【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。
 なんとかサンブレイクのストーリーをクリアし、現在マスターランク解放に勤しんでいるseven774でございます。

 盟友クエスト、楽しいですよね。ウツシ教官がとてもうるさかったですが、滅茶苦茶楽しいです。

 フィオレーネしゅき……また一緒に狩りに行こうね……。ヒノエ姉さんは「私猛き炎の子ども時代知ってますがあなたは?」みたいなマウント取るの色々来るものあるよ。


親友だからこそ

 

 私、オフェリア・ファムルソローネの朝は早い。

『異星の神』ことU・オルガマリーによって再びこの世に蘇った私は、現在自分と同じようにして復活した親友―――アンナ・ディストローツが管理するシュレイド異聞帯で生活している。

 

 アンナが友人想いの性格であるためにこの世界に招かれはしたが、毎日をのんびりと過ごしているかと聞かれれば違うと答えるしかない。

 

 この異聞帯で生活する以上、協力はしてもらうという事で、私はこの世界に存在する異聞の“我らの団”と共に各地の集落や村に赴いて支援を行っている。それは私と同じようにこの世界に招かれたカドックやペペロンチーノも例外ではない。芥ヒナコこと虞美人は項羽と共に在る事をアンナに認めさせているため同行はしないが、代わりに大型モンスターの撃退や余計な戦闘を避ける為に必要なアイテムを調合してくれている。彼女の作った道具のお陰で乗り越えられた危機も多くある。彼女は彼女でしっかりと貢献しているのである。

 

 そして本日、一先ずは“我らの団”の仕事が一段落したため、私達は五日間の休日を貰った。

 

 『働いた者には、それ相応の対価と休息を』。それが親友(アンナ)のモットーである。

 

 そして、こういう日の朝には、私にとっての楽しみがある。

 その楽しみとは、毎晩共に眠っている親友の寝顔を見る事である。

 

 現在、私がアンナと共に寝室として使っている部屋には人二人など余裕で眠れてしまうサイズのベッドが置いてある。

 その近くにはお互いの作業机が置いてあり、天井には魔力を介して火を灯すシャンデリアが吊られている。

 元々、私達がいるシュレイド城の上空は常に暗雲に覆われているために薄暗く、場所によっては光が無ければ真っ暗な所も見かける。そんな時に、こういった簡単に付けられる明かりがあるのは助かる。

 もちろん、魔力を扱えない“我らの団”のメンバー達や雇われのアイルー達には必要とあれば松明を与えている。そもそも、彼らがあの暗がりに進んで入っていくとは思えないが。

 

 ……話が逸れた。

 とにかく、私はこういった休日の朝には、親友の寝顔を見るのが楽しみであり、日課となっているのである。

 

 アンナ自身、寝起きが早いためにこちらは彼女よりも早く起きなければならないのだが、それもしばらく続けていれば自然と体が慣れるし、なにより彼女の可愛らしい寝顔を見られるのならその程度の事など問題にもならないのである。

 

 ……だというのに。

 

 

「……今日も、一人なのね」

 

 

 私の隣に、あの可愛らしい親友の姿は無い。

 そう、最近になってからというものの、アンナは私と一緒に眠らなくなってしまった。まさかの一日目の休日の夜を境に私を一人で眠らせるようになった彼女は、四日目の朝になってもこのベッドで一緒に目覚める事は無かった。

 

 

(やっぱり、あの“王”絡みなのかしら)

 

 

 別に、一緒に眠ってほしいというわけでは―――いや、全然ある。こういってはなんだが、彼女と一緒に寝る事に慣れてしまったために、一人では上手く寝付けなくなってしまった。

 

 しかし、だからといって無理を言って彼女に頼み込むわけにもいかない。

 今の彼女には、私との睡眠よりも優先すべき用事があるのも確かなのだから。

 

 私達が休みを貰った日。丁度夕方に差し掛かる頃かと思った時、シュレイド城の地下に存在する繭に異変が生じた。

 周囲に超高温の熱線を無数に放出した後にその繭からこの世に生まれ落ちたのは、この異聞帯の“王”と呼ぶべき存在―――“赤龍”ムフェト・ジーヴァ。幼体である“冥灯龍”ゼノ・ジーヴァの段階を飛ばし、初めから成体として誕生した彼の王は、しかし一般的な知識さえ身につけてはいなかった。

 

