【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。
 今年がもう半分終わったと気付き、一年の早さを痛感する作者でございます。

 そして、ここで謝罪を一つ。 
 前回の後書きで、アンナとオフェリアの関係について匂わす文章を記載をしましたが、そこまで書いてしまうと文字数が大変なことになってしまう事に気付き、苦渋の決断として途中で切ってしまいました。大変申し訳ございません。

 ドゥルガーのPUが来ましたねッ! 自分はドゥルガーとドゥリーヨダナをそれぞれ二枚引きしたので、これにて撤退ですッ! 次は周年ガチャだと思いますので、誰が来るのか楽しみですねッ!

 今回は久しぶりの1万文字越えです。それではどうぞッ!



己が求めるもの

 

 『予言の子』―――その噂は聞いた事がある。

 曰く、今は亡きエインセルが最期に遺した予言の象徴たる妖精。女王の統治を終わらせ、妖精國をあるべき形へと戻す存在。『異邦の魔術師』を始めた仲間達と共に、巡礼の鐘を鳴らす者。

 

 ―――気に食わない。

 

 『予言の子』? そんなものクソ喰らえだ。女王の―――母親が求め、そして創り上げたこの國を、どこから湧いたのかも知れぬ一端の妖精なんぞに終わらせられて堪るものか。

 

 だが、油断が出来ないのもまた事実。

 予言の通りならば、彼女は己の母親さえも凌ぐ力を持つのかもしれない。どのような知恵を使い、どのような技を使い、そしてどのように戦うのか―――バーヴァン・シーにはわからない。

 

 これならば予め調べ上げていれば良かった。そうすれば、より対策も立てられたろうに。だが、それも今となっては後の祭り。いつ出会うとも知れぬ『予言の子』を相手に考え事をするよりも、目の前にいる母親に笑顔でいてもらいたかった。

 だからこそ、バーヴァン・シーは過去の己を貶さない。『お前は正しい事をした』と、現在(いま)から過去へ胸を張って言える。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

 けれども―――嗚呼。

 

 

「フフフ……流石はボクのマスターだ」

 

 

 今、己の前で。傷一つなく佇む私の前で―――

 

 

「アルトリア……ッ!」

「――――――」

 

 

 倒れ伏す彼女(こいつ)は、本当に『予言の子』なのだろうか?

 

 

 

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 妖精騎士が一騎、トリスタンことバーヴァン・シーは、他の二騎よりも脆弱だ。

 最強の名を冠するランスロット(メリュジーヌ)のような流星が如き俊敏さも、勇ましく(つるぎ)を振るうガウェイン(バーゲスト)のような強靭な肉体もない。

 

 だからこそ、バーヴァン・シーは鍛えた。

 かつての時代。この世界に妖精國が興るよりも、果てはその土台となるこの大地が生まれるよりもずっと前の時代にあったとされる世界に誕生した狩人(カリア)からは、フェイルノートを扱った戦い方を。

 こことは別の歴史からやってきたベリルからは、彼女からは得られない魔術の知恵を。

 

 母親の手は借りられない。彼女の仕事は、この國に住まうクソのような妖精共の支配に加えて、盟友であるあの龍と共に城の正面にある『大穴』の対処もしなければならないなど、常に多忙を極める。そんな彼女の手を煩わせるわけにはいかない。

 

 だからこそ、バーヴァン・シーは努力した。モルガンへのプレゼントを作る傍ら、ひたすらに己を高めた。

 

 自分には誇れるような俊敏さも頑強さもない。ならば、作るしかない。己の肉体を極限まで痛めつけ、そして強くならなければならない。

 

 血反吐を吐いた時もあった。泥水に塗れた事もあった。全身に刻まれた切り傷に呻く事なんてザラだった。

 

 そうして、バーヴァン・シーは強くなった。

 

 最早お飾りの姫でも無ければ、母親より与えられた妖精騎士の立場に甘んじているだけの妖精でもない。

 

 女王より与えられた円卓の騎士の名に違わぬ騎士へと成長した彼女の力は、巡礼の鐘を鳴らして力を増した『予言の子』さえ叩き伏せるものになった。

 

