緋雷ノ玉座   作:seven74

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 どうも皆さん。
 次のイベントの特攻サーヴァントの中にモルガンが入っていたため、ガチャで入手できるかもしれないという可能性に胸を高鳴らせている作者、seven774でございます。
 今回はカドック・オフェリア・ペペロンチーノVSリンボですッ! それではどうぞッ!



クリプター連合VS蘆屋道満

 

 シグルドが撃ち出した短剣が空を切り裂いて飛んでいく。

 それを体を軽く逸らすだけで完璧に回避してみせた道満は、式神を左右にばら撒きながら走り出す。まるで低空飛行をしているのかと思える程に体を倒して走りながら、道満は鋭利な爪が伸びる左手で手刀を繰り出してくる。

 素早い速度で瞬く間に距離を縮められるも、シグルドは欠片も動揺せずに大剣を振るう。片方が爪だとは思えない程の金属音が鳴り響き、少量の火花を散らして大剣と手刀が同時に弾かれる。

 そこへすかさず道満が撒いていた式神達がシグルドを攻撃。呪詛の籠められた魔力弾を前にシグルドは反射的にバックステップによる回避を行うが、それを読んでいた道満は即座に開いた距離を縮める。

 標的を逃した呪詛の雨を右足に籠め、勢いよく踏み下ろす。

 

 ダァン、という音と共に床に亀裂が走り、そこから噴き出した呪詛の渦がシグルドを呑み込もうとする。

 

 

「加速しなさい、シグルドッ!」

 

 

 しかしそこへ、オフェリア(マスター)が魔術をかける。

 全身が一気に軽くなる感覚に襲われた瞬間、シグルドは片足のバネを使って跳躍。足元から噴き出してきた呪詛の渦から間一髪で逃れた。

 道満はそれでもシグルドに追撃を行おうとするが、彼の背後から飛び出した影を目にして追撃を中断。式神達を召喚するや否や、魔力によって形成された障壁を展開する。

 

 

「ゼェリャッ!!」

 

 

 覇気を伴う叫びと共に振り下ろされたチャクラムが、式神達が展開した障壁に叩きつけられる。数瞬はアシュヴァッターマンの攻撃を防いだ障壁だが、仕込みスパイクが飛び出したチャクラムと、その所有者であるアシュヴァッターマンの力は計り知れず、数本の亀裂が入った途端にあっという間に瓦解。だが、道満は既にそこから退避しており、障壁を砕いたチャクラムは床を粉砕するだけに留まった。

 

 

「アナスタシアッ!」

「凍てつかせなさい、ヴィイッ!」

 

 

 道満の足が床に触れる直前、アナスタシアに抱えられた人形から冷気が放たれる。

 精霊より放たれた絶対零度の息吹は標的を氷像に変えんと迫るが、道満は冷静に合掌するように両手を合わせると、彼を中心に発生した呪詛の嵐が主を冷気から護り抜いた。さらに手品のように手元に新たな式神を用意したかと思えば、そこから呪詛による攻撃を放って迫ってきていたシグルドとアシュヴァッターマンを吹き飛ばした。

 

 

「ンンッ! 無為、無駄ァッ!」

 

 

 恐らく自分を凍り付かせた後、シグルドとアシュヴァッターマンの攻撃で打ち砕く予定だったのだろうが、既にそれが読めていた道満は口元を歪ませて嘲笑の声を上げ、態勢を立て直した直後のアシュヴァッターマンに迫る。

 チャクラムによる迎撃が間に合わないと悟ったアシュヴァッターマンは、即座に邪魔になるチャクラムを消滅させ、両腕を交差させて即席の盾とする。

 瞬間、道満より繰り出された回し蹴りがアシュヴァッターマンに炸裂し、ダメージの軽減は出来ても、衝撃を殺し切れなかったアシュヴァッターマンは堪らず蹴り飛ばされてしまった。

 そこへシグルドが回収した短剣を両手に装備して斬りつけてくるが、道満は両手の爪でそれを迎撃。戦士達の王と讃えられたシグルドの剣技に勝るとも劣らぬ体術で短剣を捌き、一気に彼の両手から短剣を弾き飛ばした。短剣を弾かれた影響で胴を晒す事となったシグルドの目に焦燥の色が浮かび、道満は勝機と見て喉元に右手を突き出す。

 

