【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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再び、会議を

 

『随分と寂しくなっちまったなぁ、ここも』

 

 

 ギリシャ異聞帯に存在する円卓。そこに並べられた八つの席の内の一つに腰を下ろしていたベリルが、他の席を見渡してそう零した。

 

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 芥ヒナコ。

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 

 四人は、アナスタシアとオプリチニキの襲撃からなんとか逃げ果せたカルデアによって、それぞれの異聞帯を失った。彼らがどうなったのかまではわからないが、生きていようが死んでいようが、彼らの席が空いたままである以上、彼らがこの会議に出れない状態であるのはわかった。

 デイビットは自分の管理する異聞帯でなにかしらの役目を果たしている最中なのか欠席となっており、彼も含めれば五つも空いている事になる。ベリルが物寂しさを覚えるのも妥当だろう。

 

 

『デイビットがいない以上、あいつの直感に頼る事は出来ねぇ。あいつら、次はどこの異聞帯に現れるのかねぇ』

「その点についてですが、恐らく彼らが現れるであろう異聞帯は凡そ判明しています」

 

 

 わざとらしく体を震わせたベリルに、キリシュタリアの隣に立っていたコヤンスカヤが答える。

 

 

「先のインド異聞帯にて、彼らは船を手に入れました。海を渡る為に必要なものを手に入れた以上、彼らが来るのはこちらでしょうね」

『ま、それが普通だものね。私達の異聞帯の中で、汎人類史への叛逆の成功確率が一番高いのがギリシャ異聞帯だもん。あの子達が来るのも当然か』

 

 

 頬杖をついて話を聞いていたアンナがにこやかな口調で言う。

 

 キリシュタリアの管理するギリシャ異聞帯に根付いた空想樹は、今現在残っている他の空想樹と比べても規模が違う。

 地上と宇宙の通信を途絶えさせ、あらゆる宇宙観測を不可能にさせた原因たるここの空想樹は、磁場に弾かれていたあらゆる宇宙線を吸収し、地球からのマナも同じく吸い上げている。さらに、他の空想樹との間でネットワークのように行き交っていたエネルギーが今、大西洋に根付いた空想樹に集中を始めている。

 つまりは、いよいよ『異星の神』が降臨し、自らその姿を現す準備が整いつつあるという事だ。一度世界を漂白し、またクリプターを蘇生させた存在だ。彼、または彼女にかかれば、汎人類史の塗り替えも容易いものだろう。

 

 そんな状況にあるギリシャ異聞帯を、カルデアが看過するはずが無い。

 彼らは―――彼女は、必ずギリシャ異聞帯に乗り込んでくる。最強の神々さえ乗り越えて、神代の都を攻略しようとするだろう。

 

 

『へぇ。そいつは勇敢だ。頭が下がる。いやぁ、流石カルデアッ! 我らが誇る補欠後輩……あー、誰だっけ、名前思い出せねぇッ! まあいいか、どうせオレには関係ねぇしなッ! とにかく、活きのいいマスターに乾杯だッ! 可哀想な異聞帯を四つもぶっ潰したんだ、さぞ気持ちがいいだろうさッ!』

『あぁそっか。君のところの空想樹は……』

『おう、既に伐採されてるぜ。お前達からの命令は、しっかり果たさせてもらった』

 

 

 少量の髭が生えている顎を撫でるベリルだが、この場にはコヤンスカヤがいた事を思い出して『ヤッベ』と焦った表情を作った。

 

 

『もしかしてオレ、言っちゃいけねぇ事言っちまったか……?』

「いえいえ。私は彼らと違って、あくまで『異星の神』とは対等の関係です。上下関係は無く、故に告げ口も致しません」

『そうかい。それなら良かった』

 

 

 安心したようにほっと胸を撫で下ろす。

 ベリルが担当するイギリス異聞帯に存在する―――この場合は“していた”空想樹セイファートは、彼が現地の妖精達を上手く煽動した結果伐採された。これはベリルの独断ではなく、キリシュタリアとアンナからの願い出だった。

