転生赤ずきんは死にたくない   作:ありな

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5話 餓えた心に感情を

 

「……どうして、どうして」

 

 月の光に照らされているのは、赤かった頭巾を着ている女の子。衣服はズタボロに切り裂かれ、体からは赤と白い液体が垂れていた。

 

 いつまでも帰ってこない彼女が無事であってほしい。この場所に来るまでに何度も胸の中で願っていた。

 

 赤は分かる。血だ。傷口から流れそれは素人でも手遅れだと思えるほど大量に流れてベッドを汚していた。

 じゃあ、赤色に混じっている白い液体は?

 鼻をヒクヒクと揺らし広げ臭いを確認する。

 

「あっ……あぁぁ」

 

 分かってしまった。――いや、分かる。魚介類を発酵させた臭いを。赤ずきんに身に何があったかを容易に想像できてしまった。

 

 喉が渇いていく。汗が出る。でも、それだけだ。

 私がいくら願っても、赤ずきんは戻ってこない。赤ずきんがひどい目にあったことを無かったことにすることはできない。その、絶望感がジリジリと私の心を焦がす。

 

 どれくらい泣いただろうか。この部屋の持ち主がいつ戻ってくるかも分からない。でも、赤ずきんが死んだのなら、私も死んだ方が良いのではないか?

 この世界に未練なんて赤ずきんしかなかった私には、色褪せて感じてしまう。

 

 死ぬのは怖い。だけど、赤ずきんが居ない世界はもっと怖い。

 この子の前で、上で重なって死にたかった。

 

 

 窓から風を感じて窓を見る。月と一緒に誰かがこの部屋を覗いていた。

 

「ヒィっ……」

 

 鋭い目。闇に溶けたその容姿に私は息を呑んだ。

 

「嗚呼。驚かなくて良いよ」

 

「あ、貴方は?」

 

 こんな生物を私は見たことがなかった。森にもたまに行く村にも、一羽として見たことがない。

 

「むかしむかし、あるところに――」

 

「えっと」

 

 口を開いた彼に驚きつい言葉が出てしまう。夜になった空気は白く、掴めない。だから余計に儚く冷たく思える。

 目の前にいるのも同じなのだろう。私には掴めない。認知できなくなるものだから恐怖を感じる。

 

 「話は最後まで聞きなよ」冷めたような口調で私の次に口にすべき形が分からなくなりながら「じゃあ続きを話すよ?」

 もったいぶって話す彼が、先の本能から聞いてはいけない、命に関わるようなような危ない事実。それに今私は触れようとしている気分になる。

 

「あるところに赤ずきんという、心優しい少女がいました。彼女は優しいしっかり者で村のみんなから、家族から愛されて暮らしています。あるとき母親からおばあさんの家までお使いを頼まれて赤ずきんは森を抜けるのです。途中お花畑に寄り道をしてしまいますが、何とかおばあさんの家にたどり着いた赤ずきんは、おばあさんにバスケットを渡しますが、なんと、おばあさんは変装していた狼だったのです。そんな食べられてしまった赤ずきんとおばあさんは狩人に助けられ、めでたしめでたし」

 

 何となく、あの子に似ている。名前も多分容姿も行動も。目の前の存在は動かなくなった赤ずきんを見ながら、語りはじめた物語をそんな風に思えてしまった。

 

「これが、本来たどり着くべき姿」

 

「ほんらい?」

 

 何を言っているんだ?

 

「ここはそんな幸せが叶わなかった世界」

 

 こことは違う幸せな世界を歩んでいる、そんな赤ずきんがいる。

 

「……羨ましい」

 

 何で?

 

「わたしはっ、全部をうしなったのに! どうして幸せに生きてる同じように人がいるの?」

 

 何で、私の赤ずきんは死なないといけなかったの?

