愛宕の大天狗は好かれ妖怪 作:FXで有り金全部溶かしてそう
夕暮れ時、またの別名を逢魔時とも一時期話題になった映画では片割れ時とも呼ばれた。そんな時間帯
一人の男が凩に戦ぐ木の葉を見つめて黄昏れているような雰囲気をしている、木々は強くない風に触れて一度、二度と躰を揺らして黄色混じりの葉を落とした。
先程、筆者は男と呼んだがよくよく見れば男とは断定できないような容姿を男は持っている。髪こそ短く切られていて女らしくは無いものの、色白の肌に吊り目と垂れ目の間を縫うような美しい瞳の形は男装している女性とも、女装している男性とも断定出来ない。
その人物はふっと意味もなく笑いを含めると踵をくるりと返して歩き出した。
初秋を僅かに触れる季節の境目には決して少なくない数の新緑色と黄土色の葉が落ちている、その葉を踏みつける音を楽しむかのように目を細めて歩みを進めていく。
その人外じみた美貌に人々の目は男を幾度と捉えるが、次第にその視線は羨望や好色を孕んだものから奇異の視線へと変化していく。
人物が向かう先は――山
それも山岳信仰が盛んである平安時代、京の中でも一際妖怪山とポピュラーで人も寄り付かない大江山である。
ソレは山の登山道を正面から見据えると、側にある小さな地蔵に触れた。
音もなく森が鳴いた
人物はそれだけを感じ取ると満足したように頷き、山の中に足を運び入れた。
そして男の姿が入り口から見えなくなると――森は再び鳴き出す。
木々を揺らし、幹枝が静かに壮大な音を奏でて踊る。その光景はまるで狂愛に溺れる少女が最愛を目の当たりにし燥いだようにも見えた。
▲▲▲
両腕に抱えた酒の瓶、前を遮るほどの多さであるが水の泡の如く、瞬く間に消えるのだろうなあ。と茨木童子はため息をついた。
自身の尊敬する。もとい恐れているとも言える鬼、酒呑童子の不機嫌そうな顔を想像して体をぞわりと震わせると再び足を動かそうとする。酒呑の事を食客として大江山に留まらせているのは紛れもない自分の意思なのだが…
どの様な状況でも不満という物は必ず生まれる物で、拗ねたように尖らせた口から吐息のようなため息を漏らした。
自身が慕う鬼の少女、酒呑童子は素晴らしい。
外見の美しさは語る事すら難しく、不思議と心を許せる。そして何より、その在り方
食客として拠点に留まり共に鬼たちを導いてくれる事は嬉しい反面、自由奔放とも呼べる刹那快楽的な生き方には少し、いやかなり振り回される。
もっとも、彼女のそこが自分の心を強く撃ったのだが…
「失礼、そこのお方」
そう背後から声がして茨木童子は一旦思考を中断する。自身の居る場所は山奥で人は愚か部下の妖怪も滅多に居ない。
つい先日、話しかけられたのだと勘違いして部下の前で赤面を晒した苦い記憶から学習した茨木童子は、話しかけられているのは自分だと判断して振り向く。こんなにも複雑な思考を1秒未満で終わらせる自分を誇らしげに思いながら。
「何か吾に――ひゅい」
威厳溢れる言葉を出来る限りで作ったつもりなのだが、その声が形を保ったのは振り向くまでだった。
――近かった
声の持ち主と思われる人物の顔、それは手を伸ばせば触れてしまいそうな距離に有ったのだ。
欧米の国でもあればこれ程の距離で会話することも自然ではあるのだが、それでも「知人」に限られる。つまり初対面でここまで近いことに茨木童子は驚愕し、威厳を崩壊させたのだ。
「落とし物ですよ、貴方以外に居ないもので」
そう言ってその人物は一本の酒瓶を両手で持って大事そうに茨木童子に差し出しかけたが、両手が埋まっているのを視認すると、人当たりのいい笑顔を浮かべて彼女の持つ酒瓶の半分を持った。
「どちらですか?少しお持ち致します」
その人物が抱いた酒瓶の数は明らかに
▲▲▲
「来はるん、とろいんではおまへん?」
宮殿の一室で鬼の少女、酒呑童子はそう呟いた。
手に持った盃からは日頃の用途とかけ離れた水が注がれており、不機嫌そうに細い眉が歪む。
「酒呑み」と書いて酒呑と読む。その名前に偽りはなく彼女は酒を飲む事を愛しているし、酒豪と呼ぶのに十二分である。
しかし悲しい事に今朝、酒蔵を覗き込んでみると全くの空になっている事が判明し、自分の側に居た茨木童子に「買うてきて」と
「逃げた…訳あらへんなあ」
そう自問自答して盃から水を飲み干す。
自分を食客に招いた茨木童子は自分の事を信用してくれているし…確かに時々酷い事もしていない気はしないけど愛情の裏返しだし…
「…さて、原因はなんやろ」
ふっ、と高い鼻から空気を吐いて目を細める。決して泣いてなんかいない、ただ月じゃなくて太陽が浮いてるから少し眩しく感じただけだ。
自分の言い聞かせて目元を軽く拭う。女とは言えお気に入りの子に逃げられるのはちょっと悲しい
そう感傷に浸っていると不意に門が強く叩かれているのに気付いた
「酒呑〜!少し遅れたがちゃんと持ってきたぞ〜!!」
ああ、なんて愛おしい声なんだろう。良かったやっぱり逃げられた訳じゃなかったんだ
でも確かに最近の
そう思って戸を開ければ
「へ?」
「ん」
その瞬間、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
クロノスタシス、という言葉がある。
体験したことは無いだろうか?ふと気まぐれに時計を見てみると秒針が動くのが遅く感じるという現象だ。感じたことが無ければ是非とも今、やってみて欲しい
さて、話を戻せば酒呑はそのような感覚を覚えている。
一瞬の出来事であると理解はしているのだが情報を整理するのは簡単であった。自分は今、体重を前へと倒しているので、一瞬だけ空を舞うように飛び出していて、茨木…では無くその前の人物の腰元にぽすりと収まった。
普通であればこの後、ゆっくりと離れて何事も無かった事にしてしまえば良い。
しかし、酒呑は分かってしまった。この人物の事を、この人物が誰であるかを
「不意打ちは…卑怯どす…太郎はん…」
その言葉を何とか言い終えて意識を遠くへと向ける。死んでしまいたくは無いが、消えてしまいたいとはこの事だ。
慌てて自分の体を支える羽毛のような感覚と、どこからか聞こえる「しゅてぇえーん!!」という声を最期に酒呑童子は意識を失った。
日本三大化生、と言う言葉が有る。
これは日本の中でもポピュラーな、良くも悪くも高名な妖怪を指す言葉で、その通り三匹の妖怪を示す
一匹の名は玉藻の前。五つもの王朝を滅ぼした逸話が代表的な悪女とも名高い妖狐。安倍晴明に封印されたとされる。
一匹の名は酒呑童子。大江山に拠点を執った鬼の首領、そしてその最期である源頼光との戦いはあまりにも有名である。
そして…最後の一匹妖怪の名を…
天魔、そして太郎坊と言う
これは一匹の妖が見聞きし、感じた物語
妖の身にも関わらず多くの人に、神にすら愛され
決して交わらぬ種族の垣根を越えようと奮闘した
時に誰かが傷付いて
時に誰かは涙を流す
けれど―――皆が皆、心の底から笑い合えるように。と
ただそれだけ、それだけを成した天狗の物語
不定期更新だよ、俺だもの
みつお