転生赤ずきんは死にたくない   作:ありな

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1話 微睡みの中で

 光の薄い部屋の鉄格子を手で掴み縦に横に規則なく揺らす。

 強く揺らしていた手は何回も何回も同じ行動をしたせいか赤黒く変色してしまった。

 

「……うぐっ」

 

 声が出ない。何を言いたかったのか自分でも分からないが、付けられている猿ぐつわは言葉の形に口を動かそうとしても、妨害してくる。

 息をする事だって辛い。けど、声を出さなければいけない。

 

「お前も良くやるよな」

 

 声を聞こえた方向に立っている人の顔を覗く。見慣れた看守の男だった。優しい

 初めて見たときは若々しかった少年の面影が残っていたが、今見ると十分に年を取って青年の顔つきになっている。ここに来てから何年も経ったのだろう、彼も自分も。

 

 彼を背にして、粗末なベッドに腰掛ける。

 

 ここは冷たい。人も部屋も、温度を表現できるもの全てが全て冷たく思えた。

 窓も机も普通の人が普通の暮らしをする必要な物は殆どない。いつのまにかここで暮らし、いつのまにかそれが当たり前になり、いつのまにか心から何も感じなくなっている。それが自分の人生だった。

 

 

 それから何日経ったころ。珍しく鉄格子の先に人がいない日。

 目が覚めてからしばらくしてから足音が聞こえる。一人じゃない、何人か複数の足音と男の話し声。記憶にある誰とも合わない人達。

 その音が徐々に地下室にある、この場所に近づいて来た。

 

 階段から出てきたのは白い服の男達。ベッドの上から隙間から見上げる。

 鉄格子から見た彼らは全員マスクをすっぽりと被っていて顔は見えない。全身が白い服を着ていて、一人だけ鞄を大事そうに持っている。

 

 小声で何かを短く話し、鉄格子の鍵を乱暴に開けて中に入ってきた。

 睨みつける

 無言で白い男達の何人かに縛られ、暴れる自分に手錠をベッドに付け逃げられないようにし、服が無理やり脱がされる。

 

 一人の男が持っていた銀色のアタッシュケースから、蜂蜜色の液体が入ったガラスの注射器を首元に無理やり押し当てた。

 

「ぐえお」

 

『やめろ』と声を荒げようとしても、動きは止まらない。

 液体が少しずつ体の中へ入ってくる。

 

「あ……ぐぁっ」

 

 熱い、熱い、熱い。

 

 注射器を打たれた首が、体を支配するの液体が、心を動かす心臓が全てが熱くなる。

 

「これは、罰だ」

 

 白い服の誰かが言った。

 体は動かない。

 

「罪を償なわなければいけない」

 

 別の男が言った。

 体がより熱くなる。頭が心が熱で可笑しくなる。

 

「――が悪いとしても息――君が償う。それが――に対しての罰だ」

 

 続けて言った白服の人は声は聞こえない。

 声はノイズまじりに、白い男達の顔は黒い靄に塗りつぶされ、耳からも目からの情報の意味を理解する事ができない。

 

 その先の記憶が曖昧になっていく。ゆらりと影みたいに、朧気に。

 

 

――

 

 

「……夢?」

 

 考えれば考えるほど、思い出そうとすればするほどさっきまで見ていた夢の事が鮮明に覚えていないことに、心の何処かがチクリと針で刺されたように痛くなる気分になる。

 消えかけた光景は大切な事のはずだったのに、思い出そうとしても夢の記憶は短時間で薄れなくなった。

 

 何時まで考えても、思い出せないなら仕方がない。夢はそういうものだ。

 

 顔を部屋の隅々まで見てから。一つ考える。

 

 ――所でここは何所なのだろうか?

 

 見慣れないベージュ主体の部屋の天井に家具。ベッドの真横にある窓に視線を動かすとカーテンの隙間から漏れた太陽みたいな光が暖かさを持っていることに気がついた。

 

 手を伸ばしてカーテンを捲る、そこに知らない風景が広がっている。驚きはない。もう覚えていない夢を見て、立ち寄ったことのない部屋で目が覚めたのだから、今さら知らない風景を見ても驚き疲れているせいで素直に驚けなかった。

 これも、夢なのだろうか?

