【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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幕間:いつか、煉獄の海にて

 

 轟音が鳴り響く。

 永劫と思える時の果てに、全てに終わりを告げる晩鐘が鳴る。

 

 それが具体的にはなにを意味するのか、私にはわからない。

 この()において、私はあくまで傍観者に過ぎず、ただこの光景を眺めている『誰か』の中で、事の成り行きを見守る事しか出来ない。

 それでも、この音は、この夢の主にとってのなにかが終わり、また同時に、それとは別のなにかが始まったと否応なしに感じさせられるものだと思った。

 

 『誰か』の視線が動く。

 膝をつき、今までずっと血のように赤黒い水で満たされていた砂浜から、自分の体を支える、奇妙な面を被った小さな人間らしき生物達に視線を向け、どちらからとも言わずに頷く。

 

 

『終わったンバッ!』

『勝ったッチャッ!』

 

 

 不思議な語尾で達成感に満ち溢れる声を上げる彼らだが、しかし『私』の気持ちは晴れない。

 達成感はある。これまで成し遂げたもののなによりも勝るこの達成感は、本来ならば心地良いものだろう。

 ―――だというのに、どうして胸が締め付けられる痛みを感じるのだろう。

 

 再び、『私』の視線が動く。

 

 暗雲が晴れていき、元の色を取り戻していく空。

 雲の切れ目から伸びてきた光の柱が幾つも眼前の海に聳え立ち、それに浄化されるように赤黒い海もまた、蒼き海へとその姿を変えていく。

 

 だが、その誰もが『私』の視界には入っていない。『私』の視線は、ただ眼前に広がる海の奥底へと向けられていた。

 

 

『……っ』

 

 

 小さく、息を呑んだ。それは私であり、同時に『私』のものでもあって。

 『私』は、ただ悲痛な声を漏らし、瞼を閉じた。

 

 視界が完全に闇に閉ざされる刹那、私は見た。

 

 ゆっくりと、スローモーションのようにゆったりとした動きでその姿を海の底へと消していくそれ( ・ ・ )

 

 所々に赤いラインの走った褐色の肌。ルビーのように煌めく、紅い瞳。

 

 独り、静かに沈み逝く彼女は―――優し気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

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 おはよう、とサーヴァント達と朝の挨拶を交わしながら、私は廊下を歩く。

 愛しの後輩であるマシュは、今ホームズやダ・ヴィンチちゃんと一緒に行動している。私はギリシャ異聞帯を攻略してしばらく経ったので、休息もそこそこに訓練を始めていた。

 ギリシャの神々が支配する世界を乗り越えても、時間は待ってくれない。まだ私達が切除すべき異聞帯は三つ残っており、その内の一つはギリシャ異聞帯を呑み込んでより巨大化したシュレイド異聞帯だ。

 急いては事を仕損じる、という諺があるように、無理して挑んでも返り討ちになるのは目に見えていた。なので私達は適度な休息を取った後、充分にコンディションを整えてから、各々が取り掛かるべき仕事に取り組んでいる。

 だからこそ、私もサーヴァントの強化や、自分一人でも可能な限り生存率を上げる為の訓練を行っていた。

 だが、今日の午前は休みだ。久々にゆっくりと出来る時間が確保できたので、ナーサリーやジャックちゃんといった子どもサーヴァント達と遊ぶのもいいかと思っていたのだが、その予定は先延ばしにするしかないだろう。

 

 あの夢―――赤い海に消えゆく、少女の夢。それをただ見つめる事しか出来ない、『誰か』の夢。

 

 その夢が誰のものかは、なんとなくだが理解できていた。

 地獄に存在していそうなあの海と、その原因であろう少女を討ったであろう人物は、少し前にカルデアに召喚されている彼女だろう。

 もしかしたら嫌な事を思い出させてしまうかもしれないが、なにも聞かないよりは、聞いて後悔した方がいいだろう。

 

 果たして、その探し人はすぐに見つかった。

 

 

「む、マスターか。なにか用か?」

「ちょっと、いいかな?」

 

 