 

 ただ、吐き出す私を彼は見ていた。そこに感情はない。その目は自分の役目を全うするためだけに私の心を覗いている。

 

「……いくらでもやり直しできると言えば、どうする?」

 

「やり直す?」

 

 崖から落ちた私にロープを垂らされる、暗い洞窟に一筋の光がさすような希望が、その口からは私に伝えられた。

 自然と目が開いて、口角も上がる。

 

「そう、やり直す。君にはその権利がある。本物を得るためにやるか、やらないかそれだけだよ」

 

 私の表情に満足をしたのかその先の言葉も発せられた。

 

「大量の偽物を壊して、その中から本物を探し出す。簡単だろ?」

 

 あっけらかんに伝わってきた言葉にすんなりとうなずく。

 彼が言っているんだ、それがきっと正しいことなのだろう。

 

 

 ――何人の偽物を壊そうが、物語のように幸せにしたい。

 

 叶えたいのは、ただ赤ずきんと二人で幸せになりたい。何所にでもある平凡な願いのためだった。

 

――

 

 

 夢を見た。誰かの記憶らしい。黒く潰された底の世界で声が聞こえた。

 ぶくぶくと沈んで行く意識界に細切れになった誰かの思いが伝わったきた。

 

 

 憎い。羨ましい。妬み――

 他の細かいものに言葉を付けるなら夜に浮かぶ星を数える方が簡単だと思える感情たちが、乾いた私の心に少しずつ器に満たしていく。

 私と無数の感情が形を変え絡み合い、営み一つに交わっていった。

 

 もう無理だと何回も叫んだ。もう何もしたくないと何回も願った。

 心が支配される。狼にもできなかったことをいともたやすく誰かは私にやった。

 

 

 あるときは、幸福の家族の夢を。

 

 次は、誰かの不幸。

 

 次第に快楽を。

 

 

『あぁぁっ……』

 

 これはまだ、今日は数回目の薄い絶頂だ。

 誰かの手が私の下半身を撫でる。お腹の奥にあるナニかが無性に騒ぎ、心ごと体を支配していく。

 

『はぁっ……はぁっ』

 

 これが作られた体としても快楽は止まらない。いじらしく、手を動かして私を置き去って行く。

 誰かが私の体を触らないでも、私が手を動かして続きをする。私が望んでしまう。

 

『もっとぉぉ……うぅぅ!』

 

 その夢はすぐに覚めてしまう。いくら私が続きを望んでも、今日も一番の山場で目が必ず覚めてしまった。

 

 これが私の生きる理由なのだと、作り変えられた心が満たされていくうちに次第に思えた。それが、元々■であったことも夢とこの朦朧としているときにしか思い出すことができない。

 

 幸いなのかもしれない。堕ちていく■から私に変わるの、屈辱によって染められていく私を知らなくてすむんだから。

 

――

 

 夢から覚めた。目を開くとあまり変わらない部屋に私はいる。

 私の髪やパジャマ。窓から見える雲の位置も、一日目から一寸も変わってはいない。

 ただ一つ変わっているのは、ぐちょぐちょになってしまっている布団のシーツだけだ。

 

 あくびをして、体を上に伸ばす。「ふぁ~」と声が出たけど、私以外にこの部屋には誰もいない声を殺す必要はない。

 

 ベッドから足を放り出す。太陽もどきに暖められた床は素足で歩くと体がほんのりと心地良さがあった。

 クローゼットの中の服を取り出して着替える。

 

 スルスルと、脱げていく服を見ながら、そういえば動いたのは久しぶりに体を動かしたなと思う。

 三日体を動かさなければ体が怠くなると聞いたけど、この世界ではそんなことはなかったらしい。

 

 

 コン、コン、コン。

 

 

 これはお母さん(・・・・)のノックの音だ。

 何回も聞いたどの朝でも聞いた音が私の朝の習慣になっていて耳に心地良く残る。

 

「入って来て」

 

 「おっと」お母さんの声を無視して強く抱きしめる。

 柑橘類の匂いと、ほどよい弾力に包まれる。

 ちょうどお母さんの胸元に当たっているけど、気にしているのは私だけなのか「よしよし」と言いながら私の頭を撫でるお母さんに頬ずりをした。

 