 獲った―――そう確信した瞬間、シグルドの表情に道満は自分が誘い込まれたと理解した。

 

 狩るべき獲物を定めた猛禽類のような、獰猛ながらも冷静さを感じさせる視線に気圧されて右手を引こうとするも、それはシグルドに右手を掴まれる事で阻止されてしまう。

 

 まずい、と思うも束の間。足を払われたと思った次の瞬間には、道満の背中は勢いよく床に叩きつけられていた。

 

 

「ガ―――ッ!」

 

 

 肺から押し出された空気が一瞬で喉元を過ぎていった嫌な感覚を覚えながらも、道満は懐から飛び出させた式神による攻撃でシグルドを吹き飛ばし、態勢を立て直そうとする。しかしそれが許されるわけもなく、今度は頭上から迫ってきた巨大な拳が道満を殴り飛ばした。

 回避も防御も出来ずに殴られた道満に、影―――ヴィイはその暗黒の体の中で唯一輝く青い瞳を瞬かせ、そこから魔力光によるビームを発射する。

 

 バチチッ、と弾ける音と共に道満は再度吹き飛ばされるも、片足で地面を軽く蹴って体を浮かせた後、呼吸を整えながら体を捩り、完璧に着地してみせた。

 すぐにアナスタシアが右掌から放った氷槍が道満を狙うも、彼の手から放たれた式神がそれを打ち砕き、続けざまにアナスタシアを狙って呪詛の弾を飛ばすも、それは彼女の背後に聳える巨影によって阻まれた。

 

 

「……中々、しぶとい。かつての異聞帯を管理していた時よりも腕を上げたと見える。ただただ、あの女―――アンナ・ディストローツの庇護下で怠惰に過ごしていただけではない、という事ですか」

「悪いが、彼女も僕らがタダ飯食らいをする事は許してくれなくてね。指定された課題を達成する毎日さ」

「ンン……拙僧、どうやら貴方々を見縊っていたようで。ならば仕方ありませぬ。ここからは拙僧も、本気でかからせてもらいましょうか……ッ!」

 

 

 獰猛な肉食獣を連想させる瞳を見開き、道満が周囲に式神をばら撒く。

 数にして五十。いったいどこに隠し持っていたのかと思わざるを得ない数の式神達が、一斉にカドック達に襲い掛かる。

 主を護るべく動き出したサーヴァント達に、上空から鳥型の式神が影を落とす。その式神達から強い魔力が放たれた瞬間、それを真っ先に感じ取ったシグルドが殴り飛ばした短剣が瞬く間に式神達を貫き、霧散させる。間髪入れずに今度は球体の式神が突進してくるが、アナスタシアは背後に伴うヴィイでそれを受け止めたかと思えば、それを抱え上げて自分達に集まりつつある式神達を薙ぎ払い、最後に勢いよく投擲した。

 ボウリングの要領で投げられた球体の式神は勢いを殺せぬままゴロゴロと転がっていき、味方の式神達をピンのように弾き飛ばしていった。

 

 自分のサーヴァントがなにをするのかを予測できていたカドックが既にオフェリアとペペロンチーノに指示していたため、三人は前方の式神達と同じ運命を辿る事無く、無傷でそれを回避する。

 ヴィイが式神を投げた事で道が拓け、マスターとサーヴァントを阻む壁が無くなるが、それを許す道満ではなく、休む暇を与えずに新たな式神を召喚。背後からサーヴァント達に攻撃を仕掛けるが、彼らは見事に反応して不意打ちを防いだ。

 

 間髪入れずに飛んでくるであろう攻撃に身構えるサーヴァント達だが、道満からの追撃はない。まさか、と思って振り返ってみれば、いつの間に移動したのか、カドック達の背後に道満の姿があった。

 

 通常の聖杯戦争において、 基本勝敗を決めるのは召喚されたサーヴァント達による戦闘である。そのマスターである魔術師達は、如何に凄腕であろうと英霊との力は歴然であり、支援で手一杯になってしまう。また、サーヴァントのステータスの最低ランクはEランクであるが、このランクだとしても、並の人間の頭蓋骨を握り潰す事は容易なものとなっている。故に、場合によっては筋力が最低値のサーヴァントであろうとも、マスターを殺害する事で、普通ならば自分が勝てないはずのサーヴァントを魔力切れに追い込んで勝利する事も可能だ。

 