 この異聞帯で彼の繭を見つけてからというもの、彼こそこの異聞帯に君臨する“王”であると悟ったアンナが、彼がより強大な力を身につけて誕生するように、寿命を迎えた古龍種の生体エネルギーや汎人類史によって召喚されたサーヴァント達を使っていたという事は、彼が誕生した後によって告げられた。しかし、あくまで生体エネルギーやサーヴァントを構成していた魔力を糧に誕生した個体であったために、人格まで形成される事は無かったようで、つまりは大人の体に赤子の精神が宿ったような状態だという。

 そんな彼に教養を身につけさせるのはさぞ大変だろうと思いきや、アンナはこれに乗り気だった。しかしそれも、少し考えれば「それもそうか」と納得せざるを得ない。

 たとえifの歴史に誕生した生命といえど、全ての龍と竜の(はは)であるアンナにとっては愛しい息子に他ならない。息子に教養を身につけさせるのは、親として当然の責務だ。だからこそ、アンナは寝る間も惜しんで自分の弟妹達と共に“赤龍”―――彼女によってムフェトと名付けられた彼を育てているのだろう。

 

 ……だからといって、睡眠時間を削るのはどうかと思うけれど。

 

 

「……なにか差し入れでもしようかしら」

 

 

 母親として子どもの世話をするというのは、私の想像以上に大変だろう。きっとそれは、私が誰かを結ばれて子を成してようやく理解できるものだから。

 しかしそれで自分の健康管理を疎かにし、体調を崩されてしまっては元も子もない。

 

 そう思った私は、思い立ったが吉日が如く、手早く着替えを済ませて部屋を出る。

 寝室から出てしばらく歩けば、燭台が備え付けられた長テーブルが置かれている部屋に辿り着く。

 そこで“我らの団”に所属しているアイルー、シャンマの作ってくれた料理で空腹を満たすのだが―――

 

 

「姉上に会うつもりなら、今は控えた方がいい」

 

 

 自分と対面するように座って食事を取っていた漆黒の狂戦士の言葉に、思わず瞠目した。

 

 

「それは、そうなるまで忙しいって事? それとも、なにか危険な事でも……?」

「……やっぱり、そうなのか?」

 

 

 私とボレアスの会話に、“我らの団”団長のジェリスが少しだけ表情を強張らせた。

 

 

「この前、アンナ嬢から聞いたけどよ。この城の真下にデカいモンスターがいるんだろ? その、暴れ出したりはしないのか?」

 

 

 いつもと変わらぬ口調。しかし、微かにその声が震えている事から、彼がこの城の真下にいる存在を怖れているのがわかる。

 視線を動かしてみれば、彼の他の団員達もその顔に恐怖の色を滲ませており、ボレアスの返答を今か今かと待っていた。

 

 

「それについては心配ない。彼は我々に危害を加える存在ではない。決してお前達に牙を剥く事はないだろう。安心してほしい」

「……そうか」

 

 

 まだ完全には受け入れられないようだが、ボレアスがそう口にした事である程度の安心感は持てたのだろう。ジェリスの顔にあった恐怖の感情が薄れていた。

 

 

「じゃあ、他にどんな理由が? それが収まるまで、ずっと会えないって事は無いわよね?」

「そういうわけではない。あの御方は現在、少々体調が悪い。会おうと思えば会えるが、下手をすると、手を付けられてしまうぞ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?」

「え……っ?」

 

 

 最後の一言に思わず目を見開くも、ボレアスはそんな私になにも言わずに「馳走になった」と感謝の言葉を口にし、足早に部屋から去ってしまった。

 

 

「どういう事かしら?」

「さぁな。だが、ここはボレアスの言葉に従った方がいいかもしれない。お前も気を付けろよ、オフェリア」

「え、えぇ……」

 

 

 そうして会話も程々に食事を終えた私が廊下に出ると、「待ちなさい」と背後から声をかけられた。

 振り向くと、私より少し遅れて食事を終えた虞美人()が立っていた。一切の恥ずかしげもなく露出の高い服を着こなす彼女は、私に歩み寄りながら続ける。

 

 

「ボレアスに便乗する形になるけど、私からも忠告しておくわ。手を付けられたくなかったら、しばらく彼女と接すのは控えなさい」

「どういう事なの? 手を付けるって、まるで……そ、その……」

「今貴女が考えた事、されるわよ?」

「え……、えぇッ!?」

 

 

 脳裏に浮かんだ言葉をあっけらかんに肯定され、声が裏返ってしまった。

 そんな私に特に反応など返さず、芥は肩を竦めながら続ける。

 

 