 

 

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「アルトリア……しっかりして、アルトリアッ!」

 

 

 悲鳴にも似た叫び声に次いで、両肩に誰かの手が触れる。

 誰か―――否、答えはわかり切っていた。

 

 藤丸立香。こことは違う世界からやってきた、『異邦の魔術師』。彼女自身にはそれほど戦う力はないものの、的確な指示で数多の危機を乗り越えさせてくれた、自分とほぼ同じ年頃の少女。

 

 そんな彼女に揺すられ、アルトリアは顔を上げる。

 

 

「大丈夫……?」

「うん、なんとか……」

 

 

 妖弦を右手に構えるバーヴァン・シーは、こちらに攻撃してこない。舐められているのだろうか、それとも、決闘の場だからこそ自分が立ち上がるまでの時間を設けてくれているのか―――どちらにしたって、アルトリア達にとっては立ち上がる余裕が出来ており助かっていた。

 

 肩を貸そうとしてくる立香に「大丈夫」と短く伝えて下がらせ、近くに転がっていた杖を拾って立ち上がる。

 

 

「チッ、立ちやがったか。まぁいいさ。『予言の子』がそんなヤワな奴じゃねぇよなぁ。仮にもウッドワスを退かせたんだからな」

 

 

 自分が杖を構えるのを確認してから、バーヴァン・シーも妖弦の糸に左手を添えた。

 

 

「来いよ、『予言の子』。巡礼の鐘は鳴らさせない。ここで徹底的に、テメェの心を砕いてやるよ」

「……っ、ナメないで……ッ!」

 

 

 駆け出すと同時、杖を持っていない左手に青く煌めく五つの魔力弾を放つ。

 それぞれが弧を描きながら殺到してくるそれらをバーヴァン・シーが軽く妖弦を爪弾いて相殺すると同時、アルトリアが跳躍。両足のバネを使って一気に距離を縮めた彼女が杖を振り下ろすが、それはひらりと避けられてしまった。

 

 

「―――っ、やァッ!」

 

 

 背後に回った気配に、反射的に体が動く。右足を軸に体を回転させ、遠心力を乗せた横薙ぎを繰り出すものの、バーヴァン・シーには当たらない。それどころか、バックステップて躱した彼女が放った音波による攻撃がアルトリアに命中し、吹き飛ばされてしまった。

 

 

「ぐ―――ッ」

「ウッドワスを撃退したって聞いてたけど……お前、それで本気か?」

 

 

 無様に床に這いつくばるアルトリアに、バーヴァン・シーの声が投げかけられる。

 

 

「私とお前が会ったのは今回が初めてだけど、私、それなりに期待してたし、対策も考えてたんだぜ?」

 

 

 杖を支えに立ち上がったアルトリアが、息も絶え絶えに杖を振るう。

 彼女の周囲に展開された、黄金色に輝く四つの円形の魔力がバーヴァン・シーに迫る。しかしそれを、バーヴァン・シーは容易く躱した。

 

 

「巡礼の鐘を鳴らしたってんで、その分強くなってるって思って―――ッ!?」

 

 

 言葉を止め、背後を振り向く。

 先程自分が躱したはずの円形の魔力がこちらに向かって来ており、舌打ち混じりに回避行動を取るが、アルトリアの攻撃は、まるで猟犬のようにバーヴァン・シーを追走する。

 

 

(追尾するタイプかよ、メンドクセェッ!)

