【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。

 fgoが遂に8thを迎え、今年の周年鯖はなにが来るのかと思っている作者です。
 個人的にはU=オルガマリーが来てほしいと思っているのですが、宝具の名前からしてもうしばらくかかりそうだなと考えております。
 また、周年を迎える事もあり、去年のように星5鯖の配布があったら嬉しいなとも思っております。

 今回は満を持してとあるキャラが登場しますッ!

 それではどうぞッ!



信念

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 全身が熱い。スタミナなど度外視してただ走り続けた影響で、心臓がバクバクとうるさく鼓動を刻んでいる。

 

 それを必死に抑えつけ、呼吸を整える。

 額から滝のように流れる汗を拭いながら辺りを見渡すと、視界いっぱいに緑が映り込んでくる。

 

 

(……随分と、走ったのね)

 

 

 最後の記憶にあるのはグロスターにあるアルム・カンパニーだったというのに、気付けば私は森の中にいた。

 グロスターの近くに森があるのは知っていたが、あの街からここまでにはそれなりに距離があったはず。それまでの記憶が一切ない辺り、私は本当に気が動転していたのだろう。

 

 だが、それも当然の事だ。

 アンナが、私を見ていないかもしれない―――そんな恐ろしい事実を知ってしまったら、こうなってしまうのも当然なのだろう。他ならぬ私自身の事だからこそわかるのだ。

 

 ……そして同時に、後悔の念も顔を出してくる。

 

 なぜ、あの時彼女の言葉に耳を貸そうとしなかったのか。気が動転していたとしても、彼女本人から本当の事を聞き出すべきではなかったのか。彼女の言葉を聞いた後に、自分がどう行動すべきが決めるべきではなかったのか―――考えれば考えるだけ、あの時ああしておけばという後悔が津波のように押し寄せては、私の心を責め立てる。

 

 そんな心をなんとか落ち着かせようと、近くにあった手頃な倒木に腰かけ、「はぁ」と重い息を吐き出す。

 すると、背後から足音が聞こえてきた。

 

 一瞬、敵かとも考えたが、次いで背後から感じ取れる存在と、私の内側に流れる魔力が繋がっている事に気付き、背後の存在の正体に行き着く。

 

 

「シグルド……追いかけてきたの?」

「肯定。主の身を護るは、サーヴァントである当方の務めである」

 

 

 木の影から現れた、私のサーヴァント―――シグルドに、「そう」と返して隣に座るよう促す。

 なにも言わずに隣に座ってくれた彼に、私は細々と、絞り出すように話をする。

 

 

「……怖いの、シグルド……。アンナが、私を見ていないかもしれないって……」

「…………」

「時計塔にいた頃も、カルデアにいた時も、クリプターになった後も……私の心には、ずっと彼女がいたの……。魔眼を見ないで、私自身を認めてくれた彼女が、今も忘れられないの……」

 

 

 ―――日曜日が、嫌いだった。

 

 それを持つ者が稀少な魔眼持ちの中でも、実在を疑われるレベルの稀少性を持つ『宝石(ランク)』の魔眼。それを生まれつき持っていた私に、羨望や嫉妬の眼差しを向ける魔術師は少なくなった。両親はそんな感情を向ける事は無くとも、この魔眼を持って生まれた私こそがファムルソローネ家を根源に到達させる人間だと確信し、期待をかけてくれた。

 

 そんな両親が嫌いなわけではない。根源を目指す魔術師としては至極当然な行動であり、そんな家系に生まれた人間だからこそ、私もそう思っていた。

 

 でも、そんなものは知らないとばかりに彼女は―――アンナ・ディストローツは、『魔眼を持つ魔術師』としてのオフェリア・ファムルソローネではなく、『一人の人間』としての私を見てくれた。

 魔眼の詳細は私から語るまで聞かずにいてくれた。ロンドンに繰り出してはショッピングに付き合ってくれたし、付き合わされたりもした。

 

 楽しい思い出をくれたお礼として作ったお菓子も美味しく食べてくれたし、その後には私の好物であるケーゼトルデを買ってきてくれた。

 

 今思い返せば、わかる。

 

 私は―――救われていたのだ。

 太陽のように明るい笑顔に。

 周囲から“狂気”とまで言われる程の大胆さに。

 

