【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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ヒトの可能性を信じた男

 

 備え付けられた円卓に、六人のクリプターが座している。最初は八人分の席が埋まっていたというのに、あっという間に二人分の席が空席となったそれを見たクリプター達の反応は様々だ。

 

 

「……はい。かくしてスカサハ=スカディは敗れ、北欧異聞帯は空想樹を失い、人類史から切除されました。残念ながら、オフェリアさんは行方知れずとなったのです……よよよ」

 

 

 ロシア異聞帯に引き続き、北欧異聞帯までもがカルデアに消滅させられたという事態もそうだが、オフェリアが行方不明になったという情報に、クリプターのうち何人かが眉を顰める。彼女を自らの異聞帯に連れていったアンナは、事態の報告を行っているコヤンスカヤがなにを企んでいるのかと訝しげに彼女を見つめている。だが、これはこれで好都合かもしれない。ここで自分がサーヴァントを連れてスルトの討伐に現れたと公言されたら、間違いなくキリシュタリアに怒られる。不可侵条約と呼ぶべきクリプター間のルールを破ったのだから、なんらかのペナルティを課せられる可能性もあった。

 

 

『……見え透いた演技はやめて、コヤンスカヤ。カルデアへの苛立ちより、貴女への嫌悪感が遥かに上回るだけよ』

「キャー、バレバレとか恥ずかしーーいッ! これでも同胞を失った皆さんに気を遣って、リップサービスならぬクライサービスをしたんダゾ☆ なにしろ、オフェリアさんは私にとっても貴重なお客様でしたから」

『君の言う“貴重なお客様”は、弄り甲斐のある玩具って意味でしょ? 下衆な考えね。もう一回ジンオウガとランデブーしたい?』

「やめてくださいあんなの二度と御免です」

 

 

 笑顔のアンナに真顔で返すコヤンスカヤ。以前彼女の異聞帯に訪れた際、ジンオウガに追い回されたのが余程トラウマになっているらしい。

 

 だが、彼女も哀れだ。彼女が出会ったのは原種。つまり亜種がおり、さらにその頂点に位置する金色の王もまた、シュレイド異聞帯に存在する。アンナはコヤンスカヤが懲りずにまた新商品を仕入れるべく自分の異聞帯に来た時は、彼らも動員しようと考えていたので、彼女が断固として拒否した時には「え~」と残念そうにしていた。

 

 

『貴女の事よ。どうせオフェリアの遷延の魔眼を狙っていたんでしょう? ランクが“宝石”のあれを、貴女が手に入れたがらないはずがないもの』

 

 

 魔眼にはランクというものが存在し、より上位になればなるほどその希少価値は上がっていく。オフェリアの魔眼は五つ存在するランクの内、上から二番目に位置する“宝石”ランクのものであり、その希少性故に実在を疑われるレベルの魔眼である。

 

 ヒナコの推理は的確に的を射抜いていたらしく、コヤンスカヤはそれにニタリと笑って返した。

 

 

「その通りですとも。オフェリアにあの魔眼は不相応でした。せめてああなる前に生きた眼球をお譲りいただければと思い、私も全力で生存の手助けをしたのですが」

『そう。なら、それがせめてもの救いね。彼女の瞳が貴女のコレクションにされていたかも、なんて、想像するだけで目が眩むから。アンナもそうでしょう?』

『当然。こんな女狐に取られるくらいなら、あのままでよかったよ。知ってる? コヤンスカヤ。いくら絢爛豪華な調度品を揃えていても、その持ち主がその品物に相応しくなきゃ、それらの美しさは全部台無しになっちゃうんだよ?』

「小娘が……言ってくれますねぇ。……しかし、人間嫌いの芥女史がオフェリアさんの死を悼むとは驚きですねぇ。あ、別にまだ死んだと決まったわけではないんでしたっけ? まぁ、いいでしょう。女の子同士の友情は実利実益支え合い。どれほど煙たがられていようと、日々ちょっかい出してナンボなのです。少なくとも、私は本気で彼女の人生の問題点を考え、手を出しました。けれど貴女はただ見ていただけ。それで今更友達面とは毛並みが良すぎるのでは? “なにも行動しなかったのならなにも言うべきではない”。これ、人間社会の常識でしょう? 中国異聞帯(そんなところ)でずっと引き籠もってるから、そんな事も忘れてしまうんですよ、貴女は」