 こういった、所謂『マスター殺し』も、聖杯戦争では立派な戦略の一つに数えられている。そして今、聖杯戦争が起こっていないこの場所において、それは行われようとしていた。

 

 サーヴァント達の瞳に焦燥の色が浮かんだのを見逃さなかったマスター達が即座に回避行動を取ると、先程まで彼らの首があった場所を黒緑色の軌跡が走っていった。

 なんとか回避出来た―――そう思った頃には、既に道満はマスター達の一人―――カドックの真横に立っていた。

 

 

「うぉ―――ッ!」

 

 

 振るわれた拳を咄嗟に回避したカドックが、バックステップで距離を取る。続きざまにカドックを袈裟斬りにしようと手刀が迫るが、この危機的状況において、カドックの脳は的確に情報を処理していた。

 次に来る攻撃も回避し、さらに連撃をも、動きは多少荒いが捌いていくカドックに、道満は僅かに驚愕した。

 常人であれば間違いなく避けきれない攻撃の数々を、見事に躱し、捌いていくカドック。微かに両手両足に回路のような光の筋が見える事から、身体強化の魔術を使っているのだろうが、それだけにしては無理がある。

 

 ならば、と速度を上げた手刀を突き出す。

 道満の爪には、直撃した対象に悶えるような激痛を与える呪詛が籠められている。サーヴァントにも一定の効果を発揮するこれが直撃すれば最後、カドックは最早生き延びる事は出来ないだろう。

 真っ直ぐに伸びていく手刀は、カドックの鳩尾目掛けて一直線に進んでいく。

 獲った―――そう確信した瞬間、

 

 

「な―――馬鹿なッ!?」

 

 

 一切の無駄を感じさせない足捌きで素早く手刀を回避されたカドックに、逆に鳩尾にガンドを叩き込まれた。

 身体能力云々が関係ない、魔力によって形成された弾丸が、的確に人体の急所に数えられる鳩尾に直撃した道満は、反射的に鳩尾に手を当てて後退る。だが、ただダメージを受けた、というだけならば、道満もすぐに反撃に出ただろう。それをしなかったのは、『サーヴァントが人間にカウンターを受けた』という認めがたい事実が、道満の動きを鈍らせたからだ。

 

 その隙にカドックは道満から距離を取り、腰に装着されたポーチに手を突っ込んだ。

 

 ……突然だがここで、普段シュレイド異聞帯にいるカドック達がなにをしているのかについて説明しようと思う。

 アンナの庇護下に置かれた彼らを、ただのびのびと自由に生活させる事を、アンナは許さなかった。もちろん、適度な休息や休日は用意しているが、それ以外の日には、現在シュレイド異聞帯においては唯一と言ってもいい旅団―――“我らの団”の護衛や、シュレイド城周辺のモンスター達の観察、虞美人によるシュレイド異聞帯の自然環境や環境生物についての講義を受けている。

 虞美人は、まだ人間の(カタチ)を得ていなかったとはいえ、肉体を持たぬ精霊として、竜種と人類種が共存していた太古の時代の景色を覚えていた。もちろん、当時の人間達の生活も目にしているのが、彼ら―――主に人々を自然の脅威から護る役割を担うハンター達が、普段どのような環境生物・道具を狩猟に利用していたのかは、特に記憶に残っている。

 

 ありとあらゆる能力面でモンスターに劣っている人間達は、彼らに滅ぼされないよう日々研鑽を重ね、やがて朽ちた竜種の骨から武器を作り、そこからより強力な武器や施設を整えていった。それと並行して人類が手を入れ始めたのが、より円滑に、より安全に狩猟を成功させるサポートアイテムの開発である。

 吹雪が吹き荒れる寒冷地、またはマグマが流れる灼熱の地での長時間の活動を可能とするホットドリンク、クーラードリンク。空腹になったモンスターに食べさせる事で一定時間動きを止められるシビレ生肉。聴覚が敏感なモンスターに衝撃を与え、攻撃のチャンスを生み出す音爆弾等々……その種類、用途は多岐に(わた)る。

 

 彼女から知識を得、自らの手で比較的安全な場所で素材を入手し、自らの手で調合したアイテムは、“我らの団”護衛中にモンスターと遭遇した時、余計な戦闘を避ける場合の逃走用などに用いられる事が多い。

 