 それからもたくさんの事があった。彼女に救われる事もあれば、私が彼女を救う事もあった。

 

 そんな日々を過ごしていくうちに、いつしか私は……彼女に恋をしていた。 

 

 

「本当に……好きだったの……っ」

 

 

 女性同士、だなんてものは問題とは考えなかった。

 母国(ドイツ)は同性愛にも寛容だ。女性同士、または男性同士で結婚している人だって多くいる。

 

 魔術師たるもの、次代に自らの意志を託していくものだが、私はそんな当然の事さえ捨ててしまえるようになってしまった。

 

 遷延の魔眼の所有者であるオフェリア・ファムルソローネという魔術師は、アンナ・ディストローツというたった一人の女性によって殺されてしまった。そんな彼女でも、私はどうしようもないくらいに―――

 

 

「心の底から、愛していたの……っ。それなのに、私……私……ッ!」

 

 

 彼女を、拒絶してしまった。彼女の言葉に耳を塞ぎ、逃げ出してしまった。

 

 それが、よりいっそう私の心に刺さる。なんとか抑えつけていた後悔の渦が、再び勢いを増して襲い掛かってくる。

 

 

「ねぇ、シグルド……。私、どうすればいいの……?」

「……当方の意見を言わせてもらうならば」

 

 

 縋るように訊ねた私に、シグルドは髭の一本も生えていない顎に指を這わせ、少しの沈黙の後に口を開いた。

 

 

「愚直な返答となってしまうが、謝罪が妥当ではないかと考える」

「謝罪……」

「肯定。如何なる理由があろうと、相手の話を聞かずに逃げてしまったのなら、まずはそれを謝罪すべきだ」

 

 

 眼鏡の奥で煌めく、燃え盛るような青い瞳が私を見つめる。

 

 そうだ。謝罪だ。どう言い繕っても、私は彼女の前から逃げ出してしまった。彼女が何か言おうとしているとわかっていても、それに耳を傾ける事すらせずに逃げた。

 なんで、こんなすぐに思いつくような答えが出てこなかったんだろう。

 

 

「もちろん。マスターのみ謝罪するだけでは駄目だ。アンナの方からも貴殿への謝罪は必要だろう。理由はどうであれ、貴殿に嘘を吐いていたのは事実なのだから」

「……ありがとう、シグルド。こんな当たり前な事にも気付けないなんてね……」

「気にするな。気が動転していた以上、当たり前の選択肢を見失う事など仕方のない事だ。当方としても、マスターとアンナの関係が拗れるのは戴けないと思っていたところだ」

「……そういえば、シグルドは生前アンナと会っていたのよね。どうだったの? 当時の彼女は」

「今と変わらず、優しい女性であった。彼女と出会ったのは、我が愛ブリュンヒルデと暮らすようになってからだった。狩りの最中に、腹を空かせている彼女と出会い、ブリュンヒルデと共に料理を振舞った事が始まりだった」

 

 

 なんという偶然なのだろうか。狩りに出かけた際に彼女との出会いを果たすだなんて。

 

 それから、最初こそ夫婦の時間を邪魔してしまうと思ってすぐに旅立とうとしたアンナだったらしいが、シグルド達はそんな彼女を呼び止めた。そうしてしばらく居候として彼らのお世話になったアンナは、お礼として彼らに自らの体験談を語って聞かせたらしい。

 

 そうしている内に、三人は意気投合。シグルドはアンナと武術における対談を行い、ブリュンヒルデは夫にした時と同じように、彼女にルーン魔術を教えるようになったらしい。

 

 

「それからしばらくした後、彼女は『満足した』と言い、再び旅立った。彼女が自らの正体を明かしたのは、その時だった」

 

 

 ここまでお世話になった、彼女なりの最後のお礼。それは、自らの正体の開示だった。

 

 有事以外において、彼女は心から信頼した相手にしか正体を明かさない。純白の鱗に覆われた龍の姿となった彼女にそう言われた時、シグルドとブリュンヒルデは堪らなく嬉しく思ったそうだ。

 雄々しい翼を広げ、雲一つない青空に消えていくその姿こそ、シグルドという一人の人間の生涯において、最後に見たアンナの姿だったという。

 

