凪夢は屋上までの道を駆け上がった。少しでも早く辿り着きたかった。もし、この瞬間を逃せば一生後悔する、そんな気がしたからだ。
屋上に上がるための扉は開いていた。此処まで辿り着いたとき、歌声もう聞こえてこなかった。ただ、少なくとも歌声が聞こえていた間に誰かとすれ違うことなかった。きっと、この先に誰かいる、確信とも言うべき想いを胸に秘め、凪夢は屋上へと続く階段を上がった。
階段を上がりきった先に見えたのは、校舎を取り囲む森の木々、その向こうに広がる駿河湾だ。いつの間に日が落ちてきたのだろう、夕日が視界を焼き、その眩しさに思わずまぶたの上に手をかざした。
凪夢の視界の先に、一人の少女がいた。腰まで長く延びた青みがかった髪、つり目がちなその目は今は何処か達観したような、つまらなそうな表情を如実に表すことになってしまっている。少女も凪夢の存在に気付いたのか、視線を向けると瞳を大きくし、驚いたような表情に変わった。
「……ハァ、ハァ、さっ、さっきの……」
走ってきたからか、凪夢は呼吸を落ち着かせながら目の前の少女に話しかける。
「さっき、ああ、聞こえてたのね。耳、良いのね貴女」
そんな大きな声は出してなかったんだけど、と聞かせるつもりもないのだろう、一人言をぽつりと呟いた。
「……好き、なの?Aqours」
「……貴女もあの輝きに魅せられたの?」
見知らぬ少女からの問い掛けに、凪夢は茫然としながらも首を縦に振る。
「そう、私もよ。好きじゃなければ、きっと此処に来ようと思わなかったわ。ーーでも、考えてしまうの。光に手を伸ばして、伸ばし続けた結果、夢は夢のまま、消えた彼女たちの行動に意味はあったのかしら」
目の前の少女は凪夢から視線を外し、真後ろに広がる広大な海を見ていた。何処か寂しげな、不安そうな顔を浮かべているように、凪夢には見えた。
だからだろうか、少女の独白に、凪夢は微笑みながら答えた。
「……意味はなかったのかもしれない、本当に願っていた望みは叶えられなかったかもしれない。でも、彼女たちはあの一瞬、世界で一番輝いていたのは間違いないよ。そして、それに魅せられた人はきっとたくさんいるよ。私は、彼女たちのようになりたい。貴女は違うの?」
凪夢の言葉に見知らぬ少女は外していた視線をもとに戻し、目を瞬かせる。そして、肩を震わせていたかと思うと声をあげて笑いだした。その変化に今度は凪夢のほうが目を丸くしてしまう。
少女は一頻り笑うと、呼吸をあらげつつ目をぬぐいながら微笑みつつ凪夢のほうを見た。その表情に思わず凪夢もドキッとしてしまう。
「そうね、私もそう思うわ。ーーねぇ、貴女、名前はなんていうの?」
「凪夢、御崎凪夢。貴女は?」
「飯盛白音よ。ねぇ、私達、友達にならない?こうして出会えたのは、きっと奇跡だと思うから。だって、Aqoursは奇跡を起こしたグループで、私たちはその奇跡を起こしたこの地で偶然出会ったの。これって凄い出会いだと思わない?」
嬉しそうに、無邪気そうに白音は笑う。その顔に、楽しげな白音に今度は凪夢の方が戸惑ってしまう。
(ーーお前みたいなやつ、◯◯なわけないじゃない?)