 そして、モンスターの観察によって培ったのは、なにも彼らの知識だけではない。

 シュレイド城周辺のモンスターは、その地下で未だ誕生の時を待ち続ける“王”から漏れ出た生体エネルギーによって出来た龍結晶のエネルギーに引き寄せられた強者達。外に出る為の安全なルートは確立されているが、その先に広がる大自然の中では、強さは比べるまでもないが、彼らの同種などごまんといる。

 だからこそ、カドック達はそのモンスター達の生態を調査すると同時に、シグルドやアシュヴァッターマン、そして時々参加するボレアスの下で修行をつけ、『生き残る為の技術』を身につけた。

 歴史にその名を轟かせるスパルタの王には及ばないだろうが、それでも充分スパルタと言える修行によって、カドック達は知識面でも肉体面でも、大幅な強化を果たした。

 先の道満の攻撃を見切り、反撃の一撃を与えたのも、その修行の賜物である。

 

 そして今、カドックがシュレイド異聞帯で身につけた知恵の牙が、道満に喰らいつく。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 まるで居合斬りのような勢いで、カドックがポーチから取り出す勢いを殺さずに投げたそれ( ・ ・ )が、道満の眼前まで迫る。

 

 道満がそれを掴み取ろうと、右手を向かわせる。だが、それよりも先に球体のそれ( ・ ・ )が砕かれ、眩い閃光が迸った。

 

 

「ギャアアアアアアアアアッッッ!!?」

 

 

 目の前で炸裂した玉―――閃光玉の光に目を焼かれた道満が、堪らず絶叫を轟かせた。

 両腕で庇った目を固く閉じて光による視覚へのダメージをある程度軽減したカドックが瞼を持ち上げる。殺し切れなかった光によるダメージで多少視界がぼやけているが、それでも両手で顔を覆って悶えている道満の姿は捉えられていた。

 

 

「勝機ッ!」

 

 

 アナスタシアとアシュヴァッターマンと協力し、全ての式神を消滅させたシグルドががら空きの胴体を大剣で斬りつける。

 

 

「ぐほァ……ッ!」

 

 

 防御すら出来ずに北欧の大英雄の会心の一撃を受けた道満の胴体から、噴水のように赤黒い血が噴き出す。

 吹き飛ばされた道満が転がり、激痛に悶えながら立ち上がろうとする。しかし、シグルドの一撃が重かったのか、まだ閃光玉の影響が残っているのか、すぐに態勢を整える事は不可能のようだ。

 

 

「アナスタシアッ!」

「シグルドッ!」

「アシュヴァッターマンッ!」

 

 

 そして、この最大のチャンスを逃さない彼らではない。

 高らかに己の相棒の名を叫び、令呪が刻まれた右手を道満に差し向ける。

 

 

「「「宝具の使用を許可するッ!!」」」

「ヴィイ、全てを見なさい。全てを射抜きなさい。我が霧氷に、その大いなる力を手向けなさい」

「魔剣完了。貴殿の矜持、見せてもらおう」

「我は死を齎す戦士なれば、不滅の刃を以て汝を引き裂こうッ!」

 

 

 アナスタシアの背後で立ち上がった巨影が、その手を道満に何度も叩きつけ、打ち上げる。

 打ち上げられた道満の体を、シグルドが撃ち出した無数の短剣が貫き、その間にアシュバッターマンが前方に置いたチャクラムが回転し、全てを焼き尽くす炎を纏う。

 

 

「魔眼起動―――疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)ッ!!」

「是なるは破滅の黎明―――壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)ッ!!」

「―――転輪よ、憤炎を巻き起こせ(スダルシャンチャクラ・ヤムラージ)ッ!!」

 

 

 巨影の瞳から放たれた絶対零度の視線が道満を凍てつかせ、そこへシグルドが拳で大剣を叩きつける。

 二騎の宝具を受けた道満の霊基は既に砕けているが、まだ終わらない。

 勢いよく床に叩き付けられた道満に、今度はアシュバッターマンが蹴り飛ばしたチャクラムが襲い掛かり、無防備な彼を圧し潰す。最後にアシュヴァッターマンがダメ出しの一撃を見舞い、炎が爆発。

 轟音と共に道満の体は床をブチ抜き、そのままオリュンピア=ドドーナの真下まで落ちていった。

 

 

「……どうだ?」

 

 

