いつもの男 作:ゴリラ
俺は天才だった。3歳にしてひらがな、かたかなは全て覚えた。九々も言えた。走れば、年長クラスの一番速い子よりも速かった。しかも、片手間の勉強、片手間の運動でた。遊びは一日一時間。普段は農作業や家事しかやっていなかった。親の命令だ。食うなら自分で働けと言う。貧しいからではない。そういう教育方針だからだ。だからと言って勉強を教えてくれるわけではない。父も母も仕事に忙しい。宿題を置いて自分でやっておけ、という感じだ。なのに勉強も運動も一番になれと言う。それで一番になれてしまう自分の才能はすごいと思う。だからと言って、勝ったとしても褒められることはないが。それが当たり前、という感じだ。友達はいなかった。幼稚園には行っているが、同年代の子は俺の才能に嫉妬し、妬んで攻撃してくる。無理に俺が彼等に合わせようとしても、うんこやらポケモンやら、つまらないことしか言わない。だから友達になりたいと思えなかった。ただ、何のために生きているのか、時々分からなくなった。
俺が5歳になった頃の、畑仕事の帰り。父と共に荷台を押して歩いていると、孤児院からケンカをするような声が聞こえた。
「お前、なんで角があるんだよ。ばっかみたい」
「お前みたいな化け物には近づくなって、先生も裏では悪口言ってるんだぜ」
「やめてよ。もう!」
塀の隙間から窓の中が見えた。同年代の赤毛の女の子が男の子3人に虐められていた。その女の子は、赤毛だけでも珍しいのに、角も生えていた。
「チッ、忌々しい。施設の連中は何をやっているのか。お前はあんな負け犬共にはなるなよ。さあ行くぞ。見るだけで目に毒だ」
父はそう吐き捨てた。俺は父に急かせられるままに歩いてしまった。だけど、目はずっと女の子の方を見ていた。彼女の、誰かに救いを求めるような表情が、頭に残って仕方なかった。
次の日は珍しく雪が積もっていた。俺は遊びの一時間を使って、ランニングに出かけた。そう言わないと出て行かせてくれないからだ。行き先は、例の孤児院。彼女のことが気になって仕方なかった。孤児院の中で、雪合戦が行われていた。
「鬼はー、外! 鬼はー、外!」
「よっしゃー! 角に当たったー!」
「い、痛いよ! 私ばっかり狙わないでよ!」
「ちょっとー、かわいそうじゃない! 男子!」
男子対女子の戦い。男子は皆、角の女の子を狙っていた。そのことに対して、女子は庇うようなことを言うが、根本的には何も助けていない。むしろ若干笑っている。先生も苦笑いするだけで何も助けない。男子の攻撃は続く。虐められている子は、泣きながら、怒っている。昨日と少し反応が違った。それでも、誰かに助けを求めてはいる。まだ怒りきれない感じだ。何故だろう。俺が同じ状況だったら、もうとっくに殴りかかっているのに。これが女子と男子の違いなのだろうか。それとも、3対1だと勝てないから、何もしないのかな。
「楽しそうー! 俺も混ぜてよー!」
俺は何故か、孤児院の中へと走り出していた。男子達と同じような空気を纏って。どうすれば彼女を助けられるかなんて、アイデアは浮かんでいなかった。ただ、やらなければいけないと、思ってしまったんだ。
「チッ、なんだよお前。今いいところなのに」
「親がいるんだったら親と一緒に遊べばいいだろうが! こっち来んな!」
孤児院の男子達は、俺を見るなり怒って出て行けと行った。しかし女子の方は、そんなに反応は悪くなかった。やはり男女に違いがあるのだろうか。
「コラー、そんなこと言わないの! ね、君、ご両親は?」
孤児院の先生は、人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。
「今仕事中。あっちの畑でね。そんなことよりちょっと遊んでよ。ねえ、いいでしょ?」
「あー、村田さんところの。そうねえ。うん、他所の子と遊ぶのもいい勉強になるわ! ね、皆、一緒に遊びましょ!」
「先生が言うなら」
「ちっ、しゃーねーなー」
「よーしそんじゃあお前男子チームな。いいか、あの角に当てるんだぞ」
先生のおかげで、遊びに入ることはできた。しかし、当然男子チーム。しかも、男子達は角の女の子に当てろと言う。この指示を無視すれば、男子達は怒るだろう。
……待てよ、それこそが一番いいんじゃないか?