 談話室でドレイクやイアソンといった、私からすればあの頃と同じ、アトランティス攻略パーティーの面々と会話していたラメールは、イアソン達に断りを入れて私についてくる。

 

 

「ごめんね。いきなり連れ出しちゃって……」

「そろそろ話も終わりかけていた頃だった。誰も気にしていないだろう。それで、話とはなんだ?」

 

 

 相も変わらずの仏頂面。最早鉄仮面と言っても差し支えないのでは、と思うくらいに動かない表情で、しかしその瞳にはこの場にいる誰もが持つ強い意志の輝きを纏う瞳で私を見下ろしてくる。

 それに私が昨晩見た夢の事を伝えると、「なるほど」と短く呟き声を漏らし、私より先に歩き出した。

 

 

「どこに行くの?」

「私の部屋だ。その事について話すのなら、マイルームの方がいい」

「わかった」

 

 

 あぁ、そうか。

 カルデアに集まったサーヴァント達が生前の自慢話をしているのはよく見かけるが、夢に出てくるような強烈な記憶は、あまり公言していないと、今更ながらに思いついた。それなりに長い付き合いの彼らだが、やはり知られたくない、あまり語りたくない物事も存在する。英霊に昇華された彼らであっても、例外はあるが元は命を持って生きていた者達なのだ。それの一つや二つぐらい、あっても不思議ではないか。

 

 ラメールに案内されて彼女のマイルームに入った私が真っ先に感じたのは、塩辛い風の匂いだった。

 

 木造の床や壁。どこかの民族がつけていそうな仮面が幾つもかけられた棚の近くには暖炉があり、それとは反対の場所にはこれまた簡素なベッドや本棚が設置されている。しかし、なによりも目を引くのは、その奥に広がる蒼海だろう。

 シミュレーターによる再現だとはわかっているが、それでも今自分がいるのはどこかの海の上に建てられた家なのではないかと錯覚してしまう程、綺麗な海だった。もしかしたら、まだカルデアに来る前に家族と一緒に旅行した時に見た海よりも綺麗かもしれない。

 

 思わずその光景に見惚れていると、ラメールが少し傾いている仮面に気付いたのか、テキパキと元に戻し始める。

 その時、彼女が持つ仮面に視線が向き、「あっ」と小さく息を漏らした。

 

 

「それって、もしかして……」

「知っているのか? これは、不思議な種族からの依頼を達成した時に貰ったものだ」

 

 

 そう言って見せてきたのは、私からすれば途轍もなく懐かしい、馴染み深いキャラクターそっくりの仮面だった。

 黄色い帽子に、緑色の顔。なんとなくだがカエルっぽい外見のそれ。どこからともなくゲロゲロゲロゲロと聞こえてきそうなその仮面に、思わずふっと笑みが零れた。

 

 彼らが太古の時代にこの地球(彼ら風に言えばペコポンだろうか)に来ていたと考えると、まさか漫画のキャラクターまでもが実在していたとは、と感嘆する。流石に時間が経ちすぎているため、彼らは既に天寿を全うしているだろうが、会えるのなら一回でもいいから会ってみたい。

 

 

「どんな経緯で知り合ったの?」

「カヤンバとチャチャ……私の仲間の奇面族の子ども達だが、彼らに焼かれていたところを助けた」

「えっ」

「手足を縄で固定され、何度も回されながら焼かれていた。涙目で暴れていたものだからすぐに救出して、まぁ、紆余曲折あって依頼を受けたという流れだ」

「そ、そうなんだ……」

 

 

あまりにも予想外な出会いに思わず顔が引き攣る。

 

 しかし、こう言っては何だが、あの軍曹が焼かれているのは簡単に想像ができてしまう。確か、映画じゃイースター島辺りで焼かれてた気がするし。

 そのまま私は、彼女が彼から受けた依頼の内容について尋ねたのだが、ラメールは軽く目を背けた。……あまり思い出したくないものなのかもしれない。

 

 

