美々湖の指導は多岐に渡った。練習の当初は美々湖がダンス部という話から踊りの指導のみかと思った三人だったが、体力面での基礎練習からボイストレーニングまで彼女は練習メニューを作って指導に取り入れた。
なぜそんな事まで出来るのか疑問に思った三人が美々湖に聞いてみると、
「ほら、私ってお助けキャラみたいなものだし?」
といって彼女は笑いながら三人の疑問をはぐらかした。疑問には思うものの、それよりも目先の開港祭に少しでも間に合わせることが大事だった三人は黙って美々湖の指導に従うことにした。
そうして日々、放課後を中心に練習を続けていき1週間ほどが経った頃だろうか、ふと思い出しかのように美々湖が三人に尋ねてきた。
「そういえばだけど、開港祭ではどんな歌を歌うのさ?」
「「「……」」」
三人は美々湖からの問いかけに対して一斉に目を逸らした。それを目にして呆けたような顔を美々湖は浮かべるが、次の瞬間にはくすくすと小さく声を漏らしながら笑いだした。
「まさかとは思ったけど、本当に考え無しで紅葉に喧嘩打ったんだね」
「私は反対だったんですけど、二人が聞かなくて……あれ? 梶浦先輩は紅葉先輩のことを知っているんですか?」
凪夢は親し気に紅葉のことを呼ぶ美々湖の様子に疑問を感じ聞いてみると、美々湖は寂しさを滲ませつつ、「よく知っているよ」と答えた。
「なんせ、私は元スクールアイドル部だからね」
凪夢は美々湖のその言葉に懐かしさと、そして色濃く残る後悔を感じた。そして、その理由について詳しく聞こうとするのを遮るように、美々湖は三人に対して告げる。
「私の事はひとまず置いておいて、曲をどうするかを決めない事にはこれからの練習にも困るわね。何か考えはないの?」
「曲でしたら、私が何とか出来ると思いますよ」
胸に手を当て自信ありげに美々湖の問いに答えたのは白音だ。そんな白音を胡散臭いものを見る目で光莉は見る。
「何よその目は。疑っているの?」
「だって、ねぇ? 口から生まれたのが白音っちじゃん」
「貴女が私をどう思っているのか知らないけど、作曲については信用してもらって良いわよ」
「ほんと、その自信がどこから出てくるのか私は疑問しか感じないよ」
「まあまあ、そういうことなら作曲は白音ちゃんに任せるとして、作詞はどうしようかしら……」
美々湖はそういって残る二人の顔を順に見た。その言葉に「私は無理無理!」と即座に否定する光莉。どこか他人事のように話を聞いていた凪夢だが、いつの間にか美々湖だけでなく、白音と光莉も自分のことを見ているのに気付く。
「へ、わ、私?」
どこか上ずったような声を上げる凪夢に対し、「いいじゃん、凪夢やってみなよ!」と光莉がまるでそうなるのが当たり前のような風に声をかける。
「凪夢っち、昔からよく音楽も聴いていたし、本もたくさん読んでたじゃん!絶対良い歌作れるよ!」
「む、無理だよ! 私にできるわけないじゃん!」
「大丈夫! 親友の私が保証する! ……まあ根拠はないけど」
「光莉ちゃん、せめて最後は聞こえないように言ってよ!」
「あのね、凪夢。ちょっといいかしら」
言い合う凪夢と光莉に割って入るように白音が声をかけてくる。その言葉に慌てて凪夢が視線を向けると、白音が真剣な顔をして凪夢を見ていた。思わず気圧された凪夢に対し、白音は何かを確かめるように尋ねた。
「凪夢は、スクールアイドルになって何をしたいと思ったの?」
「そ、それは……」
「もし、貴女にそうしようと思った強い思いや理由があったのなら、きっとその思いを言葉にするだけでいいのだと、私は思うの」
「……」
「いいじゃない、下手でも。私は、その凪夢の想いに曲を載せるだけよ。だから、私たちのワガママから始まったことかもしれないけど、凪夢の詩を見せてほしいな」
「で、でも……きっと、みんなガッカリするよ」
それでも、そう背中を押す言葉に、凪夢は足を踏み出すことを躊躇ってしまう。どうせ私なんかができるはずない、そう否定する気持ちがまるでまとわりつく泥のように凪夢の足を縫い留める。
やっぱり断ろうと口を開こうとした瞬間。
「私は、絶対しない。凪夢っちの想い、絶対にバカにしたりするもんか」
光莉が力強く言い切り、うつむきかけていた凪夢はその言葉に顔を上げて光莉の顔を向く。そこに映る光莉の瞳には溢れる寸前なのか、涙がたまっているように見えた。
「凪夢っち、私は絶対に笑わない。世界中の誰もが凪夢っちのことを馬鹿にしても私だけは絶対にしない」
「光莉……」
「凪夢っちなら、絶対に大丈夫! だって、親友のアタシが保証するんだから!」
「随分と根拠の薄い理由だこと」
「……そこ、外野は黙ってなさいよ」
「あら、私も当事者よ、勝手に盛り上がってたのはそっちでしょう?」