 

「それから少し後に、当方達の間には娘が生まれた。もう少し早ければ、彼女にもそれを伝えられたのだが……今となっては後の祭りだ」

「娘……もしかして、アスラウグ?」

 

 

 シグルドとブリュンヒルデの娘―――それを聞いて、私は思わずそう訊ねていた。

 

 ―――アスラウグ。

 ブリュンヒルデ譲りの美貌を持っていたとされる彼女は、養父ヘイミルによって竪琴の中で育てられ、後にラグナルという若きヴァイキングと結ばれたという。彼との間に生まれた五人の息子達は、いずれも大英雄となり、世界中に散っていったとされている。

 

 

「肯定。もし彼女に伝えられたら、我々になにかあった場合は、彼女に娘を託そうとも考えていた。彼女ならば、娘を立派に育て上げてくれると信じていた。なんとか彼女と連絡を取ろうとしたのだが、それを果たす前に、当方はグズルーンの策略により……」

「……ごめんなさい。辛い事を、思い出させてしまったわね」

「いや、良い。あれは、彼女の企みを見抜けなかった当方の未熟さが原因だ。そのせいで、我が愛を哀しませてしまったが……貴殿が抱える必要は無いものだ」

 

 

 首を横に振って立ち上がったシグルドは、「重い話になってしまったな」と僅かに口元を綻ばせ、私に手を差し伸べる。

 

 

「謝罪すると決めたのなら、行動あるのみだ。我がマスターよ。貴殿の意思、今こそアンナに伝える時だ」

「……そうね。えぇ、その通りだわ」

 

 

 信頼のおけるサーヴァントに頷き、その手を取って立ち上がる。

 

 彼には迷惑をかけてしまった。それに、アンナにも。

 きっと哀しんでいるだろう。ほとんど話を聞かずに逃げてしまった私を、彼女は探しているかもしれない。

 

 アンナが自分についてどう考えているのかを知るのは、正直怖い。もし、私が望む答えが得られなかったら、どう彼女と接すればいいのかわからない。

 それでも、やはり知るべきだ。

 彼女が自分について、どう思っているのか。それを知らなければ、私は自分自身に納得がいかないし、こうして逃げ出してしまった自分が許せなくなってしまう。

 

 

「……戻りましょう。ちゃんと謝って、それから―――……シグルド?」

「なにかいる。マスター、当方の後ろへ」

 

 

 歩き出そうとした私を止めたシグルドからの言葉に、私は即座に意識を切り替える。

 シグルドの目が、気配が、戦闘態勢に入っている。つまり、この近くに彼が警戒するようななにかが現れたという事。

 言われるままに背後に移動した私を庇えるような位置に立ったシグルドは、出現させた大剣を手に腰を落とす。

 

 それから数秒もしない内に、彼女(・ ・)は現れた。

 

 

「―――ッ!」

 

 

 シグルドが息を呑んだとほぼ同時に、空から一筋の流星が落ちてくる。

 咄嗟に大剣を構えたシグルドだが、流星は彼目掛けて突進する事はなく、そのまま垂直に私達の前に落下してきた。

 

 落下時の衝撃によって土埃が舞うが、それも次の瞬間には、その奥から青白い光が数度瞬いたかと思えば瞬時に霧散していった。

 

 

「貴殿は……」

「――――――」

 

 

 土煙の奥から現れたその騎士は、自らの顔面の上半分を仮面で覆い隠していた。

 しかし、仮面で顔を隠していても、その容姿と纏う気配が、彼女の正体をオフェリア達に悟らせる。

 

 

「―――メリュジーヌ」

「構えているところ悪いけれど、僕は君達を殺しに来たわけじゃないよ」

「ほう。では、なぜそこまでの殺気を放っている。そのような相手が目の前にいる中で武装を解く程、当方は柔ではない」

 

 

 仮面に隠されていない唇に微笑を湛えていたメリュジーヌだが、シグルドからそう指摘された直後、先程までの微笑みを消し、唇を固く結んだ。

 

 

「……やっぱり、こういう隠し事は通じないか」

「貴殿の目的はなんだ」

「オフェリア・ファムルソローネの殺害」

「―――ッ!」

 

