バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさん   作:アサルトゲーマー

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おじさんと千石一家で学ぶ語彙


3 たまの袋と欲望の嵐

 配信終了後。

 怒涛のごとくコメントされる頭のおかしい台詞の洪水に魂まで流された私は、腑抜けたようにその場に佇んでいた。

 

「あなた、お疲れ様です」

 

 奈利の声に反応しゆっくりと顔を向ける。

 はて、我が妻がこのように表情を崩すことがあっただろうか。

 

「天典さん。一つお願いがあります」

 

 嫌な予感がする。しかし返事をしない訳にはいかないだろう。

 なんだろうか、と努めて平静を装い問いかける。

 

「先ほどの配信のように、私を変態となじってください」

 

 その顔は希望と期待と、そして隠しきれぬ倒錯で染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして熱い夜は過ぎていったのよ」

 

「へぇ~参考になるなぁ」

「お父さんって夜だとそんななんだね」

 

 

 翌日。昨晩辱められた記憶を早くも掘り返し始めた奈利を横目に朝食を戴く。

 一体その話の何が参考になるのかサッパリ分からない。まさか恋人ができたら女装させて倒錯的なアレコレをするわけじゃ…。

 娘の未来に一抹の不安を覚えながらパンをかじる。

 

「……ふぅん」

 

 仁頼也が私の動きをじっと観察する。そして何かを理解したかのように二度頷くと、再び奈利の会話に戻った。

 

「お父さんに演技指導はもう必要ないね。それとへにゃへにゃボイスが売りなところあるからあまりボイトレし過ぎってのも…」

「そうよねぇ。あの声だからヒィヒィ言わせがいがあるというか…あら、ごめんなさい」

 

 奈利が私に頭を下げる。清楚でできた妻の奈利はどこに行ってしまったのだろう?そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

「ファンアートが投稿されてたよ!!」

 

 それは穏やかな日常を取り戻そうと、仁頼也の長く艶やかな黒髪を梳いている時のことだった。

 奈良迦は部屋に入ってくるなりスマホを突きつけてくる。そこにはネズミ用の滑車の中で、リングコンを持ちながら涙目でひぃひぃ走っている島袋モミコの絵があった。

 出口のない袋小路で涙を流しながら走り続ける悲しいマラソン。まさに私の現状をそのまま表したような出来である。

 

「おー!とうとうお父さんにもファンアートができたんだね!どこで見つけたの?」

「さっきツーイッタでサーチしてたら見つけちゃったんだ!」

「なるほどね!…あ、そうだ!ハッシュタグ作ったらもっと見つけるの楽にならない?」

「うーん、一理ある!島袋モミコだから…」

「たま袋!」

 

 仁頼也の言葉に噴き出した。ハッシュとやらは知らないが、いくら何でもその名前は酷いだろう。

 

「たま袋は無いでしょ~」

「あー、やっぱり?」

 

 奈良迦の指摘にえへへとわらう仁頼也。しかし何か引っかかったのか考えこみ始める。

 

「たま袋…?たま…ぶくろ…もみもみ?」

「えっ?」

「もみもみ…もみこ…?いや、もみこもみもみ!」

「もみこもみもみ!?」

「そう!もみこもみもみ!」

「もみこもみもみ!」

 

 なんだそれは。

 壊れたレコードのようにもみこもみもみを連呼する二人。それにしても言いにくくは無いのだろうか…。

 絵のタグなのだからモミ絵くらいでいいのでは?私は我が子らの事がさっぱり分からなくなった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「どーもー!おはよーございまーーーーす!新人配信者の、バーチャルわしロリおおかみ娘運動不足おじさんだぞーーーー!」

『おはよー!』『おはー!』『はむはー!』『脱筋肉痛おじさんオッスオッス!』

 

 あの変態台詞配信事件から数日後の日曜日。筋肉痛が完全に抜けた私は再びリングコンを握り、配信を始めていた。

 奈良迦によってこまごまとした修正がなされた挨拶を言い放った後は、運動を始める前にアナウンスをする。

 

