バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん   作:アサルトゲーマー

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登場人物の名前は全員仏教モチーフです()


1 地獄はメイキングできる

「おはがおーございまーっす!」

 

『おはがおー!』『がおー!』『今日もかわいいね。運痴して♡』『おはー!』

 

 画面の中の、3Dでモデリングされたキャラクターが元気にあいさつをする。するとそれに追従するように挨拶の濁流。山彦のようなコメントと一部の変なコメントを流し見ながら、私は輪を構える。

 

「今日も元気にリングフィットをやっていくぞ!」

 

『たすかる』『ちょうど切らしてた』『おかわり』

 

 オオカミの耳に、ゆらゆら揺れる尻尾。口から覗く大きな牙がチャーミーな、全体的に灰色の少女。髪はオオカミにかけているのか、これまた灰と白の混ざったロングウルフヘアだ。赤いカエデの葉を模した髪飾りがちょんと乗っかっている。

 私が足踏みを始めると、画面の中のキャラクターも足踏みを始める。ピコピコと耳が跳ね、しっぽもゆらゆら。ありていに言えば、とても可愛らしい。

 

 私が運動を続けていくうちに、当然息が切れ始める。スクワット等の筋トレが始まれば、吐息が漏れる。

 その様子に視聴者……リスナーは、興奮したようにコメントを残していく。

 

『えっち』『つかえる』『ありがとう』『もみこもみもみ』『あえぐな』『ちゃんとあえげ』『どっちだよ』

 

 仮にこれが少女の声であれば理解できる。世の中にはスケベなアニメとかがあって、それに需要があることも理解している。そう、これは仮にの話だ。

 ……残念ながらではあるが、この3Dモデル、アバターを操作しているのは40を過ぎたおっさんである。理解しがたい事に、ボイスチェンジャーの類は使っていない。

 

 と、なれば。リスナーは、オオカミ少女の皮を被った、おっさんの声に興奮しているという事である。

 

 地獄。

 

 その二文字が私の頭を支配する。

 

 

 

 ───どうして、こんなことに。

 

 

 

 オオカミ少女【島袋モミコ】と、私こと中の人【千石天典】の出会いは。

 とても単純で、度し難いものであった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

「ねえあなた。女の子になってみない?」

 

 それは寒さ厳しい1月の事であった。私は勤め先の倒産により無職となり、突然できた暇を使って家族とコミュニケーションを取ろうと考えていたのだ。

 何年ぶりかになる、家族そろっての食事。妻の奈利(ナリ)も、娘の奈良迦(ナラカ)も、息子の仁頼也(ニラヤ)とも楽しく会話していた時に、それは突如訪れた。

 

 私は耳を疑った。妻の奈利はとても良くできた女性で、こんな私に20年も寄り添ってくれた。そんな彼女の口からそんな台詞が飛び出すなんて。

 

「パッパは配信って知ってる?その中のバーチャルな配信者なんだけどさ」

 

 次に口を開いたのは娘の奈良迦。

 配信。それ自体は聞いたことがある。ユーツーブとかニコドーとかで、顔を出してタレントのようなことをしている人だ。

 しかし奈良迦はバーチャルと言った。それは全くわからない。

 

「えーっと。アニメの声優とか、特撮のスーツアクターはわかるよね?」

 

 それはわかる。俗にいう中の人というものだ。

 

「パッパには女の子のキャラのそれになってもらおうかと思って」

 

 なぜ???

 私は娘の言っていることがまるで理解できなかった。動きはともかく、声まで?

 そう聞くと、奈落迦は深く頷いた。おお、神よ。

 

「ダイジョーブ!お父さんにはしっかりと色々教えてあげるからさ!」

 

 そう言ってくれたのは息子の仁頼也。長い黒髪をファサとなびかせながら、自慢げに言う。

 仁頼也は女の子の格好が好きな、いわゆる女装男子というものだ。そんな息子がダイジョーブ。

 正直に言うと、とても嫌な予感がした。

 

「安心してよ、抵抗があるのは始めだけ。男だろうが女の子として扱われれば女のコになるんだよ。そういうもんだって」

 

 えへへへへ。

 可愛らしい、しかし魔物めいた昏い笑い声。私は肌が粟立つのを感じた。

 

「天典さんのことは愛していますけど、なにか物足りないと思っていたの。まさか娘たちに答えを教えてもらえるなんて」

 

 奈利の口が三日月を描く。その表情は、倒錯に染まっていた。

 

 私はこれを、ただの食事会だと思っていた。

 しかし実際のところは私はノコノコやってきた哀れな犠牲者に過ぎず。妻と子供たちとともに地獄へ引きずられる、その序章だったなどと、どうして予想できようか。

 

 

 

 

 その後はトントン拍子だった。

 3Dデザイナーであった奈良迦がアバターを提供し、配信環境は奈利が準備。そして演技指導に仁頼也。とどめに職場の元同僚が視聴者と、まさに四面楚歌。おお仏陀よ、あなたはまだ寝ているのですか。

 神仏にすがろうとも無情にも日は流れ。今日がとうとう配信日。

 

「素敵な声を聴かせてね」

 

 そう言い残して退室していく奈利を遠い目で見送ったあと、配信の補助を行う奈良迦と仁頼也がカメラなどの最終調整をしている場面を眺める。何をしているのかはいまいちわからないが、これが地獄の窯の蓋であることは分かった。

 配信一分前。奈良迦にハイと輪っかを渡される。これはリングコンと呼ばれる、運動するゲームのコントローラーらしい。初期設定とやらは終わっていると聞いてはいるが、どうにも不安だ。

 

 配信10秒前。二人の会話がピタリと止まった。仁頼也が腕時計を確認しながらハンドサインを送ってくる。

 

 5、4、3、2、1……。

 

 

 

「どーもー!みなさん初めましてぇーーー!新人配信者の、バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさんだよぉーーーー!」

 

 

 

 1月13日、午後7時0分。記念すべき、そして祈念すべき地獄の日々への幕開けのときだった。

 




千石天典→ちごくてんてん→ちごく ゛→ぢごく

奈利→泥犂、または奈落のこと。ちなみに泥犂や奈落とは地獄のことでもある。

奈良迦→ナラカ。サンスクリット語で地獄のこと。

仁頼也→ニラヤ。ナラカと意味は同じで地獄のこと。
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