 

 なんて事のないように放たれた言葉に全身が強張った直後、シグルドが闘気を滾らせ始める。

 

 

「―――と、言いたかったところだったんだけどね」

 

 

 だが、続けて彼女の口から出た言葉に、シグルドは動きを止めた。

 

 

「正直、今の僕は迷ってる。君を殺すのが正しいのか、それとも護るのが正しいのか……。だから、話を聞きに来た」

 

 

 殺気を収め、一歩前に踏み出してきたメリュジーヌ。その煌めく湖のような青い瞳で見つめられた私は、一度深呼吸をしてから動き出す。

 

 

「マスター」

「お願い、シグルド。これは、私の戦いなの」

「……了解した」

 

 

 私を止めようとするシグルドに、私はそう答える。

 

 歴史に名を轟かす大英雄の彼が私を護ろうとしてくれるのは、嬉しい。けれど、こればかりは彼の言葉に甘えられない。

 

 彼女との会話は、私がアンナと出会う前の試練だ。これを乗り越えられなくては、私の想いはその程度だったという事。

 でも、私にそのつもりは無い。こんなところで、私は死ぬわけにはいかない。

 

 

「……護ってもらおうとは思わないんだね」

「そうしては意味が無いでしょう?」

「彼が動く前に、僕が君を殺すかもしれないのに?」

「根拠はないのだけれど……貴女はそうしないって、思えるのよ」

「…………へぇ」

 

 

 私からの返答に、メリュジーヌは僅かに驚いたように眉をつり上げた。

 

 

「……うん、そうさ。その通り。僕に君を攻撃する気は無い。君は“彼女”と同じだ。お母様―――“祖龍”ミラルーツに選ばれた以上、僕は君を殺せない」

 

 

 また『“彼女”』か。いったい、彼女やアンナ、そしてオベロンが口にしているその人物は、いったい何者なのだろうか。アンナがその人物に執着している辺り、過去に彼女と深い関わりを持っていた存在なのかもしれない。

 

 

「私は、その“彼女”とやらは知らないわ。でも、私は、その“彼女”の代わりになるつもりは無い」

「それはどういう事かな」

「アンナが“彼女”に執着しているのは知っているわ。それを知ったから、私は逃げ出してしまったのだもの」

 

 

 アンナが自分を誰かを重ね、自分はその現実を前に逃げた―――その事実は変わらない。けれど、シグルドに話を聞いてもらって、彼から答えを提示されて、私の気持ちは固まっていた。

 

 

「でも、もう逃げない。私はオフェリア・ファムルソローネとして、アンナの隣に立つ。“彼女”の代替え品になんてならない。“彼女”からアンナを振り向かせてみせるわ」

「もし……もし、どれだけ頑張ってもアンナが君を見なかったら? 仮に見ていたとしても、それが彼女の思う君だけを見ていたとしたら?」

 

 

 その質問をする時、メリュジーヌの顔は翳りを帯びていた。その様子に、私はその質問が、私だけではなく、メリュジーヌ自身にも向けられているような気がした。

 

 

「決まっているわ。私を見てほしいって、言い続けるわ。言葉だけで駄目なら、この体を使ってでも。ぶつかり合って、オフェリア・ファムルソローネという一人の人間の存在を、彼女の心に刻み付けてみせる」

「……っ」

「だから、お願い。アンナに会わせて。彼女の娘である貴方が、彼女に私を会わせたくないのもわかるわ。それでも私は、彼女と顔を合わせて、話したいの。そして伝えるの。この胸に燃える、私の想いを」

 

 

 自分の左胸―――丁度、心臓が位置する場所に手を当てた私を、メリュジーヌはしばし見つめる。

 やがて、彼女は小さく息を吐いて、「……敵わないな」と零した。

 

 

「……わかった。君の気持ちは、充分に伝わった。アンナの所に行って。きっと、彼女も君を探しているだろうから」

「えぇ……ありが―――」

 

 

 とう―――と言おうとした、その瞬間。

 

 

「―――なんだこれ。いったいどうなっている……」

 

 