『っ、女狐風情が……ッ!』

『はいはい、そこまでよガールズ。喧嘩は私達が全滅した後にやってね?』

 

 

 これ以上黙っているとヒナコとコヤンスカヤが大喧嘩をし始めると感じたのか、即座にペペロンチーノが割って入る。

 

 

『駄目よ芥ちゃん、綺麗な顔が台無し。せっかくここまで隠し通したんだもの。お上品にしましょ。コヤンスカヤちゃんも珍しくストレートじゃない。普段はもっとのらりくらりでしょ、アナタ? ま、二人共オフェリアの脱落がそれなりにダメージになってる、って事でしょうけど』

 

 

 ペペロンチーノに宥められ、二人はお互いを一瞥しながらも引き下がる。といっても、それは表面上だけの事で、ヒナコは今も射殺すばかりの視線をコヤンスカヤに向けているが。

 

 

『それに、まだオフェリアが死んだって決まったわけじゃないんでしょう? だったら彼女がどこかで生きている事を祈りましょうよ。お葬式ムードになっちゃいけないわ』

『どこかで、ね。この白紙化された世界でどう生きていくんだっての。オレ達がこうしている間にも、オフェリアはどっかで飢えに苦しんでたりな。ひょっとしたら、カルデアの捕虜になったって可能性もある。カドックの奴も捕まってるんだろ?』

『…………』

 

 

 ベリルの言葉に微かにアンナに表情が変わる。カドックもオフェリアも、今は自分の異聞帯にいるし、カドックに至っては一度失った皇女を再召喚している。カドック救出の際はあの神父と協力したが、神父も神父でキリシュタリア達にカドックがアンナの異聞帯にいるとは話していないのだろう。でなければベリルがこんな事を言うはずがない。

 

 

『……話が終わったのなら、私はここで退席するわ。私がここにいるのは、異聞帯の報告をしに来ただけだもの。ペペ、キリシュタリア。私、そこの女狐とは極力無関係でいたいの。間違っても彼女を私の異聞帯に寄越さないで。その女は、国を滅ぼす事しかできない女よ』

 

 

 そう言い残して、ヒナコのホログラムは消える。それを見たベリルは『マジかよ』と若干呆れた様子で笑った。

 

 

『おいおい、ホントに退席しちまったぞ芥の奴ッ! チームワークとかどうなってんだろうな、オレ達ッ!』

『まぁまぁ。ぐ……ヒナコちゃんの協調性の無さは今に始まった事じゃないでしょ? あの子は素であの調子なんだから』

『ま、その通りなんだけどなッ! でもまぁ、どうしたもんかねぇ……』

 

 

 ヒナコが座っていた席を見て、次に空席となったカドックとオフェリアの席を見るベリル。今までのお気楽な気配は無く、既に八つの内二つの異聞帯の切除に成功したカルデアに対する危機感を感じているのが、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

『芥の奴、あの様子じゃ相当怒ってるぜ? カドックのロシアに、オフェリアの北欧。この二つが落ちた事は、流石のあいつも“まずい”って思ってるんだろうさ』

 

 

 人理漂白後に行った定例会議の際、彼女は他の異聞帯と争う気は無い、と公言していたし、自分の管理する中国異聞帯が滅びるのなら、それでも構わない、とも語っていた。なぜ彼女がそこまであの異聞帯に固執するのか、ベリルにはわからなかったが、こうしてカルデアによって二つの異聞帯が消された以上、いずれその矛先が自分に向けられると思ったのだろう。彼女はこの場にいるクリプター達の中で最も、己が管理する異聞帯にカルデアがやって来るのを望んでいない人物だろう。

 

 もしこの場にカドックがいて、コヤンスカヤが彼女を挑発しなかったのなら、ヒナコは間違いなくカドックを叱責していただろう。カルデア壊滅に差し向けられた刺客は、当時彼が契約していたサーヴァントとオプリチニキだ。あの時、彼女またはオプリチニキが藤丸立香を殺害していれば、このような事態にはならなかっただろう。カルデア陣営で唯一サーヴァントを使役できる彼女がいなければ、クリプターはカルデア関連で頭を悩ませる必要は無いのだから。

 

 