 ベッドのシーツも、光の暖かさも、手を閉じたり開いたりする行動一つ一つに現実味を感じた

 

 なら、ここは何所なのだろう? 本当に夢なのか、それとも――

 

 窓に手を当て光の温度をぼんやりと感じていると、部屋が突然ノックされた。

 

「は、はいっ」

 

 慌てて返事をすると、声はひどく裏返って、自分でも何故だか緊張している。

 見知らぬ場所で目が覚めたことが自分が思っている以上に臆病にさせたためか、それとも人が来たことに驚いたからか自分には分からない。

 それなら返事をしない方が良かったのではないかと思ったがもう、遅い。

 

 ガチャリ。

 

 音が鳴り扉のノブがゆっくりと回り、空けた隙間から綺麗な女性が入ってきた。

 三十代、いや二十代後半位の若い女性。照明と窓から伸びた光で、キラキラとしている金髪の髪は、丁寧に肩の所で切り揃えられている。

 

「大丈夫? うなされていたみたいだけど」

 

「えっと」

 

 この女性が誰だか分からない。

 夢の中なら、思い出の中の誰かかもしれない。

 もしくは、自分を誘拐した人だろうか。ここが現実なら誘拐されたのかもしれない。

 

「体調が悪いなら言ってね?」

 

 優しい口調だ。

 もしかしたら保護をしてくれた人なのかもしれない。

 

「どうしたの、赤ずきん?」

 

 その女性の首をかしげる動作にドキリとしながらも。

 赤ずきん。目の前の人は自分のことをそう言った。

 聞いたことのある言葉。だけど、あまりにも有名なその名前に驚き、いきなりの事で頭が白くなりながらも返す言葉を自分の中で必死に探した。

 

「ごめん、お母さん」

 

 どうやらそれは正解だったみたいだ。目の前の女性が満足げに笑顔になった。

 そっと気づかれないように小さくため息をする。

 

「良いのよ。それよりは体調は大丈夫?」

 

 頷くと、目の前の女性も続けて頷きながら私の目を見る。

 

「クローゼットの中に服があるから、着替えて下の階で朝食を食べましょう」

 

「分かった」

 

 うんうん、と頷きながら「待ってるわね」と言い扉を閉める。

 

 成り行きで返事をしたけれど大丈夫だったのだろうか。ベッドから立ち上がり、言われた通りにクローゼットの前に立つ。

 

『赤ずきん』その言葉を心の中で何回か呟く。

 知ってる有名な童話の名前だ。

 赤い頭巾を着た女の子がおばあちゃんのお使いに行き、いくつかの質問をしてから狼に食べられ助かる童話。

 

 その物語の主人公が赤ずきん。

 彼女は赤ずきんと言った。つまり彼女には私が赤ずきんに見えるということだろうか。

 ある日目が覚めたら、物語の主人公になっていた?

 御伽噺みたいな事が今、自分が体験している? ――馬鹿馬鹿しい。幼い子が考えるよくある物語みたいだ。

 それに、そんな風に考えている私は少なくともロマンチストではないのだろう。

 

 そこまで考えてから、目の前のクローゼットに手をかける。

 

 今は考えていても仕方がない。彼女が着替えてから来いと言ったんだ、言うことを聞いた方が安全だろう。

 

「なに、これ」

 

 クローゼットを開けると、左から順番に少しずつサイズの違う、赤い頭巾と白いシャツが一つずつかけられている。

 明らかに、子供用のサイズから大人が着るような大きいサイズまで、絶対に着させる意思は他人から見れば狂気に染まっていた。

 汗が背中や額から出る。その汗が足首の方まで伝わって動くのを視線も一緒にゆっくりと下がっていく。

 

「……それに、私の体が」

 

 白い人形のような綺麗な肌。腰まで伸びている髪は手ですくい上げると、さっき見た彼女と同じ金色をしている。

 手をグーパーと動かす。目が覚めた後にやった行為をまたやっても意味はないのだろうけど、体に違和感はない。目が覚める前の私はここまで綺麗な形をしていなかったはずだ。

 

「だめだ、今考えていても仕方ない後で考えよう」

 

 寝間着からシャツと赤ずきんをかぶり、着替えた服はベッドの上に置いく。

 

