バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん   作:アサルトゲーマー

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おじさんと千石一家で学ぶ神学とカルマ


2 性癖の広さは心の広さ

 

 

 

 

 地獄の後の反省会。

 妻、娘、息子。そしてシャワーで汗を流した私の四人でテーブルを囲い、先ほどの配信を振り返る。

 

「恥ずかしさが抜けてないよね」

 

 長い黒髪をファサ…と手で払い切り出したのは息子の仁頼也だ。

 確かに私は恥ずかしがっていたという自覚がある。しかし女子の真似をするのも配信をするのも初めての人間にそれを指摘するのは惨いのではないのであろうか?

 しかし妻の奈利はそれに同調するように目を伏せる。

 

「もっと天典さんの自然な喘ぎ声が聞きたかったわ」

「えっ、それは…いや、確かにそうかも…」

 

 奈利の爆弾発言に一瞬娘の奈良迦が引きかけたものの、そのまま立て直し、わずかに理解の色を見せた。

 妻はもう色々と駄目だ。そして私は娘の教育をどこで間違えたのだろうか?思わずにはいられない。

 嫁と我が子たちは私をどうしたいのだろうか。

 

「もっとあなたの素敵な声が聞きたいわ」

「もっと女の子になってほしい」

「もっと狂ってみようよ」

 

 なんてことだ。ここは地獄だったのか。

 自由の女神像を前にした未来人のごとくうなだれていると、仁頼也が肩をそっと抱いてくれた。

 そして優しい笑顔で囁く。

 

「お父さんも女の子になろうよ。毎日が楽しいよ…?」

 

 悪魔は人の心を知り尽くしているゆえに、優しく甘言を囁くという。

 

 

 

■■■

 

 

 

「ロールプレイだ!」

 

 一日経って家族で食卓を囲んでいた時のことだった。仁頼也は急に立ち上がり、パンくずとジャムで汚れた口を開く。

 

「キャラクターっていう仮面を被るんだよ!」

「なるほど、演劇の基本だね!」

 

 それに合点がいったのか奈良迦は手を打ち鳴らす。仮面を被るとどうなるのだろうか?

 

「知らないの?」

 

 まるで夜が明けると朝が来るくらい当たり前の事を聴いているかのような反応をされて、少し傷つく。

 仁頼也はチチチと指を振ると、席に着いた。

 

「人間ってのは顔を隠すとなんでもできちゃう生き物なんだ。悪の組織が顔を隠しているのはフィクションでも現実でも同じことなんだよ」

 

 私はコーヒーを一口。柔らかな苦みが口内に広がる。

 

「ただ、父さんは仕草や言動が恥ずかしい。だからキャラクターって仮面でそれを覆うんだ」

 

 多分それで、なんでもできちゃう。目を伏せてコーヒーの香りを楽しむ仁頼也。

 なんでも?それは倒錯的な趣味の妻を満足させる内容ですらという事だろうか。

 

「なら、キャラクターをどうするかね」

 

 ここまで静観していた奈利が呟いた。そして奈良迦に意味深な笑みを送り、我が娘は天使のような笑顔の花を咲かせた。

 

「任せて!マッマやニラちゃんの好みに合うようなキャラクターを考えておくから!」

「うふふ、楽しみね」

 

 はて、パッパの意見は取り入れてはくれないのだろうか。

 仁頼也は満足したようで再びパンに口を付け始め、奈利と奈良迦はアレコレと耳を塞ぎたくなるような意見を交換している。

 私は再びコップに口を付けた。我が家というソドムで飲むコーヒーは苦い。

 

 

 

 

 業とは、逃れられぬから業と呼ばれるのだ。

 一度バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさんとして産声を上げたからには、次の回というものが付いてまわる。

 

 しかし当分こないだろうなと楽観していた予想に反してその日は今日。まさに昨日の今日を地で行くストロングなスタイルである。

 このキャラをしっかり身に着けておいて、と渡された台本には古風な喋り方が記載されていた。一人称はわし、二人称はおぬし、語尾に~だぞ、等々。他にもなにやら頭の痛くなることがつらつらと記されている。

 

「出来なかったらお家でもその口調でトレーニングだからね」

 

 私に安息の地は無いらしい。

 島袋モミコ、というアバターをモニター越しにじっと見る。歳は息子より5つは下、中の人が居ないためか無機質な表情。魂が抜けているといった表現が非常に良く似合うだろう。