 

 

 こうして逃げているだけでは埒が明かない。それに自分を追っている魔力波は決して無視できない速度であるし、アルトリアが保有する魔力も考えると、威力も相当なものだろう。

 だが、対処できないレベルではない。

 

 着地と同時に弦に触れ―――奏でる。

 

 軽やかな音色と共に放った衝撃波を連続で魔力波に直撃させていく。しかし、魔力波もただでは消えないとばかりに、せめてかすり傷でも負わせてやろうとでも言うようにバーヴァン・シーに触れかけるが、その寸前で魔力が尽き、完全に霧散した。

 

 それに一息吐こうとするも、即座に思考を切り替え、アルトリアがいるであろう方角を見ようとして―――踵が何かに触れた。

 

 なにに触れた―――と思った瞬間、バーヴァン・シーの足元で小規模の爆発が起きた。

 

 

「な―――ッ!?」

 

 

 意識外からの衝撃に吹き飛ばされたバーヴァン・シーが、カリアに鍛え上げられた反射神経で即座に体を捻って着地するが、その瞬間を狙って迫ってきた魔力弾が、彼女の体に直撃した。

 

 

「ぐ……っ、テ、メェ……ッ!」

 

 

 全身に走るズキズキとした痛みに呻き声を上げながらも、バーヴァン・シーは先程自分を攻撃してきたアルトリアを睨む。

 

 

「……この決闘が始まる前に、私は貴女を煽った」

 

 

 なんとか一矢報いた事に微かな満足度を得ながらも、震える両足でなんとか己の体を支えたアルトリアが口を開く。

 

 それは、この決闘の前にアルトリアが彼女に向けて放った言葉。

 『ホントに自分の方が強いとか思ってるんだ』―――それは初めて自分の目でバーヴァン・シーを見た当時のアルトリアが思った、率直な気持ちだった。

 女王の娘にして妖精騎士という立場に甘えているだけの、自分のような死地を何度も経験した事のない、自惚れた妖精だと思っていた。しかし、それは愚かな考えだった。

 

 

「その言葉は撤回します。貴女は強い。それこそ、私なんかじゃ勝てないぐらいに」

 

 

 これまでの戦いを通して、痛みと共に理解した。

 バーヴァン・シーは強い。自分が考えていたような立場だけの彼女ではなく、メリュジーヌやバーゲストと同じく、この國を守護する妖精騎士の名を冠するに相応しい実力者だった。

 

 

「……だったら、さっさと降参しちまえよ。私に勝てないってんなら、ここにいても意味ねぇだろ」

 

 

 そんなアルトリアに、バーヴァン・シーが応える。

 

 

「でも、それじゃ鐘が……」

「鐘を鳴らして、どうすんだよ」

「それは……陛下を倒して……」

「それからは? お母様が負けるなんて絶対あり得ないけど、もし仮にそうなったとして、お前はその後どうすんだよ。お前は、この國をどうするつもりなんだ?」

「それは……それ、は……」

 

 

 答えようとして、言葉が詰まる。

 

 自分は女王を打倒した後、どうするのか。その後のビジョンが、思いつかない。その後の自分は、なにをしていけばいいのか―――わからない。

 

 言葉が出せないでいるアルトリアに、バーヴァン・シーは告げる。

 

 

「―――やめちまえよ、『予言の子』なんて」

「……ぇ」

 

 

 なにを言って―――呆然とするアルトリアに、バーヴァン・シーが続ける。

 

 

「明確な目的を持たずに戦うなんて、虚しいだけだろ。誰かが戦うのは、命を懸けるのは、その先に欲しいものがあるからだ。それすら思いつかないお前に、『予言の子』なんて立場は似合わねぇよ」

「その先に、欲しいもの……」

「私は、お母様の笑顔が見たい。私が強くなれば、これ以上お母様を悲しませずに済むし、心配させる事も無くなる。そしていつか、お母様からこの國を継いで、女王になる。その為に私はここまで強くなったし、それ以外もたくさん努力した。全ては、私が欲しいものを手に入れる為に」

 

 

 ―――そんな当たり前の欲がないお前に、『予言の子』の立場は重くねぇか?