「そういえば、一度お前ぐらいの歳の男とも会った事がある。コウコウセイ……と言っていたが、これは確か学生の身分だったな?」

「えっ、高校生もいたのッ!? あの、その人はどういった感じの……」

「特徴的な髪型の男だった。殺人鬼を追っていたそうだが、その際に私と出会ったらしい。突然現れて、突然消えたがな」

 

 

 特徴的な髪型に、殺人鬼を追う高校生……。……あ~、わかっちゃったかも。

 

 

「凄いなぁ……まさかその人とも会ってるなんて」

「また知っているのか。どこで知ったんだ?」

「それは後で話すよ。それよりも、さ」

「……あぁ。そうだったな」

 

 

 話が大分逸れてしまったが、今回私がこの部屋に招かれたのは彼女の夢、というより、その過去について知る為だ。

 ラメールに促された私がベッドに腰掛けると、その隣に彼女が腰を下ろしてきた。

 

 

「どんな夢を見た?」

「……赤い海に、女の子が沈んでいく夢」

「……そうか」

 

 

簡潔に述べた答えに、ラメールは僅かに俯いた。青い前髪に少し隠れた瞳は伏せられており、それが彼女にとって、あの夢がとても重要なものだという事を痛感させられる。

 

 

「私と“煉黒龍”との戦いは知っているな?我がマスター」

 

 

 その問いに、私は間髪入れずに頷いた。

 知らないはずがない。ラメールの物語を綴った“モンスターハンター”3章と、その続編である3Gにおいて、“煉黒龍”との決戦は文章だけでもその苛烈さを感じさせられるものだ。

著者がこちらとは別の次元に潜むと言われている邪神と結びついている赤衣さんなため、読者にそう思わせるようななにかを仕込んでいるのか、それとも彼自身の才能が私達にそう錯覚させているのかわからないが、それらを抜きにしても、“煉黒龍”との戦いは死闘を超えた死闘だという事は理解しているつもりだ。

 

そこで私は、「もしかして」と呟いた。

 

 

「察しがいいな。お前の考えた通り、その少女は“煉黒龍”が人の姿に化けたものだ」

「……やっぱり……」

「そうか。お前は既にそういったタイプの者と会っていたのか。ならば、話は早い。私は、あの時の事を悔いているのだよ」

「悔いている?」

 

 

うむ、と小さく頷いたラメールは、遠くを見るような目で仮想の海を眺め始めた。

 

 

 

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「彼女とは、あの戦いよりも前に知り合っていた。当時の私は、まさか彼女が伝説に語られる“煉黒龍”とは思ってはいなかったが」

 

 

 それは、遠く離れた地での狩りを終えた頃の話だという。

 遠方から帰還し、村人達から労い言葉を掛けられた後、ラメールは単身で海岸へと向かった。

 なにかしらの目的があったわけではない。ただなんとなく、散歩に出かけようと思っただけである。

 

 比較的肉食モンスターが出現しない道を歩いていた時、ふとラメールは茂みに隠れていた小穴を見つけた。

 引き寄せられるようにその小穴に入ったラメールが目にしたのは、夕陽を受けて光り輝く砂浜で遊ぶ、一人の少女の姿。

 

 それが、ラメールと少女―――“煉黒龍”グラン・ミラオスとの出会いだった。

 

 

「初めは驚いた。モガの村でも、タンジアの港でも見かけなかった少女が、さも当然のように遊んでいたのだからな」

 

 

 楽しげに遊んでいる以上、自分が邪魔するわけにはいかないため、初めはラメールもすぐに退散しようとしたらしい。

 しかし、その存在に気付いた少女はラメールに「一緒に遊ぼう」と誘いをかけてきたのだ。

 

 初めはあまり乗り気ではなかったラメールだが、結局最後には折れて彼女と遊んだらしい。

 

 

「日が暮れる前には帰らせるべきだと考えてはいた。いくらモンスターが出現しないと言っても、この世に絶対というものは存在しない。場合によっては、私が彼女を護らなければならないと思っていた」

 

 

 “絶対強者”という呼ばれる“轟竜”ティガレックスといえど、縄張り争いに敗北して住処を追われる事もあるように、比較的モンスターが出現しないその海岸に、絶対にモンスターが出現しないという事はあり得ない。