 心の底からの驚愕に染まった、この場にいる誰のものでもない声が聞こえてきた。

 刹那、近くの茂みや木々の影から、私の上半身程の大きさの無数のなにかが飛び出してくる。

 

 

 

「っ、オフェリアッ!」

「マスターッ!」

 

 

 だが、それらが私に喰らいつこうとしたところを、二つの光の軌跡が斬り払う。

 

 

「シグルドッ、メリュジーヌッ! い、今のは……」

「敵襲だ。何者かが、我々を狙っている」

「これは……蟲?」

 

 

 シグルドとメリュジーヌの声を聞きながら地面に視線を向けた私の視界には、彼らによって両断された巨大な昆虫の死骸があった。

 

 

「とんだ誤算だ。まさか、ランスロットがオフェリア・ファムルソローネを殺さないだなんて」

 

 

 再び、聞き慣れない声。

 その声は、老若男女全ての声が重なった上に、そこへ何十ものノイズを重ねているようで、その本当の声を聞く事は叶わない。

 ぶつぶつと文句を垂れ流して木々の隙間から現れたのは―――

 

 

「影……?」

 

 

 全身を黒い霧で包み込んだ、黒い影。

 それが私より高い身長で、辛うじて足首まで届くマントを羽織っているサーヴァントであるのはなんとか理解できたが、それ以外の情報が全くまとまらない。

 

 なにか一つ情報を得たとしても、それが次の瞬間には全く別の情報へと書き換わっていて、それを理解しようとする間にまた別のものへと切り替わってしまう。

 

 全くの未知。これまで私が遭遇し、その目で見てきたものの中でも最大の謎。不気味と断言しても過言ではない程の情報を持つその存在に、シグルド達が身構える。

 

 

「でも、これは思わぬ収穫になりそうだ。人里……いや、妖精里離れたこの森で、オフェリア・ファムルソローネどころか、妖精騎士の一角を落とせそうだなんて」

「へぇ。君なんかが僕を殺せるとでも? 僕を殺す気なら、正々堂々と顔を出してみたらどうかな。そうしている余裕なんて、すぐに無くなると思うけど?」

「その余裕が残っている間に倒すさ。こっちも色々と忙しいんだ」

 

 

 言い終わった直後、影は手元に出現させた鎌を手に襲い掛かってきた―――ッ!

 咄嗟に身構えた私に鎌を振り下ろそうとした影だったが、其の刃は私達の間に差し込まれた大剣によって止められた。

 

 

「っ、シグルドッ!」

「マスター、すぐにこの場から離れろ。貴殿を巻き込むわけにはいかない」

 

 

 ギャリギャリッと金属同士がぶつかり合う嫌な音を響かせ、両者が組み合う。

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 鍔迫り合いを制したのは、シグルド。

 己の大剣を受け止めている影の足元を攻撃して体勢を崩させた直後に鎌を押しのけ、一気に大剣を叩きつけようとして―――

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 突然、シグルドの動きが止まった。

 

 

「シグルドッ!?」

 

 

 片膝をついて頭を押さえ始めた彼に、黒い影が鎌を振り被る。

 だがそれが振り下ろされる寸前、真横から飛んできた蒼い光が影ごと鎌を突き飛ばした。

 

 

「君は逃げてッ! こいつは、僕らが引き付けるッ!」

 

 

 両腕に備えたナックルで影を攻撃し、その動きを止めているメリュジーヌが叫ぶ。

 でも、と私が言い掛けるが、「マスターッ!」とシグルドの叫びに口を閉ざす。

 

 

「マスター、これは……少々まずい。すぐにここから、いや、当方より離れるべきだ……ッ!」

 

 

 呻くシグルドの全身から、微かにピンクがかった赤い光が立ち昇り始める。

 それが、以前新聞を飾ったシェフィールド陥落時に確認された光だと悟った私は、喉元まで出かけていた言葉を呑み込み、「わかった」と短く答えて立ち上がる。

 

 

「道中、蟲に襲われるかもしれない。その時の為に……」

 

 

 呟き、シグルドは大剣から放した左手で空中になにか文字を描き始める。

 描かれたその文字が私の足に溶け込むように消えると、途端に全身が軽くなった。

 

 