「おはよう、赤ずきん」

 

「うん、おはようお母さん」

 

 何時までもこうしていたい気持ちに駆られたけど、気持ちをこらえて笑顔を作る。

 

「ご飯食べよ! お母さん」

 

「ええそうね」

 

 満面の笑みをうかべながら、お母さんが部屋から出る。

 すでに着替えていたから、後を追うように下に降りて、ご飯を食べる。四回も同じ物を食べたおかげでお母さんよりも早く食べきることができた。途中、おつかいの話しを相づちを打ちながら聞く。

 

 途中様子を見つつお母さんが紅茶に口をしてから、問いかける。

 

「ねえ、お母さん」

 

「どうしたの赤ずきん?」

 

 カチャと小さな音が、お母さんの方から聞こえた。交代をするように私がカップに口をつける。

 温かい紅茶を飲む。紅茶が温かいまま飲めたのは今日がはじめてだった。

 

「お母さんがもしも道に迷ったときどうする?」

 

 私一人考えたって、今までと同じく未来しか選べない。だから、他の人に頼りたくなくても頼りざるえなかった。

 

「前に進んでもそれが間違えで、何所に進めば分からなくなったらどうすべきだと思う?」

 

 紅茶が温かいうちに飲んでおかげで、喋る度に呼吸をすると白い息が空に溶けこむ。見えない。掴めない。それが不安になる。

 

 あるのは沈黙。無言で私とお母さんの紅茶だけが減っていった。紅茶から湯気が立たなくなってからお母さんが口を開いた。

 

「もしも、前に進むのが間違えならお母さんなら寄り道をするかな?」

 

「よりみち?」

 

 まねをするように、私の口も同じ形になる。

 

「赤ず……貴方は寄り道がいけないことだと思っている。だけど、別に私は寄り道をしても良いと思っているの」

 

 私の聞いた本来の童話は花畑に行ったりしたせいでひどい目にあっていた。私は寄り道をしないで、おばあさんの家に行きたかった。

 

 狼に殺されて、寄り道が余計に怖い。もしも、寄り道をしたせいでこれよりもひどい状況になったら? 取り返しのつかないことになったらいくら蘇ったとしても、後悔しか残らないと思ったから。

 

「行ってくるね」

 

 お母さんの言うとおりにする。そうすれば救われる。

 一種の洗脳に近いのかもしれない。だけど優しいお母さんに救われた、それだけは真実だ。

 私は人が嫌いだ、その理由は忘れてしまったけど、お母さんだけは信じていたい。

 

 このループを終わらせたい。他でもない私が。

 

――

 

 森の中を一人で歩く。生い茂る雑草たちがクシャクシャと愉快な音を立てながら歓迎している。いや、歓迎はしていないかもしれないけど関係ない。

 

 数分、歩いた時に見慣れた茶色い影を見つけた。

 

「やあ、お嬢さん」

 

 私が近づいた事に気がついて、彼は口を開く。

 居眠りをしていたのか、半開きのまぶたをゴシゴシと擦っている。

 

「こんな森に、おつかいかい?」

 

「えっと、まあそんなところです」

 

「あはは、偉いねぇ」

 

 もしも、復讐しに行くと言ったら彼は私を軽蔑するのだろうか?

 私の考えなど知らずに、彼はふと思いついたのか、私に聞いてくる。

 

「寄り道になっちゃうんだけど、花畑があるんだけど行ってみない?」

 

「花畑?」

 

 物語で赤ずきんが寄り道をする場所だ。

 

「そう、綺麗な花が咲いているんだ」

 

「分かった。案内して」

 

「本当に?」

 

 食い気味に私の肩を掴んだ。

 やけに鋭い爪が私の肩をくい込む。

 

「うん」

 

「じゃあ案内するね」

 

 肩の痛みを我慢しつつ、首を縦に振るった。

 

「こっちだから」

 

「うわっ」

 

 急に風が吹いて、バスケットが乱暴に揺れて転びそうになる。

 

「危ない!」

 