 イギリス異聞帯は、キリシュタリアやアンナから見ても“残してはいけない”異聞帯と認識されている。そこから出てくるものは、自分達クリプターにも、『異星の神』にとっても脅威となるものだ。しかし、『異星の神』はこの地球の歴史を知らないし、また説明する手段もない。時々姿を見せる巫女は見ているだけで、コミュニケーションも取れない。アンナに至っては、巫女と出会った事すらない。

 だからこそ、この問題はクリプター間で解決する事になったのだ。

 なので彼らは、イギリス異聞帯の管理する役目を背負ったベリルに、空想樹セイファートの伐採を依頼した。具体的には、キリシュタリアと一緒にベリルを脅した。

 

 

『イギリスの異聞帯はどうなったの?』

『まだ消えちゃいない。だが、じき異聞を保てず消滅する手筈だ。言っとくが、めっちゃ苦労したんだぜ?』

 

 

 そう答えるベリルの表情には、当時の事を思い出しているのか酷くやつれたものとなっており、彼が空想樹伐採までの過程で大変な苦労をした事が目に見えてわかる。

 

 

『イギリス異聞帯……奴らに言わせればブリテン異聞帯か。人間の数は少ねぇ。幻獣は腐るほどいる。ちょいと道を歩けばルールの違う世界に出る……。しかも、空模様もおかしい。なにせ赤黒い血みてぇな空で、流れ星が流れるなんてしょっちゅうだからな。しかも、女王サマが住んでる城の真ん前にある大穴からは、赤い光の柱が突っ立ってると来やがるッ! もうあそこはブリテンであってブリテンじゃねぇ。最果て( ・ ・ ・ )とドロドロに溶けあって完成した、地獄のようなワンダーランドだ。それを上手く宥めて、奴ら自身の手で空想樹を伐採させたのさ。連中、今頃は“ベリル・ガットに騙されたッ!”なんて嘆いているだろうが、後の祭りだ』

「まだあそこには光の壁があるが、空想樹は確かに消滅した。成層圏まで育ち切った空想樹達は、その枝が干渉し合い、ネットワークを形成する。先日まであった空想樹セイファートからの反応は完全に途絶えた。じき、あの忌まわしい光の壁……『世界の果て』も消え去るだろう」

『って事で、今空を覆う天幕と繋がっている()は、キリシュタリアの空想樹だけって事になる。アンナのところは、あとちょっとってところで止まってる。デイビットのところはよくわかんねぇ。なんたって、南米にゃそれっぽいものが見当たらないからな』

「ベリルの言う通りだ。現在、地球を覆っている『異星の神』の天幕―――この恩恵を受けられるのは、私の異聞帯のみ。そして、空想樹は充分に育ち切った。イギリス異聞帯の消滅を確認次第、私達の計画は最終段階に入る。惑星を覆った天幕は、地球からのマナだけじゃなく、磁場で弾かれていたあらゆる宇宙線を吸収してきた。これら全てのエネルギーを一点に集中させ、『異星の神』を降臨させる」

 

 

 それで、全ては切り替わる。

 旧き世界は滅び、この星には新たな秩序が()かれ、キリシュタリアは最後の人類となる。

 

 

『『―――』』

 

 

 ベリルとアンナの視線が、キリシュタリアに注がれる。

 ベリルはなにかを探るような、微かな疑惑を含んだ目線をリーダーに向けており、アンナの瞳は薄く細められており、本来の彼女( ・ ・ ・ ・ ・ )の気配を感じさせるものとなっている。

 その視線に僅かに気圧されるも、キリシュタリアは決してその気配を表に出さずに、いつもの笑みを崩さずに続ける。

 

 

「だが、油断するつもりはない。油断、慢心こそが彼ら(カルデア)の逆転の布石だと。だからこそ、最大戦力を大西洋に派遣した。カイニスがいないのはそういう事だよ。カルデアの次には、君と戦う事にもなるからね」