 その頃はまだ最高の狩人の証を持つに相応しい実力も功績も持っていなかったラメールは、それでも自分が彼女を護らなければならないと思っていた。

 

 そして、結局モンスターに襲われる事はないまま、ラメールは日が暮れる前に遊びを切り上げ、少女と共に海岸を後にしたという。

 しかし、モガの村に戻った時、いつの間にかその少女は姿を消していた。

 

 

「村長に『どこに行っていたのか』と訊かれ、子どもと遊んでいたと返したのだが、彼曰く、赤いラインの入った褐色の少女など見た事がないと言われ、唖然としたよ」

 

 

 モガの村は物心ついた頃には既に天涯孤独の身だったラメールにとって、第二の故郷と呼んでも差し支えない場所だ。赤いラインの入った褐色の肌という特徴的な容姿を持つ少女がいたなら、間違いなく誰かしらの記憶に残っているはず。というより、ラメール自身が忘れるはずがないのである。元から村に住んでいた彼らよりも村に対する想いが強いとは思ってはいないが、それでも彼らと真っ向から勝負できる程の強さを持っていると自負していた。

 そんな彼女や村人達の誰も、あの少女の事は知らなかった。

 念の為にタンジアの港にも足を運んでみたのだが、そこのギルドマスターや受付嬢達からも、そのような少女を見たという話は聞けなかった。

 

 それから数日後、再びの狩りを終えたラメールがあの海岸に向かうと、以前その海岸で出会った少女がいた。

 名前を聞き忘れた事もあって訊ねてみると、彼女の名前があの伝説のモンスターと同じ、『ミラオス』というものであると知った。

 それについて訊いてみると、彼女は、

 

 

『え? 名前が伝説のモンスターと同じ? 偶然じゃないの?』

 

 

 などと、なんて事もないように告げ、砂遊びを再開し始めた。そんな彼女を見て、『それもそうか』と一人納得し、ラメールも彼女の砂遊びをサポートした。

 

 それからというもの、ラメールはその海岸で時々彼女と出会っては、他愛もない話や水遊びなどをしながら気ままな時間を過ごした。

 ハンターとしての生活もあり、数日、または一週間、それでも長ければ最長で一ヶ月程村から離れる事が当たり前だったのもそうだが、ミラオスが海岸にいない事もあって、二人が会えたのは十回あるかないか、という程少なかった。

 知り合ってから経った月日に比べれば、あまりに少ない回数。しかしそれでも、彼女と過ごす時間は、ラメールにとっては狩人としての自分ではない、一人の人間としての時間と言っても過言ではないくらいに充実し、リラックスできたものだった。

 

 それからしばらく経った頃だった。タンジアの港に、“煉黒龍”出現の報せが届いたのは。

 

 かつて、幾つもの大陸や島を海の底へと沈めた、伝説に語られる“禁忌”の一角。討伐隊のリーダーとして先陣を切る事を任されたラメールは、いつもと同じようにギルドからの要請を受け入れ、“煉黒龍”討伐へと赴いた。

 

 そして、地獄からこの世に溢れ出てきたのかと思える程に真っ赤に染まった海で、()の龍と邂逅したのだった。

 

 

 

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「そこからは、お前が夢で見た通りだ。死闘の末、私は“煉黒龍”を討ち取った。不死と呼ばれた心臓の鼓動を止め、海の底へと沈めた。……そして、その正体を知った。知ってしまった」

 

 

 両手を握って俯いたラメールは、それで話を終わらせた。

 

 嗚呼、なんという話だろうか。唯一、自分に人としての時間を過ごさせてくれた相手が、かつて世界を危機に陥れた龍達の一角であり、そのトドメを刺したのが、紛れもない自分自身だったなんて。

 最強の狩人として語られ、歴史にもその名を刻んだラメールが、唯一後悔の念を抱いた狩り。彼女がそう考えてしまうのも、当然の事かもしれない。

 

 

「……辛かったよね」

「……あぁ、辛かった。恩がある相手に、私は仇で返してしまった。狩りに後悔をしたのは、後にも先にもあれだけだった」

 

