【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 キリ様による二部振り返り、フルボイスでとても嬉しかったですねぇ。ベリルの裏切りが見事に省かれましたが、まあいいでしょう。彼は恐らく明日始まるだろうアヴァロン・ル・フェでボコすとしましょうか。

 ウマ娘……前々からよく話を聞いていたので始めてみましょうかねぇ? fgoとアズレン、プロセカと並行してやれたらいいですねぇ。

 それでは本編、どうぞですッ!


傾国の美姫

 

「さて……それじゃあ現実と向き合おう」

 

 

 戦闘終了後、なんとか正体不明の敵の撃退に成功した事に安堵の溜息を漏らした立香だが、すぐに意識を切り替える。

 

 有事とはいえ、後輩(マシュ)に無断で水着を着せてしまったのだ。令呪を使って光のカーテンを張って誰にも見られずに着替えさせる事はできたが、自分を含めたメンバー達の目の前で水着姿にされたマシュとしては思うところもあるだろう。

 

 艦内に帰還したマシュに責めるような目線でじっと見つめられ、立香はこれから来るであろう説教に身構える。が、マシュはそういった事はせず、代わりに小さく息を吐くに留めるのだった。

 

 

「さっきの乱暴な霊衣装着の件は、後で話し合うとして……BBさんの霊衣は確かに効果覿面でした。死の空間と化した虚数空間でも、認識に異常が無いばかりか、身体性能もブーストされているようです。ただ、エネミーを視認する事はどうしてもできず、闇雲に格闘し、宝具展開をしただけでしたが……」

「いや~、それでも無かったら今頃どうなってたか……」

「ふむ……戦闘前の会話からなんとなく考えていたが、お前はこの事態を事前に察知していた、という事か?」

 

 

 スカサハ=スカディの疑うような眼差しを受け、司令室の片隅で腕を組んでいた赤衣の男がニヤリと笑う。

 

 

「私とて、なぜこのような事態になったのかは理解できていない。私が知っているのは、あくまで虚数空間に異常が発生し、あのような連中が出現するという事のみだ。それ以上の事は知らない」

 

 

 わざとらしく肩を竦めてみせる赤衣だが、今現在この部屋にいるメンバー、特にこのノーチラスそのものであるネモからの視線は鋭い。

 

 ネモだけではない。この場にいる者達全員が、彼に対して大なり小なり疑惑の念を抱いている。

 

 突如としてノーチラス艦内に現れた、カルデアの霊基グラフに登録されていない英霊。どのような手段を用いたのかは不明だが、現界せずにBBに今回の事件についての話を持ち掛け、水着霊衣を虚数空間内でも活動可能なものへと改良させた時点で、彼が只者ではない事は明確だった。

 

 そして、なによりも立香達にとっての不安要素なのが、彼に割り当てられたクラス名である。

 

 

「赤衣さん。なぜご自分がフォーリナークラスで現界されたか、おわかりですか?」

 

 

 そうだ。まず最初に明らかにしておきたいのは、このエクストラクラスに属する彼が、本当に味方かどうかという点である。

 

 フォーリナー―――『降臨者』を意味するエクストラクラスの一つ。外宇宙、もしくは別次元より飛来した存在を根ざすサーヴァントクラス。地球、さらに言えばその一円に類する内的宇宙に連なる真理から外れた、異邦から呼び寄せられた存在に後天的な理由で縁深くなった英霊達が、このクラスに分類される。

 

 現在、このクラスでの召喚が確認されているのは、アビゲイル・ウィリアムズ、葛飾北斎、謎のヒロインXX、そしてボイジャーである。ヒロインXXはユニヴァース時空からの使者、ボイジャーは宇宙から見た場合の『地球からやって来た者』であるため、危険性は低いが、アビゲイルと北斎は純粋に外宇宙に巣食う“なにか”と接触している。彼女達は、自分達が人類にとって脅威となる存在である事を自覚し、その上で自制しているが、彼―――赤衣の男はどうだろうか。

 

 

「貴方は、ご自分が特殊な存在であるという自覚がおありですか? 自らの霊基を、自制できますか? その上で、現状未曽有のピンチにある我々に、マスター・藤丸立香に、力を貸してくださいますか?」

「……」

 

 

 全員の視線が、赤衣へと向けられる。もし彼がここでマシュの問いかけに首を横に振れば、即座に彼を囲むサーヴァント達から攻撃を受けるだろう。さて、この状況を前にして、赤衣の男は―――