『おっ、自信たっぷりじゃない。既にカルデアに勝利した先の事まで考えてるだなんてね。でもね、キリシュタリア』

 

 

 拳を鳴らし、アンナは獰猛に歪ませた顔で笑う。

 

 

『君が思ってるよりも、私の異聞帯は強いよ? それに、私のサーヴァント達も、ね。なんたって、彼らは―――』

「―――“私が最も信頼する子達だから”、だろう? アンナ」

『私が最も信頼する子達だから……え?』

 

 

 自分が言おうとした事を一言一句違えずに述べてみせたキリシュタリアに、アンナの目が見開かれる。

 呆気に取られている彼女に、キリシュタリアはフッと小さく笑った。

 

 

「君がどれだけ彼らを信頼しているか、君の様子を見れば、その程度の事は簡単にわかるよ」

『……なるほどね』

 

 

 キリシュタリアの言葉に僅かに目を見開いたアンナは、ふぅと小さく息を吐いて背もたれに背を預け、気恥ずかしそうに後頭部を掻いた。その口元には優し気な笑みがあり、キリシュタリアもまた、そんな彼女に笑いかけていた。

 

 

『おいおい、なんだよ二人して見つめ合いやがって。あれか? LOVEしちゃったってか? ヒュ~ヒュ~お熱いねぇ~ッ!』

『もう、からかわないでよ~。そんなんじゃないって。……まぁ、この事は置いといて。君はどうするの? ベリル』

『あん? なにが』

『君、まだブリテンにいるんでしょ? 早く逃げないと……』

『あぁ、それについては問題ねぇよ』

 

 

 その時、ベリルの映像が一瞬ブレた後、ブツンッと途切れた。

 しかし、ベリルの姿は相変わらずそこに在る。

 驚くアンナを前に、ベリルは悪戯が成功した少年のような、してやったりとした笑い声をクツクツと漏らした。

 

 

「いつまでも居座っていたら殺されるっしょ。だから、もうこっちにトンズラさせてもらってるぜ」

『あら、仕事が早い。なら安心だね』

「いやぁ、これでもマジ怖かったんだぞぅ? “こんな気の狂った島にいられるかッ! オレは先に上がらせてもらうッ!”って崖から海に飛び降りて、カイニスに拾ってもらったってワケ。でもさぁ。ちょっと聞いてくれよ、オレの苦労話」

 

 

 そこでベリルは、またやつれた表情に変わり、深い溜息を吐いた。

 

 

異聞帯(あっち)には世間知らずのお姫様がいたからさぁ、利用してやれってお近付きになったんだが、これがマジ箱入り。しかもグラビティ。オレが人間のスパイだって知っても気にしねぇの。“地獄の果てまで一緒にいましょうッ!”とか、しなだれかかってきてさぁッ! いや、頭がお花畑にも程があるだろうが。オレゃあテメェんとこの国、全部台無しにした男だぜ? 理屈じゃねぇんだよなぁ、なんかもう手に負えねぇんだよなぁッ! ここでカドックでもいりゃぁ、“王族に手を出すなら気を付けろ”って言ってるところだぜ」

『余計なお世話だッ!』

「む?」

「あら?」

「あ?」

『『あっ』』

 

 

 唐突に部屋中に響いた叫び声に、キリシュタリアとコヤンスカヤ、そしてベリルの視線が、その声が聞こえてきた方角―――アンナを見る。

 

 

『え、えっとね? 今のはあの子だったらどう反応するかなぁって思ってね? 試しに声を真似してみたの。ホントだよ? なんならもう一度、さっきと同じ声出してあげるよ?』

「いや、さっき“あっ”って言った時、あんた以外にも声が聞こえてたぜ? 絶対そっちにいるじゃねぇかッ! お~いカドック~ッ! 元気にしてたか~?」

『アタシ達もいるわよォ~ッ!』

『ちょ、ちょっとペペ……ッ! あっ、キリシュタリア様……』

「……これは驚いた。まさか君達もいるなんてね、ペペロンチーノさん、オフェリア」

 

