――奇跡を生んだ場所で、運命的な出会いをして、そして再開の約束もした。けれど、私はあれから何もできずにいる。
「お、凪夢っち~今年も同じクラスじゃん!また1年間よろしくね」
そういって少女、柊光莉は親友の御崎凪夢に話しかけた。健康的な日焼け跡、スポーツが得意なのだろう、細身の体にはしっかりと鍛えられた筋肉がうっすらと浮かんでいる。運動の邪魔なのだろう、短く適当に切られた髪型でありながらその愛嬌のある表情から一年生の頃から人気者の少女だ。
「同じクラスも何も、2年生はクラス替えがないよ、光莉」
「え、そうなの? 春休み中にドキドキしてた私の気持ちは?」
「ぬか喜びの上に貴重な青春の時間を無駄にしちゃったね、ドンマイ」
「知ってたなら言ってよ、凪夢っち~」
頬を膨らませながら光莉はぽかぽかと凪夢をたたく。凪夢は「イタイ、イタイって光莉」と笑いながら答えた。
「そういえば、凪夢は春休みの宿題はやってきている?」
「ねえ、言っておくけど宿題は貸さないからね?」
「ハハハ、凪夢ってば冗談がうまい、って置いてかないでよ!」
笑ってごまかそうとする光莉をスルーしながら、凪夢は思う。
――あれは確かに奇跡的で、運命の出会いだったのかもしれない。でも、私は今もあの頃から何も変われないでいる。
校舎に向かいながら、どうか今の自分を見ないで欲しいと凪夢は思うのだった。
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「よし、みんな大して変わり映えのない感じで先生も安心したぞ。これでちゃんと宿題までやってあればいいんだが」
担任教師、上村が教壇の上から生徒たちをじっと見る。それにさっと目をそらす光莉を凪夢はあきれたような目で見た。
「まあ柊についてはあとで説教するとして「ちょ、先生横暴!」うるせえぞ、柊! 今日はお前たちに新しい友人を紹介するぞ」
そういうと、上村は引き戸の扉に目を向ける。タイミングを合わせるように扉が開くと一人の少女が教室に入ってくる。青みがかかった腰まで届く髪、勝気に吊り上がった目、そして、チラリと制服の端から見えるケガの痕。自信ありげにスタスタと教壇に向かって歩くその姿に、忘れられない印象的なその姿に凪夢は思わず息を呑んだ。
「というわけで、今日からこのクラスの一員となる飯盛白音だ。みんな仲良くするように。白音、自己紹介してくれ」
「はい、先日に静岡からこちらに引っ越してきました。飯盛白音といいます。自己紹介の前に先に言っておくことがあります」
そういうと、白音は目をつむったかと思うとその身に気合を入れてこう宣言した。
「私は、この学校のスクールアイドルになります! そして、ラブライブに出場してみせます! 一緒にスクールアイドルをやりましょう!」
白音のその顔は自信に溢れ、どこまでもまっすぐで、真摯な胸の内の言葉を伝えてくる白音を凪夢は直視することができず、気が付いた時には視線を下へと向けていた。ワーワーと騒ぐクラスメイトの声を尻目に、凪夢の気持ちはどこまでも沈んでいくかのようであった。
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「飯盛さんは静岡のどこから来たの?」
「沼津ですよ」
「転勤はどうして?」
「親の都合で一緒についてきただけです」
「好きな食べ物は何?」
「おでん、特に黒はんぺんが大好きです」
「今彼氏はいるの?」
「ご想像にお任せしますね」
怒涛のように繰り出される質問攻めに対し、白音は微笑みを浮かべながら見事ともいえるほどに捌いていく。ここまで行くと下手な芸能人よりすごいんじゃないかなと、光莉は他人事のようにその光景を見る。
「んで、どしたの凪夢っち? 漁船に打ち上げられたブリみたいな目をしてるぞ」
「……どういう感じなのかはわからないけど、ばかにされているのだけは分かるわ」
「お、正解じゃん。さすが親友」
「それはどうも、はぁ」
そういって凪夢は顔を伏せたまま白音のほうをチラリと覗き見る。やってくる野次馬を華麗にさばく姿に、しかし何故だろうか、凪夢は違和感を覚えてしまう。
ーーあの時に見た白音は、どこか退屈そうに見ていたはず。今はすごい楽しそう。何でかな
「そういえば、白音さんは何でスクールアイドルを目指しているの? 沼津出身だし、やっぱりAquarの影響から?」
そんな時だった。ぼんやりと白音を見ていた凪夢の耳に内心一番聞いてほしくない質問が問いかけられたときは。
「―――約束です。私はその約束を叶えるために、ラブライブを目指すと決めているのです」
胸に手を当て、大事な、本当に大切な宝物がそこにあるかのように、白音は優し気に微笑みながらそう答えた。
「――――ッ‼‼‼‼」
ガタン‼ 教室に響き渡ったのは勢い良く立ち上がったためだろう、凪夢の座っていた椅子が地面を叩いた音だった。教室中の視線が凪夢に集まる。そして、もちろんその中には凪夢がいま最も向けてほしくない相手、白音のものもあった。
「―――凪夢、さん?」
信じられないものを見たかのように、目を見開きこちらを見る白音から逃げるように、凪夢は教室を飛び出した。後ろから光莉の呼び止める声が聞こえた気がしたが、凪夢は一刻も早くあの場所から逃げ出すことしか頭になかった。
―――――本当に、私は、私が大嫌いだ。