 

 

「……ふ、ふふふ、ハハハハハハハハハッ!」

 

 

 植物でできた掌で顔を覆い、おかしいくらいに大声を挙げて笑ってみせた。

 

 いきなり笑い出した赤衣に、なにがおかしいのか、とネモが問いかけようとするが、それより早く赤衣は両腕を勢いよく広げ、唇を三日月のように歪めた。

 

 

「もちろんだとも、マシュ・キリエライトッ! シールダーのサーヴァントよッ! 私が人類の脅威であり、この世界を根底より覆す存在である事なぞ、とうの昔より自負しているともッ! だが安心するがいい。私は諸君らを助ける為に、この場へと馳せ参じたのみなのだよ」

「つまり、私達に敵対するつもりはない、と」

「その通り。でなければ、あの月の少女に水着霊衣の改良を要求するものか。彼女の力を借りなければ、この事態の収拾は不可能だったからな。それに、まず英霊召喚システムはそもそも人理防衛の為のもの。人類が斃すべき“獣”から、ヒトの世を護り抜く技術を応用したものなのだろう? であればそこに招かれた私に、その意識があるのは当然の事だとは思わないかね?」

 

 

 英霊召喚システムは、本来はその時代最高峰の英雄を一時的にとはいえ現世に呼び戻し、ヒトの業の象徴たる七つの“人類悪”を滅ぼす為に構築された決戦術式を簡略化したもの。座に招かれた数多の英雄達をサーヴァントとして現世に召喚し、その力を活用できるようにしたものである。招かれた英霊、幻霊の中には人類に敵対的な存在がいる事も確認されているが、それを除けば、どんなに生前悪を為した者といえども、その根底には人理の防衛という使命が深く刻み込まれているのだ。

 

 たとえ、こことは異なる宇宙に住まう神性と接続して『降臨者』の格を手に入れた赤衣にも、その意識は強く焼き付いている。

 

 

「疑うのであれば、疑ってもらって結構。私は私で、その疑念を払拭できるよう尽力するまでの事さ」

「……先輩」

「……うん」

 

 

 横目で見つめてくるマシュに、立香は重々しく頷く。

 

 突如として起こった、虚数空間を認識できてしまうという異常事態。その最中現れた異形のエネミーに、フォーリナーのクラスとして召喚された赤衣の男。この三つの事項を前にし、立香は代理指令として、汎人類史を取り戻すべく戦う一人のマスターとして脳を回転させ、答えを出した。

 

 静かに赤衣の前に踏み出した立香は、背後から注がれる視線を感じながら赤衣へと手を差し出した。

 

 

「お願いします、赤衣さん。貴方の力を、私達に貸してください」

 

 

 相手が得体の知れぬ存在と接触してしまった者であろうと、自分達を助けてくれたという事は、彼の言葉に嘘偽りはないのだろう。彼の瞳には、アビゲイルや北斎達にはない、まさしく狂気と呼ぶべき歪んだ輝きこそ宿っているが、その奥には、本心で自分達の助けになろうとしている意志があるのが窺い知れた。

 

 

「フフフ、その眼差し、まさしく人類史最後の砦というべきか。伊達に幾多の死線を潜り抜けてきたわけではない、という事か」

「私だけの力じゃないよ。私がここまで来れたのは、カルデアがあったからこそだった」

 

 

 これまで何度も挫折しそうになった。逃げ出したいと思った事も一度や二度どころじゃない。それでも今ここに自分がいるのは、これまで自分を支えてくれた仲間達がいるからだと、立香は続けた。

 

 それを黙って聞いていた赤衣は、まるで英雄譚を聞かされた子どものようにキラキラと両目を輝かせ、小さく笑い声を漏らした。

 

 

「なるほど、君はまさしく、人類史を護るマスターに相応しい女のようだ。サーヴァントとして活躍するのは今回が初めてだが、あぁ……実に面白そうだ」

 

 

 差し出された手を赤衣が握ると、立香は彼との間に魔力パスが通るのを感じた。これで、仮とはいえ赤衣は立香と主従関係となった。仮契約といえども、赤衣の男はマスター藤丸立香の名の下に令呪の拘束を受け、彼への忠誠を誓う事になった。

 

 

「ふむ、これが契約というものか。悪くない。空の(からだ)に水を注がれる感覚とは、こういうものだったのか」

 

 

