーツとシグルドが構築したものを中心に、キリシュタリアらも協力して作成した多重結界。複雑かつ緻密に設計されている上、下手に干渉したなら即迎撃魔術が発動する。上澄みのキャスターやアサシンでも突破には時間はかかるものの、コルキスの魔女や初代山の翁であれば時間をかけずに突破可能。

・『白衣の学者/軍服の少女/漆黒の神父』
 ……結界に一切干渉する事なくシュレイド城に現れ、オフェリアを襲った謎のサーヴァント。通常であれば間違いなく死亡しているはずの攻撃を受けても蘇り、姿を変えて襲いかかってくる謎多き存在。なぜかオフェリアがアンナの転生体である事を知っている。


 シュレイド城を襲ったサーヴァント、わかる人にはわかると思います。今回彼/彼女を登場させた理由としましては、次のミクトラン編への導入ですね。ある種の因縁に決着を付けて、カルデア側……主に赤衣の男の強化にも繋げたいのです。彼にはミクトラン編やシュレイド編を通してルーツと対峙してもらいたいと思っているのです、その為にも色々と強化しておきたいんですよね。

 そして、この投稿から二日程経ちますと、この小説を投稿し始めてから丁度5年となります。序盤から今日までの間に元々なかった文章力の低下を感じ、伏線を回収したりできなかったりとぐだぐだとしたストーリーとなっているこの作品ですが、それでもここまで執筆を続けてこられたのは、このような作品でも読んでくれている皆様のお陰です。本当にありがとうございますッ!
 これからも拙いながらも頑張って執筆を続け、決してエタらずに完結まで持っていきますので、こんな私の作品で良ければ、このままついてきてくださると嬉しいです。

 長々となりましたが、改めて、本当にありがとうございます。これからも『緋雷の玉座』をよろしくお願いします。

 それではまた次回ッ!
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