「数千年周期で来る発情期みたいなものよ。これまでは一人で鎮めてたみたいだけど、今は夜になれば隣に貴女なんていう格好の獲物がいるから、彼女も彼女で苦労してるのよ」

 

 

 究極の一(アルテミット・ワン)でも発情するのね―――と溜息と共に言い終えた彼女は、一呼吸して「それで?」と私に視線を向けてくる。

 

 

「貴女はどうする? このまま彼女の発情期が終わるまで待つ? それとも、彼女にその身を捧げてみる? 明日筋肉痛になるのが確定するけど」

「…………」

 

 

 問い掛けられた私は、顎に手を当てて考え込む。

 

 アンナが発情期だというのなら、やはりそれが収まるまではそっとしておくのが一番だろうか。

 別に、彼女とそういう事(・ ・ ・ ・ ・)をするのが嫌というわけではない。初めてこの魔眼以外の要素で私を見てくれた大親友である彼女ならば、この身を差し出すのも吝かではない。

 

 しかし私は、キリシュタリア様が好きだ。今はもう、あの暗く冷たい土の下に眠っているとしても、やはり私の彼に対する想いに変化はない。最近になって(・ ・ ・ ・ ・ ・)カイニスがいなくなった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)のも、「もしかしたらどこかでキリシュタリア様と会っているのでは?」とつい考えてしまう。そんな事、あり得るはずがないというのに……。

 

 いやしかし、アンナもやはり長い間発情しているのも辛いだろう。一人で収められるのならそれに越した事はないが、やはり私としては親友である彼女を助けたい。

 

 

「いや、でも私はキリシュタリア様が……。いえ、ここはやはりアンナを助けるべきじゃ……」

「……前にどこかで聞いた話だけれど」

 

 

 ブツブツと呟き続ける私に痺れを切らしたのか、芥が口を挟んでくる。それに耳を傾けた私に、彼女はこんな事を告げてきた。

 

 

「『キスも行為も、女の子同士ならノーカン』、なんて言葉があるらしいわよ」

「―――」

「……オフェリア?」

「……たわ」

「え?」

「切れたわ……」

 

 

 今、私の中でなにかが切れた。

 それは私にとっての安全装置(セーフティー・バー)。踏み出すには大きな勇気がいる境界線(ボーダーライン)

 

 それがたった今、芥の一言によって取り払われた。

 

 気付けば私は、全速力で駆け出していた。

 

 

「ちょ、ちょっとッ! どこ行くのよッ!」

「アンナのところッ!」

「はッ!? 正気ッ!?」

「正気も正気よッ! 友達が困ってるなら、助けるのは当たり前じゃないッ!」

「話の規模が違うのよッ! 初めてを親友に捧げてもいいのッ!?」

「好きでもない男に散らされるよりはマシッ! それにノーカンッ! ノーカンだからッ!」

「ノーカンだからって即行動に出るんじゃないわよッ! ていうか速ッ! 待ちなさいオフェリアアァァァ………ッ!」

 

 

 背後から聞こえてくる芥の声が徐々に小さくなっていくのを感じながら、私は風を切るように走る。

 この異聞帯に来てからシグルドやボレアスに過酷な自然環境の中でも生きられるようにと鍛えられた影響か、今の私はかつての自分とは比べ物にならない程に体力がついたし、それに伴って知覚能力や反射神経も鍛え上げられた。

 キリシュタリア様が担当していたギリシャ異聞帯で、カドックがあのアルターエゴ―――リンボこと蘆屋道満に対してカウンターを叩き込めたのもそのためだ。

 

 だからこそ私は、丁度通り過ぎようとしていた扉から聞こえる、彼女の声にも気づく事が出来た。

 少しずつ速度を落として立ち止まり、扉をノックして入室の許可を取ろうとした時、扉の奥から彼女のくぐもった声が聞こえてきた。

 

 

「―――は順調? ……うん、うん。へぇ、そうなんだ。そ―――ね。え、顔? だ、大丈―――ッ! 少し、―――みなだけ―――」

 

 

 誰と話しているのだろうか。相手の声が聞こえないという事は、ここからは扉に遮られて聞こえない距離にいるのか、それとも誰かと通信でもしているのか。

 しかし、仮に通信しているとしても誰と? ベリルとはオリュンポスでの件もあってそう気楽に話せるとは思えない。では南米異聞帯を担当するデイビットかと考えたが、彼はこの前の定例会議で欠席している。なにかしらの事情があると思うが、もしかしたらそれについてだろうか。

 

 ならば、少しだけ待って会話が途切れた時にでもノックしようかと思っていると、丁度終わりに差し掛かっていたのか、アンナが「それじゃ、またね」と短く告げて会話を終わらせた。