『それにしても解せねぇなぁ。カルデア(あちらさん)の運が良かったのか? 実力じゃあこっちの方が上だったんだがな。しかも、カルデアのマスターはまだピンピンに生きているときたッ! 素人が戦場にいて無傷とかどういう事よ。ひひひ、よっぽどツイているのか、もしくは、周りによっぽど大切に扱われているか、だなッ! 豚もおだてりゃなんとやらだッ!』

『確かに私達の異聞帯はどこも強力だよ。だけど、忘れてるわけじゃないよね、ベリル? 彼女は一度、世界を救った。本当なら私達が為すべきはずだった人理修復を、たった一人で成し遂げた。マスターとしての技能はともかく、生き抜く術に関しては私達より上だと思うけど?』

『アンナの言う通りよ、ベリル。それに、あの子のサーヴァントはマシュちゃんよ? シールダーのサーヴァントだもの。マスターの警護は万全に決まってるわ』

『へぇ……。マシュに護られてる、ねぇ……』

 

 

 マシュ・キリエライトの名を聞いたベリルの瞳がギラついたが、次の瞬間にはいつもの笑顔が戻っていた。

 

 

『そりゃあますます羨ましい。女の後ろでイキっているだけで英雄サマと来たッ!』

 

 

 彼らしいといえばらしいが、この期に及んでカルデアのマスターを見下している様子のベリルに、アンナは内心溜息を吐いていた。既に彼女は二つの異聞帯の切除に成功している。もう少し危機感を覚えてもいいと思うのだが。

 

 

「コヤンスカヤの報告の限りでは、私も同意見と言わざるを得ないな。アンナは彼女の事を評価しているみたいだが、デイビット。カルデアのマスターについて、君はどんな印象を受けた?」

『そうだな。よくやる、と呆れている』

 

 

 かつてカルデアの技術顧問として活動していたダ・ヴィンチさえも“天才”と認めるデイビットの洞察力は目を見張るものがある。断片的な情報だけで、カルデア本部から逃げ延びた立香達がどの異聞帯に出現するのかを言い当てるほどのものだ。キリシュタリアが彼の考えを聞くのも頷ける。

 

 

『人間は戦場に立つ時、確かな武器を手にしていなければならない。任務や自衛の為じゃない。自分は戦えるという事実が無ければ、精神は前に進まないからだ。だが、カルデアのマスターは自分に武器が無い事を理解しながら戦場に立っている。余程危機感のない女か、或いは―――』

『……それしかないから、だろうね』

 

 

 そこで、アンナがデイビットの言葉を代弁する。その通りだったのか、デイビットからの反論はない。

 

 藤丸立香という女は、率直に言えばマスターに相応しくない。自分達のように安全圏からサーヴァントを使役する事はできないし、サーヴァントの維持も礼装を媒体として自分の生体エネルギーを魔力に変換して行っているなど論外だ。故に魔力パスも憐れなほどに短い。サーヴァントに魔力を送る為には、できるだけ近くにいなければならないのだ。

 

 故に、彼女の身は危険に晒され続ける。身を護る術もない彼女は、戦火が燃え盛る戦場の中、たった一人いつ来るかわからぬ死から逃れる術を模索するしかない。

 

 しかし―――

 

 

『だからこそ、彼女は生き残れた。生存本能が働くのは生物の常識。彼女の本能は何度も死にかけたからこそ、彼女に絶体絶命のピンチを退ける力を与える』

『……半ば妄信的に思えるが、俺も概ね同意見だ』

『君に同意されるほど、嬉しい事はないよ。君の洞察力は私を上回るだろうからね』

 

 

 長年の時を生きたアンナと言えど、デイビットほど洞察力に優れた人間と出会う事はそうそうない。かつての中国にいた、あの合理性の怪物に匹敵するのではないかと考えてしまうほどだ。

 

 

「……しかし、オフェリアの件に関しては残念と言う他ない。多少、失望しているよ。彼女の能力を過大評価してしまった」

『は?』

 

 

 キリシュタリアの言葉に、アンナの眉がピクリと動く。彼女の纏う雰囲気が一変したのを真っ先に感じ取ったのか、ペペロンチーノに焦りの表情が浮かぶ。

 

 