 

 カドックとオフェリアを連れて映り込んだペペロンチーノの姿に、キリシュタリアは思わず笑顔になってしまった。

 カドックは憤慨した表情。オフェリアは久しぶりにキリシュタリアの顔を見たからか、少し頬を赤らめている。ペペロンチーノは相変わらずのうるさい笑顔をしていた。

 だが、アンナの方は溜まったものじゃなかった。

 これまで秘密にしてきた、カドック達の安否の答えをここで出してしまったのだ。少し頭を抱えたくなっている。

 

 

『だぁあああもうッ! 狭いッ! みんな離れてッ! ここは一人用の席なのッ! ボレアスッ!』

『了解した』

『うぉッ!?』

『きゃぁッ!?』

『あらぁ~ッ!?』

 

 

 青年の声が聞こえた瞬間、カドック達の姿が消える。

 しばし、アンナの荒っぽい息遣いの音が部屋を包み込み、やがて心底からの溜息を吐いた彼女はがっくりと肩を落としながら告げる。

 

 

『えっと……まぁ、こんな感じで、みんな生きてます……。ヒナコちゃんは離席中です……。あの子、こういった会議には興味ないし……』

「マジかよ、芥もいやがんのかッ! ハハッ、こいつぁスゲェッ! みぃんな生きてやがるッ! これほど嬉しい事はないッ! アンタもそうだろ? キリシュタリア」

「あぁ。カドック、オフェリア、ペペロンチーノさん、君達が生きていた事を嬉しく思う。アンナ、芥にもこの事を伝えておいてくれるかい?」

『もちろんだよ』

「良い情報も聞けた事だし、なんか酒でも飲みてぇ気分になったな。キリシュタリア、会議はもうお開きでいいか?」

「既に話すべき内容は話した。大丈夫だよ、ベリル」

「ありがとよ。じゃあな、アンナ。カドック達によろしくなッ!」

「それなら、私もここで失礼します。こちらも、色々やりたい事はありますので」

 

 

 ひらひらと手を振って満面の笑みで退席するベリルと、彼の後を追うように歩を進め始めるコヤンスカヤ。

 彼らの背が遠退いていく様子を見届けたキリシュタリアは、アンナのホログラムを見る。

 

 

「私のギリシャ異聞帯と、君のシュレイド異聞帯。互いに今も尚範囲を広げている異聞帯同士、衝突するのは時間の問題だろうね」

『……えぇ、そうね。言っておくけど、勝ち逃げは許さないわよ? キリシュタリア』

 

 

 先程までのような、少女然とした雰囲気はとうに無い。今は大人びた女性らしさを感じる雰囲気を纏っている彼女が右手を開けば、そこに現れた小さな緋色の雷が龍の如くうねる。それを霧散させたアンナは、スッと細めた目でキリシュタリアを見やる。

 

 

「当然だとも。君とは個人的な意味で決着をつけたいと考えていた。互いに、最大規模の異聞帯の戦いだ。死力を尽くそうじゃないか」

『……貴方の理想は果たさせない。覚悟しておきなさい、キリシュタリア。君は―――私には勝てない』

 

 

 その一言を最後に、アンナのホログラムは掻き消えた。

 

 

「勝てない、か。君にそう言われれば、そうかもしれないね。けど、私も負けるつもりはない。君が相手だ。私も全力でかかろう。我が盟友、ゼウスを打倒した時と同じように」

 

 

 自分の分身とも言える魔術礼装である杖を握り締める。

 相手はかつて、神のいない地球において、全てを支配していた存在達だ。生前の力は、この異聞帯に生きる神々と同格か、それ以上。そのリーダー格と戦うのだ。全力で向き合わなければ彼女に失礼だろうし、なにより自分自身がそれを許さない。

 絶対に負けられない―――そう強く決意した時、ふと、自分に立つ者の気配を感じ取る。

 

 

「―――君か。そろそろ意見を口にしたらどうかな、巫女殿」

 