 英霊三騎の宝具による一斉攻撃。これを受けて致命傷で済むとは思えないが、あの男の底知れなさを否が応でも感じ取っていたカドックが、恐る恐るそう口にする。

 大剣を握ったままのシグルドがアシュヴァッターマンの宝具によって砕かれた穴から下を覗き込み、スッと瞳を細める。数秒の後、微動だにしなかったシグルドは穴から離れ、静かに告げた。

 

 

「奴の魔力の気配は感じられない。消滅したようだ」

「……はぁあ~」

 

 

 己のサーヴァントの言葉にオフェリアから大きく息が吐き出され、続いてカドックも崩れ落ちるようにその場に腰を下ろした。

 

 

「カドック」

 

 

 そこへ、彼のサーヴァントであるアナスタシアが歩み寄ってきた。

 その瞳には微かな疲労が見えるが、それ以上に安堵の感情が宿っているのが、なんとなくだがカドックには理解できた。そして、その中に潜む、小さな憤怒の感情も。

 

 

「なんだ?」

「先の事……貴方が彼に狙われていた時の事です。貴方がああしてくれたお陰で、こうして私達は勝てました。……けど」

 

 

 すっと伸ばされた右手が、カドックの頬に添えられる。

 凍えるような冷たさに一瞬体を強張らせるも、それと確かに共存する人肌の温かさを感じながら、カドックはアナスタシアと目を合わせる。

 

 

「あまり、無茶な行動はしないでほしいわ。貴方は私のマスターで、私は貴方のサーヴァント。お互いにお互いが必要な、一心同体の関係。だから、どうか、あんな無茶は極力しないで」

「……あぁ。肝に銘じておくよ」

 

 

 まるで祈るような、懇願するようにそう言われてしまえば、カドックも反論する気は微塵も起きなかった。

 小さく何度も頷いた主に、こちらもまた小さく頷いたアナスタシアは、彼の手を掴んで引き上げる。

 その華奢な細身からは想像もつかないような力で引っ張られたカドックは、これもサーヴァントの膂力というわけか、と内心で呟きながら立ち上がった。

 

 

「イチャイチャタイムは終わり? まさか、戦いが終わってすぐにイチャイチャするとは思わなかったわ」

「からかうのは止してくれ、ペペ。オフェリアも、なにか言ってやってくれないか?」

「ごめんなさい。今回ばかりは私もなにも言えないわ」

「クソ……」

「ふふっ」

 

 

 小さく舌打ちしたカドックに、笑い声を漏らすアナスタシア。

 そんな彼女を一瞬横目に見たカドックだったが、すぐに気を取り直してキリシュタリアの席に向かう。

 

 

「あのアルターエゴに邪魔をされたが、これで邪魔者はいなくなった。後はデータを持ち帰るだけ―――」

「―――ッ! カドックッ!」

 

 

 道満を撃退した事で完全に油断していたカドックがキリシュタリアの席に手をかけようとした途端、ペペロンチーノに手を引かれて席から引き離された。

 いきなりの行動に咄嗟に文句を言おうとしたカドックだが、彼らの前でキリシュタリアの椅子が上空から降り注いだ黒緑の落雷に打たれて砕け散った様を見て、その気持ちは瞬時に消し飛んでしまった。

 

 

「ンンンン……。拙僧とした事が、どうやら不覚を取ってしまったようで」

 

 

 呆気に取られるカドック達の視線の先、落雷による黒煙を突き破って現れたのは、先程消滅したはずの道満だった。

 

 

「どういう事だ……。なんでお前がここにいるッ!」

「ンン、先程貴方方が消滅させた者は、我が式神にて。ちなみにこの拙僧も式神。本体はこの異聞帯にはおりませぬ故。何度殺されようが、何度でも蘇りましょうッ! ンンンンッ! 愉快ッ! 安全圏から相手だけが疲弊していく様を観るのは、実に滑稽ッ! 拙僧、腹が捩れそうな思いでッ! ()の伝説の龍の逸話を模倣せし、我が生活続命(しょうかつぞくみょう)の法は無敵故ッ! ここで必ず抹殺させていただくッ!」

「へぇ? 生活続命? それはまた大きく出たわね、リンボ」

 

 

 口元を邪悪に歪めて笑う道満に対し、ペペロンチーノが彼のニックネームを口にして前に出る。

 

 