 問題なく立香の魔力が流れ込んでいる体の調子を確かめる為か、自分の両手を見下ろして何度か開閉を繰り返す赤衣。他者の力が流れ込んでいるのに、不自由さは全く感じてない。それどころか、自分一人では補えなかった箇所が補われているような感覚で、むしろ心地良さすら覚えていた。

 

 

「さて、予想外の出来事だったが、とにかく我々は頼りになる戦力を手に入れる事ができた。水着霊衣なしに虚数空間で戦えるサーヴァントが来てくれたのは僥倖だ。けれど、問題はまだ山積みだ」

 

 

 赤衣という新たな戦力が加わった事は喜ばしい。しかし、正体不明の敵性体の攻撃によって放棄せざるを得なかった区画には、電算装置、観測装置、魚雷、食料、さらには魔力リソースもたっぷり積んであったのだ。これにより、ノーチラスの航行可能時間は150時間程度に落ち込んでしまった。

 

 魔力リソースはサーヴァントの現界維持にも使用されるので、放棄した区画に貯蔵されていた分の魔力が失われたのはまずいが、あの時は四の五の言っていられる場合ではなかった。最悪、あのまま自分達はなにも出来ずにこの虚数の深海の藻屑になっていた可能性だってあり得たのだ。今はサーヴァントが現界できている事に感謝せねばなるまい。

 

 しかし、問題は他にもある。

 

 まず、ソナーと雷装が死んだ。音波を使って周囲の地形を把握するソナーと、外敵への対抗手段と呼ぶべき魚雷に深く関係する雷装。人体で例えれば目と耳と腕を失った状態だ。辛うじて生きている足で動こうにも、周囲はただの海ではなく、本当ならば観測できるはずが無かった虚数世界。そんな環境で無暗に動けば、またなぜあるかわからない座礁によって、今度こそ詰む可能性がある。

 

 燃料も食料もない実質八方塞がりの状態に加え、中級宝具に匹敵する攻撃が可能な敵性体に、恐らくそれに連なる存在であろう謎の敵集団。

 

 このまま死ぬか、走って死ぬか。まさしく絶体絶命の状況だ。

 

 

「一応訊くけど、君は広範囲で周囲の状況を確認する事は出来るかい?」

「小範囲ならば、我が眷属を用いればある程度確認できるだろう。だが、出来てその程度だ。超広範囲走査は流石の私にも不可能だ。こうしてサーヴァントの身にはなったが、このノーチラスに勝る大音量を放てる声量は持ち合わせていない」

 

 

 サーヴァントはその身を神秘で形作られる事で、如何に筋力が低かろうと一般人の頭を握り潰すほどの膂力を得る。しかし、肉体面で強化されるとしたら、スキル云々を除外すれば純粋なパワーのみであり、流石に声量まで強化されたりはしない。

 

 

「小範囲だけでも探査できるのは救いだね。ここでずっと動けないよりははるかにマシ」

「だが、どうする? 周囲の確認は出来ても、この虚数の海から脱出するという目的までには至らない。立香―――我らがマスターよ。其方はどう考える?」

「う~ん……」

 

 

 スカサハ=スカディに問いかけられ、立香は顎に手を当てて考える。

 

 これまでの冒険の中で、様々な出来事に見舞われた。全く未知の場所から脱出した事がないわけではないが、それらよりも、今回の事件は難易度が高すぎる。形はないのに、形がある虚数空間からの脱出方法は、如何に数多の死線を潜り抜けてきた立夏とてすぐに思いつくものではない。元々、彼女はその手の専門家ではない一般人。この状況を打破できる方法など、そう簡単に思いつくはずが無い。

 

 このまま考え続けても名案は思い付きそうにない、と悔し紛れに肩を落とそうとしたその時、立夏の脳内に電流が走った。

 

 

「……キャプテン、この艦には魔力リソースがあるんだよね?」

「? うん。限りがあるから、慎重に使わざるを得ないけど……」

 

 

 いきなりなにを訊くのか、と首を傾げるネモ。しかし、立夏の視線が既に自分から、彼女の相棒であるマシュへと移されているのを見、「まさか」と目を細めた。

 

 

「……なんとなく想像ついたけど、君の考えを聞かせてもらおうか」

「この艦のリソースを使って、サーヴァントを召喚する」

 

 