 

 振り返らずともわかる。今自分の後ろにいるのは、自分達を蘇生させた存在に連なる者だと。

 キリシュタリアの言葉に、しかし彼女―――巫女は答えない。

 いつもと変わらず、ただじっと彼を見つめるのみだ。

 

 

「『異星の神』の使徒達は、まだ私の―――私達( ・ ・ )の真意に気付いてさえいない。……ふむ。私が空想樹に施した調整。ゼウスとの利害の一致と、結論の差異。全てを君は見ているはずだ。その上で“なにもしない”事を選択する」

「―――」

「……いいだろう。その傍観がなにを意味するのか、最早問うまい。『異星の神』が実在するかなど誰にもわからない。使徒達ですらその姿を見ていない。いや―――実のところ彼らすら、『異星の神』の真意を知る術を持たない。(まさ)しく空想の神だ。そんなものに、私は人類の命運を預けはしない。―――カルデアを排除し、ゼウスを看取り、アンナを打倒し、空想樹を現実のものとする。見ているがいい、巫女の姿をした空虚よ。他の誰でもない、貴女( ・ ・ )には手に入らなかった“未来”を、この私が現実のものにしてみせよう」

 

 

 キリシュタリアの覚悟の言葉を聞き終えた巫女の姿が、空間に溶け込むように消えていく。

 背後に立つ空虚が消えた事で、この場に居続ける理由を失ったキリシュタリアも、杖を片手に立ち上がった。

 

 コツ、コツ、と靴音がリズムを奏でる。

 

 それは、彼の悲願が成就するまでのカウントダウンか。それとも―――

 

 

 

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「―――正気か? カルデアの馬鹿共。あの程度の戦力でこの海に乗り込んできた、だと?」

 

 

 アトランティス―――ギリシャ異聞帯の上部に存在する、その大半を海に覆われた世界。

 その島の一つ。そこの砂浜に立つ男は、遠くに見える船を見て悪態を吐いた。

 

 

「え、ホントッ!? どこどこッ!? あ、アレかぁッ! カッコいい船でやって来てるぅッ!」

 

 

 そんな彼の隣にいる女、腰に二本の刀を佩いた、切れ目の入った赤い笠を被った女性がはしゃいだ声を上げた。

 

 その女の名は、宮本武蔵。

 こことは別の世界の住人でありながら、様々な世界を転々としながら旅を続ける、気楽な風来坊。尤も、彼女の場合は自分の意志で世界を渡り歩いているのではなく、ただ誘われるがままに流転し続ける放浪者(ストレンジャー)、と言った方が正しいだろうが。

 

 彼女は、数多の世界を歩む中で、偶然にもこの異聞帯へと足を踏み入れた。そこで、彼―――『カルデアの者』なる謎の青年と出会い、こうしてこの海へと飛び込んできた、かつて共に戦った少女の乗る船を見つけたのである。

 

 

「あ~……でもちょっと不安ね、確かに。素敵な船だけど、この海じゃあ小さすぎる。正直に言うと時期尚早。戦う前に勝負、ついちゃったかもね。四つの異聞帯を攻略して調子に乗ってる……なんて心境(コト)じゃなければいいけど」

「辛辣だな。お前はカルデアのマスター贔屓だと感じていたが」

「もっちろんッ! 立香にはメッチャ甘くて弱いのが私ですッ!」

 

 

 惚れっぽい性分もあってか、武蔵は立香に惚れ込んでいる。

 これまで彼女が立香と出会った回数は数える程でしかないが、立香との思い出は今も尚武蔵の中で星のように輝いている。そんな彼女を、武蔵が贔屓しないはずが無い。

 

 

「だから、“ちょっと”だけ不安なわけで。今回もひっどい出だしになるんだろうなってッ!」

「そこで笑うのか。お前の思考は未だにわからない。窮地を愛する、というやつか? 剣士というより狂戦士だよ、まったく」

「そりゃあ華のように笑いますとも。やって来てくれて嬉しいのもホントだからね~。で、貴方は? カルデアがやって来るのは想定外?」

「……。まぁ、あるだろう、と考えてはいた。正しく最悪だ。今度こそ、連中の敗北を目の当たりにできる」

「あら嬉しそう。口元は全っ然嬉しそうじゃないけど」

「……ふん」

 