「殺しても殺しても蘇る、不滅の霊基―――そう何度も見せられたもんじゃ、いい加減、邪魔したくなるのが人情だと思わない? それに、アナタが模倣し(パクっ)たって言う『伝説の龍』って、ミラオスちゃんの事でしょ? これ以上、アンナちゃんの大切ないも―――サーヴァントの逸話を、アナタ如きが模倣するのは、個人的にも我慢ならないわ」

 

 

 本家を出てしばらく経たない内に出会い、共に世界中を旅をした彼女。初めて本当の自分を曝け出す事が出来た親友が愛している存在の逸話を、このような悪徳の権化に利用されているという事実に、ペペロンチーノは自分でも予想外な程に怒っていた。

 

 

「それに、アナタにはインド異聞帯を好き勝手に荒らされたからね。そのお礼として……ありがたく受け取りなさいッ!」

 

 

 そう叫んだ途端、道満の体に紋様が浮かび上がり、道満が苦悶の声を漏らした。

 

 

「な……に……ッ!? これは、陰陽の……否ッ! 否ッ! 修験道かァッ!」

「アナタの為だけに編み上げた独自術式よ。他人通と漏尽道の合わせ技―――無数の式神に己を転写して命永らえる、まがい物の生活続命、ここで終わりと心得なさい。―――南無神変大菩薩(なむしんぺんだいぼさつ)・漏尽他人通ッ!」

 

 

 紋様が眩い光を放ち、道満を薄紫色の光で包み込む。

 その術式の効果に気付いたのか、道満の顔に焦燥と恐怖の色が浮かぶ。

 

 

「これは、いけない……ッ! あぁ、我が術式が、我が奥義たる生活続命の法を……なるほど貴様、輪廻転生の紛い物として定めたかッ!」

「あら正解。本来、漏尽通は自己の輪廻を終えるものだけれど、他人通を介して今回ばかりはアナタにあげるわ。―――死になさい。式神で変わり身、なんて手品はこれでおしまい。次に目覚めた時がアナタの本当にして最後の命。正真正銘の残基ゼロの命、精々大切に使うといいわ」

「お、の、れェッ!」

「さよなら」

 

 

 瞬間、道満の全身が石化したように固まり、やがて塵となって消えていった。

 

 

「「―――」」

「……心配ないわよ。もう、彼は二度と私達の前には現れない。自分を充分に殺せる連中の前に進んで現れる程、彼は自信家じゃないそうだしね」

「……そうか」

 

 

 また式神が道満の形を取って現れるのではないか、と警戒していたカドック達だが、ペペロンチーノの噓偽りのない言葉を信じ、緊張が解ける。

 これで、ようやく道満との戦いが終わったと誰もが思い、全員揃って「はぁ」と息を吐いた。

 可能ならば今すぐ休みたいところだが、そうは問屋が卸してくれない。まずは目の前の問題をどう片付けるべきかと考え始める。

 

 道満によって、キリシュタリアの席は破壊され、同時に彼がこれまで積み上げてきたデータの山も消えた。

 アンナからの依頼は、一つでも『異星の神』についての情報を入手する、というものだった。一応依頼は果たしているとは言えるだろうが、完全とは言えないだろう。

 

 

「……データの回収は出来なかったけど、収穫はあったとしましょうか」

「……そうだな」

「……えぇ。わかったわ」

「―――あっ、お~い、みんな~ッ!」

 

 

 その時、遠くから手を振って走ってくる女性が一人。

 カドック達が彼女に手を振り返すと、背後に相棒である狂戦士を引き連れた彼女―――アンナは三人とそのサーヴァント達が疲れている様子に目敏く気付くが、彼らを代表してペペロンチーノが大丈夫だと告げると、アンナは安心したように息を吐いた。

 

 

「それなら、よかった。あっ、でもペペは休んでね。魔力が空っぽなの、隠してても無駄だからね。はいこれ」

「これは……龍結晶?」

 

 

 ペペロンチーノがアンナから受け取ったのは、ビー玉程の大きさの龍結晶だった。自然の中で出来たとは思えない程の球体なので、誰かが加工したのだろうか。

 

 

「“王”から漏れ出た魔力で作ったの。貴方ぐらいの魔力量なら、そう時間をかけずに回復出来るから持っておいてね。言っておくけど、飲み込んだりしちゃ駄目だよ? そうしたら最後、魔力が暴れまわって内側から破裂しちゃうからね」