 

 ビクリ、と震えたアルトリアに、続けて言葉を投げかける。

 

 

「捨てちまえよ、そんな立場。そして逃げて、逃げて、野垂れ死ねばいい。最期こそアレだけど、責任から逃げれば、今よりは全然楽だろうよ」

 

 

 『予言の子』を、やめる。

 そんなの、どれだけ望んだ事か。

 なぜ自分のような妖精が『予言の子』で、こんな事をしているのか。今になって、酷く馬鹿らしく思えてしまう。

 

 なら、受け入れてしまえばいい。

 彼女の言う通り、なにもかもから逃げてしまえば―――こんな辛い体験をする事は、もう二度と―――

 

 

「アルトリア―――ッ!」

 

 

 刹那、背後から響く声。

 

 思わず振り返ったアルトリアの視界に、一人の少女の姿が映る。

 藤丸立香。ここまで自分についてきてくれた、人間の女の子。

 

 その瞳は、諦めていなかった。この絶望的な実力差を目の当たりにしておきながら、それでも彼女は自分と同じ立場に立とうとしている。それでおいて、彼女は諦めていない。

 

 それが、折れかけていたアルトリアの心を支える。

 

 

「頑張れアルトリアッ! そいつの言葉なんかに惑わされるなッ!」

「巡礼の鐘はすぐそこなんだ。諦めないで、アルトリアッ!」

「気張れアルトリアッ! それで挫ける程、お前の心は(やわ)じゃねぇだろッ!」

 

 

 立香だけではない。

 オベロンも、ダ・ヴィンチも、村正も。ここまで自分についてきてくれた彼らの声援が、アルトリアを突き動かす。

 

 

「……確かに、貴女の言う事も一理ある。私も、逃げられるならこの責任から逃げたい。でも……」

 

 

 背後から声援を投げかけてくれる人がいる。それだけでも、アルトリアは微かに救われたような気がした。

 彼女達に出会うまで、誰もが自分を馬鹿にしてきた。『予言の子』だからってみんなが認めてくれるわけじゃなくて、そんなの有り得ないとばかりに嘲笑ってきた。

 

 

「私、は―――」

 

 

 それでも、それでも自分を、心から信じてくれた人間(かのじょ)と、仲間達と出会えた。それだけで、アルトリアの心は僅かながらに救われた。

 

 ならば、恩返しをしなければ。これまで自分を信じてくれて、ついてきてくれた彼女達に報いる為に、ここで―――

 

 

「こんなところで―――負けられないッッ!!」

 

 

 足の震えを無理矢理抑えつけ、駆け出す。

 活力を取り戻し、素早く動き出したアルトリアに、バーヴァン・シーは反射的に妖弦を弾いた。

 

 絶え間なく襲い来る音の衝撃が、アルトリアの全身に叩きつけられる。

 

 杖を握る右手が激痛に耐えかねて開かれ、乾いた音を立てて杖が落ちる。

 

 しかしそれでも―――アルトリアは走り続ける。

 

 鉄壁の防御力などないくせに突っ込んでくる彼女に気圧されたバーヴァン・シーの瞳に、驚愕と恐怖が宿る。だが、バーヴァン・シーもそれで動きを止めない。一瞬顔を出した弱き心を理性で塗り潰し、床を軽く蹴ってアルトリアから距離を離した。

 

 引き離される距離。両者の距離、50メートル。アルトリアの攻撃は届かず、バーヴァン・シーにとっては攻撃範囲内。このまま攻撃を受け続けてしまえば、アルトリアの馬鹿力も、気力も、バーヴァン・シーに届く前に潰えてしまう。

 

 バーヴァン・シーは勝利を確信し、観客の気持ちもまた、無意識にそれを悟った。

 

 しかし、そこで―――

 

 

「礼装起動―――瞬間強化(ブーステッド)ッ!」

 

 

 立香がその身に纏う礼装に搭載された強化魔術が、さらにアルトリアの力を高めた。

 

 ―――ダァンッッ!!