 扉の前に立ち、覚悟を決めて開けた。

 廊下には、廊下と部屋が複数。廊下も扉も白く古い感じはしない。中央に階段があり、下に行けそうだった。

 

「確か、下の階って?」

 

 彼女が部屋から出るときに、朝食を下の階で食べると言っていた。なら、あそこの階段から下に行けば良いはずだ。

 

 廊下から階段を降りる。廊下も階段も軋む音はしない。ただ、一段降りる度、床に近づく度に軋む音は床から鳴るのではなく私の心臓から代わりに響いた。

 階段を降りきって、薄らと見えた女性の背中が見える方に進む。

 

「ほら、赤ずきん座って」

 

 近づいて来る私に気がついたのか、エプロンを着ながら、ニッコリとした顔でこちらを見た。

 

 入り口近くの席に着くと、テーブルの上に、コーンスープ、ウインナーとクロワッサン。紅茶が置かれている。

 どれも湯気が立っていて、先に降りてから作ってくれたみたいだ。

 

 私が座ると、お母さんも続けて座り、両手を合わせた。

 

「ほら、赤ずきん。頂きますって」

 

 女性は器用にコーンスープを口に運ぶ。クロワッサンを一口にお皿の上でちぎってから優雅に食べている。

 見よう見まねで食べようとしてもスープの食器に音が鳴って、何かされるかもと思い女性の方を見てしまう。

 

「良いのよ。ゆっくりで」

 

 ゆっくりと食べていると女性が食べ終わったのかまた、ニコニコとこちらを見ている。

 

 こちらが食べ終わってから、こちらの顔を見ている女性を覗くと彼女の口が開いた。

 

「頼みたいことがあるんだけど大丈夫?」

 

 赤ずきん。

 頼みたいこと。

 

 もしも童話と同じだったら。今日が物語の日としてなぞられるのだろう。

 

 それなら――

 

「大丈夫だよ」

 

 少し迷ってから、結局は行くことにした。

 もしも同じなら最後には助かるし、大体の道筋も分かる。

 それにまだこの人が誘拐犯じゃないと決まったわけでもないし、この家にとどまり続けるのは不安がある。外に行った方が良いだろう。

 

「それなら、おばあさんの家にお使いを頼みたいんだけどできるかしら」

 

 やっぱりと思いつつ女性の目を見る。

 それに気づいて、真剣な表情で女性も私に目を合わせた。

 

「いつもだったら、私が行くんだけど用事が急に用事ができちゃって。森を一本道に進めば良いからすぐに着くと思うけど、頼めるかしら」

 

 目をから離さないように、縦に頭を振る。

 

「そう、ありがとう。テーブルに置いてあるバスケットを届ければ良いからお願いね。おばあさんの部屋は二階の奥の部屋だからお願いね」

 

「それじゃあ、行ってくるよ」と言い立ち上がると「うん」と返事が返ってきた。

 

 

 玄関まで行き、一つ出ていたブーツを履く。

 

「そうそう、たまに狼が出るみたいだから気をつけてね。赤ずきん」

 

 心から心配そうにキッチンの方から私に声をかけた。

 

「お母さん、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 扉を音を出さないように閉める。

 また、ため息を吐いた。

 

 家の外に出れたけど、どうすれば良いのだろうか。

 腕に重さを感じさせられている、バスケットを見つつ考える。

 

 外に出れたんだ、このまま何処かに逃げても良い。前に進めば森がある、適当に走れば向こうは見つけられないだろう。それに、この家から出て来る気配がない。音を立てずに、家に入って彼女をこ――

 

 ――嫌。

 

 首を思いっきり横に振る。

 

 あの女性を思い出す。料理を一緒に食べている時や、私に声をかける姿を見たときに見た、優しい顔を。

 

 あの女性を裏切る?

