【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 どうも、皆さん。
 今回のイベントにて、ローマの鎧とスパルタの槍を装備し、木馬(ロボ)による出撃、ヴィマーナによる空中移動、そして謎の円盤による海戦をするコン達、そして彼らに癒されるモルガンに心が浄化された作者、seven774です。
 今回はキリシュタリアの回想回ですッ! なんか文字数が19000文字近く行きましたッ!

 それでは、どうぞッ!



キリシュタリアと白き王

 

 私がアンナと関係を持つようになったのは、彼女がマリスビリー・アニムスフィアの推薦を受けて時計塔にやって来てからしばらく経っての事だった。

 時計塔に来た日に霊墓アルビオンに侵入し、そして無傷で帰還した“狂気の生還者(マッドサバイバー)”の異名で恐れられた彼女に興味を持って、私から挨拶をしに行ったのが切っ掛けだった。

 

 

天体科(アニムスフィア)……。あぁ、彼が担当する学部の生徒なんだね、君は。えっと、ヴォーダイム君……だっけ?」

「キリシュタリアでいいよ。最初はミドルネームから始めるところだろうが、なぜだか、君とはこれから先も関わっていきそうな予感がするからね」

「へぇ? 私も、君と同じ事を思ってたんだ。改めて自己紹介を。私はアンナ・ディストローツ。アンナって呼んでね。これからよろしくね。キリシュタリア」

「こちらこそ、アンナ」

 

 

 互いに感じていた、自分達の『これから先の未来』を考えての挨拶から始まった友人関係。

 その予感は見事に的中し、それからというもの、私と彼女が色々な話をする頻度は日が経つごとに増えていった。

 その日学んだ魔術に対する意見や、歴史に記された幻想種や神々に関する考察。時には魔術世界とは一切関係の無い、ごくごくありふれた一般的な話まで、彼女と長い時間をかけて語り合った事など、数え切れないほどあった。

 特に、世界中を旅して多くの知識を培ったアンナの口から伝えられる情報は、いつも私をワクワクさせてくれた。

 本などで他国の情報や文化を学んだとしても、実際に行ってみない限り、その真髄を理解できない―――という話はよく聞くが、彼女の話を聞いていると、「いつか世界中を旅してみたい」という気持ちがどんどん強くなっていった。

 

 時計塔から巣立った後、マリスビリー直々に彼が所長を務める組織にスカウトされた私は、同じくスカウトを受けていたアンナと一緒にそれを承諾した。

 しかし、その組織―――カルデアに向かう前に、私は彼に「旅行へ行かせてほしい」と頼み込んだ。

 受け入れてもらえるかどうか不安だったのだが、意外にもマリスビリーは簡単に頷いてくれた。そのお陰で私は、かなり駆け足だったもののアンナと共に世界中を冒険した。一年では流石に長すぎるため、最長でも三ヶ月の間に旅しなければならない状況だったが、そこは優秀なガイドであるアンナのお陰で満足に楽しむ事が出来た。

 カルデアで働いている内に長い休みを得られたら、今度はゆったりとしたペースで気心の知れた友人達と旅行にでも行きたいと考えながら、私はカルデア南極支部へと足を踏み入れた。

 

 そこでも優秀な成績を修めた私は、カルデアが目的とする大偉業―――人理修復の際に数多のマスター達を率いるAチームのリーダーを務める事となった。

 

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 芥ヒナコ。

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 ベリル・ガット。

 デイビット・ゼム・ヴォイド。

 そして、アンナ・ディストローツ。

 

 彼ら七人と、他チームの魔術師達を率いて、私はいよいよ始まる人理修復の旅に向けて気を引き締めた。

 だというのに、

 

 ―――私の、私達の旅は、始まる前に終わってしまった。

 

 それは、人理焼却を引き起こした張本人である魔神王の配下によって引き起こされたものだった。

 コフィンに入り、今から過去へ飛ぶというところを攻撃されたために、その攻撃に対応できる手段などなく、為す術もないまま我々は死んだ。

 

 全身を焼かれる感覚を覚えながらも、その時の私の思考は、自分でも意外な程に冷静だった。

 

 ―――あぁ、私達は舞台にすら上がれなかったのか、と。

 

 哀しかった。

 辛かった。

 人理修復という大偉業を果たせない、という事も、まぁ多少は響いた。私とて魔術師であると同様に人間であり、人並みに英雄に憧れたりもしていたのだから。彼らと同列にまではいかなくとも、その真似事はしたかった。

 

 だが、それよりも私は、Aチームのみんなと共に旅を出来なかったのが酷く辛かったのだ。

 

 ……正直に言えば、私は人理修復という大偉業を成し遂げるという意志よりも、仲間達と共に様々な時代を駆ける事の方が大事だった。

 もちろん、人理を救う事がなによりも優先すべき事であり、同時に名誉な事であるとも理解している。

 それでも私は、魔術師ではない『キリシュタリア・ヴォーダイム』という人間は、存外に仲間達の事が好きだったらしい。

 

 

『―――彼らの蘇生を望むと?』

 

 

 だからこそ私は、せめて七人の仲間達だけでもと、虚空の神に彼らの蘇生を願った。

 

 ―――ここからは、私の記録を紹介しよう。

 私単独で始まり、六人の仲間達、その一人一人との人理修復を成し遂げた私が最後に歩んだ、八度目( ・ ・ ・ )の人理修復の旅の記録を。

 

 

 

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 炎上汚染都市冬木。

 極東の国、日本(ジャパン)に存在する街。温暖な気候だが、季節としての冬が多い事からそう名付けられたこの都市は、今やその活気は見る影もなく、理性を失ったシャドウ・サーヴァントや人に害をなす敵性体(エネミー)しか存在しない地獄と化している。

 

 その地獄に立つ私の前では、

 

 

「全く。レディのお尻を触るなんてなってないね、セタンタ。君、ひょっとしてエメルちゃんの事忘れてる?」

 

 

 上半身を地面に埋め込まれ、ピンと両足を伸ばしたアイルランドの英雄に対して怒るアンナの姿があった。

 

 

「なんだったらあの子に代わって、私がお仕置きしてあげようか? そこ( ・ ・ )を二、三十回ぐらい踏めば、君も反省するでしょ? ねぇ、セタンタ?」

「―――ッ!?」

 

 