 

 顔色を窺ってきた武蔵の視線から逃れるように、男は彼女からは見えないように顔を逸らす。それに武蔵が不満げな顔をするも、男は構わずに、これまでのカルデアに動向を思い浮かべる。

 

 ロシアでは見事に無様を晒した。だが、それは当然の事だ。初の異聞帯への挑戦だったのだから。

 北欧での愁嘆は汲み取ろう。あれは、全ての異聞帯の中でも優しさに溢れた世界だったのだから。

 中国での騒動には目を瞑ろう。あそこは王の始皇帝のみが真の“人”であったために、久しく祭りの無かった世の中だったのだから。

 インドでの独善は譲歩しよう。極めて単純(シンプル)な善悪の問答だったのだから。

 

 これらの経験を以て、彼女ら(カルデア)はこう考えているだろう。

 “大西洋異聞帯も脅威ではあるだろうが、攻略・解決する手段があるはずだ”と。

 

 だが、無いのだ。

 ここには解決すべき問題など一つもない。

 この異聞帯は既に完成し、汎人類史より先のステージに進もうとしている。

 “攻略しに来た”という前提からして間違っている。知ろうと考える時点で間違っている。

 

 つまり―――

 

 

「“完膚なきまでに破壊しに来た”。その方針が備わっていない」

 

 

 全く、どこまで甘い連中だ。大抵の者ならば真っ先に考えつくであろう考えを、未だに思いついていない。

 だからこそ、彼女らはこの異聞帯には勝てない。考えを改めない限り、彼女達に未来(あす)は無い。

 あるいは―――

 

 

「……まぁいい。私は私の責務(タスク)をこなすだけだ。お前はどうする? あの船に向かうなら届けてやるが」

「あ、そういうのはいいです。私は一足先に本拠地に向かいますので」

「…………」

 

 

 男の懐疑的な視線が武蔵に向けられる。

 自分の言っている言葉の意味がわかっていないのか、と思い、思わず訊ねる。

 

 

「難しかったか? あのままでは連中は全滅する、という会話をしていたつもりだったが。ここには既に、大西洋以外の存在も現れている。お前も見たはずだ。あの島を」

 

 

 砂浜(ここ)に来る前に見かけた、とある島を脳裏に浮かべる。

 自然の欠片も見当たらない、まさしく死の島とでも言うべき場所。()の姿は見受けられなかったが、あの島がある以上、その主がこの海のどこかに潜んでいるのは想像に難くない。

 

 それに、海の様子にも変化が見られる。

 

 一時的なものだが、蒼い海面が時折紅く染め上げられる時がある。その原因であろう存在もまた、この異聞帯にいるのだろう。

 抑止力が介入した結果が前者であれば、後者は“誰か”による工作。

 

 男は知っている。彼女( ・ ・ )は既に、戦争( ・ ・ )の準備を着々と進めているのだと。

 

 

「えぇ、そうでしょうね。でも、全滅までにはいかないでしょう。手酷い敗北でなにもかも失っても、そこからやり返せるだけの命は残ります。だから、私は私のするべき事をするのです。がむしゃらにゴールまで辿り着いた彼女らに、ちゃんとバトンを渡す為にね」

「……お前はお前なりに、最後を見据えている、というわけか。いいだろう。オリュンポスに向かうがいい。今ならあの連中がいい囮になる」

「でしょー? 神様達の視線、カルデアに釘付けだしね~ッ! じゃ、そんなわけでさよなら、カルデアの人。もしあっちで出会えたら、その時は―――」

「ない。お前とはこれきりだ。私の眼は、これより先のお前の姿を見ていないからな」

 

 