 

 床を踏み砕く勢いで振り下ろされた右足から発せられた音が、会場の空気を揺らす。

 力尽きかけていた気力が蘇り、来るはずであった制限時間が引き伸ばされる。

 

 倒れるはずだった自分を支えてくれた―――頼れる仲間に感謝の念を捧げ、『予言の子』は再び駆け出す。

 

 体の節々が痛い。それでもアルトリアは音撃の雨を掻い潜り、そして遂に―――辿り着いた。

 

 

「マジか―――」

 

 

 よ、と言い終える直前のバーヴァン・シーの顔を、黒い影が覆う。

 天井から吊るされたシャンデリアの光を遮ったアルトリアの瞳に宿った闘志を前に、体が硬直する。

 

 そこで、バーヴァン・シーは否応なしに理解してしまった。

 これまで張り詰めてきた糸が解れ、霧散していく。そうなってしまえば、最早目の前にいる脅威に対抗策が打てない。

 

 ただ呆然と目の前の妖精を眺める事しか出来ないバーヴァン・シーの視界が、次の瞬間には真っ白に染まった。

 

 

「ァ……ッッ!!」

 

 

 なにをされたのかわからない。アルトリアからそれ(・ ・)を受けたバーヴァン・シーは、自分がどんな攻撃を受けたのか理解できない。しかし、周りにいた者達は、アルトリアの行動が見えていた。

 

 ―――ヘッドバッド。

 杖も使わず、魔力も一切纏っていない、ただ己の頭部のみを使った一撃。

 妖精國の姫君と、『予言の子』の決闘には似合わぬ、それこそそこらの喧嘩で使われるような一撃に誰もが度肝を抜かれる前で、アルトリアは右腕を後ろへ大きく下げる。

 

 

「おぉおぉおおおぉりゃあああぁぁあああッッッッ!!!!」

 

 

 その華奢な見た目には似合わない叫び声と共に振り抜かれた、唱える者(キャスター)の名には到底似合わぬ、固く握りしめられた拳による一撃がバーヴァン・シーの頬を捉え、殴り飛ばした。

 

 巡礼の鐘を鳴らした事によって強化された腕力によって殴り飛ばされたバーヴァン・シーに、アルトリアは告げる。

 

 

「確かに、私は女王を倒した先の未来はわからない。その後にどうしたいかなんて、今でもわからないし、考えつかない」

 

 

 決められたゴールの先にあるものなんて、今の自分にはわからない。

 

 

「それでも、私は(はし)り続ける。たとえその先に、私の終焉(おわり)が待っていたとしても―――」

 

 

 それでも、自分がこの道を進むのは―――

 

 

「―――それがきっと、(アルトリア・キャスター)という妖精が背負った運命(さだめ)だと思うから」

 

 

 この時の自分がどんな顔をしているのか、アルトリアにはわからない。しかし、起き上がった時にそれを見たバーヴァン・シーは大きく目を見開き、やがて「はぁ」と重く息を吐き出した。

 

 

「あぁ、クソ。最悪だ。けど、認めなくちゃならねぇか……」

 

 

 髪の毛をわしゃわしゃと掻き毟り、胡坐をかいた妖精騎士は、心底嫌そうに、しかし厳とした声色で告げた。

 

 

「―――私の負けよ。おめでとう、アルトリア・キャスター」

 

 

 嗚呼、鐘の音が聞こえる。

 ここからすぐ近くから聞こえるものと、遠くから聞こえるもの。

 

 それがなにを意味するのか、これから先、『予言の子』は少しずつ知っていく事になるだろう。

 

 

「―――良いものを見させてもらったよ」

 

 

 そして、その決闘を眺めていた観客の一人―――プロフェッサー・Kは、ハイタッチを交わすアルトリアと立香に小さく笑みを零すのだった。

 

 

 

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 アルトリアがグロスターの巡礼の鐘を鳴らしてから、数時間後。

 舞踏会も終わり、場所も変わってアルム・カンパニーの社員寮にて。

 

 

「今日もお疲れ様、オフェリアちゃん」

「そっちもね、アンナ」

 

 

 寝巻に着替えたアンナに髪を梳かしてもらっていたオフェリアは、自分にそう労いの言葉をかけてきた彼女にそう返した。

 

 

「大人気だったね、これもあのイベントのお陰なのかな」

「どうかしらね。それを言うなら貴女もだと思うけど」

「いやいや、比率的には君の方が多いよ」

 

 