 アンナの視線がクー・フーリンのどこに向けられているのか気付いた私は、つい反射的に自分の股間を押さえてしまった。

 そして、今彼女の前で埋まっている大英雄も、彼女がどこに視線を向けているのかを察したのか、無言で両足をじたばたさせて足掻いている。我武者羅に足を振り回す事で、なんとか彼女に男性のシンボルを攻撃されまいとしているのだろう。

 

 

「はいはい、暴れないの」

 

 

 が、それもアンナにガシッと両足を掴み取られてしまった事で阻止されてしまった。

 普通では力勝負では絶対敵わないであろうサーヴァントの動きを完全に止めてしまったアンナの膂力に私が息を呑む間に、クー・フーリンは最早抗う術はないとばかりに暴れるのを止めてしまった。

 そんな彼の股間に、アンナの右足が乗せられる。

 

 

「はい、じゃあ一回目~♪」

 

 

 嗚呼、彼女の無邪気な声が響く。まるで楽し気に虫を殺す子どものような声で笑ったアンナに、クー・フーリンは最早諦めの境地に入っている。

 大きく持ち上げられたアンナの足が振り下ろされる。私は瞼を閉じ、静かに合掌した。

 

 瞬間、地面の底から絹を引き裂くような絶叫が轟き、それは計三十回に渡って暗雲立ち込める冬木の空に響き渡った。

 

 

 

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 地獄の責め苦を受けて壊れたクー・フーリンがガニ股ダブルピースを決めた冬木を踏破した私達が次に足を踏み入れたのは、第二特異点―――邪竜百年戦争オルレアン。

 時は西暦1431年のフランス。

 ()の救国の聖女、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されてから左程日が経っていない時代が舞台のこの特異点では、ジル・ド・レェが聖杯に願った事で誕生したもう一人の聖女―――ジャンヌ・ダルク・オルタが数多のバーサーク・サーヴァントとワイバーン達を率いて人々の蹂躙していた。

 

 そこで清姫やエリザベート・バートリーなど、抑止力によってこの地に召喚されたサーヴァントを仲間に加えた私達の前に、バーサーク・サーヴァントとワイバーンを連れたジャンヌ・ダルク・オルタが姿を現した。そして彼女が乗る存在は、ワイバーン達とは比較にならないレベルの強者であるドラゴン―――ファヴニールである。

 この特異点内での出来事の中でも、最も『最悪』の言葉に相応しいこの状況。

 初めてこの状況に陥った時は目の前が真っ暗になるような絶望に襲われたものだ。何度も体験した影響で、あの頃のような絶望感はもう感じなくなっていたが、それでも生物としての本能が告げる警告に慣れる事はない。

 ……慣れる事はない、のだが―――

 

 

「ちょっ、どうしたのよお前達ッ! なんでそんなに委縮してるのよッ!? 相手はマスターとはいえたった二人の人間と、取るに足らない英霊共なのよッ!? ……は? “祖龍”に“黒龍”? 自分達じゃ絶対勝てない? なに言ってるのよッ! 仮にそこのが“黒龍”だとして、“祖龍”ってなによッ! そんな奴、聞いた事も無いわよッ!」

 

 

 ファヴニールとワイバーン達は、アンナと、彼女が直接霊脈を利用して召喚したサーヴァント―――人間の姿を取っている“黒龍”ミラボレアスを見た瞬間、千切れ飛ぶのではないかと思ってしまう程の勢いで首を横に振り始めた。あれではまるで怖い映画を観たくなくて全力の抵抗を試みる子どものようではないか。

 

 ここで私は、アンナが本当は、芥ヒナコのように人ならざる存在なのではないか、という疑問を持つようになった。

 

 

「まぁまぁ、そんなに取り乱さないの、え〜と……黒いジャンヌちゃん? 黒ジャンちゃん? そんなに暴れてるとパンツ見えちゃうよ?」

「は―――ッ!?」

 

 

 バッとスカートを押さえるジャンヌ・オルタ。その顔は真っ赤に染まっているが、それは先程までの怒りではなく、いつの間にかはしたない真似をしてしまっていた事に対する羞恥から来るものだろう。

 だが、彼女には悪いが、私としてはアンナがその事を躊躇いもなく口にしてくれたお陰で、少しはリラックスする事が出来た。

 

 

「ははは、アンナ。『見えちゃう』ではなく、『見えている』が正しいだろう?」

「あっ! もう、キリシュタリア?それが事実だとしても、それは口にしてあげないのがマナーってものだよ? 紳士として振る舞わなきゃ」

 

 

 むっ。私とした事が、紳士の国イギリスに住んでいたというのになんという失態。あの世界的名探偵であるシャーロック・ホームズも住んでいた街にいたというのに、情けない姿を晒してしまった。

 

 

「すまない、黒いジャンヌ。私とした事が、紳士にあるまじき真似をしてしまった。どうか、許してほしい」

「えっ? あ、えっと……え、えぇ、許しましょう。レディに対してストレートにものを言うのは御法度ですからね」

 

 

 おや、てっきり許さないとばかりに攻撃してくるのかと思いきや、すんなり受け入れてくれた。これまでは危険な存在としてしか見ていなかったが、案外彼女は根は良い娘なのかもしれない。

 

 

「……って、なにを普通に謝罪を受けているのよ私はッ! 行きなさいッ! バーサーク・サーヴァント達ッ! お前達もよッ!」

 

 

 だが、すぐにハッとした表情で配下のサーヴァントやワイバーン達に攻撃命令を下す黒いジャンヌ。彼女の叫びを聞き、弛緩し始めていた空気が一気に張り詰める。

 

 

「ねぇ、少しだけ待ってくれるかな?」

 

 

 今まさに両者が入り乱れる戦闘に発展しそうになったその時、アンナは尚も食い下がった。……正直、この状況でも意識を切り替えないのは関心を通り越して呆れすら覚えてしまう。

 もちろんそんな彼女の言葉を聞く耳を持つはずもない黒いジャンヌとバーサーク・サーヴァント達は、彼ら達から見て最も近い場所にいるアンナに攻撃を仕掛けようとするも、それは彼女の前に進み出た狂戦士の威圧感に圧されて動けなくなってしまった。

 竜種達は最早石像のように動かない。それ程までに、彼らに対するアンナの言葉による拘束力は強いのだろうか。

 

 

「これから戦うのは、まぁ、仕方ない事だと割り切るよ。お互い、譲れないものがあるのはわかってるし。でも、個人的な意思を口にするのなら、君達とは戦いたくないよ、ファブニール、ワイバーン。たとえ君達が、この特異点でしか生きられない命だとしても、ね」

 

 

 そんな彼女の言葉からは、どこか祈るような、哀しむような気持ちが感じられた。その言葉に、ファブニールはじっとアンナを見つめ、ワイバーン達も左右にいる仲間達と視線を交わしたり、項垂れたりしている。

 

 ……もしかしたらこれは、上手く行けば最強の幻想種であるドラゴンを相手に取らずに済むのではないか?