 それを聞いた私がノックをすると、「誰?」とくぐもった小さな声が聞こえてきたので「私よ」と答える。

 

 

「えっ、オフェリアちゃん? ま、待って。今はちょっと……」

「入っても、いい?」

「で、でも……」

「どうして……? アンナ、最近私と顔を合わせてくれないでしょ? その、なにか私、貴女を傷つけるような事をしてしまったかしら。それなら、しっかりと向き合って謝りたいんだけど……」

 

 

 彼女の優しさに付け込むような言葉を紡いでいるのが、私に酷い罪悪感を抱かせる。

 こんな卑怯な言い方をされてしまっては、彼女も色々と考えてしまうだろう。ただでさえの発情期で、それを頑張って抑えて誰かと会話をしていたのに、そこへ立て続けに私に来られてしまっては、彼女としても困ってしまうはずだ。

 けれど私は、確信を以て言える。こういう言葉を口にすれば、きっと彼女は―――

 

 

「そ、そんな事ないから、ね? その、入ってきて、いいから……」

「……じゃあ、入るわね」

 

 

 自分に言い聞かせるように答え、ガチャリと扉を押し開ける。

 私の何倍もの大きさを誇る扉が軋む音を上げながら開かれ、その奥に白銀の女性の姿を露わにする。

 

 

「オ、オフェリアちゃん……」

「アンナ……」

 

 

 彼女の姿を視界に収めて思ったのは、憐憫だった。

 まず、顔は耳まで真っ赤に染まっている。それに、微かに開かれているであろう唇からは一定のリズムで熱っぽい吐息が吐き出され、それを隠すように軽く握った右手で口元を隠している。

 目線も私に固定されておらず、絶え間なく色々な方向にその視線を彷徨わせ、時々私と視線が交われば、その瞳が微かに潤んでいるのが見て取れる。

 

 

「ご、ごめんね。その、勘違いさせちゃって……。君が無意識に私を傷つけてるような事は、全然ないから……その……」

「……ごめんなさい。それ、嘘なの」

「え……?」

 

 

 私からの言葉が予想外だったのか、一瞬だけ見開かれたアンナの目が私に固定される。しかし、すぐにハッとした様子で視線を逸らされてしまった。

 

 

「なら、どうして? オフェリアちゃん、あまり嘘は吐かないよね……?」

 

 

 そういえばそうだ。

 確かに私はこれといった嘘を吐いた事は無い。流石にアンナ以外の気心知れた相手にサプライズをする時は、それを隠す為に嘘を吐く事もあるにはあったが、それは本当に軽い嘘で、こういった、相手の優しさに付け込むような嘘を吐いたのはこれが初めてだった。

 そう考えてみると、私は俗に言う『優等生気質』というものなのだろうか。

 ―――けれど、今はそんな事を考えている時ではない。

 

 

「今日は嘘を吐かせてもらったわ。貴女の為にね」

「私の……?」

「芥から聞いたわ。今の貴女が、その、あれっていうのは……」

「う……」

 

 

 小さく声を漏らして俯く彼女。

 その反応から見て、発情期というのはやはり真実だと認識する事が出来た。芥を信じていないというわけではないが、やはり本人からしっかり確認を取るのも必要だと考えたからだ。

 

 

「……こ、怖いよね。いつも隣で寝てる相手が、自分を襲うかもしれないって……。で、でも大丈夫だから。時間はかかるけど、ちゃんと鎮めるから……」

「そ、それなら……」

 

 

 そこまで口にし、私は言葉に詰まってしまう。

 そこから先を口にしてしまえば、後戻りできなくなってしまう。女同士(ノーカウント)だとしても、その記憶は、出来事は、感覚は、きっとお互いの心に深く刻み込まれてしまう。

 もしかしたら、この友情が壊れてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 これから先も、彼女と一緒にいたい。

 友人として、傍にいたい。

 

 傍に―――いてほしい。

 

 けれど、怖がってばかりではいけない。

 怖がっているだけでなにもしないのは、良くない事だ。大切な事は、たとえ怖くても、前に進む事だ。弱い自分に別れを告げて、殻を破って飛び出す事こそ、大切な事なのだ。

 

 覚悟は―――決まった。

 

 

「それなら、私と……する?」

「……ぇ……?」

 

 

 私の覚悟の一言に、アンナが茫然とした表情になる。

 私はその覚悟のままに、畳みかけるように続ける。

 

 

