「魅魔様が言う''
唐突な弟子の言葉に、魅魔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「あー…魔理沙君、いきなり何を言い出すんだい?」
「この世界の外には''喧騒郷''が広がっている、魅魔様そう言ってただろ」
魅魔も、まさかあの発言が魔理沙の耳に焼き付いていたとは思わなかった。
それも一番弟子であると同時に、一番聞き分けがなく、未だに敬語も使えない魔理沙の耳に!
「…確かに私はそう言ったがね。」
魅魔は''喧騒郷''という世界にいい思い出がなかった。それゆえに魅魔は今、喧騒郷から離れた別空間に住んでいる。気に入った人間の子たちを喧騒郷から連れ出し、わざわざ自らの魔力で造り出したこの大結界内に連れ込んで、修行という名目でかわいがっているのだ。
「確かに喧騒郷はあるし、行くのもたやすい。しかしだね、まだ修業が…」
「修行が残っていると言うんだろ?私はそうは思わないぜ。この小さな世界の全てを私は知ってる。どの小屋に誰が住んでいて、どういう修行をしていて、どこに魅魔様がおやつを忍ばせているか。」
最近のおやつのつまみ食いの犯人はこいつか、と魅魔は思ったが、今はそんな事は問題ではない。
「私はこの箱庭にこれ以上閉じこもりたくない。外の世界を見てみたい、それだけだ!」
物心ついてから何年もの間、この狭い結界内に逼塞していたのである。少女の好奇心が結界の外へ向くのも当然だろう。これが普通の弟子の言葉だったならば魅魔も笑ってごまかしたが、相手は魔理沙なのでそうもいかない。
「…はぁ。」
一度食らいついてきた魔理沙を理屈で抑え込むのは不可能である。魅魔は諦めのため息を漏らした。
「分かった。望み通り喧騒郷に行かせてやる。」
魅魔は手に持つ銀色の杖を天に掲げ、早口で魔法を詠唱し、不可思議な印を切った。杖の先端部が光り輝き、結界の天井にぽっかり穴が開く。
「ひとつ忠告しておく。喧騒郷は、私が見放した故地だ。そこにお前は一人で行く。これがどういう意味だか分かるかい?」
「楽しいピクニックにはならない…ってことか。まー大丈夫、私は魅魔様の修行を完璧にこなしてきたからな」
ここにきても魔理沙は単細胞なためか、全く不安の色を見せない。魅魔はかえって感心してしまった。よく考えれば、魔理沙も元は喧騒郷にいた孤児。それを魅魔が拾ってこの結界内へ移動させていたのだから、魔理沙は喧騒郷に行くことで、本来いるべき世界に戻ることになる。
「もうここへ帰ってくることはあるまい。餞別にこれを渡そう。『ミニ八卦炉』と『魔法のホウキ』だ」
魔理沙は受け取ったミニ八卦炉を、いつの間に用意したのやら分からない、肩に担いだ大きな荷袋にしまった。
「今まで世話してくれてありがとな!魅魔様も達者で暮らしてくれ!ほんじゃ!」
魔理沙は貰ったホウキに跨って飛び上がると、大きな帽子を軽く持ち上げ会釈をし、そのまま穴の中へ消えていった。
「…ふぅ、厄介払いができて清々したな。これからは奴に気兼ねなく修行を行えるぞ。ハハハ…ハハ…」
魅魔は、自分にできる精一杯の笑顔を作りながら、小さく肩を震わせた。目元はちょっと、にじんでいた。
幻想郷から何かが欠けた場所、それが喧騒郷。