 

 そう思った私の心には、これまで消して灯る事のなかった、彼女にしか灯す事の出来ない希望の光が見えたような気がして―――

 

 

「だから、ね?」

 

 

 唐突に、アンナが両掌を合わせて頬に当てた。

 

 ―――おや?なんだか嫌な予感がするぞぅ?

 

 そう思った時には、もう遅かった。

 

 

「私達、人理修復の最中なんだぁ~。邪魔しないでくれるかなぁ~? ねぇ、お願ぁ~い?」

『オェエエエエエエエッ!!』

「ちょっとッ! いくら気持ち悪いからって吐くんじゃな―――ギャアアアアアアアッ! 吐瀉物がッ! 吐瀉物が空からぁああああああッ!!」

「ヒィイイイイッ! 私の顔に吐瀉物がッ! アイアンメイデンにも吐瀉物があああああッ!!」

「オロロロロ……」

「うっぷ……。すみません、吐いてもいいですか……?」

「やめろデオンッ! ここでヴラドのように貰いゲロなんて吐かれてはオロロロロロ……」

「よし、君達全員後で拳骨ね♡」

 

 

 アンナが世間一般で『あざとい』と認知されるような、両拳を顎に当てて上目遣いをするポーズを取った瞬間に 起こる阿鼻叫喚の地獄絵図。

 上空から降り注ぐワイバーン達の吐瀉物。それらを浴びて叫ぶ黒いジャンヌやカーミラ、そしてその光景に中てられて自らも吐き始めるバーサーク・サーヴァント達。そして、一際大きいファヴニールの吐瀉物。

 こちら側ではそんな彼らの惨状に同情するような視線を送り始める者達も現れる。特に本物―――白いジャンヌに至っては自分と瓜二つの女性がその中心にいるのだから、本当に他人事では済まないのだろう。最早、顔面は真っ青を通り越して真っ白になってしまっており、唇を固く結んでいる。

 ……あ、違う。これは吐きそうになるのを頑張って耐えてるだけだ。

 そして、終いには白いジャンヌを始め、こちら側にもそれに当てられて吐く者達が現れ始めるという、冬木とはまた違う地獄がこの地に顕現したのだった。

 

 

 

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 吐瀉物塗れになって大泣きした黒いジャンヌを陸上選手顔負けの美しいフォームで駆け付けたジル・ド・レェが慰めたオルレアンを踏破した我々が次に足を踏み入れたのは、永続狂気帝国セプテム。

 

 ネロ・クラウディウスや、この時代に召喚されたサーヴァント達の手を借りて、同じくサーヴァントとして蘇った歴代ローマ皇帝達を撃破した後、我々はその勢いでこの人理焼却の主犯である魔神王ゲーティアの配下であるレフ・ライノール―――魔神柱フラウロスも打倒した。その後、彼の最後の悪足掻きによってフン族の王アルテラが召喚されたが、これもなんとか倒す事が出来た。

 オルレアンではアンナが召喚したバーサーカー―――ミラボレアスが『強力』という言葉では言い表せない程の力を持っていた事を、私はこの時改めて理解した。彼がいるのといないとでは、ここまで差が出るのかと痛感したものだ。

 

 ネロ皇帝達との別れも程々にカルデアに帰還した私は、あの爆発より逃れた数少ない職員の代表であるロマニに報告を行った後、アンナを自分に割り当てられた部屋に呼び出した。

 

 

「今回はセプテム―――ローマだったけど、楽しかったなぁ。歴代ローマ皇帝が集結しての戦争だなんて、普通見られないものだしね。君はどうだった?キリシュタリア」

「そうだね。私は、オルレアンと同じように当時の文化に直に触れる事が出来て、色んな事を学べたよ。そういう意味では、とても楽しめたと言える。……戦争を楽しむ、という気持ちはわからないけどね」

「あ……。ご、ごめんね。私、色んな時代や世界の人達が集まって戦うっていう話とか、凄く好きでね。彼らの戦略を見るのが楽しくて。悪い気分になっちゃったらごめんね?」

「いや、私も責めるような言い方になってしまった。謝るのは私の方だ」

「……君は優しいね、キリシュタリア」

 

 

 そう言って椅子の背もたれに寄りかかり、そのまま座席ごとくるくる回り始めるアンナ。そんな彼女に、ベッドに腰掛けていた私はボソリと呟いた。

 

 

「―――“白き王”」

 

 

 ガタッ、と音がする。アンナが回る椅子を足でブレーキをかけて止めた音だろう。彼女の視線に込められた感情が変化していくのを感じながら、私は続けた。

 

 

「レフ・ライノール―――フラウロスが口にした言葉だ。あの時の会話から、明らかに君を指していると思われるこの単語だが……」

 

 

 カエサルを始めたローマ皇帝達の本拠地にて遭遇した、これまでレフ・ライノールの皮を被っていた魔神柱フラウロスが自らの正体を明かした時、アンナは至って普通の反応をしていた。

 

 

『やっぱりか。長い事戦ってなかったから、私も蒙昧してたからなぁ。どこかで感じた気配だとは思ってたけど、君だったんだね。フラウロス』

『……貴様にだけは絶対に気付かれぬように行動していた甲斐はあった、というわけか。“白き王”と呼ばれる者も存外間抜けなのだな。ん?』

『あはは、まぁ否定はしないよ。感覚が錆びついてた私の責任だし。……という事は、この人理焼却の元凶は、()という事かな?』

『貴様に語る必要性は感じないな』

『それ、ほぼ認めてるようなものだよ?』

 

 

 あの会話から察するに、アンナはレフが人ならざる者である事に薄々勘付いていたのだ。そして、彼の正体を知ると同時に、この事件の元凶にも大きく近づいた―――いや、ほぼ確信したのだろう。