「アンナ、私は貴女の親友よ。大切な人だと、心から思っている。そんな貴女が苦しんでいるなら、助けたい。だからお願い。私に……手伝わせて」

「…………い、いいの?」

「……えぇ」

「本当に、いいの……? その、初めてが、私で……」

「……相手が貴女だから、いいの」

 

 

 微かに震えの混じった声で繰り返される問いに、私は頑として答える。

 それにアンナは申し訳なさそうな表情を浮かべるも、すぐに頭を振って俯く。

 

 

「……

「え?」

「夜……。寝室で……待ってるから」

「……えぇ」

 

 

 どうしよう。

 約束を取り付けただけなのに、心臓が破裂しそうな勢いで鼓動している。

 きっと私の顔も、目の前にいる彼女と同じく真っ赤になっているに違いない。

 

 

「そ、それじゃあ、寝室で。すぐに行くから、待ってて」

「……うん」

 

 

 それからどう会話を続ければいいのかわからなくて、私は半ば無理矢理話を終わらせるように話を打ち切り、アンナもまたそれに乗ってくれた。

 

 ぎこちない動きで扉を閉め、胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返して火照った顔を冷ます。

 

 少しずつ熱が引き、思考も明快になってきてから、私は―――

 

 

(い、言っちゃったぁあああああああああああッ!! 約束、しちゃったああぁああぁぁぁ……ッ!!)

 

 

 その場で悶絶した。

 

 思い返してみると、なんて恥ずかしい事をしていたのだろう。彼女の為とはいえ、親友とセ、セ……する約束するなんてッ! まるで自分が起こしたものとは思えないくらい大胆な行動を起こした記憶に、頭が爆発しそうになる。

 

 

「お、落ち着きなさいオフェリア・ファムルソローネ……。そう、これは親友の為……親友の為だから。女同士だからノーカン、ノーカンだから……」

 

 

 もうこうなった以上、ノーカンで片付けられる気など微塵もなくなってしまったが、それでもなんとか自分にそう言い聞かせる。

 そうしてなんとか気持ちを落ち着けた私は、肺に溜まった酸素を勢いよく吐き出した。

 

 

「……手伝うって、約束したからね。絶対に、護らないと」

 

 

 固く拳を握り、私は再び決意を固めて歩き出す。

 

 約束の時間は夜。きっと、誰もが寝静まった頃。その時こそ、私の勝負の間。羞恥を前に逃げるなど許されない。しっかりと彼女と向き合っていこう。

 

 

 ―――そして、私は後悔する事になる。

 

 私の下で乱れ、「やめて」「やだ」と懇願するアンナの姿を愉しんだ事を。

 枕に顔を埋めて必死に声を漏らさんとする彼女に矯声を上げさせんと弄んだ事を。

 

 後日、彼女以上に腰を痛くする羽目になってから、私はあの時調子に乗るんじゃなかったと、深く後悔するのだった。

 

 

 

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 数日後。

 円卓が設置されているシュレイド城の一室には、五人のクリプターとそのサーヴァント達が集結している。

 

 カドック・ゼムルプス。

 サーヴァントはロシア最後の皇帝の娘、アナスタシア・ニコラエヴァ・ロマノヴァ。

 

 オフェリア・ファムルソローネ。

 サーヴァントは北欧神話にその名を轟かせる竜殺しの大英雄、シグルド。

 

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 サーヴァントはインド神話に名を刻む憤怒の化身、アシュヴァッターマン。

 

 芥ヒナコ―――真名を虞美人。

 サーヴァントはその美貌を仮面で覆い隠した剣士、蘭陵王。

 そして、彼女の付き添いとして、乱世の覇王、項羽。

 

 彼らの視線の先。

 豪奢なステンドグラスを背負い、椅子に座している彼女―――アンナ・ディストローツ。

 サーヴァントは“運命の戦争”の異名を持つ“禁忌”の一角、“黒龍”ミラボレアス。

 しかし、今回彼女の傍に控えるサーヴァントは彼だけではない。

 

 アンナの左側に立つ、燃え上がる炎のように真っ赤なワイルドロングの髪を持つ、ボレアスと瓜二つの顔に、しかし彼ならばまず浮かべないであろう獰猛な笑みを湛える彼の名は、バルカン。

 

 アンナやボレアス、そしてこの場にはいない二騎と同じ“禁忌”の一角として知られるモンスターである。そして、ボレアスの双子の弟でもある。

 

 

「みんなに集まってもらったのは他でもない。いよいよ、私達も行動を起こす時が来た」

 

 