「北欧は争いの無い異聞帯だった。それを治められなかったとは……」

「あぁ、その点について私からも一つ、質問が。貴方はスルトの事を知っていたのですね? その上で、オフェリアに北欧を任せていた。いえ、スルトを残すように指示したのは、もしや貴方ではないのですか? キリシュタリア」

 

 

 態度や性格は舐め腐ったものであるが、こういう時のコヤンスカヤは嘘は言わないと理解していたアンナは、彼女の口から自分が知らなかった情報が出る度に、ふつふつと心中に怒りの炎を燃え上がるのを感じていた。そんな事は露知らずか、コヤンスカヤはつらつらと言葉を並び立てていく。

 

 

「となると、これは少し筋が通りません。スルトは北欧異聞帯にとって大敵です。それを残す、という事は北欧異聞帯を崩壊させる、という意図があったという事でしょう? それはどうなのでしょう? “異星の神”は、貴方にそんな事を望んだのかしら?」

 

 

 北欧異聞帯が崩壊の危機に陥ったのは、偏にお前がスルトの排除を命じなかったからだ―――と告げるように、悪辣な問いを投げかけるコヤンスカヤに対し、キリシュタリアはいたって冷静に答える。

 

 

「確かに、スルトを残すようにアドバイスはした。北欧異聞帯の王、スカサハ=スカディはその気質からカルデアに賛同する危険があった。その時の保険として使うといい、と提案したのだが……。彼女には荷が重すぎたようだ。もう少し、上手くやれると思ったのだが」

「ん~、なるほどッ! オフェリアちゃんだけでは不安だった、とッ!」

『……キリシュタリア』

 

 

 遂にアンナの堪忍袋の緒が切れた。今までセーブしていた怒りが言の葉と化して飛んだだけで、それを聞いた者達の身を否応なく竦ませる。ベリルでさえ笑みが消え、真顔になっているほどだ。

 

 

『あの子がここにいないからって、随分言ってくれるじゃない。もう少しセーブする気にはならなかったのかしら?』

「私は事実を口にしたまでだ。北欧異聞帯は他の異聞帯の中でのトップクラスに安全な場所だ。集落の維持の為に間引きを行う必要はあったが、人間同士の争いは全く起こらない。我々の中であそこを治めるに適任なのは彼女だと思ったのだが、結果はこの有り様だ」

『だから失望したと? 思い上がりも甚だしいわね』

 

 

 アンナの声には、明確な侮蔑が入っている。彼女が怒ったところなど見た事が無かったクリプター達にとって、彼女がここまで激怒しているのは珍しいものであり、普段なら『珍しいもんが見れた』と笑うベリルも、流石に今の彼女を見て笑う気にはなれなかった。

 

 

『勝手に期待して、勝手に失望する? ふざけるのもいい加減にしてもらいたいわね。彼女は貴方に心酔している。無茶な要望でも、それを頼んだのが貴方なら、あの子はどこまでも突き進み続けるわ。貴方が喜んでくれるのなら、命だって投げ出すほどにね。それだけ、あの子は貴方に心酔していたのよ』

 

 

 “異星の神”による蘇生後、彼女はキリシュタリアに対して絶対の忠誠を誓うようになった。理由は定かではないが、彼女程の人間が崇拝にも近い忠誠を誓い、さらには恋心まで抱かせる相手であるとしてアンナはキリシュタリアを評価していたのだが、過度な期待をして勝手に失望した彼を前にして、怒りを抱かざるを得なかった。

 

 

『キリシュタリア。人の可能性を信じるその心意気は立派だけれど、信じすぎるのも大概よ。貴方の基準に当てはまる人間なんて、そうそういないんだから』

「……忠告、痛み入るよ。まさか、君にそこまで言わせてしまうとはね」

『理解してくれたなら、それでいいけれど』

 

 

 そこで『ふぅ』と一息吐くと、先程までの雰囲気は一変し、いつもの明るいそれへと変わった。

 

 

『それじゃ、この話はここでおしまい。ちゃんと反省するんだよ? キリシュタリア』

『はぇ~。こりゃまたとんでもない変わりようで。まるでガキから大人に急成長したみてぇだな』

 

 