 そんな会話を交わしながら、オフェリアは舞踏会中の記憶を思い返す。

 以前行ったアイドルイベントの影響なのか、舞踏会中にダンスに誘われた事が多かった。それどころか食事に誘われる事もあったが、そればかりは出来ないと断った事もあった。

 イベントでのダンスを頑張った、というのはオフェリアも自負している。だがどこか、なぜこんなにも自分が人気になるのかわからなかった。

 

 

「たぶんそれは、君が人間なのが関係してるんじゃない?」

「……私、口にしてた?」

「うん。それはもう普通に。……さっきの話だけど、君以外にもカドックとか人気あるんだよ? 大抵アナスタシアちゃんが追い払ってたけど」

「あぁ……」

 

 

 その光景は簡単に思い浮かぶ。

 きっと、カドックに声をかけてきた女性を、片っ端からアナスタシアが追い払い、彼は私のものオーラを全開にしていた事だろう。そんなビジョンにクスリと笑うと、「終わったよ」と頭上から言われた。

 

 

「ありがとう、アンナ」

「どういたしまして。じゃあ、そろそろ寝よっか」

「えぇ」

 

 

 椅子から立ち上がり、アンナと共にベッドに向かう。

 そのまま横になろうとしたが、そこで「待って」とアンナに止められる。

 

 どうしたのかと言われるままに待っていると、アンナが先にベッドの上に腰かけ、「はい」と両腕を広げた。

 

 

「お疲れ様のハグ、してあげるよ?」

「……っ、え、えぇ、そうね」

 

 

 甘えるような声色で誘われるまま、オフェリアはアンナの両腕の中に納まる。

 

 ぽふっ、と空気の抜ける音と共にアンナの双丘の間に頭を埋めた途端、心地良い温もりと彼女の匂いがオフェリアを包み込み、それと入れ替わるように全身の力が抜けていく。

 

 

(ホントこれ、癖になるわね……)

 

 

 時々彼女が提案するこのハグは、オフェリアにとって最も体力と気力を回復できるものだった。

 時計塔時代から一緒にいる彼女のハグは、これまでオフェリアが体験してきたもののどれよりも疲労回復に効き、ぐっすり眠れるのだ。

 

 しかし、これには少々欠点がある。

 

 

(良い匂いだけど、もっと欲しくなっちゃうのよね……)

 

 

 この温もりを、匂いを、服越しではなく生で感じたくなってしまうのである。

 これまでそういう事(・ ・ ・ ・ ・)を何度もしてきた間柄、自分が求めればアンナは受け入れてくれるだろうが、流石に何度もされる(たび)に求めてはお互い疲れてしまう。それに今日はもう疲れているので、今夜は体を重ねないと決めていたのもあるが、同時に心の奥で鎌首をもたげる情欲があるのもまた事実だった。

 

 そんな自分の心と葛藤していると、布切れの音が聞こえてくると同時、より深く自分の顔がアンナの胸下へと引き寄せられた。

 

 

「アンナ?」

「……しばらく、このまま」

 

 

 そう言ってアンナは、少しだけオフェリアの頭を押さえる腕の力を強める。

 彼女がこうしてくるのは珍しくない。それこそ、こうして自分を抱き締めない日の方が珍しいぐらいに。けれど今回はなんだか、少しだけ自分を抱き締める力が強いような気がする。

 

 はて、なにが彼女をそうさせるのか―――と考えたところで、「もしかして」と一つの考えに思い至る。

 

 

「……もしかして、私が他の人―――妖精達に見られるのが嫌だった?」

「……だって、オフェリアちゃんみたいな魅力的な娘を好きになるの、絶対にいるだろうし」

「でも、人気になるのはアイドルとして普通じゃない? それに、アイドルなら貴女だって……」

「私はいいの。でも、オフェリアちゃんは別。君を好きなのは、私だけでいいから……」

 

 

 頭上から聞こえてくる声の主は、今どんな顔をしているのだろうか。気になって顔を上げようとするが、「恥ずかしいから見ないで」と抑え込まれてしまった。

 

 

「……アンナって、かなりの我儘っ子よね」

「嫌?」

「いいえ? とってもかわいいって思ったわよ?」

「……馬鹿」

 

 