「ーーーー!?」
瞬間、凪夢の頭に過る、消せない記憶。それを思い出した瞬間、凪夢の顔は血の気が引いたように青くなり、周囲の気温がガクっと下がったような気までしてくるようであった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?急に顔色が悪くーー」
「ーー近付かないでッッ!!」
心配そうに凪夢に近付こうとする白音に、凪夢は大声で拒絶の言葉を発した。その様子を白音は視線を逸らすことなく観察する。
「ーー貴女も、色々あるみたいね。でも、だからこそ、私たちはきっと仲良くなれると思うの」
そう言いながら一歩ずつ、白音は凪夢に近付いて行く。そして、震えている凪夢の頬に右手を添えた。その手を凪夢は恐る恐る覗き見た。
ーー大怪我をしたのだろう、古傷の残るその手はあまりに痛々しく、凪夢はその傷痕を通して白音から凪夢のことを労るような気持ちを感じた。
気付くと、凪夢から先ほどまで感じていた恐れや不安といった気持ちはなくなっていた。
「貴女は、私と似ているわ。だから、私と友達にならない?」
「うん、分かった。飯盛さん」
「白音で良いわ。私も凪夢って呼ぶから」
そういって、凪夢と白音はしばらく黙ってお互いを見ていたが、するとどちらかというわけもなく、二人して大声で笑いだした。
「ねぇ、凪夢はどこに住んでるの?」
「東京だよ」
「わ、都会ね」
「といっても、奥多摩だから東京とはいえ田舎だよ」
「そうなの?田舎者からしたら東京はどこでも都会のように思うけど」
「それ、スッゴイ偏見だよ」
凪夢と白音は最初の緊張感が嘘のように喋りだした。くだらないことで笑い、驚き、また笑う。もう何年も続いた友人かのように。
しかし、時間は残酷だ。凪夢のスマホから着信音が鳴る。相手を確認すると、よしみからだと分かった。
「お別れね」
「そうだね、あっという間だったね」
名残惜しい気持ちがあるのだろう。二人してもうこの場から離れなければいけないということは分かっているのに、心がそれを拒絶しているようであった。
「また、会えるかな?」
「さあ、どうかしらね?」
「そこは、嘘でもまた会いましょうとかじゃない?」
「私、嘘は付けないのよ」
「それが嘘だってことは、付き合いが浅い今でも分かるわ」
プッ、とまた二人して笑い出した。そして、先にこの場を去ろうとしたのは白音の方だった。
「先に行くわ」
「うん、また、いつか、何処かで」
白音は凪夢に背を向けて歩き出す。その背に声を掛けるかどうか、凪夢は戸惑ってしまう。臆病な自分が首をもたげてきて、雁字搦めになってしまうように感じる。
「凪夢、ラブライブ、そこが次に会う場所よ」
「え?」
「奇跡の出会いなら、また再開の場所も奇跡を起こす場が良いと思わない?」
振り返り、いたずらっ子のように笑いながら、白音は凪夢を見る。その問いの内容を凪夢は当初は茫然としていたが、内容を理解した瞬間、しかめっ面で白音を見た。
「白音さ、スッゴイ恥ずかしいやつなのね」
「あら?そこは素直に同意するところじゃない?」
「おあいにく様、そこまで楽観視できる性格じゃないの」
はぁ、と凪夢はため息をついた。その様子に思ったような反応がなくて戸惑う白音に、凪夢はニコリと笑った。
「でも、輝きに手を伸ばした先にラブライブがあるなら、そこに白音もいるなら、いつか何処かで出会えるってのは私にも分かるよ」
「……………なによ、貴女も大概恥ずかしいじゃない?」
「誰かさんのが移ったのかな?」
背を向けて白音は今度こそ屋上から立ち去った。凪夢は結局連絡先を交換しなかった。この出会いが本当に白音の言う奇跡なら、またいつか何処かで会えると思ったからだ。それがラブライブという舞台だとしたら、それはきっと素敵だろうなと、凪夢は思った。
夕日は遠く地平線の彼方に消えようとしていた。それに背を向けるように凪夢も屋上から立ち去った。
というわけで、1話という名のプロローグでした。次からは時間と場所を変えて本編に入っていきます。
ちなみにですが、タイトルから察しがつく人も居るかと思いますが、各タイトルはAquarsのタイトル曲から引用させてもらってます。
『次回予告』
ラブライブでの再会を約束した凪夢はしかし、高校2年生になってもスクールアイドルとしての活動ができずにいた。そして、運命の出会いから3年がたった春、凪夢のクラスに転校生がやってくる。そこにいたのは、ラブライブでの再会を約束した白音だった。「私と、スクールアイドルを始めませんか?」
「第2話 曇天jumping Heart」