 大部分は先の攻撃によって区画ごと放棄するしかなかったが、それでも魔力リソースは残っている。幸い、今自分達がいるのは、虚数空間ではあるが彷徨海の周辺―――カルデアベースの陣地内とも言える場所だ。ならば、霊基グラフを利用した召喚が可能となるはずだ。これを使えば喚べるかもしれない。この状況を打破するに足る、最高の助っ人(サーヴァント)が。

 

 

「忠告するけど、この状況でのサーヴァント召喚は慎重な判断を要する。さっきから言ってる通り、現界維持にもリソースを使うから。そもそも、仮に艦が万全の状態であっても、それに頼んでサーヴァントを多数維持するのは極めてリスキーだ。作戦上、魔力炉を止める事だってあり得るわけだしね」

「しかし、確かに失われた設備の製作を可能とするような助っ人が得られれば、一気に状況は好転します。切迫した現状で能動的に試せる唯一の策ですし、試す価値はあるかもしれませんね」

 

 

 ネモが自らの分身であるプロフェッサーを見やる。頷いたプロフェッサーはすぐに端末を操作し、そこに表示された情報を見てネモ達に頷いた。

 

 

「試算出ました~。赤衣さんとの契約があったので少し不安でしたが、一騎までならリソース維持に問題なしかと~」

「……航行中の追加召喚は、ノーチラスの運用則としては異例も異例だけど、このリターンはリスクに見合うだろう。召喚する人選には細心の注意を要する。そこで、この人選はプロフェッサーに一任したい」

 

 

 正確には、シオン氏仕込みの人選ロジックを限定的にプロフェッサーの思考野で走らせ、最適解を導き出す、というものだ。利点はこの場にいるメンバーの浅慮やうっかりによる人選ミスをほぼ完全に排除できる事。しかし欠点として、全くやった事のない手段であるため、プロフェッサーが緊張してしまっている事だ。

 

 それでも、彼女にこの人選を任せるか、とネモが立夏を見つめてくる。

 

 それに対し、立夏は決意を籠めた目で頷いた。

 

 

「……よし、ならば反対理由は無い。キャプテン・ネモは助っ人召喚の提案に同意するッ!」

「マシュ、盾を貸してッ!」

「はい、先輩ッ!」

 

 

 頼れる後輩から、彼女が愛用するラウンドシールドを受け取り、それを前に置くと同時に詠唱を始める。

 

 すると、すぐさまラウンドシールドが眩い輝きを放ち始め、その輝きが一際強くなった途端、新たなサーヴァントがこの艦内に出現したのが確認された。

 

 眩い光から目を守ろうと、誰もが自分の腕で顔を庇い、恐る恐るその腕を下ろし、召喚されたサーヴァントを視界に収める。

 

 

「ハオハオ~♪ 召喚に応じてみましたッ! フォーリナー、ユゥユゥですッ!」

「どちら様ッ!?」

 

 

 光の中から琵琶を携えて現れたツインテールの少女に、誰もが目を見開いた。

 

 

「し、失礼ながら存じ上げない英霊の方かとッ! 楽師さんでしょうか? どなたかご存じないですか?」

「ふむ、君が着ているそれは、中国の伝統的な衣装とされる肚兜(どぅどう)かね? ノースリーブないし前掛けの服飾としては最も歴史が古いとされており、とある女性がそれを着た事が始まりだと考えている。中華の英霊は数あれど、女性として名を馳せた者など容易く絞り込める。(あまつさ)え、肚兜(それ)を着ているのだ。君の真名を探り当てるのは実に容易い」

「貴方は……?」

 

 

 ユゥユゥと名乗った少女の外見的特徴から、彼女の真名だと思える単語を記憶の引き出しから取り出した赤衣に、少女の訝し気な視線が向けられる。

 

 

「おぉ、これは申し訳ない。挨拶が遅れた。赤衣の男という者だ。君と同じく、フォーリナーのサーヴァントだ」

「赤衣の男……フォーリナー……ッ!?」

 

 

 自分と同じクラスのサーヴァントが既にこのノーチラス艦内にいる事に驚いたのか、ユゥユゥが驚愕と警戒に染まった表情で後退った。そんな彼女の姿にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた赤衣が、ずんずんと一歩、また一歩と彼女との距離を縮めていき、遂に鼻と鼻が触れ合いそうな程まで顔を近づけた。

 

 

「君がなぜ、私という存在にそこまで警戒しているのかは知らないが、同じ異邦の神格と繋がったよしみだ。これからよろしく頼むよ」

 

 