「まぁ怖いッ! 気を付けておくわね」

「うん。……それで、私からの依頼は達成できたかな?」

「ごめんなさい。途中、妨害があってデータの回収は出来なかったわ。でも、キリシュタリア様が『異星の神』についてどう考えていたのか、までは摑めたわ」

「ん~……まぁ、仕方ないか。情報を入手出来たというだけでも万々歳だよ。ありがとうね、三人とも。もちろん、アナスタシアちゃんやシグルド、アシュヴァッターマンもね」

 

 

 感謝の言葉を述べたアンナに、カドック達は揃って頷いた。

 

 

「これから私は、キリシュタリアのところに行こうと思ってるけど、君達も来る?」

「私は行くわ。応援は出来ないけど、二人の決着は見届けたいしね」

「僕もだ」

「私は……」

 

 

 すぐにアンナに同行すると決めたペペロンチーノとカドックだが、オフェリアだけが口ごもってしまった。

 それもそうだ、とペペロンチーノとアンナは心中で考える。

 彼女はキリシュタリアに好意を寄せている。同時に、アンナに対しても親友として接している。彼女にとって大切な人物と捉えられている二人が、これから殺し合いをするのだ。常人であれば、まず「行きたくない」と答えるだろう。

 

 

「……無理をする必要はないよ。ここにはボレアスもいるから、君が望めば、君を先にシュレイド城に戻す事も出来る。嫌ならそう言ってくれればいいんだからね?」

「……ありがとう、アンナ。でも……行くわ」

「……どうして?」

「ペペ達と同じよ。私も、貴女達の戦いを見届けたいの。それに、ここで帰ったら、芥にどやされるわ」

 

 

 いつものような笑顔を浮かべるオフェリア。

 それが精一杯の作り笑顔である事は、この場にいる誰もが理解できていたが、誰もそれを口にしなかった。それを口にしてしまえば最後、彼女の覚悟を踏み躙ってしまう事になってしまうから。

 

 

「……わかった。じゃあ、行こうか」

 

 

 アンナに頷き、三人のクリプターとそのサーヴァント達は歩き出す。

 

 目標は、オリュンピア=ドドーナ最上階―――キリシュタリア・ヴォーダイムだ。

 

 

 

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 不思議と、彼女が近づいてくるのがわかる。

 まだ距離は充分にあるというのに、彼女が自分のすぐ近くにいるという感覚に襲われる。

 

 この場には、キリシュタリア以外誰もいない。

 このオリュンポスに残る最後の機神であるゼウスは、カルデアとの戦いに備えて真体(アリスィア)に全意識を統合させている。最早、人の形を取って姿を現す事はないだろう。

 

 逸る気持ちを抑えながら、キリシュタリアは杖を握る力を強める。

 

 

「……アンナ」

 

 

 小さくその名を口にすれば、体がぶるりと震えるのがわかる。

 それは、恐怖か―――いや、違う。

 

 これは、武者震いだ。自分よりも遥か高みにいる存在に挑む前に感じる、高揚感の仕業だ。

 

 

「早く、来い。早く、私の前に現れてくれ」

 

 

 まるで愛する恋人を待つ少女のようだ、と内心ごちる。

 だが、この心臓の鼓動は、決して恋愛的な意味ではなくとも、自分が彼女と顔を合わせるのを今か今かと待ち望んでいるせいだとよくわかっていた。

 

 

 ―――神の息吹が満ちる場所、星間都市山脈オリュンポス。

 

 ―――その支配者たる機神は、全能神ゼウスを除いて既に亡く。

 

 ―――神々の寵愛を受けた都市は、異聞からの侵略によって滅んだ。

 

 ―――太古の形を失わずに続いてきた世界と、最先端を行く事で繁栄した世界。

 

 ―――二つの異聞帯の戦争の決着は、もうすぐそこだ。

 




 
 閃光玉って便利ですよねぇ。ピンチの時に投げると比較的安全に回復できますし。まぁ、例外のモンスターは何体かいるんですが……(ティガレックスに投げた結果、無差別突進でBC送りになった人)。
 そういえば、本日更新されたマンわかfgoは読みましたか? 今回はカドアナ成分を摂取できる回となっていますので、まだの方は是非ッ!

 次回はキリシュタリア様の回想から始まります。
 彼がアンナと歩んだ人理修復の旅はいったいどのようなものだったのか、乞うご期待ですッ!

 それではまた次回ッ!

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