 まるで昔からお互いの事を知っていたような話し方。そして、オルレアンで黒いジャンヌが口にした『“祖龍”』と、今回のセプテムでフラウロスが口にした『“白き王”』という単語。これは、かつて私が人類史が誇る叙事詩の一つ、モンスターハンターに記載されていたものだ。

 この二つの単語における共通点とは、どちらも“禁忌”と呼ばれるモンスター達と関わりのあるというもの。モンスターハンターの中で登場した“禁忌のモンスター”は全部で四体だが、その中に“白き王”らしき特徴と思える要素はどこにも無かった。

 だが、そこで「もしや」と思った私の脳裏に、ある仮説が浮かび上がった。

 

 四体の“禁忌のモンスター”は、その全てがハンター達の手によって討伐されている。しかし、“白き王”が討伐されたという情報はどこにもない。が、確かに彼または彼女がその時代に存在していたのは確かなのだ。

 だがもし、その存在が今も討伐されず、現代まで生き延びていたとしたら。星の内海に向かう事無く、今もこの地上のどこかにいるとしら。

 

 

「……君なのか? アンナ。君が“白き王”―――“祖龍”、なのか?」

「……当たらずも遠からず( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )ってところかな。少なくとも、今の私は違うよ( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

 静かな口調でそう答えた後、アンナは椅子から立ち上がり、出入り口へと向かっていく。

 

 

「でも、それだけの微かな情報を頼りにそこまで行き着いたのは流石だね。君を侮っていたよ、キリシュタリア。君は、本当に素晴らしい人だね」

 

 

 シュイン、と軽い音を立てて開いた扉の前で振り向いたアンナは、まるで子どもを慈しむ母親のような眼差しで私を見ていた。

 そして、数歩足を進めた彼女の姿を、閉じていく扉が隠す途中で、

 

 

「アンナ……」

 

 

 彼女は噛み締めるように、自分のものであるはずの名前を口にした。

 

 

 

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 そこからは順調の一言だった。

 アンナがそこで召喚したアーチャーのサーヴァント―――“煉黒龍”グラン・ミラオスと共にイアソンを土下座させたオケアノス。

 遂に姿を現したソロモンの皮を被った魔神王がセリフも言わせてくれないまま“紅龍”ミラバルカンの絶え間なき猛攻に死を覚悟した表情をしたロンドン。

 ちょっとした事情で私が全裸で大地を駆け、アンナが敵であるはずの女王メイヴと楽しげに会話した後、ほんの些細な、しかし彼女達にとってはあまりにも大きなものであっただろう解釈違いで殴り合いを始めたアメリカ。

 ナンpごほんごほん、円卓最強の騎士ランスロットがアンナのアッパーカットで空を飛んだキャメロット。

 

 これまで踏破してきた六つの特異点の中で出会ったサーヴァント達の中には、アンナと出会ったと口にするサーヴァントが多く存在した。

 

 オケアノスでは、多くの英雄を率いていたイアソンは彼女の姿を見るなり顔面を真っ青に染めていたり、黒髭は世間一般から見ても珍しい白銀の髪を持つ上、かなりの美貌も併せ持っているアンナに興奮した結果、彼女のサーヴァントのミラオスに船ごと沈められたり。

 

 ロンドンでは円卓の騎士の一人のモードレッドが彼女に気付くが否や手合わせをねだり、ヘンリー・ジキルは懐かしの友人に会えたと優雅にティータイムを楽しんだりした。

 

 アメリカではエジソンが生前と比べてもまるで老化していないアンナの姿に仰天し、エレナ女史は「これもマハトマねッ!」と笑った。スカサハとはかなりの頻度で話をしており、その内容は日常的なものが多かったイメージがある。

 年寄りなりに、色々と通じるところがあるのかもしれない。そう私が思った瞬間、私がこの気持ちを一切口にしていないにも拘らずに感じ取った二人によって、私はシバかれた。そして全裸で女王メイヴ率いるケルト軍への囮に使われた。それから私は、女性相手に年齢云々の事は絶対に考えないと天に誓った。本当に生きた心地がしなかった。

 

 キャメロットでは、獅子王の配下である円卓の騎士ガウェインが『聖罰』と称して粛清騎士達と共に人々を襲っていたところを彼女に止められ、彼女がサーヴァントではない事に驚愕し、トリスタンも彼女の存在に気付くが否や、如何にも騎士然とした態度で彼女との再会を喜んだ。……その後、一瞬の間も置かずに殺し合いを始めるものだから、あの時は本当に驚いた。『反転』のギフトを与えられていたトリスタンも、そんな彼を見たアンナも、互いに互いを生かしておく事など出来なかったのだろう。

 また、三蔵法師は彼女の姿を見るなり太陽のように輝く笑顔を浮かべて抱き着き、アンナもそんな彼女に驚きながらも、その頭を撫でる手を止めなかった。

 

 

 ―――そして、多くのサーヴァント達と出会い、多くの体験をした私達は、遂に最後の特異点へと辿り着く。

 

 

 神と人が袂を分かつ運命の時代。数多の魔獣によって包囲されたウルクの地を舞台とする特異点―――絶対魔獣戦線バビロニア。

 そこに辿り着いた私達は、当時ウルクを治めていた人類史が誇る最古にして最高の王―――ギルガメッシュと対面する事となった。

 

 

「ハッ、二千年も先の未来から来たにしては、見覚えのある顔があるではないか。永遠に若作りでもしているのか、白き祖よ」

 

 

 開口一番に挑発するようにそう話したギルガメッシュ王。やはり、彼とも知り合いだったかと思いながらも、決してその感情を表に出さないでいると、そんな事は知らんとばかりにアンナが袖を捲って腕を振り回し始めた。

 

 

「よぉし言ったなこの金ピカ小僧。約二千年ぶりの拳骨で、その生意気な面をウルクの大地に叩きつけてあげるッ!」

「そう急くな老婆。言われずともそうしてやる。ただし、この地に平伏すのは貴様だがなッ!」

「お、王よッ! 旧友との再会が嬉しいのはわかりますが、今はアンナさん達の話を……」

「戯け、我の友はエルキドゥを除いて他におらんわッ! 良いかシドゥリ、そこの女は基本どんな事にも首を突っ込んでは去っていく厄介者。そして、いつまでも我ら人類の行く末を気にかけ続ける、超がつく程の過保護者よッ! カルデアに在籍してこのウルクに来たのが何物にも勝る決定的証拠だともッ!」