 

 それが、より彼女の心を責め立てた。

 狩りに後悔の念を抱かず、寧ろ感謝の念を抱く事こそ、ハンターとしての在り方らしいが、その時のラメールは、その在り方から外れてしまっていた。

 

 思えば、彼女が『モンスターハンター』の称号を手に入れるのは、“煉黒龍”討伐から数年経っての事だったと、今更ながらに思い出す。

 確か、それまでの間は狩人としての生活から抜け出し、放浪の旅に出たと叙事詩では語られていたはずだ。

 その事について訊ねてみると、「概ねその通りだ」と返された。

 

 

「狩猟した命に感謝を込め、自然との調和を取り持つ―――それがハンターだ。しかし、その時の私は、これからの自分にそれが出来るとは到底思えなかった。だからこそ、私は色んな場所を巡りながら、ハンターとは別の道に進むべきか否かを考え続けた。……そんな時だった。私が彼女(・ ・)と出会ったのは」

「彼女?」

「―――アンナ・ディストローツ」

「―――ッ!?」

 

 

 予想外の名前に、私は思わず呆気に取られた。

 まさか、北欧異聞帯の時に、彼女はシグルドとブリュンヒルデと面識があるようだったが、まさかラメールも彼女と知り合いだったとは思わなかった。

 

 

「恐らく、私が“煉黒龍”を討伐したと聞いてきたんだろう。そして、ハンターとは別の道を模索していた私を見た。それから……」

「それから……?」

「殴り飛ばされたよ。『なんで貴女が、そんな事してるのよッ!』と、まさに正論というべき他ない事を言ってな」

 

 

 どうやら、アンナはラメールを殴り飛ばした後、彼女を掴み上げては何度も彼女を殴ったらしい。

 

 なぜ、貴女がそんな顔をしているのか、と。

 なぜ、貴女は狩人の道から外れようとしているのか、と。

 なぜ、(ミラオス)の命を背負ってくれないのか、と。

 

 

「私は、恩を受けた相手を殺し、自棄になっていた。彼女の命を奪った責任から、逃れようとしていた。だが、彼女に殴り飛ばされて、思い直したんだ」

 

 

 奪った命に責任を取らないなど、罪深いにも程がある。たとえ恩を受けた相手であっても、この手でその命を刈り取った以上、それに対する責任を持たなければならないのだ。

 

 そして、数年の時を経て、遂に煉獄を制した勇者は立ち上がった。

 

 最強の狩人(モンスターハンター)、ラメールの誕生である。

 

 

「そこからの私は、『モンスターハンター』として多くの狩りに出向き、制してきた。そして、これまで狩ってきた全ての命……その全てを背負い続けた」

 

 

 それは、年老いてハンター稼業を引退してからも続いた。モンスターは狩れなくなっても、生きていく以上他者から命を貰う事からは避けられない。最後の最後まで、彼女はハンターとしての在り処を見失わず、その人生に幕を下ろした。

 

 

「これが、私の生涯だ。幻滅したか? 狩人とは常に自然との調和を図り続けるべき存在なのに、一時とはいえその責務から逃れてしまった、この私に」

「そ、そんな事ないよッ! 逃げたくなっちゃうのは仕方ない事だし、逃げたラメールを責める事は、私にはできないよ」

 

 

 いや、きっと誰も、彼女を責める事など出来はしない。アンナにそれが出来たのは、遺族として、彼女にミラオスの命を背負ってほしかったからだろう。

 

 

「……ありがとう、マスター」

(あっ、ラメール、笑ってる……)

 

 

 カルデアに召喚されてからは仏頂面や落ち込んだ顔ぐらいしか見せてくれなかったラメールが見せてくれた笑顔に、つい笑みが零れる。

 

 

「でも、とても素敵な人……人? まぁ、いいや。素敵な人だね。ミラオスって」

「なに?」

「狩人として生きて、人の願いを叶え続けたラメールが、人間として過ごせる時間を作ってくれたんでしょ? ミラオスがそう思ってそうしたのかはわからないけど、もしそうだったら、とても素敵な事だと思う」

