いつもの男 作:ゴリラ
ある日の放課後。俺が畑仕事をしていると、楓が道路に突っ立って、俺の方をジッと見ていた。
「何見てんだよ角!」
「つ、角って言うなよゴリラ!」
本当は俺も、名前で呼んでやりたい。しかし、皆が角と言っている中、俺が名前で呼んでしまったら、悪よりのガキ大将だというキャラ付けが崩壊する。ゆえにできないのだ。
「手伝えよ! どうせ暇だろ!」
「ひ、暇じゃないし! ちょっと芋ほりやってみたいって思っただけ!」
本当は同年代の女子と遊びたいが、誰も相手をしてくれないから、俺のところに来たのだろう。
楓と共にジャガイモの畝へ移動する。売るための収穫の時期ではないが、今日食べる分の収穫はやっていい。
「ほらよ、この茎のすぐ下にジャガイモあるから。土どけたらすぐ出てくるよ」
「ほんとだー。あっ、この芋ちっちゃくてかわいいー」
「簡単だろ?」
「あっ、きゃー! 虫ィー!」
「何がキャーだよ、鬼の癖に」
「鬼じゃない! 楓だもん!」
俺は楓の手についた虫を取ってやり、それを楓の目の前で食べた。
「ギャー! 虫食べてるー!」
「カニやエビみたいなもんだ。美味いぜ」
俺は別の虫を手に取り、楓に見せる。
「いいっていいって! 遠慮する! 虫いらないー!」
楓のこういう女の子っぽい反応、久しぶりに見た気がする。かわいいな。まあ顔は昔からずっとかわいいと思っていたけどな。
「ははは。ごめんごめん。あっちのブドウ食うか?」
「ブドウ!? うん、食べる食べる!」
「じゃあ、ジャガイモ終わってからな」
「ええー!? ジャガイモ嫌だよー。虫とかミミズとかいるしー!」
「こんくらいで恐がるな! やれば何とかなるんだよ! ほら!」
「むー」
楓はいやいやながら、結局やった。やり始めたら速かった。彼女は頭がいいし、運動神経もいい。俺には及ばないが、勉強も運動もクラスの中では3位を大きく引き離して2位だ。
「そう言えば、ブドウ勝手に食べちゃっていいの?」
「売るやつはダメだけど、この房とか見てよ。半分くらいしかついてないでしょ?」
「ほんとだー。どうして?」
「受粉してなかったり、虫に食べられたりだな」
「受粉?」
楓は意味を聞きたそうだったが、雄しべと雌しべの話をするのは何となく憚られた。俺はマセているのだ。
「ともかく、半分くらいないやつは売り物にならないから食べて大丈夫だよ」
「ほんと!」
「ああ!」
俺は半分くらいしかないブドウを二房とり、一方を楓にあげた。楓は目を輝かせて受け取った。
「どうだブドウ?」
「おいしーい! だけど、タネが邪魔かも」
「くくく、男ならタネごと食え!」
俺はそう言いながらタネをバリバリ齧る。
「あたし、女子なんですけどー」
「すまんすまん。角あるし、似たようなもんだと思ってな」
「ふん! ゴリラなんて嫌い!」
「まあまあ、ただの冗談じゃないか」
「言っていいことと、悪いことがある!」
「すまんすまん。俺のぶどうやるから」
「あんたのぶどうじゃなくて、家のぶどうでしょ! それにわけてもらわなくてもたくさん余ってるし!」
「細かいことは、気にするな!」
それからしばらく、2人でしゃべりながらぶどうを食べた。農作業で顔に土のついた楓が、ぶどうを食べて笑う姿は、無邪気っぽくてかわいらしかった。
「コラァアアアアア! テメェ等アアアアアア!」
ふと、父の怒鳴り声が聞こえた。父は怒りの形相でこちらへ走ってきていた。サボっていると思われたのだろう。本当は全て作業を終えている。しかし、怒った父に言葉が通じないことは分かっている。必ず「言い訳するな」「親に反抗するな」と言って怒るだろう。楓を、その怒りの対象にするわけにはいかない。父が孤児院の子とは遊ぶなと、命令してくる可能性もある。
「逃げるぞ、楓」
「えっ、逃げるって」
しまった、角と呼ぶのを忘れていた。そんなことを考えながら、楓の手を引っ張り、走る。
「ちょっ、ちょっと。速い。速すぎるって」
俺の方が走るのが速く、楓はつんのめりそうだった。しかし、これよりもっとペースを上げないと、父に追いつかれる。そもそも小学生低学年の足で大人から逃げ切ろうと言うのが、無理だったのだ。俺一人ならギリギリ可能かもしれないが。
「チッ、仕方ない。お前は左に行け。俺は右に逃げる。どうせあの親父は、俺の方を追いかけてくるはずだ」
「えっ、でもそれじゃあ」
「いいから行け! 足手まといなんだよ!」
「えっ……」
俺は叫び、楓を左の道へ突き飛ばした。その時の楓の絶望したような表情に、しまった、と思った。足手まといは、トラウマに触れる言葉だったか。
父は予想通り俺の方を追ってきた。俺は逃げ切れず捕まった。そして、10発くらいの拳骨を食らい、こっぴどく怒鳴り散らされた。作業を終えていると言っても、殴られる回数が増えるだけだった。こういう父親なのだ。仕方ない。
しかし、俺は悲しかった。これで楓がショックを受けて、もう農作業は手伝わなくなるだろう。せっかく2人っきりになれる時間だったのに。まあ、俺は本来、彼女の幸せのために、彼女が女子と遊べるように、悪人を演じてきた。だから、この状況は失敗なんだけどね。
沈んだ気分で夜中に勉強していると、突然インターホンが鳴った。母が応対する。程なく、母は俺と父を呼んだ。
「貴史(たかし)、楓ちゃんよー」
えっ、と思った。何故このタイミングで? 見捨てたと思われてしまった? それに対する怒り?