 顔は見えないけれど、きっとむくれている事だろう。そう思うと、今自分を抱き締めているアンナがとても可愛らしく思え、小さく笑った。

 すると、オフェリアの笑い声と共に吐き出された吐息がくすぐったかったのだろうか、「んっ」という声を漏らしてアンナの拘束が緩む。その隙にオフェリアは彼女の拘束から逃れ、逆に彼女を抱き締めた。

 

 

「ふぇっ!? オ、オフェリアちゃん……」

「貴女からすれば、ただ抱き締めるより、私から抱き締められた方がいいでしょう? それとも、しない方がいい?」

「……やだ、このままがいい」

 

 

 最初こそ驚愕の声を上げたアンナであったが、オフェリアからそう聞かれてしまい、素直にならざるを得なくなる。

 そのままオフェリアは彼女を抱き締めたままベッドにゆっくりと横になり、自分は彼女の隣に転がる。

 

 

「……オフェリアちゃんって、時々ズルい気がする」

「貴女がそうしたのよ。……おやすみ、アンナ」

「ん……おやすみ、オフェリアちゃん」

 

 

 オフェリアの言葉にむっとするも頷いたアンナは、そのまま瞼を閉じ、やがて小さな寝息を奏で始める。

 

 

(……幸せね)

 

 

 そんな彼女の寝顔がとても愛らしく、オフェリアは心中でそう呟く。

 大切な親友と一夜を共にし、これから先も、こんな日が続いていくのだろうか。

 

 自分達はクリプターで、ここは本来あり得ない歴史で、自分達が本来いた日常の世界は崩れ去った。

 それでもオフェリアは、少なくとも今だけは、彼女と共にいたいと思った。

 

 眠る彼女の手を取り、手首に軽くキスを落とした後、オフェリアもまた彼女と同じ眠りに落ちるのだった―――。

 

 

 

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 グロスターから離れ行く馬車の中、二人の妖精が向かい合っている。

 衛士達によって護衛されている馬車の中にいる彼女達の名前は、オーロラとメリュジーヌだ。オーロラは舞踏会の御付きとしてコーラルを連れていたが、今回は護衛としてメリュジーヌがいるため、彼女は別の馬車に乗っている。

 

 

「それでね、彼ったらその場で転んでしまったのよ。でも、すぐに立ち上がって笑ったのよ。その時の顔ったら、ふふっ、とても可愛らしかったわ」

「あはは、君がそう言うなら本当の事なんだろうね。僕も見てみたかったよ」

 

 

 にこやかに舞踏会で自分をダンスに誘ってきた妖精の事を話すオーロラに、メリュジーヌは笑顔で返す。

 自分が他の妖精の相手をしている間にオーロラが経験したものの話を聞くのは、楽しい。次はどんな話を聞けるのかと思っていると、「そういえば」とオーロラはハッとした様子で続けた。

 

 

「聞いてメリュジーヌ。私、アンナ・ディストローツとお話をしたのよッ! あのイベントを成功させた一人である彼女と話せるなんて、貴重な体験をさせてもらったわ」

「へぇ、アンナにッ! ちなみにどんな話を?」

「なんだったかしら……あ、そうだわ。『もしメリュジーヌになにかするようなら容赦しない』、なんて言っていたわね。おかしいわよね、私は貴女になにもしていないのに。そうよね? メリュジーヌ」

「―――ッ!? そ、そうだね。全く、彼女もなにを言ってるんだが……」

 

 

 オーロラの発した彼女の言葉に、メリュジーヌの全身が総毛立つ感覚に襲われた。

 一瞬、彼女がオーロラと自分の関係を知ったのでは、と危惧したが、それはあり得ないと即座に否定する。

 

 もし自分の境遇を彼らから聞いていたとしたら、間違いなくオーロラはこの國から消されているはずだから。今彼女が自分の目の前にいるのは、ひとえに彼ら兄弟が姉に対して自分の境遇を黙っているお陰だろう。そんな事、オーロラは知る由もないだろうけれど。

 

 