「身体強化のルーンだ。付け焼き刃だが、これで少し間、蟲よりも速く動けるはずだ」

「シグルド……ありがとう」

「さぁ、行け。当方も復帰しなくてはならん」

 

 

 ドンッ、となにかに重い衝撃が与えられたような音が響いた直後、私達の傍にメリュジーヌが吹き飛ばされてきた。

 すぐさま起き上がったメリュジーヌ目掛け、影は私達ごと巻き込める程の大きさを誇る、黒い靄のようなものを飛ばしてくる。しかし、それが私達を呑み込む刹那、前へと踏み出したシグルドの振るった大剣によって薙ぎ払われる。

 

 

「行って、早くッ!」

 

 

 メリュジーヌの叫びに頷き、私は踵を返して走り出した。

 

 

 

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「逃がすか―――ッ!」

 

 

 常人ではまず出せないであろう速度で走り出したオフェリアを追おうとした影の前に、シグルドとメリュジーヌが立ち塞がる。

 邪魔だと言わんばかりに横薙ぎに鎌を振るうものの、メリュジーヌがナックルから伸ばした二本の刃で弾くと同時、シグルドが大剣を振るう。

 

 咄嗟に身を翻して斬撃を躱した影に追撃を加えようと、再び斬撃を繰り出そうとしたシグルドだが、

 

 

「ぅ……っ!?」

 

 

 体の内部から響くような悍ましい感覚に、思わず動きを止めてしまう。

 そこへすかさず影からの攻撃が繰り出されるが、それは即座に反応したメリュジーヌによって防がれてしまう。

 

 

「ヤ―――ッ!」

「チィッ!」

 

 

 双剣で鎌を打ち払った後、その小さな体を反転させて繰り出された踵落としを繰り出す。だが、それが直撃する寸前、影は両手に持っていた鎌を消滅させ、自由になった両腕で自身の頭部を庇った。それでも衝撃を殺し切れず、堪らずに吹き飛ばされた影は森の奥に消えていく。

 

 

「大丈夫かい?」

「かたじけない、迷惑をかけた」

「無理そうなら僕一人で相手するけど……」

「感覚は覚えた。次は怯まない」

 

 

 一度深呼吸をする事で気持ちを切り替えたシグルドは、先程自分の行動を阻害した感覚を思い出し、今後の戦闘中にそれが起こった場合の戦い方を脳内でシミュレートする。

 それに「凄いね、君」と軽く目を見開いたメリュジーヌだったが、「だけど」と表情を引き締める。

 

 

「一つ質問だけど、君、竜種(ぼくら)の同類かい?」

「否定。当方は生前ファブニールの心臓を喰らい、その性質を帯びただけだ」

「そう。だったら君の感じたその感覚は、あまり長続きしてはいけないものだ。アンナのところに行けば、適切な対処をしてくれるはず。少しでも危険と判断したなら、僕に任せて」

「貴殿は平気なのか?」

「僕は大丈夫。欠片とはいえ、僕は君のような半端と違う純粋な竜種―――それも、“祖龍”ミラルーツ直々に創造された“境界竜”からね。その手のものに対する耐性は万全だよ」

 

 

 ふふん、と誇らしげに胸を張ったメリュジーヌだが、次の瞬間には自分達目掛けて襲い来る影に気付いて腰を落とした。

 

 

「来るよ、構えてッ!」

「了解したッ!」

 

 

 今度は右腕に黒いオーラを、左腕に赤いオーラを纏ってきた影を、竜の妖精と北欧の大英雄は迎え撃った。

 

 

 

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 走り出してしばらく経った頃だろうか。

 背後から聞こえてくる剣戟の音が随分遠くなり、私は足を止めて振り返る。

 

 

(シグルド、メリュジーヌ……)

 

 

 私を護る為に戦ってくれている、彼らの名を心中で呟く。

 

 

「お願い、無事でいて……」

 

 

 彼らの無事を祈り、私は視線を前に戻す。

 

 この妖精國には日が昇らず、常に夜のように暗い。そのせいで森の中は視界が慣れていない間は一面が闇に覆われており、事前知識を持ち合わせていなければ永遠に迷ってしまいそうだ。

 