 男の最後の一言。それで武蔵はこれから先の己の行く末に気付いたのか、少し残念そうな顔をする。

 しかし、それも一瞬の事。すぐに小さく唇を歪め、笑ってみせた。

 

 

「ま、それならそれで面倒が無くていっかッ! みんなに会ったら、『先に行ってる』って伝えておいてねッ!」

 

 

 武蔵の体が、蒼い輝きに包まれて消える。男の言葉に従い、一足先に神々の住まう都市へと向かったのだろう。

 

 

漂流(ドリフト)の連続使用でオリュンポスに向かうとは。まさしくレイシフトだな。だが、カルデア。お前達はそうはいかない」

 

 

 鉄壁とも言えるオリュンポス船団。

 知覚外から射抜く流星の矢。

 惑星(ほし)より遣わされた、島さえ呑む怪物。

 そして外側( ・ ・ )から雪崩れ込む、この惑星(ほし)の最大戦力。

 

 

「……わかっているのか、立香。ここでは異聞を学ぶ必要は無く、また学ぶ暇さえない。異聞帯を。クリプターを知ろうとした時、今度こそ、その旅は終わるだろう。…………全く。度し難いにも、程がある」

 

 

 そうして、男もまた蒼い光に包まれて消えていった。

 

 

 

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「ふんふふんふ~ん♪」

 

 

 楽し気に鼻歌を歌いながら、砂浜を歩く。

 短く揃えられた黒髪は黒曜石のように太陽の輝きを反射し、ルビーのような美しさを持つ赤い瞳は、絶えず海と森の両方を収め続ける。

 

 

「久しぶりのお姉様からのお願い、聞いちゃった♪ 大丈夫よ、お姉様♪ 私、必ずやり遂げてみせるからね♪ だから、帰ったらいっぱい褒めてほしいな♪ ぎゅ~って、抱きしめてほしいなぁ♪」

 

 

 自分をこの地に送った姉を想い、即興で考えた出鱈目な歌を口ずさむ。

 所々に赤いラインの入った、褐色の肌を持つ少女は、背負った弓に手をかけて構える。

 

 

「だからねだからね♪ 私―――」

 

 

 出鱈目な歌を歌いながら、陽気な気分でいながら、くるくると回りながら矢を番え―――

 

 

「―――邪魔な奴らを、みぃんなやっつけるの♪」

 

 

 その華奢な指には似合わぬ力を以て、その愛らしい外見にはそぐわない殺気を以て、射る。瞬間―――

 

 森が―――消し飛んだ。

 

 茂みからこちらの様子を窺っていた兵士達も、穏やかに採集をしていた島民達も、そこで静かに暮らす動植物も、全てを巻き込んで消し飛ばしていった矢の後には、ドリルで削ったかのような跡が惨たらしく残されていた。

 

 

「アッハハハハハッ! お姉様お姉様ッ! 私はやるわッ! 私はやるのッ! お姉様の為にッ! お兄様達の為にッ! アルバの為にッ! この海を―――私の海にするのッ! アッハハハハハハハハハッ!」

 

 

 愛する家族の為に、少女は海を赤く染め始める。

 

 神々の寵愛を受けた海は、少しずつ、外からの浸食を受け始めていた。

 




 
 ~会議終了後~
「カドック」
「なんだ? アナスタシア」
「さっきの会議で王族に手を出す云々の話があったでしょう?」
「あぁ、その事か……。その、嫌な気持ちになったのなら申し訳ない」
「……出してくれないの?」
「え……?」
「……ふふ、冗談よ。顔を赤くしちゃって、可愛い人ね」
「……ッ。冗談も程々にしてくれ……」
「あら、どこに行くのかしら?」
「芥のところだ。調合について訊きたい事があったのを思い出した。すまない、それじゃあッ!」ダッ
「あ、ちょっと……。……もう」

 ヴィイをぎゅっと抱き締め、ほんのり頬を朱く染める。

「……冗談だったら、どれほど良かったかしらね」ボソッ


「なにあれ」
「もどかしいわね~」


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