 翻ってアーカイブ化された昨日の配信の島袋モミコ。彼女は情けない声をあげながらエッサホイサとスクワットを行っている。先ほどの彼女とは違い、親しみやすさを感じる。声が私のもので無ければ、という前提があるが…。

 

「モミコちゃんを生かすも殺すも、パッパ次第だよ」

 

 後ろから奈良迦の声が聞こえた。振り返ると満面の笑みが目に入る。

 

「ホントはこのモミコちゃん、私のアバターになるはずだったんだ。それをパッパに譲ってあげたんだから、しっかり魅力を引き出してあげてね!」

 

 なるほど。あれほど早くアバターができた背景にはそんな事情があったのか。

 では私などというおじさんがわざわざ女の真似をするよりも、若い女子である奈良迦が島袋モミコを演じればいいのではないのだろうか?きっとその方が魅力的になる。

 

「あ、それとこれは話が別だから…」

 

 何が別なのだろうか。私は訝しんだ。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「どーもー!みなさんこんばんわぁーーー!新人配信者の、バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだよぉーーーー!」

 

 新人配信者バーチャルロリおおかみ娘運動不足おじさん改め、新人配信者バーチャル()()ロリおおかみ娘運動不足おじさんの登場だ。

 コメントの方でもチラホラ気が付いた人がいるようで『わし?』『わしっ娘ちゃんになったの?』と色々突っ込まれ始めている。

 

「そう!今日からわしはわしっ子になるぞ!詳しくは娘に聞いてくれ!」

 

 『草』『娘に頼るな』『娘公認バ美肉おじさん』などとコメントがだーっと流れる。一部よく分からないスラングのようなものがあったが、それも後で奈良迦に聴こう…。

 

「わしは昨日のりんぐふいっと?で体が限界なので雑談配信とやらをしていくぞ!」

『おじさんに無理させてはいけない』『養生して…』『養命酒効くゾ』

「養命酒は既に頼り切っているぞ」

 

 『見た目元気っ子なのに養命酒キメてんのか…』などという失礼なコメントをスルーし、台本をめくる。勿論アバターの動きもそれに追従するのでカンペを見ているのは誰の目にも一目瞭然だ。

 ところで、私の記憶違いでなければ視聴者数が四倍ほどに増えている気がするのだが。一体これはどういう事なのだろう。

 

『あ、娘さんの友人でーす!イエーイパパさん見てる~?』『これが息子ちゃんのお父さんですか…』『婦人会から来ました』

 

 そんな疑問は最悪の形で解消された。まさかの妻子そろって私の配信に人を呼び込んでいたのだ。

 そうか…島袋モミコとは、妻子が生み出した悪夢。覚めることのない悪夢。…モミコとは…。

 

「ちょっとパッパ!呆けてると時間無くなっちゃうよ!」

 

 少し茫然としていたところを奈良迦に小突かれる。『おっ娘さんかな』『イエーイ娘ちゃん見てるー?』とコメントが流れ始める。

 ネット文化とは摩訶不思議アドベンチャーであると認識を改め、台本の視線を落とす。そしてそこに書かれている内容を()()()()()しまい、私の身体は固まった。

 最初に渡された台本と内容が異なっている。おそらくどこかのタイミングですり替えられたのだろう。思わず娘の方を見ると、とても良い笑顔でニマニマ笑っていた。

 その内容は、変哲の無いもの。しかしこの妻子と同類のリスナーたちに限っては、そうはならない。

 私が口走ってしまった内容とは、

 

『ん?』『まずいですよ!』『ん?』『ん?』『ん?今なんでもリクエストしてって』

 

 私に言ってみてほしい台詞のリクエストである。制限はなし。なんでも言います。

 

 そう、なんでも。

 

『じゃあ、まず… わしで興奮するとか変態じゃないのか! って言ってみよっか…。あ!多少台詞ぶれても大丈夫ですよ!』

 

 私はこのコメントですべてを理解した。地獄の宴の始まりである。

 一つ知れた点があるとするならば。人間の欲望の間口とはずいぶんと広く、そして度し難いものなのだという事だった。

 

 




「わ…わしで興奮するとか、おぬしら変態だろ…」

「これ、“良い”わね。かなりゾクゾクするわ」
「でしょ?マッマが“解ってる”人で良かった!」
「このまだまだぎこちない感じが本当にドン引きしてるみたいで芸術点高いね…お父さんのファンになります」
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