 けれど、私達が過ごしている街がグロスターで本当に良かった。

 流行の街としてこの世界で知られるグロスターは、常に明るい。常に流行を求める妖精や人間で溢れているあの街が眠る事は、まずない。

 

 その影響もあり、少し拓けた場所で空を見上げれば、微かに空が明るんでいる方角がある。それが行き場を失うはずだった私の足を、真っ直ぐにグロスターへと向けてくれる。

 

 

「……行かないと。アンナに、会わないと……」

 

 

 アンナも、私を探すべく行動しているかもしれない。擦れ違いになってしまう可能性もあるため、出来るだけ早くこの森を抜ける必要がある。

 

 そうして私が両足に力を籠めようとした、その時―――

 

 

 ―――トスッ、と、軽い音が私のすぐ後ろから聞こえてきた。

 

 

「……ぇ……?」

 

 

 なにが起きたか、わからない。

 

 ただわかる事は、今の私は膝から崩れ落ちている事と、胸を中心に全身に伝播している、焼けるような激痛。

 

 

(なに、が……)

 

 

 自分の体になにが起きているのか。両腕に力を入れようとした直後、

 

 

「―――イケナイなぁ、こんな暗がりに独りでいるなんて」

 

 

 全身に突き抜けるような、冷たく悍ましい殺気。

 ぬらりとした粘っこいようでいて、芯の通った嘲りの声。

 

 その声を、殺気を、私は知っている。

 

 

「なぁ、訊かせてくれよ、オフェリア。もう少しでアンナに会えるってところで、背後から思いっ切りブッ刺された気持ちはさぁ?」

「ベ……リ、ル……ッ!」

 

 

 どうして、ここに?

 なぜ、気付けなかった?

 どうして、私は刺されている?

 

 脳裏に無数の疑問が浮かんでは消えていく―――そんな私の視界に、ベリルの靴が映り込む。

 

 

「あぁ、そっか。喋れねぇか。そりゃそうだもんなぁッ! お前を刺したナイフは、モースの毒と“黒の凶気”を練り込んだ特別製だ。そりゃ喋れるはずもねぇよなぁッ!」

 

 

 下劣な笑い声を聞いた途端、視界が真っ白に染まる。

 鼻からぬらりとした生暖かい液体が流れる感覚を感じながら仰向けになった私を、獰猛な笑みを浮かべたベリルが覗き込んでくる。

 

 

「前は殺しても大して面白くない奴だと思ってたが、化けたもんだな。お陰で殺したくて殺したくて堪らなかったぜ?」

「こ……の……」

 

 

 この下劣な殺人鬼に恨み言の一つでも言いたいが、口が自由に動かない。死にたくなるような激痛だというのに、私の口から悲鳴は出ず、掠れた声しか出てこない。

 

 

「じゃあな、オフェリア。いくら化けたつっても、本当に化けて出てくんなよ?」

 

 

 そう言い残し、ベリルは彼の足元から湧き上がってきた黒い渦に呑み込まれ、その姿を消した。

 

 待ての一つも言えず、彼が目の前から消え失せていく様子をただ見る事しか出来なかった。

 

 そして、どんどん私の思考が、かたちをなさなくなっていく。

 

 

(ア……あ、な……)

 

 

 

 

そのなをくちにしたい。

 

 

―――それは、だれ?

 

 

わたしの、たいせつなひと。

 

 

―――だれ?

 

 

だれ?

 

 

―――だれ? だれ?

 

 

だれ……わすれたくない。

 

 

―――かのじょは、だれだっけ?

 

 

いや、いや。わたしはおぼえている。

 

 

―――なまえは、なに?

 

 

なまえ、なまえ、あれ?

 

 

―――あれ?

 

 

なんだっけ。かのじょの、■■え。

 

 

―――■の■■っ■、な■?

 

 

■■■■■、■■■■■、■■■■■ッ!

 

 

―――■■■■■、■■■■■、■■■■■ッ!

 

 ■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■、■■■■■ッッ!??!