 あまりの変わりように別人かと誰もが思っている中、一番最初に本調子を取り戻したベリルが笑う。彼を始め、他のメンバーも本調子を取り戻しつつある。ペペロンチーノはヒナコとコヤンスカヤが起こしかけた口論よりも激しいものになるのかと危惧していたので、穏便に済んで安心した様子で息を吐いており、デイビットは通信越しにもわかるアンナの憤怒に僅かに冷や汗を流していたが、それも一瞬の事ですぐに元の調子に戻る。

 

 

『アンナの言う通り、オフェリアに関する話はここまでにしよう。コヤンスカヤ、北欧を離脱したカルデアは北海で消息を絶った、と言ったな。考えられる線は虚数潜航によるこちらの索敵攪乱だが、補給の無い彼らに長時間の潜航ができるとは思えない。となると―――』

「“彷徨海”だろうな。また厄介な場所に移動したものだ。あそこだけは“異星の神”も手を出せなかった。いや、手を出す必要性を感じなかった」

 

 

 “彷徨海”―――“移動石柩”または“バルトアンデルス”の名でも呼ばれる、魔術協会三大部門の一角。真なる神秘の継承者を名乗り、北海で彷徨い続ける生きた海( ・ ・ ・ ・ )にして最古の魔術棟。北欧を根城とする原協会で、その名の通り海上を彷徨い移動する山脈の形の本部を有しているらしい。西暦以後の魔術を否定し、神代の魔術こそ至高である、と考える者達の集まりであるため、時計塔とは冷戦状態にあるとされている。

 

 カルデアが彼らの力を借りようと向かったのか、と思ったが、それはないだろう。なにしろ、彷徨海といえば自分達の研究で手一杯な連中の集まりなのだ。隣室の魔術師がいったいなにを研究しているのかすらわからない、真の意味での“魔術の秘匿”を行っているのだ。そんな彼らが進んでカルデアに手を貸すはずがない。

 

 “異星の神”がそこに手を出さなかった理由はそれにある。自分達の研究に没頭し続ける彼らにとって、人類史の行く末など考慮に値しないものなのだから。

 

 

『なんだ? じゃあ“異星の神”サマでも彷徨海に手出しはできない、って事か?』

『白紙化を免れているんだから、そうなるわよねぇ。彷徨海は“この世に有ってこの世に無い”絶界の島。ないものに消しゴムはかけられないでしょ。でも困ったわぁ。そんなところに逃げ込まれたら探しようがないもの。どう? 異聞帯を自由に転移できるコヤンスカヤちゃん?』

「ご期待に沿えず、面目ありません……。単独顕現を持つ私ですが、位置を特定できない彷徨海に忍び込めるはずもなく……」

『じゃあ、しばらくカルデアは放っておいて、私達は自分達の異聞帯に専念しちゃい―――』

『いや、そいつは無しだぜ、ペペロンチーノ。カドックとオフェリア。オレ達の身内が二人もやられたんだ。これ以上は放置できない。一刻も早くカルデアの残党を潰す』

『あら、ちゃんと考えてるんだね』

『そりゃそうだろ。目障りな敵を生かしておく理由は無いよなぁ? こっちの異聞帯もキリシュタリアやアンナのところみたく強けりゃ見逃してやってもよかったんだが、生憎そうならなくてね。奴らが生き残ってるのはこっちにとっては死活問題なわけだ。カルデアの連中にいつ後ろから刺されるかと思うと、満足に人間狩りもできない』

『それじゃあ、どうやって彷徨海にいるカルデアを潰すの? 君の異聞帯には、それを可能にする存在がいるの?』

 

 

 そう訊ねる傍ら、アンナは頭の片隅で自分の弟妹達の能力を思い出していた。アヴェンジャー―――アルバトリオンが人間態の時に使用できる武器の中にランスがあったはずだが、異界への門を開く鍵であるあれを使えば、現実に無い彷徨海へと繋がる扉を開く事が出来るかもしれないが、まったく別のところと繋がってしまったら一大事だ。地球の常識に当てはまらない存在を呼び込んでしまう可能性もある。

 

 といっても、アンナに彷徨海を攻めるつもりはない。如何に“試練”といえども、体力が万全でなければ意味が無い。シュレイド異聞帯に来た暁には、本気の本気でのぶつかり合いたいと思っているのだから。

 

 