「……」

「もしかしたら、ミラオスとは敵として戦うかもしれないけど。もし召喚できたら、色々と話……を……」

 

 

 海からラメールに視線を移した直後、私は言葉を紡ぐのを中断してしまった。

 それは、今私の隣りにいるハンターが、

 

 

「……マスター?」

 

 

 物凄いオーラを放ちながら(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)私を睨んできてるから(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

「あ、あの……怒ってる?」

「? いや、特には」

「嘘……」

「嘘なものか。なぜ、私がお前に怒る必要がある?」

「え、本当? 嘘じゃなくて……?」

「そうだ」

「……ご、ごめん。ちょっと待って」

 

 

 視線を外し、彼女に背を向ける。

 

 え、なに? もしかして、本当に怒ってない? でも、それにしては凄い怒ってるオーラが出てるんだけど? それとも、怒りとは別の感情? え? え? 私、なにか変な事言ったかな……?

 

 ……あっ。

 

 私、わかっちゃったかも。

 

 

「ラメールってさ……独占欲強いよね?」

「……?」

 

 

 私の言葉に、変なところで鈍感な最強の一角は首を傾げるのみ。それに思わず溜息を吐いた私は、彼女からの詮索を躱すようしながら話を聞かせてくれた事への感謝を告げ、部屋を後にした。

 

 なんか、大変そうだなぁ……色々と。

 

 

 

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 深く、深く、どこまでも深く……。

 生涯という航海に幕を閉じ、ただ安寧のまま、暗く静かな世界に沈む。

 

 本当に、色々な出来事があった。

 大海の王者を狩り、深淵の王を狩り、そして、煉獄の主を討滅した。一時は狩猟生活より離れ、一大ブランドを立ち上げた事もあった。

 早くに両親を喪い、長らく天涯孤独の身だった己に、第二の故郷は家族と呼ぶべき仲間達を与えてくれた。

 狩りに失敗し、重傷を負った時もあった。最悪の場合、狩人の道を諦めなければならない程の事態に直面する事もあった。

 あの時は苦しかったが、今となってはそれも良い思い出だと思えてしまうのは、命の物語から退場した者だけが抱く感傷なのだろうか。

 

 しかし、そのなによりも勝る記憶といえば、あの少女のものだろうか。

 

 とある日の夕暮れ。気まぐれに散歩をしようとでも思い、ふらふらと当てもなく歩いた末に辿り着いた砂浜。村からも港からも離れたその場所で、一人の少女を見つけた。

 

 所々に赤い模様の入った、赤茶色に焦げたような褐色の肌の少女。年端も行かぬ見た目であるはずなのに、どこか浮世離れしたような雰囲気を纏う、不可思議な女の子。

 スラリとした素足で足元の海水を踏み、その度に足元で流れる音楽が面白いのか、夢中になって遊んでいるその姿に、まるで一枚の絵画を見ているような気分になった。

 

 そこで、私の存在に気づいた彼女は、ふっと小さく淡い笑みを伴って、優しく私の手を取ってきた。

 

 

『ねぇねぇ、君も遊ぼうよ。楽しいよ?』

 

 

 その無邪気な笑顔を曇らせたくなくて、誘われるがままに彼女と共に遊んだ。互いに水音を奏でながら、どこか似通ったリズムで踊り続ける。

 その時の私は、久々に狩人としての己を忘れ、純粋な、ただ一人の人間として楽しめていた。

 

 それからというもの、私と彼女……ミラオスは時々出会っては他愛もない話をしたり、こうして砂浜で遊んだりしていた。

 

 しかし、それはあの日……煉獄の主を討伐する日を境に無くなってしまった。

 

 後の人生を振り返ってみても、正しく己の人生最大の狩りを成し遂げた私は、その時の事を話したくて、あの少女が姿を現すのを待ち続けた。しかし、どれだけ待ち続けても、彼女が再び私の前に姿を現す事はなく、「あぁ……」と、私は一人納得してしまった。

 