目を離すと言い合いを始める二人をみて、凪夢は顔をうつむかせていたが、プルプルと身体を震わせていたかと思うと、大きな声で笑い出した。その様子を驚いた様子で見ていた二人だが、顔を見つめ合わせたかと思うと揃って笑い出した。そして、凪夢は笑うのをやめると大きく深呼吸をし、迷いのない目で二人を見つめた。
「……やるよ、私。書いてみる。うまく、できないかもだけど」
「楽しみにしてるわ」
「ガンバレ凪夢っち!」
そんな三人の様子をずっと黙ってみていた美々湖は、どこか懐かしいものを見る目で優しくその様子を見守り続けていた。
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「とはいったものの、そう簡単に歌詞が出てきたら苦労しないよね……」
あの後、練習を終了し帰宅した凪夢は自室の机に向かいながら頭を抱えていた。いざ書いてみようと意気込んでは見たものの、出てくるのは何の心に響かない文字の羅列だ。一文を書いてみては破り捨てたのはもう2桁を数え始めたあたりで、凪夢は自身の才能のなさに愕然としていた。そして、改めて思うのだ。全国のスクールアイドルたちの凄さ、そして優勝を成し遂げた憧れのAquarsの存在の大きさを。
大会一つ出るのだけでも何曲もの歌を作り、それに振付をし、息の合ったパフォーマンスを成し遂げる。輝かしいだけでない、そんなどこまでも過酷な現実の壁に、凪夢は改めて自分が挑もうしている壁の大きさを今更ながらに実感し、そして、立ち止まりそうになる。
逃げ出したくなる現実から目をそらしながら、凪夢は真っ白なノートを見る。まだ、何も形になっていない、白紙のノートだ。
「わたしが、スクールアイドルになりたい理由、か……」
白音に言われた、私がなぜ、スクールアイドルになりたいと思ったのか。凪夢は目を閉じて思い出す。そう思うようになった理由はなぜだっただろうかと。
目を閉じて、じっと凪夢は考え続ける。孤独になったあの日、たまたま見た動画に映っていた憧れになった存在、調べていくうちに、どんどん知りたくなって、想いはどんどん強くなって、気が付いたら浦の星女学院まで足を運んだあの時、何を考えて、何を思っていたか。
気が付いたら凪夢はペンを手に取り、一心不乱に詩を書き始めた。その目にはもう迷いはなく、その日、凪夢の部屋の電気が消えたのは明け方まで2時間もない時間だった。
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登校してみるといつもは先に来ているはずの凪夢の姿がないことに光莉は疑問に思った。自分と違い真面目が凪夢が寝坊したなんて思わないが、昨日のことを思えば責任を感じてしまっているのではないか、光莉はそう思わずにはいられなかった。心配そうに凪夢の机を見つめる光莉のそばに変わらぬ様子の白音が近づいてくる。
「凪夢はまだ来ていないのね」
「白音っちか。そうみたい」
「一緒に登校しているんじゃないのね」
「私と? 凪夢の家と私のところじゃ住んでいるところが全然違うからね、だいたい校門近くで一緒になってくることはあるけどさ」
だから何があったのかわからないんだよね、と光莉は苦笑しながら答える。昨晩は何度か凪夢に連絡を入れたのだが、それらに返事が帰ってくるはなかった。登校してきたときに色々聞くつもりだっただけに、不安だけが光莉の心にたまっていく。
「ま、大丈夫だとは思うけどね」
そんな落ち込む光莉を裏目に、白音のほうは何でもないように話す。それにイラっときた光莉は白音をジト目でにらんだ。
「なんでそんなことわかるのよ」
「はあ、逆に聞くけど、貴女は分からないの?」
あきれたものを見るような目で、白音は光莉を見る。そんな様子に戸惑う光莉に対し、白音は凪夢の机のほうを見ながら自信ありげに答える。
「ま、そのうち来るわよ。私たちはあの子がどんな顔をしてくるのか楽しみにして待つことにしましょう」
そしてしばらくすると始業を告げる鐘の音が鳴り始めた。心配する光莉をよそに、無情にも授業は進んでいった。今日は休みなのかなと光莉が思い始めた瞬間、教室の後方のドアがガラッと音を立てて開いた。そして、おそらく走って登校してきたのだろう、息を切らしながら「遅刻してすみませんでした」と謝る凪夢の姿がそこにはあった。そんな凪夢の顔には迷いも不安もなく、どこかやり遂げたような晴れやかな表情が浮かんでいた。
浮かんでいたのだが、光莉が話しかけようと声をかけようとした瞬間、教壇から先生の怒号が響きわたり、すっかり機先を制されてしまった光莉は、休み時間に絶対に問い詰めてやると心に決め、諦めて授業にその意識を移すことにしたのだった。