彼女が怒っている。そう思うと、父に叱られる時とは比べ物にならないほど、緊張が走った。心臓のバクバクする音が聞こえた。玄関に、彼女の元に、歩いていくのが辛い。だが、俺にはガキ大将というキャラがある。このキャラを被れば、歩くことはできる。玄関には、背の大きい父がいて、楓の姿はよく見えなかった。しかし涙声は聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい! 村田くん! それに、村田くんのお父さんも!」
俺の予想に反して、楓はいきなり謝ってきた。父の身体の隅から、覗くように俺を探して、頭を下げる。そして、父にも頭を下げる。
「私が、仕事の邪魔をしてしまって。あの、私、弁償します! お金はすぐには出せないけど、お仕事手伝います! だから、村田くんを許してあげてください! 悪いのは全部私なんです! 私が勝手にいもほりやりたいって言ってしまって、だから!」
「いやー、すみませんねえ。うちのバカ息子がご迷惑をかけてしまったようで。女の子を畑に入れるなんて、足場が悪くて危ないのに。よく言って聞かせておきます」
父は、外面のいい姿に変わって、おだやかに話している。相手の先生がいるからだろう。家族や子ども相手には怒りを見せることが多いが、大人相手にはなるべく無害な常識人を装う。俺の父はそういう男なのだ。だが、演技の最中に怒りは溜め込んでいる。孤児院の先生がいなくなった後は、俺へ向けて爆発させるだろう。
「では、今後ともよろしくお願いしますね。お邪魔しましたー」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。改めまして今日はご迷惑をおかけしました。すみませんでしたー」
父は外面がいいままで、孤児院の先生と楓は帰っていった。彼女達が家から去っていき、音が聞こえなくなるだろうタイミングを見計らって、父の態度は一変した。怒りの形相を浮かべ、俺の胸倉をつかみ、ぶんなぐった。
「二度とこんなことはするなよ! 孤児院の連中とは関わるな! 分かったな!」
「はい」
俺は力なくうなずきながら、どうやって楓に近づけばバレないか、頭を働かせるのだった。
翌日の早朝、俺は畑に来ていた。そして今日やるように言われた作業をする。草抜きと水遣り、多少の収穫。いつも放課後にしていた仕事を、朝に行うことにしたのだ。俺が朝に仕事をする旨を伝えると、父は「ほう、少しは反省したようだな」とご機嫌だった。しかし、本当の目的は父に従うことではない。父のご機嫌を取っておき、放課後には堂々と楓と遊ぶことだ。そのために朝に仕事を終わらせるのだ。多少しんどいが、天才である俺は既に大人に近い体力を手に入れている。早寝早起きすれば、やれないわけではない。
朝の仕事を終えて、学校へ登校する。そこで、楓からは改めて謝られたが、俺はこれを逆手に取る。
「ごめんなさい。弁償したいけど、お金ないし、畑で働くのもダメだと言われたし、どうしよう」
「弁償して欲しいわけじゃないが、俺も父には腹が立ったんだ。ちょっと手伝って欲しいことがある」
相手の善意を利用して誘うのはズルいやり方だろう。しかし、俺にはガキ大将というキャラがあるんだ。こういう誘い方がむしろ当然のはずだ。
楓が急に呆れたような表情になった。何だろう?
「何? お父さんとのケンカならやらないよ」
あ、うん。そういうキャラだと思われてるよね。ちょっと悲しくなるけどさ。
「いや、違う。俺は、自分の畑を作ろうと思うんだ。父のではない、俺の畑を」
俺は真っ直ぐに楓の目を見る。楓は戸惑うような表情になった。
「えっ、どういうこと?」
「昨日の畑は父の畑だから、勝手に食べたら怒られる。でも、自分で自分の畑を作れば、食べても遊んでも問題ないだろ?」
「えっ、何それ? おもしろそう!」
にやりと笑う俺。楓は乗り気になった。よし、勝ったな。