 仮に彼女が誘拐犯だったとしたらここで私を外に出すか? それならまだ、物語の世界に入ったと言われた方が納得ができる。

 

 その場で立ちすくみ、時間が少しずつ過ぎていく。

 考えていた時間はそこまで長くなかった。どこから来たのか分からない小鳥が私の考えを急かすように、鳴く。そこで、考えから覚める。

 

 お使いをしよう。寄り道をしないでおばあさんに届けてから狼から逃げて考えても遅くはないと思うから。

 そこまで考えて、小走りに進む。さっきまで考えていた時間がもったいなかったから。それを補うために、それでも体力が少しでも多く残せるように小走りで。

 雨水をまとった道に生えている草を一定のリズムで踏みながら前へ前へ進む。

 

 サク。

 

 進む先に森が見えてきた。

 空からの光が暖かい。

 

 サク。

 

 近づいて初めて見た森は私の背丈よりも大きい木が、我先にと光を独占しようと上に伸びているように見える。

 

 サク。

 

 植物という生き物を踏むこの音はきっと私以外の人には聞こえないのだろう。それを思うと心地良く、気が少し楽になった。

 

 

 ビュッウ。

 

「きゃっ」

 

 腕にかけていた、揺れているバスケットを手で押さえる。

 風のせいで震える森から逃れるように一羽のカラスが飛んでいくのが見えた。

 

 風だ。風が吹いたんだ。森に入る前にたまたま風が吹いた。それだけなのに恐怖心が滲み出る。

 

 森を見つめる。光が入って来ないからなのか、どんよりと暗い雰囲気を感じられた。

 

 森に右足を踏み込む。

 

 サク。

 

 家からここまで通ってきた時と同じ音が鳴る。変わらない音に安心を覚え、左足も森の中に踏み込んだ。

 

 

 森を進む。不思議なことに暗い空間に動物は私以外に一人も見ていない。

 

 けれど、普段はいるはずのリスとかの小動物が全くいない、それに妙に森の空気が冷たい。

 ここは普通の場所ではない。私がそう思えば思うほど奇妙な場所に思えた。

 

 

「ねえ、お嬢さん」

 

 そんな中で横から聞き慣れない声が急に聞こえて、警戒しない方がおかしいだろう。

 森を歩いてから数分。太陽の光は森に喰われ暗い中を真っ直ぐに歩いていたときに話しかけられた。

 

「え、えっと」

 

「あはは、怖がらないでくれよ」

 

 男の子は陽気に言うが、薄暗い森の中で話しかけられて怖がらない方が可笑しいだろう。

 私がうつむいていると、男の子は話し続ける。

 

「何か用事があって行くんだろう?」

 

「……おばあさん家へ、行くの。お見舞いに」

 

「ここを真っ直ぐ行った所の?」

 

「多分、そう」

 

 私がそのまま通り過ぎようと前に進むと。「そうだ」と振り向いて私の顔を覗いてきた。

 茶色の綺麗な二つの目が前にある。

 

「寄り道になっちゃうんだけど、あっちに花畑があるんだ、一緒に寄ってみないか」

 

 彼は空を見上げながら嬉しそうに語っている。

 

「綺麗だよ。スカビオサって言う紫の――」

 

 言葉を遮って私は首を横に振る。

 

「……お母さんに寄り道は駄目って言われているから」

 

「そっか、残念だなぁ」

 

 悲しそうな顔をすると、こちらまで悲しくなってくる。彼には嫌われたくない。何故かそんな風に思えてきた。

 

「……また、来るから。その時に行きたい」

 

「そうか、そうか。……ありがとう」

 

 こちらが笑うと、彼もはにかむように笑った。

 

――

 

 

 木々の出口の境界に足を出す。それと同時に、空が暗く変わったことに気がついた。

 

「夕方に変わった?」

 

 森に入ってから一時間も経っていないはずなのに、もう日が落ちかけている。

 

「まずい、早くおばあさんの家に行かなきゃ」

 

 足の震えを我慢して、森から出る。

 夜になったら、赤ずきんは狼に一旦、食べられてしまう。

 微かに見える家らしき場所に走る。

 

――

 

 こんこんこんを

 

 家の玄関の扉をノックをする。返事は一つない。

 

「しょうがない」

 

 ドアに手をかけると鍵は掛かっていなかったのか、すんなりと開いた。

 

 廊下に一つの照明がある。けれど明かりはあの家に比べて、年期が入っているからか、薄暗く思う。

 振り向き扉の鍵を閉める。

 鍵がしっかりとかかっていることを確認してから、何かに違和感を覚えつつブーツを脱いで廊下に上がる。

 

「たしか、おばあさんの部屋は二階だよね」

 