「人理焼却なんて事態、私が看過するはずがないでしょう? まだまだ人間は進歩できたのに、それをいきなり焼き尽くすなんて酷いじゃない。だから来てあげたの。感謝しなさいよ、ギルガメッシュ」

「感謝? この我が、貴様に感謝だと? 絶対、絶ッッッッ対にするかッ!」

「年上は敬え~? 『年上は敬うものだ』って、私教えたよねぇッ!」

「貴様だけは絶対に敬うものかッ! とっとと仕事に励めッ!」

「じゃあこういうのはどう? 私達がこのウルクの民の悩みを全て解決したら、私を敬ってもらおうじゃないかッ! 行くよ、ミラオス、アルバッ!君も行くよ、キリシュタリアッ!」

「あ、あぁ」

 

 

 ギルガメッシュ王を相手にしてもいつもと変わらぬ調子で、しかも「自分を敬え」とハッキリ明言したアンナに呆気に取られながらも、この地で召喚した二騎のサーヴァントを率いて歩く彼女についていこうとすると、「待て」とギルガメッシュ王に呼び止められた。

 

 

「キリシュタリア・ヴォーダイム、と言ったか。貴様の様子から察するに、あの老婆の正体を知っているようだな」

「……まだ、彼女自身の口からは聞けていませんが」

「だが、凡そ認めはしたのだろう? ならばそれで良い。あの女が自ら正体を明かす以上、(オレ)もお前を認めよう。奴は超がつく過保護者だが、その眼は本質を見通す。奴に認められたからには、貴様も『価値ある者』なのだろう。誇れ、奴は価値のある者と定めた相手でも、自らの正体を明かすのはごく限られた者達のみだからな」

 

 

 粘土板に書かれている文字に目を走らせながら、ギルガメッシュ王は淡々と続けていく。

 貴様()、と言っている辺り、アンナに『価値ある者』と定められた者は私以外にもいるのだろう。そして、彼女の正体を知っている者も、その者達の中にいる。ギルガメッシュ王も、その一人なのだろう。

 私はまだハッキリと明言されたというわけではないが、及第点は貰えていると考えてもいいだろう。でなければ、あの時に完全に否定されていたはずなのだから。

 

 

「貴様も、我がウルクを歩み、民の在り方をその目に焼き付けるがいい。(オレ)と民の手によって築かれた城塞都市―――貴様も度肝を抜かれるであろうよ」

 

 

 蛇のように鋭い赤い瞳を細め、高圧的ながらもどこか慈愛を感じさせる笑みを浮かべるギルガメッシュ王に、私は自然と改めて姿勢を正していた。

 あぁ、やはりこの人は偉大な王だ。この人以上に『王』と呼べる人間など、この人類史の中に一人もいないだろう。

 感謝の言葉と共に再び頭を下げ、私はアンナを追うべく走り出した。

 

 

 

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 ギルガメッシュ王が召喚していたサーヴァント達、そしてアンナが召喚したニ騎のサーヴァント、キャメロットで絆を結び、援軍として駆けつけてくれた山の翁、そして少なからずの私とアンナの奮闘によって、覚醒したビーストⅡ、メソポタミアの創世の母ティアマトを撃破した私達は、カルデアに設けられたシミュレーションルームの一室に入っていた。

 

 

「何度見ても凄いなぁ。偽物だってわかってはいるけど、そうと知らなければ一瞬気付けないぐらい」

「そうだね。私も、初めてこれを見た時は心底驚かされたものだ」

 

 

 木漏れ日が差し込む森林地帯。鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな雰囲気の森を見渡し、倒木に腰掛けたアンナに頷く。

 元々整った顔立ちに、スレンダーながらも完成された体付きをしている彼女。人間が作り上げた街の中を歩く姿も絵になるが、私としては、やはりこうした自然の中にいる彼女の方がより美しいと感じていた。

 吹き抜けていく風に絹のようにサラリとした白銀の長髪が靡き、それを片手で押さえる彼女の、なんと美しい事か。私が彼女に抱くのは親愛であって恋愛感情ではないのだが、こういった時の彼女には、否応なく『美』を感じてしまう。

 それはやはり、彼女が我々人類とは違う、生まれながらの上位者故によるものなのか。それとも、彼女の纏うどこか触れてはならないような雰囲気が、私にそう錯覚させているのか―――真実は定かではない。

 そこで、私は軽く頭を振ってその考えを払った。

 私は彼女の美しさに見惚れる為に、彼女を誘ったわけではない。私は彼女に尋ねたい事があったからこそ、こうして彼女を誘ったのだから。

 

 

「アンナ。君に一つ、話したい事がある」

「ん、なに?」

「私の理想について。私が望む、理想の世界についてだ」

「……へぇ」

 

 

 私の言葉に興味を唆られたのか、アンナが体ごと私に向き直ってくる。そうして私は、彼女に自分の考える理想を話し始める。

 

 ―――人理の新生。

 人類とは、正解を選べない生き物だ。必ずどこかで選択肢を間違え、その度にそのツケを払わされてきた。

 どれだけ悩んでも、どれだけ争んでも、人類は『正しい結果』を導き出す事はない。

 それは、人類はこれ以上先に進めないからに他ならない。個人ではなく、全体の話で、人類種は最早進化できなくなってしまっているのだ。種族の限界、とでも言うべきだろうか。

 よく、『他者を愛し、認め、尊ぶ事が出来る人間』が話題に上がったりする事があるが、それは恵まれた環境で育った人間のみがなれるものだ。どう足掻いたところで、人という生物は、奪い合う事を前提に設計されている生命体なのである。

 理想郷(ユートピア)などどこにもなく、同時に誰も犠牲にならない世界など存在しない。

 常人ならば、ここで諦めるしかないだろう。だが、私は違う。

 私は諦めないし、妥協する気も無い。

 ならばどうするか。

 

 決まっている。―――変革だ。

 

 人間が種として弱いのなら、これを強くする。

 この地球に生きる人々を、より上位の存在へと昇華させる。

 優れた器、高次の知覚、次代の基準を持つ、人間を超えた生命へと変える。

 誰もが神に等しい存在となり、全ての不平等から解放される。

 一人一人が世界に対する責任を持ち、誰もが世界に影響を与える事が出来るようになる。いつか生まれるだろう、『正解に辿り着ける生命』の為に。

 