 自分を射抜くその眼光に、ユゥユゥは思わず目を逸らしたくなる。

 

 この男の瞳には、人間としての矜持などまるで感じられない。必要とあらば、自分が人間である事など容易く捨て去ってしまえる狂人の目をしている。その瞳の奥にある、人間のものとは到底思えぬ狂気は、彼女が繋がった(もの)を始めた、異邦の神々が存在する世界であろうとも平然としていられるだろうと、否が応でも理解させられる。

 

 それでも、なんとか平静を保ちつつユゥユゥは辛うじて「よ、よろしくお願いします……」と彼の言葉に頷く事に成功した。

 

 

「教授よ。今回の召喚では、カルデアのサーヴァントが喚ばれるはずではなかったか?」

「先程ログを確認したところ、どうやら人選ロジックが適性検索の過程でエラーを吐き、最適な霊基グラフの特定に失敗、そのせいで英霊召喚の制御プログラムがバグって通常の座からの召喚が行われてしまったみたいです~。いやぁ。こういう事があるから事前テストは大切ですね~。はい教訓~」

「つまり……カルデアには最適解がいなかった?」

「そんな……唯一の希望が……。いや、まだ諦めるには早いッ!」

 

 

 この状況に最適なサーヴァントをカルデアから召喚出来なかった事態に頭を抱えるネモだが、最後に残された一縷の望みに賭けてユゥユゥを見る。

 

 

「ユゥユゥ、赤衣の言葉から、君の真名については予想がついている。でも、君本人から聞かせてほしい。君の真名と能力を、どうか明かしてもらえないかッ!」

「し、真名ですか~? なんとなくですけど、もう皆さん気付いてますよねぇ~……?」

「ま、まさかとは思うんだけど……貴女様はもしや……」

 

 

 微かに震える声で、まるで至高の芸術品を見た芸術家のように、ユゥユゥに拝むような目線を送る刑部姫。この場にいるメンバーの何人かも、そのほとんどが赤衣の男からもたらされた情報から、何気なく彼女の真名を察している。

 

 

「えぇ、はい……えっと、真名は楊玉環(ヤン・ユーファン)玉玉(ユゥユゥ)はニックネームです。史実的には……楊貴妃の呼び名で通ってるかな~って……。ちょっと恥ずかしいのですけれど……よろしくお願いしますね?」

「ほああああああッッ!! やはり貴女様は、あの楊貴妃様であらせられましたかぁああああッ!」

「おっきーが壊れちゃった……」

「その名を聞けば私にもわかりますッ! 唐の時代、玄宗皇帝のお妃様であった絶世の美女ッ! 一笑で百の媚態と謳われた天性の美に加え、数々の芸事にも長じたらしいのが、楽器持ちの由来でしょうかッ!? その美によって国を動かした、今風に言えばまさに国民的美少女ッ! それが楊貴妃さんですッ!」

「いや~やめて~ッ! ユゥユゥそんなんじゃないですからッ! 庶民ですからッ! ただのライチ好きな村娘Aですから~ッ!」

 

 

 マシュからの絶賛にユゥユゥ―――楊貴妃は顔を真っ赤にして手をブンブンと振っている。

 

 

「楊貴妃……名前ぐらいなら聞いた事はあるけど……」

「では、私が説明しようか。我がマスターよ」

 

 

 彼女については歴史の授業で軽く習った程度の立香に、赤衣はすぐに楊貴妃についての説明を始めた。

 

 楊貴妃―――蜀州に根を張る地方官吏の一門である楊一族に生まれた四姉妹の末娘。17歳になった頃に洛陽で官吏となった叔父の勧めにより、玄宗の第18皇子である寿王李瑁の妃となり、美男美女の夫婦として洛陽に知られるようになった。

 

 しかし、そこである事件が起きる。

 

 李瑁の母であり玄宗の妻である武恵妃が病死してしまったのである。最愛の妻が亡くなった事実に打ちのめされ、気を病んでいた玄宗は、あろう事か新年挨拶にと息子と共にやってきた玉環に一目惚れしてしまったのだ。

 

 我が子の妃を寝取る訳にもいかず、しかし既に恋患いに(うな)される玄宗は腹心の高力士の計略に乗り、玉環を義母冥福の名目で出家を命じられ、寿王との離婚と共に道士にした。そのまま皇族の湯治場である華清池へ隠棲させられた彼女を待っていたのは、玄宗からの混浴の勅命だったのだ。そこから逢瀬を重ねた二人は、五月の歳月の末に遂に結ばれる。