 あの龍は、彼女だったのだと。少女は、煉獄の支配者だったのだと。

 あの眼差し、あの体色。どこかで見覚えがあるとは思っていた。その鼓動を止めた時のあの瞳を、私は知っていたのだ。

 

 それに気づいた私は、思わずその場に蹲り、あらん限りに泣いた。

 たとえ、その正体が人類を滅ぼす龍であろうと、あの少女との思い出は、私の根底に深い傷跡をつけていた。そんな彼女の命を、私自身が奪ってしまった事を、私は嘆いた。

 その衝撃は計り知れるものではなく、一度は自らこの命を絶とうとした事もあるくらいだった。それ程までに、私はあの少女との記憶を至宝の宝として思っていたのだ。

 

 だが、結局私は、己の命を絶つ事はなかった。

 死ぬのが怖くなったのではない。死への恐怖など、狩人になった時点でとうに克服している。

 私が恐れたのは、ここで私が死ぬ事で、これまで私が狩ってきた命が……彼女の死が無駄になる事だった。

 だからこそ、私は生き続けた。この命尽きるまで、戦い続けた。

 

 そして今、私はこの海の中にいる。

 

 

 ………………………………。

 

 …………………………。

 

 ……………………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……あぁ。

 

 

(あの、光は……)

 

 

 どこまでも深く続いていく中、一つの光を見つけた。

 炎のように燃える、真っ赤な光。全てを灼き尽くすようでいて、遍く命を抱き締めるような、優しい光。

 その輝きに、私は手を伸ばす。

 

 なぜ、手を伸ばすのか。

 わからない。ただ、そうしたかったから。

 

 なぜ、そこまであの光を求めるのか。

 わからない。ただ、そうしたいと思ったから。

 

 なぜ、あの光は鼓動しているのか。

 それはきっと、あの光が、あの少女のものだから。

 

 ならばなぜ、己の心臓も、また鼓動しているのか。

 ……わからない。けれど、あの光に触れられたら、きっとわかるはずだ。我が生涯において終ぞ知り得なかった、この昂りを。

 

 

 ……あぁ。

 我が好敵手よ。我が輝かしき記憶の主―――煉獄の君よ。

 

 私は、私は、私は、私は……わたし、は……

 

 

 

 

 

 

 

 君に―――■をしているのだ。

 

 

 

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 深紅に染め上げられた海域で、一人の少女が眠る。

 

 己の持つ権能と呼ぶべき力によってこの世に具現化した地獄の中、胎児のように丸まって瞼を閉じている少女―――ミラオスの口元には、小さな笑みが刻まれている。

 

 

(ラメール……)

 

 

 サーヴァントは夢を見ない。

 死者が夢を見る事は、あり得ないから。

 夢とは、生者が見るべきものだから。

 

 それでも、彼女は夢想する。己の宿敵にして、誰よりも愛する、一人の狩人の姿を。

 

 ―――胸元に触れる。

 

 普段は衣服に隠されているため見えないが、その奥にある素肌には、相当の熱量によって焼かれた事が否応なしにわかる程の火傷の痕が残っている。

 

 しかし、ミラオスにとって、それはなによりも代えがたい大切なものである。

 

 

(あぁ……)

 

 

 未来を夢見る。

 彼女が再び眼前に現れ、この身を焼き尽くす程の、しかしどこまでも清らかな激情で、自分に戦いを挑んでくる未来を。

 

 その光景を思い浮かべるだけでも、心がぽかぽかと温かくなる。彼女と再び、命を懸けて戦えるという喜びに心中が満たされる。

 

 

(早く、会いたいな……)

 

 

 微睡みの中、煉獄の少女は願う。

 

 彼女達が巡り合う時、それはきっと、なにかが始まる時なのかもしれない―――。

 




 
 前回、百合要素を入れると話はしましたが、普通にがっつり入ってましたねぇ……。

 ちなみにですが、もしラメールとミラオスが恋愛勝負を行った場合、ミラオスはラメールの独占欲マシマシイケ魂の前にたじたじのメロメロになり、あっという間にお嫁さんにされます。勝負もなにもありませんね、一瞬で決着が着きます。
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