 これが、空想樹と異聞帯が無ければ、口惜しさと共に心の奥底に封印して閉じ込めていただろう、私の理想。

 だが、まだ彼女に異聞帯について話すわけにはいかなかったので、あくまでも『それを実現し得る手段を持っていたら』という(てい)で話す。

 

 アンナは素晴らしい女性だ。たとえ、彼女が人ならざる者であろうとも、私の気持ちを理解してくれるかもしれない。いや、人間ではないからこそ、人間以上に私の気持ちをより理解してくれるかもしれない。

 

 

「……君の気持ちは理解できる。けれど、私は君の理想を否定するわ」

 

 

 しかし、私の理想を聞いたアンナの瞳に宿るのは、明らかな憤怒だった。

 決して表情には出していないが、纏う雰囲気がガラリと変化した事に、私は思わず身構えそうになった。

 

 

「……どうしてだ? 君は、私よりも多くの時間を生きたはずだ。それこそ悠久と言える程に。そんな君ならわかるはずなのに」

「キリシュタリア。君はギルガメッシュの気持ちを図れなかったの? なぜ、私達がティアマトを倒すべきだったのか、理解出来ていないの?」

「それは……」

 

 

 理解出来ていないはずがない。ギルガメッシュ王が胸に懐き、そして私達が選んだあの選択の意味が理解できていないなんて、それはあの戦いに全てを賭した全ての人々に対する侮辱だ。

 

 

「あの時代に、人類は神と訣別した。それまで自分達を護り、時には災いを与えてきた存在に、別れを告げたの。それこそ、親元から巣立って空に飛び立つ小鳥達のようにね」

 

 

 それはとても美しく、尊い事だよ―――と、アンナは目元を伏せて笑った。どこまでも温かい、優しい口調でそう話した彼女だったが、次の瞬間にはその口調を全く異なるものへと変え、私を見つめてきた。

 

 

「なのに、君は彼らの努力を無駄にする気? あそこまでの犠牲を払って、ようやく掴み取った人類の未来を、君は否定するの?」

 

 

 まるで、私を試すような視線。ギルガメッシュ王とどこか似通っている、他者を見定める眼差しで、彼女は続ける。

 

 

「ヒトは、これからもずっとヒトでなければならないのよ。人間は、人間であるからこそ生きていく事が出来るの。考えてみなさい。今まで人間として生活してきた者達がいきなり神になったら、彼らはどうなると思う? 事前通告もなにもなく、“君達はたった今から神になった”と言われて、“はい、わかりました”って答えられると思う?」

 

 

 無論、出来るわけが無い。

 国や地域によって信仰される神々が違う人々の中には、自分達が信仰する神こそが絶対にして唯一の存在だと認識している者も多くいる。それなのに、ある日突然その神と同じ存在になってしまったら、その人々はどうなってしまうのか。……考えるだけでも、恐ろしい。

 

 

「君が思っている事を、誰もが望んでいるとは思わない事ね」

 

 

 この時、私は確信した。

 彼女はどこまでも、人類種を愛しているのだと。神と決別し、こうして人理修復という旅に出られる程にまで文明を発展させた人類を、深く、深く愛しているのだと。愛しているからこそ、高位の存在に至る事を許容しないのだと。

 

 彼女にここまで愛されている事に、私は思わず満たされるような気分になった。

 彼女が人類(われわれ)を愛してくれている、という事実に頬が緩みそうにもなった。

 

 ……だが、それでもだ。

 

 

「それでも私は、私の理想を信じる」

 

 

 ギルガメッシュ王が成した偉業、彼の下で神代からの脱却の為に奔走したウルクの人々は、疑いようもなく尊く、そして素晴らしいものだ。私個人の気持ちで彼らの想いを否定するなど、決して許されるものではない。

 ―――それでも、私にも譲れないものがある。

 

 

「私は、他人よりも多くのものを持って生まれた。だからこそ私は、この力を活用したい。それがギルガメッシュ王の描く未来と違ったとしてもだ。それを邪魔するのなら、アンナ……君にも容赦はしない」

 

 

 独り善がり。我儘(わがまま)

 そう片付けられても仕方のない返答。しかし私は、だからこそと前を向き、ハッキリと告げた。

 それが、人より多くのものを持って生まれた私―――キリシュタリア・ヴォーダイムのやるべき事なのだと。

 

 

「……そう」

 

 

 私の言葉に、アンナは瞳を閉じ、空を仰ぐ。

 十数秒における時間、ずっとそうしていたアンナが、静かに顔をこちらに向けてくる。

 そこには、怒りなど微塵も感じさせない、諦めたような、しかしどこか嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

 

 

「君の気持ち、伝わったよ。だったら、君の思うがままに行動するといい」

「考えを変えさせるつもりはないのかい?」

あるわけないでしょ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )? 君が覚悟を決めている以上、私にその気は毛頭ない。生半可な覚悟だったら話は別だけど、君はそういう生っちょろい人間じゃないでしょ?」

「あぁ、その通りだ」

「なら、それでいい。本物の覚悟を決めた人は、善悪の基準なく素晴らしいものよ。肯定するか否定するかは置いておいてね。そして私は、君の理想に理解はすれども、賛同はしないわ。だからね、キリシュタリア」

 

 

 倒木から立ち上がったアンナは、私の前まで歩いてきたかと思いきや、その人差し指を私の胸に突き付けてきた。

 

 

「貴方がその理想を果たそうとした時、私はあの子達と共に貴方の前に立ち塞がるわ。貴方が挑む、最後の試練として」

 

 

 その瞳は、最早人間のものではない。

 ルビーのように緋い、龍の眼だった。

 

 

「“戦争”、“解放”、“煉獄”、“幽冥の星”―――かつて、この星に君臨した頂点全てが、貴方への試練になるでしょう。でも、そうはさせない( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )。貴方の試練は、私だけのもの。私だけが、貴方の試練足り得る者よ。……怖気付くなんて、許さないわよ?」

「……無論、受けて立つとも」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべたアンナに、私もまた同じ笑みで返す。

 それに彼女は頷き、やがていつもの朗らかな笑顔に戻った。龍の眼も、一度の瞬きで人間の瞳に戻っていた。

 

 

「いい心意気だね。でも、君の理想が叶うか叶わないかは、まだ決められないよね」

「あぁ。今の私達がやるべき事は、この人理焼却の元凶―――魔術王ソロモンの撃破だ。サポートは頼めるかい? アンナ」

「もちろん。今カルデアには、私と君が絆を結んだサーヴァント達がいる。誰もが一騎当千の英雄達。ソロモンなんて、敵じゃないよ。そして、あの子達もいるからね」

 

