「貴様、何を言っている!?」
「おや、聞こえませんでしたか?貴方方のこの基地を私にお譲り頂きたい。そう申し上げているのです」
ボンドルドは悪びれる様子もなく、また高圧的に要求するでもなく、当然の申し出をするように言った。提督はボンドルドが言っていることが果たして本気なのか、わかりかねている様子だ。それも無理はない。突然現れた謎の男に、基地を明け渡せと言われて素直に渡す司令官がいるだろうか?
「渡せと言われて、はいそうですかとなるわけないだろうが!一体何の権限があってほざいている!?」
提督は再びひどい権幕でまくしたてる。言っていること自体は、彼のほうが正しいと思うのだが。
「権限はありません。しかし、この基地は私が使ったほうが有用だと思ったのです。貴方が指揮官では、近くこの基地は陥落してしまいます」
その言葉で怒りが極限に至った提督は、執務机の中にしまわれていた拳銃を取り出し、乱雑に狙いをつけるや、ボンドルドに二発、続けて発砲した。しかし、ボンドルドの纏う戦闘服『暁に至る天蓋』の装甲は、拳銃弾を易々とはじき、跳弾した弾は天井に着弾した。発砲音に驚いた山風は頭を抱えてボンドルドの後ろでしゃがみこんでいる。大淀も、この事態にどう行動していいかわからず、立ちすくんでいた。
「大淀ッ!この男を殺せッ!」
提督は叫ぶが、大淀は動けない。そもそも、艤装も身に着けていない生身の艦娘に、拳銃が効かない相手を殺せというのは無茶ぶりだ。おろおろとする大淀を横目に、更にボンドルドに発砲しようとする提督。だが先に動いたのはボンドルドだった。すっと向けた腕の手首から針を撃ちだし、提督に刺さる。ボンドルドの持つアビスの遺物、『
「安心してください。少々内臓がひっくり返っただけです。苦しいでしょうが、死にはしません」
ボンドルドも片膝をついて崩れ落ちた提督に語り掛ける。
「貴方を幽閉させていただきますが、我慢してくださいね。どうです?異論はありますか?」
ボンドルドは大淀を見て聞いた。本来なら上官を守るのが部下の務めだ。しかし、大淀は最早、この提督に従うことにほとほと疲れ果ててしまっていた。ボンドルドの質問に、大淀は何も答えず、ただ吐しゃ物をまき散らす提督を哀れな目で見ていた。
「決まりですね。彼の役目は私が引き継ぎます。共に深海棲艦と戦いましょう、大淀」
提督を泊地のとある場所に幽閉したボンドルドと大淀は、工廠に向かって移動していた。工廠艦である明石の存在を聞いたボンドルドが面会を希望したためである。
「あの、すみません。なんとお呼びしたらよかったか」
「ボンドルド、または黎明卿。お好きなように呼んでいただいて構いません」
「では、ボンドルド卿。指揮官が変わったことについて、他の艦娘にも周知しなくてはならないのですが・・・」
大淀が思うに、提督が行方不明になったことについて騒ぎ立てる艦娘はいないだろう。この泊地にいる艦娘なら大なり小なり、提督にハラスメントを受けている。少なくとも、慕う者は一人もいないだろう。だからといって、代わりに現れた者が素性のわからない謎の男――それが事実であるから尚更――が新たな指揮官となるといわれても、困惑してしまうだろう。
「確か彼が『憲兵』と言っていましたね。察するに、軍紀を取り締まる役職だと思いますが」
ボンドルドのいう通り、憲兵は不正などを起こした提督を取り締まるために本土から派遣される職である。この鎮守府には、辺境がゆえに監視が行き届いていなかったのか、提督の横暴が蔓延していたにも関わらず、派遣されていなかったのだが。
「私は憲兵としてやってきたということにしましょう。無用な諍いは起こしたくありませんから」
「わかりました。皆にそのように周知します」
ボンドルドに従う大淀だが、当然ながら彼女もボンドルドの正体は一切知らない。少なくとも提督をのさばらせて無用に艦娘たちを沈め続けるよりは、急に現れたこの男に上を任せたほうが幾分もマシであると思ったのである。
「・・・着きました。あちらに見える建物に明石がいます」
そこは、明石の工廠だ。 辺りは常に妖精さん達が行き来する混雑地帯で、静まり返っていたこの泊地で唯一賑やかといえる場所だった。
工廠の中に入り、資材や機械の間を縫って進んでいくと、幾つも固めておかれた大破状態の艤装に埋もれるように明石がいた。
「あら?大淀・・・と、どちら様?」
艤装を修理していた明石が二人に気づく。大淀の隣に見慣れない男を見つけ、怪訝な表情を浮かべている。
「明石、こちらは憲兵のボンドルド卿です。提督に代わって、本日から当鎮守府の指揮を執ります」
「憲兵ぃ~?」
明石がボンドルドをじろじろと眺める。少し苦しい嘘だったか、と大淀が身構える。
「ふ~ん、憲兵さんって変な格好してるんですね~。ま!あのクソ提督をとっ捕まえてくれたんならなんでもいいです!明石です、どうぞよろしく!」
明石はにっと笑い、ボンドルドに右手を差し出した。ボンドルドも右手を差し出して握手をする。
「君が明石ですね。艦娘であり、技師であり、研究者であると聞いています。同じ研究者として、貴女にはたくさんのことをご教授願いたい。どうぞよろしくお願いします」