 

 その時の玉環は26歳。玄宗はなんと60歳であったという。

 

 後に現代でよく知られる“楊貴妃”の名を背負った玉環を、玄宗は大層愛したという。彼女のためにあらゆる贅を尽くし、楊貴妃も惜しみないその愛を受け入れた。

 

 同時に楊貴妃の親族縁者は悉く官吏に推挙され出世し、禁中の権勢を恣とした。一族の姫が愛されるだけで何の苦も無く貴人となった楊一族は、その地位に胡坐をかいて政治を腐敗させ、老いた玄宗も執政に腐心する事に疲れて楊貴妃に心の拠り所を求め、彼らの専横を許してしまう。

 

 その果てに楊国忠と安禄山による政争を招き、安史の乱を起こす事となった。

 

 命からがら逃げ遂せた玄宗と楊貴妃だったが、馬嵬に至って玄宗は高力士の忠言から妻の処刑を忸怩たる思いで決断し、彼に愛する女の首を絞めさせたという。

 

 遺体はその場で埋葬されたが、乱の鎮静後にしばらく行方不明となる。その後、玄宗の命によって探し当てられ、都に墓所を移設したという。

 

 これが、後に“傾国の美姫”とされた楊貴妃の伝説。彼女は無自覚ながらも、その身に宿る“美”という最強の武器を振るって一国を崩壊させた存在なのである。

 

 

「これが後に“傾国の美姫”と称された彼女の伝説。誕生時から女性が持ち得る最強の武器の一つである“美”があり得ない数値でカンストしていたせいで知らず知らずのうちに傾国ってしまったのが、楊貴妃(かのじょ)なのだ。理解できたか? マスター」

「う、うん……。なんだか、凄まじい人生を送ってきたんだね、楊貴妃って……」

「あ、あんまり傾国って言わないでくださいね……。その、色々と恥ずかしいので……」

「フフフ、全く、あの頃の唐の有り様は、それは実に愉え……嘆かわしいものだったぞ? 人の手に余る美しさに心を灼かれた男から始まった国の崩壊など、そう起こるものではないからな」

「……? 貴方、もしかして私と同じ時代の英霊ですか?」

「まさかッ! 私はそれよりも遥か古代……それこそ超古代文明の出身さ。む? ならばなぜ当時の事を知っているのか、だと? それは追々、話させてもらうとしようか」

 

 

 まるで当時の唐の様子を見ていたかのような口ぶりで話していた事を疑問に思った立香に、赤衣はひらひらと植物で構成された右手を振ってみせた。

 

 

「この話はここまでだ。マシュ嬢よ、まずは彼女に聞かねばならぬ事がないのではないか?」

「え? あ、そうでしたッ!」

 

 

 言われて思い出したのか、マシュは楊貴妃に対してある質問を投げかける。

 

 それは赤衣の男に対して行ったものと同じ、フォーリナークラスで現界した楊貴妃が、しっかりと自分を制御して自分達に力を貸してくれるかどうか、というものだ。

 

 それに対する楊貴妃の返答は、(イエス)だった。

 

 

「私もそこの人と同じように、異界の干渉を受けた者の一人です。それに、歴史上は傾国の女として解釈されているので……残念ですけれど、滅亡を齎す権能的なのが与えられている感じはあります。ですが、この霊基の私は、自らの存在が叛乱を招いた事を恨んで、復讐者(アヴェンジャー)の如く振舞う事は致しません。敬愛止まぬ我が天子様が、人理の滅却など望みはしないと明白であるが故に―――どこかの神様の思惑なんて知りませんッ! ユゥユゥは我が全能を、マスターの為に使うと誓いますッ! なんでしたら令呪で拘束をかけても?」

「いえ、もう信じたので。あっ、そういえば、まだ名前を言ってなかったな……。ええっと、藤丸立香です。これからよろしくお願いします」

「藤丸立香……うん、いい感じですッ! どうぞよろしくお願いしますねッ!」

 

 

 立香が差し出した手を、にこやかに笑いながら楊貴妃が握る。流石、傾国の女として語られているからか、その笑顔には周りを幸せな気分にする力があるかのように、立香達の心を温めてくれた。

 

 

「さて、早速ですがお仕事しても?」

「え、なんでしょう?」

 

 