「そお、れい!」
「痛い! ど、どうして!?」
俺は、角の子じゃない方の女の子に、思いっきり雪をぶつけた。
「お前、何やってんだよ!」
「角に当てるんだよ! 下手糞!」
「分かった分かった。それ!」
また別の女の子にぶつけた。思いっきり。俺の力は5歳ながら8歳のクラスで一番強い子くらいはある。つまり、俺の投げる雪はめちゃくちゃ痛い。女の子は涙ながらに叫んだ。
「い、痛い! 痛いよお! ど、どうして!? 私じゃなくって! あ、あっちだって」
「えっ!?」
女の子は、庇っていたはずの赤毛の子を、囮にしようとした。
「うっせー、俺は汚れた女より、小奇麗な女を虐める方が、楽しいんだよ!」
だが、俺は揺るがない。ただひたすら、別の女の子に雪をぶつけ続けた。他の男子は唖然としている。俺の投げる球が強すぎて、ビビっている。先生は、間に割って入った。
「ストップストップ! メイちゃん泣いてるよ! 君、やりすぎだって!」
角の子は庇わなかったのに、メイちゃんのことはすぐに庇った。こういう差が、また角の子を傷つける。
「はははは。やっぱ女子じゃ相手にならないか。よーしそっちの男子、三人がかりで来い。お前等なんか余裕でぼこってやるぜ」
「な、なんだとー!?」
「三対一で勝てるわけねえだろ!」
「ほえ面かかせてやるぜ!」
煽りが効いたのか、勝負を受けてくれた。8歳でも上位の運動能力の俺と、平均的な5歳の3人。雪合戦の命中回数としてはいい勝負だが、痛さが全く違う。相手の玉は、表面がちょっとひりつくだけ。俺の玉は、骨にしみる。
「い、いってーー! 反則だろこいつ!」
「ゴリラ、ゴリラだわこいつ!」
「本物の鬼じゃねえか!? 人間じゃねえ!」
結果、遊びの勝負としては俺のボロ勝ち、男子達はギャーギャー言いながら逃げていく。俺は執拗に追いかける。見かねたのか、先生が声をかけてきた。
「ストップストップ! 村田くんやり過ぎよ! 君は強いんだから、手加減しないと! 皆怪我しちゃう!」
「ちっ、つまんねーなー」
俺は駄々をこねる子どもの演技をしながら、チラと角の女の子の方を見る。角の女の子は、泣いている女の子に、バンソウコウを貼っていた。俺の視線に気付くと、キッと睨んで「女の子を虐めるなんてサイテー!」と言ってきた。泣いている女の子は涙に濡れた顔で「そうだそうだー」と相槌をうった。
これでいいんだろうか。俺が悪役になることで、彼女の居場所を作る。こういうのでいいのだろうか。よく分からないが、少し前進した気がした。
それからというもの、俺は暇を見つけては孤児院に遊びに行った。そして、俺の能力の高さを見せつけ、できるだけ憎たらしく、自慢した。男子達は完全にビビってしまった。先生がいない時はひたすら逃げた。先生がいる時は、先生の後ろに回りながら「ゴリラ人間!」「うんこもデカいんだろ!」などと悪口を言ってきた。それに対し俺は「しょうもない負け犬の遠吠え」「雑魚はずっと主人公に跪くしかねえんだよ!」などと煽りまくった。その煽りに対し、「雑魚じゃない! 私たちも同じ人間だよ!」などと一番真剣にかみついてきたのは、角の女の子だった。元来、心が強いのもあるのだろう。それと同時に、ここで皆を庇えば皆の仲間になれる、という計算もあったのかもしれない。
孤児院の中で、完全に俺が共通の敵となった。角の女の子に対するイジメのエネルギーは、俺の方へ向けられた。俺と言う敵を前に、角の女の子の扱いはイジメの対象から下っ端Aくらいになった。これで、よかったのだろうか。俺が直接女の子を助ければ、他の子に羨ましがられ余計に虐められてしまう。だから、俺に依存せず、仲間の一員として認められることが、この子にとって必要だったと思う。でも、俺のしたいことは、こういうことじゃなかった気がした。
小学生になった。他の保育園、幼稚園の子達も混ざり、楓の角をとても不思議がった。そして、バカにして虐め始めた。孤児院の焼き直しだ。俺は同じように、同級生への憎たらしい自慢、体育の授業を利用した攻撃を始めた。楓を含めてだ。男子達、女子達は団結し、俺に立ち向かうようになった。楓は、その和に入れてもらおうとしたが、今度はダメだった。保育園の子、幼稚園の子はそれぞれでグループを作り、人数は十分いた。もはや下っ端は必要なかったのだ。それでも、角のことで虐められることはそう多くなかった。