午前中の授業を終えた三人は、屋上へと移動し、三人で弁当を食べながら話始めた。もちろん、話す内容はなぜ凪夢が遅刻したかについてだ。
「ごめん、どうしても起きれなくて、気が付いたら寝坊してた」
「ごめんじゃないし、ていうか、昨日あんなにLINEしたのに返信ないし、既読もつかないし、何やってたのよ」
「わ、ホントだ。びっくりだね」
「びっくりじゃないわ、このお惚けちゃんは!」
「い、イタイよ光莉ちゃん!」
どこまでもあっけらかんとした様子の凪夢に、光莉は彼女の頭を抱えて後頭部をグリグリとし始める。それに悲鳴を上げながらも凪夢はどこか楽し気な様子を見せる。そんな二人に対し、白音は呆れたようにみながらも、中々聞き出せなかったことを凪夢に尋ねた。
「凪夢、貴女が寝坊したのは、詩を書いていたから?」
「うん、そうだよ」
白音の質問に、凪夢ははっきりと答えた。そして、わざわざ持ってきたのだろう、一冊のノートを白音に手渡した。
「上手くできたか分からないけど。今、伝えたいことはここに書いてきたよ」
そういって白音を見た凪夢の顔は、昨日までの自信のなさはそこにはなく、何かを成し遂げたような、達成感に満ち溢れた顔をしていた。
「そう、凪夢ならできると信じてたわ」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいんだけどさ、私もあまり自信がなくてさ。だから、好きなのを選んでよ」
「……は?」
凪夢の言葉に思わず白音は目を点にしたかと思うと、信じられないようなものを見る目で彼女を見た。
「……私の聞き間違いよね、うん。ちなみにだけど、凪夢、作ってきた詩は一つよね?」
「……え?」
今度は凪夢が白音の言葉に対し、びっくりした顔を見せる。そんな凪夢を見て白音は慌ててノートを開くと、ページをペラペラとめくってみる。そこに書かれたたくさんの文字の数々、一つとして同じような歌詞はなく、そして彼女の想いが詰まった歌の数々がそこにはあった。
白音はそれを見て、歓喜に身体を震わせていたかと思うと、腕を大きく広げがばっと凪夢を抱きしめた。顔に溢れんばかりの笑顔を浮かべながら。
「凪夢、あなたやっぱり最高だわ!」
「え、な、なに、どうしたの!?」
「何々、え、すご、これ、全部ひとりで書いたの!? 凪夢っち凄いじゃん!」
白音の持つノートを盗み見た光莉はそこに書かれたたくさんの歌の数々に驚くと、白音に混ざって凪夢を抱きしめた。もみくちゃにされる凪夢だったが、しばらくして昼休みの終了の予鈴が鳴ったことで、何とか開放してもらうことができた。
「それで凪夢、この歌詞だけど、貴女の中で一番これっていうのはあるの?」
白音はもう一度ノートを開いてみながら凪夢に尋ねた。凪夢はその問いに少し迷いながらも、白音の持つノートをめくり、一つの歌詞を指さした。そこに書かれたタイトルには――
「『first Step』、ね」
「うん、これから始める私たちが最初に歌うなら、これがいいと思う」
どこまでも純粋な憧れの気持ちから、踏み出すことを決めた。そんな凪夢の想いが伝わる歌詞に白音は頬を緩ませると、「分かったわ」と一言いうと颯爽と屋上の扉に向かって歩き始めた。
「おーい、白音っちどうしたのさ」
あまりにも急な様子の変化に慌てる凪夢をよそに、光莉は悪戯する子供を見つけたような、そんな面白いものを見たような目で白音を見た。白音は光莉の言葉に足を止めると、背を向けた
まま答えた。
「悪いけど、私、昼から体調を崩す恐れがあるから大事になる前に早退するわ。あとはよろしく」
「雑な言い訳だね、で、本音は?」
「決まってるじゃない」
振り返って答えた白音はまさに、買ってもらったばかりのおもちゃを早く遊びたくてたまらない、そんな子供のようなワクワクした表情を浮かべてこう言った。
「こんな心を熱くさせてくれたんだから、その想いに答えないでどうするのよ!」
そして、白音は凪夢を見る。まっすぐな、迷いのない、その瞳で。そして、いつもの声音で宣言した。
「凪夢、一緒に立ちましょう。私とあなたがいれば、きっとラブライブのステージに立てるわ!」
そういうと、白音は二人に背を向けて屋上を後にし、そして話した通り昼からの授業をすべて欠席した。練習も欠席したため理由を美々湖に話すと、そのことにどこか嬉しそうな、羨ましそうな顔を美々湖は浮かべるのだった。
次の日、白音は遅刻した。しかし、彼女の顔はやはり、凪夢と同じように達成感に満ち溢れたものであったのは言うまでもない。
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