『なぁ、コヤンスカヤさん。こいつはそっちの管轄だ。“異星の神”の使徒。三騎のアルターエゴなら、なにか手段があるんじゃないか?』

「そうですねぇ。ラスプーチンさん達はギリシャの海で汎人類史のサーヴァント群と交戦中。あの厭らしい陰陽師はなにが気に入ったのか、インドから離れようとしませんからぁ……。仕方ありません。契約には含まれていないサービスですが、承りました。ご依頼はカルデア残党の処理、でよろしいですね?」

『……へぇ。できるのかい、本当に? アンタ、彷徨海には侵入できない、とさっき言わなかった?』

「それはそれ、プロですので♡ 多少の抜け道はございますとも。とはいえ、“カルデア残党の全滅”は少々お高くなります。ベリル様にはお支払いできないでしょう。なので、ここは安価で確実な手段を取らせていただきますが、よろしいでしょうか?」

『へぇ、具体的にどんな?』

「カルデアを無力化すればいいのでしょう? であれば、話は簡単です。カルデアのマスターは、一人しかいないのですから……」

『暗殺、というわけね。できるの?』

「依頼された以上、仕事はキッチリ果たしますわ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて、コヤンスカヤはその場から消え去る。どのような手段を用いたかは知らないが、彷徨海へ向かったのだろう。

 

 この手段に対し、カルデアはどう対抗するのか、アンナは少しワクワクしながら、結果を待つ事にしたのだった。

 

 

 

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「……あの時もそうだったが、君はやはり、私の考えを認めてはくれないんだね」

 

 

 各クリプターがそれぞれの役割を果たす為に通信を切り、誰もいなくなった円卓に座ったキリシュタリアは一人ポツリと呟く。

 

 計七度に渡って行われた人理修復の旅路。その最後の旅で、自分は彼女にある願いを口にした。

 

 当時の自分でさえ夢物語だと思っていた理想。この立場になれねば叶う事はなかったであろう夢。もし、それを果たす為の力が私にあったら、是非君に力添えをしてほしい―――と。

 

 

『……君の気持ちは理解できる。けれど、私は君の理想を否定するわ』

 

 

 夢の中の彼女の答えは、ノーだった。

 

 なぜだ、と問いかけるしかなかった。我々人類とは比べものにならない悠久の時を歩んできた彼女なら、私の気持ちを理解できるのではないか、と思っていた。それなのに、なぜ。

 

 

『ヒトは、これからもずっとヒトでなければならないのよ。人間は、人間であるからこそ生きていく事が出来るの。考えてみなさい。今まで人間として生活してきた者達がいきなり神になったら、彼らはどうなると思う? 事前通告もなにもなく、“君達はたった今から神になった”と言われて、“はい、わかりました”って答えられると思う?』

 

 

 種族に対する劇的な変化は逆にその種族を苦しめる結果に陥る場合がある。これまでの人類は、それぞれの宗派に沿って神々を信仰してきた。そんな彼らが、今まで信仰してきた者達と同列の存在に昇華させたら、彼らはどんな反応を見せるだろうか。

 

 

『君が思っている事を、誰もが望んでいるとは思わない事ね』

 

 

 彼女は、どこまでも人間の価値を見ている。故に、人間がより上位の種族へ進化する事を望まない。異聞帯が激突しない限り、クリプター同士の戦闘を始めてはいけないというルールがなければ、彼女は真っ先にギリシャ異聞帯を攻めていただろう。最大規模を誇る異聞帯に、人間を神に昇華させようとする者がいるのだ。彼女がそれを見逃すはずが無い。

 

 だが、彼女が打倒すると決定しているのは自分だけではない。自分や彼女を含めた八人のマスター達を蘇生させ、それぞれに敗れ去った歴史を与えた上位者―――“異星の神”もまた、彼女の敵に他ならない。

 

 人類の進歩は望むが、昇華は認めない。人類はあくまで、人類でなくてはならない。

 

 彼女は、怒っているのだ。人類を昇華させようとするキリシュタリアにも、進歩の余地を残した人類を抹消した“異星の神”にも。

 

 彼女は人類の運命を俯瞰する者。人類の終着点を見届ける存在。太古の昔から人類を見定めてきた、絶対者。

 

 

「……私は必ず、君の予想を乗り越えてみせよう。人間の意地を見せてやる」

 

 

 だから、覚悟してもらおうか。我が友よ。我が戦友よ。

 

 禁忌の頂点―――“祖龍”ミラルーツよ。

 

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