 

 私に背を向け、背後に回した両手を軽く握るアンナ。

 

 

「安心していいよ、キリシュタリア。なんたって彼らは―――」

 

 

 振り返り、軽く首を傾げて、彼女は笑った。

 

 

「私が最も信頼する子達だからッ!」

 

 

 

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 そして始まる、最終決戦。この旅の終着地点―――冠位時間神殿ソロモン。

 魔術王ソロモン―――否、その遺体を被った人理焼却式ゲーティア改め、魔神王ゲーティアが操る、七十二柱の魔神柱と人理を護るべく立ち上がった英霊達の大決戦。サーヴァント達の助けを受けてゲーティアの下へと辿り着いた私達は、彼の能力によってサーヴァント達を強制的に退去させられてしまった事により、二人だけで彼に挑まざるを得なくなってしまった。

 だが、私はこれまで七度人理を修復した経験を持つが故に、彼の力と能力、その殆どを把握していた。

 決して、楽な戦いではなかった。たとえゲーティアがどのような攻撃を行うのかを理解していても、世界を滅ぼす人類悪の一体である彼の力量は計り知れない。

 それでも、私が勝利を収める事が出来たのは、彼女のお陰と言う他ない。

 

 ロマニ・アーキマン―――現代に受肉したソロモン王その人である彼が、その身を犠牲にせずに済んだのは、今回が初めてだった。いつも、私は、私達は絶体絶命の窮地に立たされ、彼の犠牲によって奮い立ち、魔神王を打倒してきた。

 今も彼は、カルデアベースの中で、私達の帰りを待っている。

 

 だから―――

 

 

[……そんな顔しないでよ、キリシュタリア]

 

 

 これはきっと、その代償なのだろう。

 

 穢れなき純白の巨体は、私をゲーティアの極大光線から護ったために所々黒ずんでおり、翼は右翼は飛翔など出来ないほどに千切れ、左翼など最早根本しか残っていない。猛々しい四本の角はその全てが圧し折られており、右目も縦に入った傷によって潰されてしまっている。唯一無事な左目も朦朧としており、私の顔を見るので精一杯のようだ。

 

 アンナ・ディストローツ―――またの名を、“祖龍”ミラルーツ。四体の“禁忌”の頂点に立つ、あらゆる竜/龍種の母にして最強の龍。

 

 その彼女は今、人理修復の代償として、その命を終えようとしていた。

 

 

「君は……私の試練になるつもりはないのか? 私の試練は、君が務めるんじゃないのか……ッ!」

[そう、したかったんだけどなぁ……。情けないなぁ、あそこまで言っておいて、ここで死ぬなんてね……]

 

 

 ガラガラと音を立てて、神殿が崩壊していく。このままここにいては、私達も危険だ。

 私一人なら逃げられる。だが、このままでは彼女は……。

 

 

[なに、心配してるのよ……。貴方は、生きるのよ……。カルデアに戻って、いつもの日常に帰るの……。私は……ここまでだからさ……]

 

 

 ヒュー、ヒュー、と僅かに開かれた顎門から漏れる呼吸音のリズムが、少しずつ緩慢になっていく。

 

 

「駄目だ……。私は、君に……貴女に認められないと、理想を果たせない……」

[……嬉しいなぁ。そこまで、私を想ってくれてるなんて……]

 

 

 微かに口角を持ち上げて笑い声のような呻き声を漏らした龍は、[ねぇ]と問いかけてきた。

 

 

[私で、何人目( ・ ・ ・ )なの……?]

「―――ッ。まさか……」

[まぁ、ね。初見の相手なのに、なぁんか、知ってるような戦い方だったから……]

 

 

 私と共に戦いながらも、彼女は私の戦い方を見ていたのだろう。本来ならば知っているはずの無い魔神王からの攻撃を、まるで知っているかのように躱し、そして反撃した私の姿に、そう思ったのだろうか。

 ……いや、違う。きっと、最初から( ・ ・ ・ ・ )だ。あの冬木の地からずっと、彼女はこの世界が、微睡みの中でのみ存在を許されるものであると気付いていたのだ。

 

 

[……でも、別にいっか。私が何人目だって、違いはない、か。……君は、これを何度も続けてきたんだね]

「……だが、これで最後だ。貴女との人理修復を以て、私の人理修復の旅は終わる。貴女達はまた……蘇る」

[……そう、かぁ。……でも、私は忘れちゃうんでしょ? 君との冒険の日々を]

「……あぁ」

[……なら、最後に教えてあげる。……キリシュタリア。人間が、なぜここまで歴史を積み上げて来れたか、わかる?]

 

 

 龍が―――アンナが問いかけてくる。その姿は私が慣れ親しんだものではないというのに、私の目には、首を傾げて訊ねてくる彼女の姿が見えていた。

 だが、滲む視界と、様々な感情がごちゃ混ぜになって思考がまとまらない脳が、彼女の質問に対する答えを導き出してくれなかった。

 そんな私に、アンナはこう告げた。

 

 

[……勇気だよ。勇気なんだよ、キリシュタリア。勇気を持つ人が前に進むから、人はここまで、歴史を作っていけたの。……いつだって人間は、勇気を持つ誰かを待っている。そして、いつか人々の中に現れた彼らは、後に英雄に成るの。……そうして、歴史は積み上がってきた]

 

 

 勇気。

 それは、誰しもが口にし、誰もが持っていると思いながら、その実誰もが最初は持っていないもの。

 確かに、アンナの言う通りかもしれない。

 我々が利用している飛行機だって、飛べるはずのない空を飛ぼうという勇気を持った人間が起こした行動によって造られた。その他にだって、誰かの勇気が基になって完成したものは沢山ある。

 あぁ、本当だ。勇気は、歴史を作っている。

 

 

[君は、勇気のある人間だよ。それを忘れずに、生きてよね……。じゃなかったら、ただじゃおかないんだから……]

「アンナ……」

[さぁ、行って。私に―――君の勇気を見せてよ]

「……あぁ」

 

 

 正直に言うと、立ち上がりたくなかった。だが、立ち上がらなくてはならない。でなければ、彼女に失望されてしまう。

 

 

「…………」

 

 