「いつもわしの配信に来てくれてありがとな!今回はわし当てのファンアートを紹介しちゃうぞ!」

 

 はいドーン!という私の掛け声に合わせて奈良迦がパソコンを操作し、この間の悲しいマラソン絵を配信画面に表示させる。

 奈良迦と仁頼也曰く先方に許可は取ったらしい。むしろ使ってくれと言われたとかなので著作権も安心だ。

 

『はい可愛い』『泣き顔が似合いすぎてる』『なんで滑車?』

 

 コメントが増え、高速で画面を流れていく。滑車なのは、多分私が進退窮まっていることの暗喩ではなかろうか。

 ファンアート作者驚きの慧眼に舌を巻きつつ「なんでだろねー」と流す。

 そして娘たちに事前に伝えられていたハッシュタグの告知だ。

 

「なんか娘たちの話によるとファンアートのハッシュタグとやらを作るらしいぞ。その名も【もみこもみもみ】」

『もみこもみもみ?』『もみこもいこい』『打ちにくい』『言いにくい』『なんでもみもみ?』

「息子は島袋から着想を得たと言っていたな」

 

 『島袋…?あっ…』というコメントを皮切りにややお下品なコメントが流れ始める。やはり(おのこ)たるもの一度は袋をもみもみするものなのだろう。女子(おなご)も…いや、この話題は止そう。奈利の個人的趣向が世のマジョリティとは考えたくはない。

 ここらで話を切り上げ運動を始める。リングフィットはそのポップな見た目からは信じられないほど鬼畜な運動を求めてくるやり手のゲームだ。気を強く持たなければ。

 前回の続きからでジョギングからスタート。足音を立てて足踏みを開始する。

 

『足音がおっさん』

 

 世の中にはいろんなスキルを持つ人が居ることが分かる一幕だ。おそらく足音ソムリエとやらがインターネットという伏魔殿の片隅に屯しているのだろう。

 モニターを確認すると三角の耳を揺らしながらドタバタするモミコが見える。うーむ、動きからはまるで若さが見えない。足音でおっさんと看破されるのも致し方ないのだろうか?いや、やはりおかしい。

 いやしかし、息が切れる。運動不足は前々から感じていたが一分もしないうちにこの様とは…。

 

『えっち』

 

 ちらりとモニターを確認した瞬間、そんなコメントが横切った。えっち?私が?

 

『吐息がなんかアレだな』『変な気分になってきた』『使える』

 

 ???????????

 リスナーたちは何を言っているのだろうか。ははぁ、さてはスケベな配信と一緒に見ていてコメントする場所を間違えたな?

 

「わしがえっちとか何かの間違いだぞ」

 

 その言葉は、もしかしたら自分に言い聞かせようとしただけだったのかもしれない。

 配信とコメントのタイムラグが嫌に長く感じる。運動のためか、それとも冷や汗か。一筋の汗が私の頬を濡らす。

 死後の判決を待つ死者の魂の気持ちとはまさにこれなのかもしれない。

 

『いやモミコちゃんの吐息がえっちなんですよ』『若い子の身体におっさんの心…ええやん』『これが一部小説サイトで覇権を獲ったTSの真価ですか』

 

 答えは半ば分かり切っていた、度し難いもの。彼の者らの心と業を覗いてしまえば、さしもの閻魔大王も浄玻璃(じょうはり)の鏡を叩き割るに違いない。

 私は助けを求めるように奈良迦の方を向いた。

 

「え?前回のリングフィット回でも似たようなコメントばっかりだったけど…」

 

 なんと前回の私は疲弊しすぎていて気が付いていないだけだったという。

 これぞ正しく知らぬが仏。先人の知恵はいつだって知啓を与えてくれるが、しかし必ずしも我々を守ってくれるわけではないらしい。

 

『ほらもっと喘いで!』『ナイスセンシティブ!』『あかんこのままやと性癖が歪むゥ!』

 私たちが航海している人生という大洋では理性は羅針盤となり欲望は嵐となる。それは誰の言葉だったか。

 私は欲望の嵐の中、スクワットをしながらその言葉を深く噛み締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




●もみこもみもみ
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