 ギシ、ギシ。

 

 階段は軋む音がする。

 手すりはなく、段を登る。

 

 ゴンッ。

 

 踏む音が響く。足を一段下げる。

 別に強く踏んだわけではない。

 もう一度同じ場所に恐る恐る足を置いてみるとコンと軽い音が鳴った。

 

 わざと音が出るようになっているのか。

 そんな風に考えつつ、音が鳴った段を無視をして二階に上りきった。

 

 

 ギシ、ギシ。

 

 廊下も音が鳴る。

 所々、電球が切れているせいか明かりはなく薄暗く何となく家全体が冷たい印象だ。

 

 奥の部屋に着くと深く深呼吸をしてから、自分の手を見る。

 大丈夫、大丈夫。もしもおばあさんが狼になっていても、狩人が助けてくれるはず。

 決心すると自然と手の震えは押さえられ、安心感が湧いてでる。

 

 コン、コン、コン。

 

「おばあさんいますか? 赤ずきんです。薬と赤ワインを届けに来ました」

 

 ノックをしてからできるだけ、高い声を出す。

 

「おお、赤ずきんか。入っておいで」

 

 低音の声が聞こえる。扉越しに聞くからなのか、それとも狼が話しているからかは分からない。もしかしたら元々のおばあさんの声がとても低い声の可能性もある。

 

「はい、失礼します」

 

 廊下も暗かったが、部屋の中も暗い。窓に黒いカーテンが掛かっているから、光も入ってこないのだろう。

 

「赤ずきんや、こっちにおいで」

 

「……分かりました」

 

「荷物はテーブルに置けば良いですか」

 

 鼓動が早くなる。

 置くために徐々におばあさんに近づいて行く。

 

「おお、ありがたい」

 

 テーブルにバスケットを置いて、おばあさんを見る。

 

「……? どうしたんだい赤ずきん」

 

 逃げたいとは思いながら、童話の質問を思い出し言葉にする。

 

「どうして、おばあさんの耳はそんなにも大きいのですか?」

 

 ニヤリと目の前で笑ったように思えた。

 気のせいだったかもしれないが目はお互いに外さない。

 

「それはね、赤ずきんの声をよく聞こえるためだよ」

 

 おばあさんは答えた。

 

「どうして、そんなにも目が大きいのですか」

 

「それはね、赤ずきんを見るためだよ」

 

 目の前の存在がコロコロと笑いながら答えた。

 

「……どうして、そんなにも手が大きいのですか」

 

「赤ずきんを抱きしめるためだよ」

 

 人のような者は静かに続けて答えた。

 

「なら……そんなに口がおおきいのですか」

 

「赤ずきん、もっとこっちにおいで」

 

 化け物は答えない。

 

「どうして?」

 

「それはね、これからお前を食べるからだよ」

 

 狼は静かに口を開いた。

 

――

 

 

「やめて」

 

「ああ、赤ずきんはみんなそう言ってきたよ」

 

 私を部屋の隅に追い詰めたことが嬉しいのか、毛むくじゃらな顔でケタケタと笑っている。

 

「くっ、この」

 

 私は今の力で右の拳を作り、腕に力を込めて。

 全力で殴る。

 

 バシッ。

 

 私の皮膚の音が鳴るだけで、狼は表情を下品な笑顔から変えていない。

 

「このっ」

 

 まだ自由な左の腕で殴ろうとすると、「よいしょっ」と軽い口調で私を持ち上げて、勢いそのままに寝ていたベッドに叩き付けられた。

 

「うぐっ」

 

 このうめき声の原因は痛みじゃない。

 

 ひどい匂いがこびりついたベッド。それに、茶色の毛に混じって、赤と白が斑模様にベッド全体が汚されていた。

 ゾクッとした嫌悪感が全身に伝わる。

 このベッドの上でナニが行われていたのかが容易に想像ができる。遊ばれて、殺されるのだろう。

 狼が私に馬乗りになり、下半身に乗られて身動きがとれなくなる。

 

 気持ち悪い。狼の毛が、服を捲られた私の皮膚にくっつく度にその感情しか湧かない。

 

「本当に生きの良い赤ずきんだね」

 

 顔色を変えずにこちらを見る。

 

「ああ、そうだ」

 