 目の前で横たわる彼女を見る。

 脱力した彼女は、最早話す気力もないのか、じっとしている。

 開かれたままの彼女の瞳を見て、私はそっと瞼に触れる。

 そして、ある一言を口にしようとして、やめた。

 この言葉は、似合わない。こんな時に似合う言葉は、そう。

 

 

「―――また、会おう」

 

 

 私は彼女に背を向け、歩き出す。

 瞼を下ろした彼女は、なにも返さない。ただ、静かに私が去るのを待つのみだ。

 

 

「……そう、だ。また、また、会おう……」

 

 

 そう、また。

 また、会おう。

 その時、貴女に私との記憶はないけれど。

 

 私は、覚えている。

 

 貴女と過ごした日々を。

 貴女からの教えを。

 貴女との思い出を。

 

 

 ―――私は、覚えている。

 

 

 

 Now Loading,,,

 

 

 

 瞼を持ち上げる。

 杖を手に、前に進み出る。

 勇気を持って、歩み出る。

 

 目の前には、共に世界を救った女性がいる。私の仲間達を連れて、鋭い眼差しで佇んでいる。

 

 嗚呼―――やはり、私の試練は、君でなければならないな。

 

 

「待っていたよ、みんな。―――そして、アンナ」

「待たせたね、キリシュタリア」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるアンナに、私も同じ笑みで返す。

 

 

「神の時代への回帰―――それが君の目的だったよね、キリシュタリア」

「あぁ。人間は、正解を選べない生物だ。だからこそ、この空想樹を使って、人間を神に変える」

 

 

 私の返答に、アンナの背後にいたカドック達は驚愕に目を見開く。そんな彼らを一瞬見るも、すぐに視線をアンナに戻す。

 やはり、というべきか。その瞳には怒りの炎がチラついていた。

 

 

「……その気持ちは、曲げられないものなの?」

「あぁ。私は、私の理想を信じる。私は、他人よりも多くのものを持って生まれた。だからこそ私は、この力を活用したい。それを邪魔するのなら、アンナ……君にも容赦はしない」

 

 

 あの時と同じ答えを返す。

 我儘だと言われても構わない。これが、これこそが、私の思う、私が為すべき事なのだから。

 

 

「……そう。なら、君は君が思うままに行動するといい」

「考えを変えさせるつもりはないのかい?」

「あるわけないでしょ? 君が覚悟を決めている以上、私にその気は毛頭ない。生半可な覚悟だったら話は別だけど、君はそういう生っちょろい人間じゃないでしょ?」

「あぁ、その通りだ」

「なら、それでいい。本物の覚悟を決めた人は、善悪の基準なく素晴らしいものよ。肯定するか否定するかは置いておいてね。そして私は、君の理想に理解はすれども、賛同はしないわ。だからね、キリシュタリア」

 

 

 あの時とまるで変わらない会話。まるで変わらない表情。

 それに懐かしさを覚えながら、私は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

 

「貴方がその理想を果たそうとする今、私は貴方の前に立ち塞がるわ。貴方が挑む―――最後の試練として」

「……ふっ、臨むところだ。貴女という壁を乗り越えて、私は私の夢を叶える」

 

 

 この場において、私は挑戦者だ。

 私の夢を阻む壁を乗り越える、ただ一人のチャレンジャーだ。

 だからこそ、腕が鳴る。

 

 私はこの異聞帯で過ごす事で可能になった空中浮遊の魔術を使い、空に浮かび上がる。

 対する彼女も同じように宙に浮かび、私と対峙した。

 

 

「そういえば、アトランティスの時はよくもやってくれたね。まだお互いの異聞帯が衝突していなかったのに、こちらの海を浸食し始めたのは、流石の私も目を疑ったよ」

「あぁ、ごめんなさい。でも、下準備と思えばいいでしょう? 戦争だものね」

 

 

 悪びれもなく、そう答えてくる。

 確かに、戦争に常識を問うなど馬鹿げている。聖杯戦争がルールの定められた魔術の試合ではないように、この異聞帯同士の戦争は、互いの命を懸けた生存競争だ。

 

 

「あぁ。そうだったね。これは戦争……そう、戦争だ」

 

 

 だからこそ、私もそうさせてもらう( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

「さぁ、始めよう。アンナ」

「えぇ、始めましょうか。キリシュタリア」

 

 

 緋色の稲妻を両手に、アンナが接近してくる。

 対して私は、右手に構えた杖を天高く掲げた。

 杖からの攻撃に警戒したアンナの意識が杖に向くが、その瞬間、アンナの目が驚愕に染め上げられた。それに、私はフッとほくそ笑んだ。

 

 彼女の視線の先。それは私の持つ杖ではなく、そのさらに奥。

 

 空に刻まれた( ・ ・ ・ ・ ・ ・ )巨大な魔術回路( ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )

 

 

「覚悟してもらおうか、白き王ッッ!!」

 

 

 卑怯とは言わないでくれよ。これは君への仕返しで、私なりのやり方なのだから。

 

 

「―――冠位指定/人理保障天球(グランドオーダー/アニマ・アニムスフィア)ッッッ!!!」

 

 

 遥か彼方から、無数の光が落ちてくる。

 超質量を備えた光―――隕石は、摩擦熱によって真っ赤に燃え上がりながら、真っ直ぐに標的目掛けて突き進む。

 

 完全に不意を突かれた形のアンナには、防御をする暇も回避する時間も与えない。

 

 そして、

 

 

 ―――光が、全てを包み込んだ。

 




 
 裏設定的なもの。
 アンナ、ギルガメッシュが生前の時(特異点ではない)、彼が若かりし頃に「処女は全員最初に我とヤるッ!」と宣言した時に彼の股間を思いっきり蹴り上げ、しばらく玉座を空席にした事がある。
 また、彼にちょっかいをかけようとウルクにやって来た本物のイシュタルに絡まれるも、態度があまりにも癪に障ったため宇宙まで殴り飛ばした経験あり。その後、イシュタルは他の神々を引き連れて報復に来るも、真体になったアンナに敗北。揃って犬神家の刑となった。ギルガメッシュは爆笑した。


 アンナが単独で人理修復を行った場合ですが、「人理修復は可能だが、汎人類史のみの力の場合は生還の確率は限りなく低い」です。本気を出せば魔神柱レベルなら楽勝ですが、ゲーティアの人理砲は致命傷になってしまう、そんな感じです。
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