 

 

 

「―――オフェリアちゃんッ!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アン、ナ……」

 

 

 

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『―――告げる』

 

 

 

 微睡の中、声が聞こえる。

 

 

 

『―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の手に』

 

 

 

 今にも泣きそうな、悲痛な声。

 (わたくし)が眠る前に聞いた、あの時と同じ声。

 

 

 

『―――されど、我は汝の手綱を握らず、なっ、汝、が、我を顧みる必要もなく。た、ただ、己の意志にのみ従い、行動せよ』

 

 

 

 嗚咽交じりの詠唱。

 閉じている瞼の裏に、泣きじゃくる彼女の姿が見える。

 

 

 

『―――汝、冠位を担う……亡国の姫君。わ、我、己が肉体、と……彼女の魂を楔に、汝を再びっ、現世へと招く』

 

 

 

 本当は、貴女も私を呼び起こしたくはなかったのでしょう。

 それでも、そうした。そうせざるを得なかった。

 

 

 

『―――我、“祖龍”……っ、ミラルーツが乞い願う』

 

 

 

 だって、貴女は独りだから。

 たくさんの家族がいても、どれだけの想い出を重ねても―――貴女は、孤独だから。

 

 

 

『―――お願い、お願い、お願い……っ! この娘を、救って、護って……ッ!』

 

 

 

 私の言葉は呪いとなって。

 私の生涯は、貴女を縛る鎖となって。

 

 私の()は、貴女の悲嘆を映し出して。

 

 それでも貴女は、私を喚ぶのですね。

 

 

 

『―――汝、万象を拓く至天。今こそ顕れたまえ、天秤の護り手よ―――ッ!!』

 

 

 

 ……わかりました。

 貴女がそう望むのなら、救いましょう。

 

 

 

「……貴女は……」

「初めまして、オフェリア・ファムルソローネ。私の名は―――」

 

 

 

 それが、こんな私に出来る事なら。

 

 

 ―――貴女に永遠の苦しみを与えてしまった、この愚かな女に出来る事なら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名は、アンナ(・ ・ ・)ディストロート(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)シュレイド(・ ・ ・ ・ ・)。今は亡きシュレイド王国第三王女にして、“祖龍”ミラルーツと共鳴した者です」

 

 





・『シグルドの時代のアンナ』
 ……この時はまだ“祖龍”の姿に戻る事が出来ていた。しかし、神代が終わってしばらくして彼女の力は衰え、やがて“祖龍”の姿に戻れなくなり、その力の一片を行使する程度しか出来なくなってしまった。

・『影』
 ……オベロン。オーロラの命令を受けたメリュジーヌがしっかりオフェリアを殺しているか確認しようと思ったところ、なんと話し合いで矛を納めてしまったので介入。相手が自分と同じ“祖龍”より生み出された者であるため、全力でプリテンダーの能力を使って自分の情報を偽りまくっている。こうなるんだったら海で奇行に走るんじゃなかったと後悔中。逃げたオフェリアに対して蟲をけしかけられなかったのは、もし彼女の近くにアンナがいた場合、その蟲を経由して自分に辿り着かれると確信していたから。

・『ベリル・ガット』
 ……おわりのはじまり(そのに)。自分で自分の死亡RTAを意図せず遂行している哀れな男。

・『アンナの詠唱』
 ……本来、英霊召喚とは英霊を己の使い魔(サーヴァント)として使役し、聖杯戦争へと駆り立てるもの。しかし彼女の詠唱は対象を令呪で縛らず、使役する立場とは思えぬ懇願を伴って行われる。それは、終わるべくして終わった命を、再び喚び起こす事に対する申し訳なさかもしれない。

・『アンナ・ディストロート・シュレイド』
 ……これまで何度も登場してきた“彼女”の正体。髪や瞳、服装こそ異なるものの、アンナ・ディストローツと瓜二つの外見を持つ亡国の姫君にして、英霊達の頂点、冠位(グランド)サーヴァントにその名を連ねる者。生前、“祖龍”ミラルーツと共鳴している。

・『共鳴』
 ……モンスターハンターライズ、モンスターハンターストーリーズに登場。前者は他者への強い共感と同調を不定期且つ無意識に発動する能力であり、後者は絆石を介してライダーがオトモンと絆を結ぶ上で重要な役割を担う。



 遂に“彼女”を登場させる事が出来ましたッ! 次回は今作における竜大戦について書いていこうと思っていますので、楽しみにしていてくださいッ!

 それではまた次回ッ!
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