 狼はベッドの横にある私が持ってきたバスケットに片手を入れ、何かを探している。

 狼の体重のせいで全身が痺れた。

 しばらく探していると、ピタリと動きが止まった。

 

「あった、あった」

 

 呟きながら狼に私の口を無理やり開け、何か物を飲まされ、狼が私の上から退いた。

 

「っんぐぅ」

 

 喉に突然に異物を入れられ苦しい。

 私が小さなうめき声をあげると、ニタリと笑った。

 

「いい、恐怖の顔になったね」

 

「な……にをしたの」

 

 得体の知れない物を飲まされた恐怖が突然、私の上から退いたことに、ぷつぷつ浮き上がる。

 

「安心しな。お前が持ってきた、薬だよ」

 

「くすり?」

 

「そう、ただの薬。睡眠薬だよ」

 

 睡眠薬。

 

 さっき飲まされた物が、それなら私の自由はすぐになくなる。この体は狼に――

 

「い、いやだ。いやだぁ……」

 

 体はまだ痺れて動けない。それに睡眠薬を飲んだなら、また身動きがとれなくなる。

 

「そんなに嫌がらなくても大丈夫だよ。眠った後に美味しく食べてあげるからね」

 

「あぁあぁぁ」

 

 嫌だ。嫌だ。

 

 体中から汗が私に警告をするためか出てくる。

 分かってる。分かってるけど動けないんだ。

 

「本当に良い顔だ」

 

 狼は恐怖した歪んだ顔が好きなのだろう。

 

「それじゃあ、楽しもうか」

 

 ビリッ。

 

 音と供に、服が破られる。

 赤色の頭巾も、下に着込んでいたシャツも無理やり破かれた。

 

「い、やだ。やめて……」

 

 服を殆ど脱がされて、下着姿の裸に近い状態にされている。

 

 器用に指を使い、私の全身を撫でる。喋ろうとしていた口を押さえ、体の穴の隙間から私を恐怖心で変えようとする。

 

「むりだよぉ」

 

 私の下半身の一部を広げ、狼が何かをしようとしているか分かり嘆く。

 

「はぁ」

 

 一瞬の歯の隙間から漏れたそれを聞いて、狼はまた笑う。

 

 

 物がぶつかる音がベッドから部屋全体に響く。この部屋に生き物は二人しかいないのに、激しくわざと音を狼が立てる。

 時間が経っても勢いは落ちない。

 

 

 体から液体が流れる。

 

 白い、赤いの液体。黄と透明な液体がそれぞれ下半身から流れていく。

 体から漏れる感覚は正確にどの穴から漏れた物かは分からない。

 

 もう、私は助からないのだろう。

 部屋を見る。

 窓は風が吹くだけで誰も助けは来てくれそうにはない。

 おばあさんも狩り人も、目の前の狼に食べれた。だからもう私は助からないんだ。

 感情が上手く整理することができない、整理しようとしても狼が私の体を使っているせいで、長く考えられない。

 

 涙が目から溢れる。それをしても目の前の狼が喜ぶだけなのは知っているが止めることができない。

 

 体が揺れる。体が痙攣を起こしている。

 自分の意思じゃ止められない。それからは無視できない感情が湧かされる。

 

 この感情は、恐怖だ。自分が狼が怖い。

 

 ここにあるのは、怒り。そして、自分の中にあった狂気。

 

 

 何度も何度も狼から小突かれていると頭が白くなっていく。

 

 何度も言い聞かせる。

 これは快楽ではない。

 

 私は私を白い霧で見失ってしまった。

 

――

 

 狼に薬を飲まされて何十分経ったか分からない。体を好きなように弄られたからか、薬のせいか頭が眠気でぼんやりとしている。

 

 力が入らない。

 

 口の端からよだれが垂れていることに気がつく。普段だったら拭けるよだれは力が入らない今は拭き取ることができない。

 

「ぁぁ……ぁ」

 

「もう、言葉すら出ないか」

 

 ――だめだ。眠気で意識がもう持たない。

 

「飽きるまで愛すよ、赤ずきん」

 

 

 狼の笑い声が耳の奥の脳まで響く。

 

 耳に狼を息とその悦楽している言葉が届いて私は暗く深い眠りについた。

 

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