 真剣な面持ちで告げられた言葉に、その場の空気が一気に張り詰める。

 

 

「つい先程、先んじてイギリス異聞帯に向かわせていたカイニスが報告に来たよ。その主な内容は、イギリス異聞帯に生息する、その世界の霊長類の座に就いた種族―――妖精が『大穴』に呑み込まれる、突然黒い靄に覆われたと思えば凶暴化した、といったもの。頻度はあまり多くないようだけれど、早めに行動を起こす事に越した事は無いね。そして、同時にこれは、イギリス異聞帯どころか、この惑星(ほし)すら滅ぼし得る『呪い』の前兆でもあると考えられる。だから……」

「今回は、我も同行を申し出た」

「な……ッ!?」

 

 

 予想外の助っ人―――項羽にカドックが驚愕の視線を向ける。

 確かに、項羽は強力な存在だ。かつて、中国異聞帯に現れた古龍種を蘭陵王と共に討伐した事からも、その実力の高さは窺い知れる。

 しかし、いいのだろうか。彼がイギリス異聞帯に出向くという事は―――

 

 

「項羽様……」

 

 

 彼を愛する(虞美人)を、この異聞帯に残すかもしれないという事。

 

 

「虞よ。我が妻よ。此度の異聞帯に存在する『呪い』―――それは星すら滅ぼす、しかして人理を呑む人類悪という者達とは異なる災厄。汝との安寧を阻む者の存在を、我は看過する事は出来ぬ」

 

 

 自分は汎人類史の項羽ではない。しかし、演算によって得た妻への愛は、汎人類史の己にも劣らぬものだと考えている。

 力を以て万物を打ち砕く機械ではなく、一人の(おとこ)として、項羽は妻を護る為に立ち上がったのである。

 

 その覚悟の眼差しに射抜かれ、虞美人は大きく目を見開く。そして、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、自分の胸に手を当てた。

 

 

「……ならば、私も参りますッ! 項羽様、私も、貴方と共に戦いますッ!」

「妻よ……」

「アンナ。項羽様が貴女に同行すると言うのなら、私も行くわよ。私はもう、この御方と離れるつもりはないわ」

「……わかった。でも、くれぐれも無茶はしないでね」

 

 

 元々、虞美人の同行を拒否するつもりはなかった。項羽が出向く以上、彼女もまたイギリス異聞帯へと同行するだろう。

 愛する存在に取り残される哀しみは、アンナも理解している。

 それもあって快く了承したアンナに、虞美人は「ありがとう」と素直に感謝の言葉を送り、席に座り直した。

 

 

「アンナ、質問してもいいか?」

「ん? なに?」

「“王”―――ムフェトはどうするつもりだ? それに、“我らの団”は……」

「アルバとミラオスに頼んであるよ。アルバはボレアスの次に勤勉だから間違った知識は植え付けないと思うし、もしそうするならミラオスがちゃんとフォローしてくれる。“我らの団”の護衛も、しばらくはそのどちらかが担当する事になるよ。これは“我らの団”全員に了解を取ってる」

「そうか」

「他になにか質問は?」

「汎人類史のサーヴァントについてはどう対処するのかしら」

「古龍種に任せる。既にこの王国周辺を偵察させているし、地下にはダラも控えさせてるから、生半可なサーヴァントじゃこの城に入る事すら出来ないよ」

「まさしく鉄壁の防御ね。貴女が敵じゃなくて本当に良かったわ」

 

 

 ペペロンチーノが微笑みのまま言い終え、アンナは他のメンバー視線を移す。誰からの質問もない事を確認すると、「それじゃあ」と話の締めに取り掛かる。

 

 

「出発は明日。それまでに各々の準備を済ませておきなさい。イギリス異聞帯―――妖精國ブリテン。その世界は、恐らく全ての異聞帯の中で最も醜悪なものだろうからね」

 

 

 アンナのその言葉に誰もが気を引き締め、早速準備をすべく椅子から立ち上がる。アンナも彼らから少し遅れて椅子から立つのだが―――

 

 

「「アイタタタ……」」

 

 

 オフェリアと完全にシンクロした動きで、腰に手を当てながら再び着席してしまった。

 

 

「……筋肉痛、治しておきなさいよ」

「「はい……」」

 

 

 虞美人からの呆れた視線に、二人は大人しく頷くしかなかったのだった。

 

 

 

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 いつの頃だったか。汎人類史からのチェンジリングで流れ着いた書物を、我が愛娘が読んでいた時があった。