 首を傾げる立香に、楊貴妃はサーヴァントに昇華した影響で自身に起きた変化について語った。

 

 楽器奏者としての逸話が拡大解釈されたせいか、楊貴妃は聴覚が規格外のものとなっているらしい。それこそ、艦外の音も拾えるのも容易いくらいに。

 

 

「それで先程からずっと、ドンドンって船を叩く音と共に、船の外から声がするのです。『敵が来る』って、そう言ってますよ……ッ!」

 

 

 それを聞いた瞬間、その場にいた全員の意識が切り替わる。

 

 船の外から声がするという事は、赤衣に続く新たな現地協力者の可能性もある。すぐに回収しなければならないが、まずはノーチラスに近づく敵を排除する必要が出てきた。

 

 

「キャプテン、再び艦外活動の許可をッ! これより赤衣さんと共に救助に出動致しますッ!」

「……わかったッ! けど、大丈夫かい? さっきは成り行きで任せてしまったけど、二人だけじゃ……」

「それは一応、解決してみた。えいっ」

 

 

 マシュと赤衣のみで迎撃に出る事に一抹の不安を覚えたネモを安心させるようにスカサハ=スカディが軽く杖を振る。すると、彼女と刑部姫の姿が一瞬にして水着霊衣のものへと切り替わった。

 

 

「ぎゃーッ!? なにこの羞恥プレイッ!?」

「もう一人の私に化けてみたぞッ! 詳しい説明は後だ。艦外作業人員を増やした。敵だかなんだか蹴散らして、外の『声』とやらを確保だ」

「一つ、質問をしてもいいかね? 北欧の女王よ」

「なんだ?」

「槍、使えるかね?」

「…………」

「なんかモーレツに嫌な予感がしてきたッ!」

 

 

 問いかけた赤衣に真顔でスカサハ=スカディが答えるというやり取りに泣きそうになる刑部姫。

 

 

「一騎が不安で仕方ないが、これならなんとかなるかもしれないッ! 司令代理の判断はッ!? 君の方針に従おうッ!」

「もちろん出てほしいけど……マシュは敵が視認できないって……」

 

 

 初めての迎撃戦でも、マシュや赤衣の攻撃はエネミーをまともに相手取る事ができなかった。数を増やしたとしても、これではどうしようもないのではないか。

 

 そんな立香の不安を払拭すべく、楊貴妃がすかさず口を開いた。

 

 

「虚数空間での白兵戦等ですね? でしたら、この私に任せてくださいッ!」

「どういう事?」

「どうやらこの場所の実態は、光に似て非なるもので満ち満ちた、暗黒の深海のようですから、私が放射している陽炎―――炎の幻覚によって、相応しい視覚概念を与え、視認できるっぽくしましょうッ! つまり、私が音によって位置、サイズ、クラスを割り出し、そこにいい感じの映像を投影する、という寸法。これできっと、混乱せずに戦えるはずですッ!」

「……どうやら、僕らのうちの誰よりも、現状を的確に把握し、対処できそうだね。一時はどうなる事かと思ったけど……僕らはどうやら、無事、最適解の英霊を招けたらしい」

 

 

 ネモの視線が立夏に注がれ、それがなにを意味しているのかを即座に理解した立夏は大きく頷くと同時に、頼れる仲間達に叫ぶ。

 

 

「みんな、出動ッ!」

 

 

 (マスター)の指示に頷き、マシュ達はすぐに行動を始める。

 

 ―――結果から言えば、彼らは楊貴妃のサポートもあって見事エネミーの撃退に成功した。その後、刑部姫と赤衣がノーチラスの左側外殻に取りついていた人物の救出にも成功した。作戦は見事完遂、といった具合である。

 

 しかし―――

 

 

「サーヴァント・フォーリナー。真名は、見ての通り、ゴッホですッ! エヘヘッ!」

 

 

 新たな協力者としてその漂着者を招き入れた事で、物語は大きく動き始めるのだった―――。

 

 




 
 楊貴妃、デザインとか性格が結構好みなんですよね。初めての楊貴妃ピックアップは三人の諭吉さんを生贄に召喚しようとしたのですが、応えてくれなかったのは苦いけれどいい思い出です。

 そして、お待たせしました。ようやく、ようやくアンナちゃんが完成しましたッ! まだまだ発展途上であるため、下手にもほどがあると思いますが、なにかしらの感想を送って頂けたら幸いですッ!

【アンナ・ディストローツ&令呪】

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