「アンナと言えば、彼女の隣にいた茶髪の人間……ええっと、なんて言ったかしら?」

「……オフェリア?」

「えぇ、えぇッ! そう、オフェリアッ! コーラルから聞いたけれど、とてもたくさんのファンがいるのね。あの子が楽しそうなのは私も嬉しいけれど、同時に少し不安になってしまうの」

「不安って……どんな……?」

「だって、彼女がいるのはあのアルム・カンパニーよ? 妖精騎士とも、その上に立つ女王陛下とも太いパイプを持つ会社にいる人間よ? それでいて沢山の妖精や人間達から慕われているなんて……少しだけ危惧しちゃわないかしら?」

 

 

 それはどうしてか―――嫌な予感を感じながらも訊ねると、オーロラは「これは知り合いから聞いた話なのだけれど」と前置きし、話し始める。

 

 

「今よりもずっと昔、それこそ女王歴ではない頃の話。とある妖精が、人間の男と手を取り合った事があったそうよ?」

 

 

 メリュジーヌも聞いた事のない話だ。

 いったい誰から教わったのだろうと思いながら、彼女の話に耳を傾ける。

 

 

「誰もがみんな、彼らを慕ったわ。とてもとても慕ったの。彼らこそが英雄なんだって。でもね、それは誤りだった。誤りだったのよ、メリュジーヌ」

 

 

 そう言うオーロラの表情には影が差しており、心の底から寂しいと思っているように見える。

 

 

「彼らは、私達の世界を終わらせようとしたそうよ。酷い話よねメリュジーヌ。私達は普通に生きているだけなのに、それを否定するだなんて。その後、この大地はモルガン陛下によって統治され、妖精國となったけれど、今、その話と同じ事が起こりそうな気がしてならないの」

 

 

 その言葉に、メリュジーヌの嫌な予感は確信へと変わり始める。

 

 

「ありえないと思うけれど、そんな事ないと思うけれど、もしそう(・ ・)なってしまったら、我々の、ひいては妖精國の危機よ」

 

 

 やめてくれ、そう言いたいはずなのに、なぜかメリュジーヌの口は動かない。

 

 

「ねぇ、メリュジーヌ」

 

 

 聞きたくない。そこから先の言葉を聞きたくない。

 しかし、もう次の瞬間には、オーロラはなんて事ないように告げてきた。

 

 

「お願い。彼女からこの國を、妖精國を護って? 貴女なら出来るって、私は信じているわ」

 

 

 そう言いのけた、美しくも恐ろしい妖精は、華のように笑っていた。

 




 
・『バーヴァン・シーの実力』
 ……原作より超強化を受けており、巡礼の鐘を鳴らしたアルトリア相手でも善戦できる。今回は決闘であり本気の殺し合いではなかったため手を抜いていたが、そうでなければアルトリアは間違いなく殺されていた。

・『バーヴァン・シーの『予言の子』やめなよ発言』
 ……別にアルトリアが不憫に思ったからというわけではない。純粋に「目的が無いのに突っ走るなんておかしくね?」という考えの下発した言葉。しかしそれが逆に、アルトリアに逆転の切っ掛けを作る事になってしまった。

・『アンナとオフェリアの関係』
 ……言わずと知れたオフェアン/アンオフェ。元々親友だったが、妖精國を訪れる前にアンナの発情期の解消にオフェリアが貢献した事もあり、現在では親友以上恋人未満な関係。グロスターに滞在してからはよくデートに行っているが、付き合っていない。体は重ねるし互いに互いを情欲に染まった目で見る事もあるが、付き合っていない。付き合っていない(大事な事なので)。
 本作開始時、オフェリアはキリシュタリアに好意を抱いていたが、それも少しずつ変わりつつあり、現在では尊敬の念の方が強くなっている。
 そろそろR18新作を書こうか思案中。構想としてはグロスターの性質を活かし、ふたなり物か片方性転換物、それか純粋な百合をもう一度、といったところ。

・『オーロラ→オフェリア』
 ……おわりのはじまり。


 個人的に早く書きたかった場面がそろそろ近づいてまいりました。これからも頑張っていきますッ!

 それではまた次回ッ!
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