 きっと、彼女にとってはさしたる理由もないもの。単なる、気まぐれというやつだろう。

 

 しかし娘はその書物から、偶然にも一人の狩人(えいゆう)を見つけ出した。

 

 地を歩み、空を翔け、そしてある災厄を食い止めた彼女。行く先々で数多の者と絆を結び、最期はなにかしらの病でこの世を去った彼女。

 

 汎人類史では伝説の英雄に数えられた騎士の名を襲名させられたが故か、(わたし)を護る為の力を欲したのか。理由は定かではない。ひょっとしたら、自分という悪辣なる者に使役されるという屈辱を、この狩人(えいゆう)に味合わせてやりたい、といったものかもしれない。

 

 兎角、彼女は私に召喚の手順を乞うてきた。初めてそれを聞いた時は、思わず突っぱねてしまうところだったが、彼女の願いを聞き入れる理由は、すぐに私の脳内に浮かび上がってきた。

 

 愛娘はあまりにも優しすぎる。その優しさ故に、妖精共に慰み者として扱われ、死してしまうのが常だった。

 妖精は、あまりにも純粋過ぎて、それ故に醜悪だった。だが、彼女ならばどうだ。妖精ではない人間の彼女ならば、私の手が届かぬ場所でも、きっと娘を護ってくれるのではないか。

 

 策謀を張り巡らせ、円卓の崩壊を導いた(わたし)。恐怖による統治で平穏な世を築いた(わたし)。そんな女王(わたし)が、たった一人の人間の善性に娘の命を賭けるなど、なんともお笑い草だ。

 

 

 ―――しかし。

 

 

 それでも、私は、信じてみたかった。

 

 相手が何者であろうとも、快く仲間に引き入れていた()の記憶が、私の首を縦に振らせた。

 

 そうして、彼女は召喚された。

 無明の闇を思わせる、禍々しい黒紫の鎧に身を包んだ彼女は、私が悪辣になるよう育てた娘の我儘に全くと言っていい程折れずに、常に彼女に付き従った。同時に、どこかしらの街へ向かう途中の彼女を襲うモースやブラックドッグを、瞬く間に排除してくれてもいる。

 

 数百年の時を経ても尚、彼女は相も変わらず、我が娘の傍に在る。

 

 それだけではない。彼女は我が娘だけでなく、娘と同じ妖精騎士達とも良好な関係を築き、さらには我が勇士であるウッドワスとも親友の間柄となってくれた。

 この前なんか、妖精騎士ガウェインことバーゲストとその恋人(・ ・)である青年、そしてウッドワスを交えてお茶会をしていたらしい。その後、ヤキモチを焼いた我が娘が、なんだか楽しそうだからという理由で妖精騎士ランスロットことメリュジーヌが、そして最後に娘に誘われて私が相席したため、あの青年は酷く委縮していた。あの時は少し申し訳ない気持ちになってしまった。

 

 諸事情などでバーヴァン・シーから離れて行動する事もあるにはあるが、それ以外では極力彼女の傍にいてくれるあの狩人には、本当に感謝しかない。正直言ってしまえば、あの男(ベリル・ガット)が不要と思えてしまう程に。

 

 嗚呼―――ありがとう。本当にありがとう。私の娘を護ってくれて、ありがとう。私を安心させてくれて、ありがとう。

 どうか、これからも彼女を護って。

 彼女を護る盾になって。

 彼女を救う剣になって。

 

 

「お母様、行ってきますッ!」

「えぇ、行ってらっしゃい。バーヴァン・シー。……今回も、娘を頼みます」

「もちろんだとも。女王陛下」

 

 

 中性的な声色で、凛々しい態度を崩さぬままに頷く狩人。

 その手を引っ張りながら、我が愛娘は明るい笑顔で扉を指差す。

 

 

「さっ、早く行こうぜ―――カリアッ!」

「えぇ、マスター」

 

 

 娘に手を引かれるがままに、漆黒の狩人は衛士達が開けた扉の奥へと消えていく。

 

 嗚呼、娘が―――バーヴァン・シーがあんなに楽しそうに。なんと素晴らしい。生きててよかった。永年の統治で荒んだ心が癒される……。

 

 

「貴方もそうは思いませんか?」

 

 

 私の背後―――私が腰かける玉座を護るように控える気配が動く。

 私達と言葉を交わす事は出来ないが、それでも、その巨体から漏れ出る冷気と熱気が丁度心地よいものになっている事から、()も私と同じ気持ちなのだろうと判断する。

 