 左手で地面を着きそうになったが、手を引っ張られて転ばなくてすんだ。

 

「ご、ごめん」

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

 妙に顔に熱が集まる。心臓がバクバクと鳴った。私は彼にバレないように表情を変えないで前に進む。

 

 しばらく森を歩いて、おばあさんの家に続く道から右に逸れる。

 道はない。ゆらゆら揺れる森に誘われて、奥へ奥へと彼と一緒に目的地に向かう。それから何分歩いただろうか。

 

「……きれい」

 

 地面にはあいかわらず整えられてはいなかったがただの雑草にまじりに赤、青、黄色と三種類の鮮やかな色が道を作るようにちりばめられていた。

 進めば進むほど、その花たちの量が増えている。

 綺麗だと彼に伝えようと、顔を覗こうとする。「奥にもっと、花が咲いているから期待してね」と言われると「ええ」としか返せなかった。

 

 狼に花を持っていく事になるけど、お母さんにも花を届けたいなと少し思い、彼の前に出る。

 

「……ごめん」

 

 

「えっ?」

 

 

 ゴツン。

 

――

 

 

「……んっ」

 

 ぼやけた頭を抱えつつ周りを見渡す。

 

「ここは?」

 

 下を見る。道にあった三色の色じゃなくて紫色の花がベッドのように咲いていた。

 

「私、寝てたの?」

 

 記憶が曖昧だ。彼に案内されて、それから――

 

 腕を動かすとカチャカチャと金属の音がなった。

 

「これって」

 

 金属製の手錠だ。手首から地面に刺さっている標識のような物にかけて繋がっていた。

 いくら強く引っ張ってもビクともしない。逃げ出すことはできなさそうだ。

 

「監禁?」

 

 でも、どうして?

 違和感を覚え、ズキズキしている赤ずきんの裏の後頭部を触ると、赤い粘り気のある液体が手についている。

 

「あっ、起きたんだ」

 

 森の中から私に向かって一直線で向かってきた。

 嬉しそうな表情。太陽のような明るさが彼の顔には宿っている。

 

「一緒に暮らそう。ここなら赤ずきんを傷つける人はいないよ?」

 

 傷つける人がいない。それだけで凄く楽しいことを想像できる。だけど――

 

「君と一緒に暮らすのは、私にとっては幸せかもしれない」

 

 魅力的だ。魅力的すぎて私には霞んでしまう。

 

「なら」

 

「できないの」

 

 彼にとっては残酷な言葉だ。私が彼の立場ならきっとそう思うだろう。

 

「えっ」

 

「私は君と暮らすことはできないよ」

 

 彼の表情から明るい感情が消えた。次第に哀しみ、絶望、虚しさと次々に表れていく。

 

「私じゃないよ。君が好きな赤ずきんは」

 

 私じゃなくて、元々この世界に居た彼女。夢の中で見た、血だらけになっていた彼女が彼の好きな赤ずきん。

 

「ち、違う。僕が好きな――」

 

「ごめんね」

 

 夢で見た人を私は助けないといけないと私は思った。それだけが私の生きがいだ。貴方のことは救えない。

 だから、貴方とは暮らせない。

 

「う、ううぅ」

 

「ごめん」

 

 泣き止まない彼に申し訳ないと思い謝ってしまった。

 私の記憶にない人。だけど、初めて見たときからどこか既視感があった。だから、この人は傷つけたくない。

 

「泣かないで。笑顔の方が好きだよ」

 

 本心から出た言葉は、霞むことなく素直に口にできた。

 彼は表情を歪にしたままだったけど、目を見開いて私のことをただ見ていた。

 

「さようなら」

 

 死ぬのが怖くないと言えば嘘になる。だけど私の命の価値観も、狼のこの世界のせいで大分薄くなってしまった。

 

 勇気を振り絞れ私。明日はきっと良い明日になる。

 

 ――私は、舌を噛みちぎる。

 

 

 

 プチュという音とともに口の中は蜂蜜の味がしたような気がした。

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