 氷鱗に包まれた背中側は凍えるほど冷たく、炎鱗に覆われた腹側は灼熱のように熱い。

 鼻先には剣のように伸びた巨大な刀状の角が一本だけあり、その周囲を取り囲むように数多の角が伸びるという、異様な形状の頭部を持つその龍。

 

 名を―――“熾凍龍”ディスフィロア。

 かつて最果てにて死闘を繰り広げた門番。現在は大穴の底に潜む、腐肉を食む()と、最近妖精國に流れ着いた凶気を齎す黒き災厄を封じ込めてくれている、私の相棒。

 周りの妖精が未だに恐怖の眼差しで見上げてくる中、彼はそれをまるで歯牙にもかけずにじっとその場に留まり、妖精達を見下ろしている。

 

 

「……陛下」

 

 

 この龍の視線を受けている中、誰が最初に口を開くかと思っていると、一人の男が言葉を発した。

 

 

「スプリガンか。どうした?」

 

 

 長い金髪に、異国の服に身を包んだその男は、周りの妖精と違って私や龍に対する畏敬の念を示すように僅かに頭を下げながら答える。

 

 

「プロフェッサー・Kからの伝言です。『新しいプロジェクトについての話をしたい。予定が空いている日を教えてほしい』、との事です」

「プロフェッサー・Kから? わかった。後で確認する」

 

 

 スプリガンが口にした人物の名に微かに目を見開く。

 

 プロフェッサー・K。ある日彗星の如く妖精國へと現れ、我々には想像も出来なかった新技術・新事業を次々と開拓していき、瞬く間に私から爵位を獲得してみせた男の名。

 自らの顔上部を星の光を象った仮面で隠した彼に最初こそは不信感を抱いていたが、話してみればこれが存外に面白い人物で、ある程度は好きに行動させていた。相手の内面を見通す妖精眼を使っても、彼が善人と呼べる人物だったというのも、私の彼に対する評価が高い理由でもある。……色々な面で愛娘が世話(・ ・)になっているという私情を大量に含めてはいるが。

 そのカリスマ性は私としても一目置く程のものであり、その影響によって彼の下には個性豊かな妖精達が集まっている。

 最近ではプロフェッサー・K同様に自らの顔を仮面で覆った、『マスクド・L』と名乗る褐色の女性を秘書に加え、さらにその勢力を拡大している。

 

 

「して、そのプロジェクトとは?」

 

 

 そんな彼が新プロジェクトと立ち上げると聞き、私は少しの高揚感を覚える。

 今度はどんなものを私に見せてくれるのか。それが楽しみになり、ついスプリガンに訊ねてしまう。

 

 

「それが……」

 

 

 珍しく言い淀んだスプリガンに訝しむ視線を送ると、彼は少し言い難そうにしながらもこう続けた。

 

 

「アイドル……だそうです」

「…………アイドル?」

 

 

 知識としては知っている。しかし予想していなかったその単語に、私は思わず首を傾げてしまったのだった。

 

 

 

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 許されよ、許されよ。

 我の罪を許されよ。

 自由を愛する妖精達、愛を守った妖精達。あなた達のブリテンは栄えるでしょう。

 沢山の死を積み上げて永遠に、永遠に。

 でもどうぞいつまでも忘れずに。

 世界が新しくなるほどに根は古び、誰も知らないままこの通り。

 誰もが目を背ける蟲の一咬みで悉く崩れるのです。

 許されよ許されよ、我らが罪を許されよ。

 

 

 ―――偽りの王は客人に救われ

 

 ―――毒血が広がる事はなく

 

 ―――しかして訪問者は黒き瘴気に呑まれ

 

 ―――呪いは蟲に喰われ、蟲は昏く蒼い輝きと共に天へと昇り

 

 ―――黄金と白銀は、手を取り合う

 

 

 ここは楽園、妖精國。

 あり得ざるブリテンの未来。

 続くはずの無い妖精達の世界。

 

 

 ―――総ては廻り、無へと還っていく。

 




 
 ちなみに今回の発情期解消イベントは今回限りで終わりではなく、しっかりと後に響かせますので楽しみにしていてくださいッ! 流石にもう一度発情は周期的にないですが……。

 改めて考えてみると、6章開始時の予言ってかなりネタバレしてましたよね。ストーリーを続けていくうちにあの謎が解けていくのが楽しかったですが。

 次回からは妖精國編ですッ! モルガンもバーヴァン・シーもメリュジーヌもバーゲストも、全員救ってみせますぞ~ッ!

 オフェアン百合えち話(攻め受け逆転要素あり)……欲しい?
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