クロ「先輩」
声がする。いつもの、聞き慣れた声が。この声がする度に、俺はいつも思う。
ああ、また起こしに来たんだな、と。
クロ「先輩、起きてください」
「んー……」
寝ぼけ眼をこする。体を起こしてちらりと見ると、こちらに笑顔を向けているクロスがいた。……その笑顔から放たれているポジティブオーラをどうにかしてくれないものだろうか。起きたばかりなのに自然と顔が歪む。
クロ「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう。それはいいんだがそのポジティブオーラをどうにかしてくれないか? 正直言って嫌なんだよ」
クロ「えっ、また出てました?」
クロスは少し目を見開く。自覚なしかよ。大きなため息が口から漏れる。
「馬鹿みたいに出てるんだが」
クロ「すいません、ついつい……」
直す気は全くないのだろう。こいつのポジティブオーラは今に始まったことではない。いくら俺がやめろと言っても、クロスからはいつものようにポジティブオーラが出ている。本人はいいかもしれないがネガティブな感情を好む俺からしたら嫌なことこの上ない。
「今何時だ?」
クロ「もうお昼ですよ。にしても、よくそんなに寝れますね」
クロスがテーブルの上に置いてあったマグカップを手に取り、俺に差し出してきた。それを受け取り、口に流そうとした……が。
「あっつ!?」
熱かった。マグカップの中のココアがゆらゆらと揺れる。舌の先がひりひりと痛む。……ベッドにこぼすところだった。
クロ「先輩、大丈夫ですか? だから昨日も言ったじゃないですか、ちゃんとふーふーしてから飲んでくださいって」
「面倒なんだよ。クロス、氷は入れられないのか?」
ク「それは俺も考えましたよ。先輩、猫舌ですもんね……って、あっちょっと、真顔で触手出さなくたっていいじゃないですか……痛い痛い痛い!!」
カチッときたので触手で締めてやった。後悔はしていない、するわけない。
「……反省は?」
ク「……してます……。すみません……」
「よろしい」
俺は触手の力を弱めてクロスを床に落とす。ぽとっという軽い音がした。
クロ「さっきの話の続きしていいですか」
「ああ」
クロ「氷入れることは俺も考えましたよ。でも、氷って溶けるじゃないですか。それによって水の層が出来るイメージ、つきますか?」
水の層? 俺はココアの表面を見る。この中に氷が落ちて、それが溶けていく……。まるで希望が溶けて絶望に変わるように……。
クロ「……先輩」
「うわあ!? な、なんだよ!?」
クロ「いま別のこと考えてましたよね?」
そんなジト目で見なくてもいいじゃないか。最近ネガティブな感情を補給できてないのだから。
「あー……なんでもない。で、水の層か」
クロ「はい。ココアがあったら、その上に水があるっていう感じなんですけど」
さっきのことを気にしてはいないようだ。クロスは右腕に自身の左腕を重ねる。右腕はココアを、左腕は水の層を表しているのだろう。
「ふーむ、水の層か。……それってかき混ぜたりして水の層をなくすことは出来ないのか?」
ココアをすする。時間が経ったことで、冷えてきたようだ。
クロ「ああ……、その手がありましたね。今度試してみます」
「ああ」
?「クロスー」
クロ「はい、なんでしょう!」
近くから幼い子供のような声が聞こえてきた。おそらくはキラーだろう。キラーとクロスは家事のほとんどを担当しているのだ。
キラ「ホラーが飯作れってよ。今から作るし早く来てー」
クロ「すぐ行きます!」
クロスは扉に向かって声を張り上げると、俺の方を向いた。
クロ「そういうことなんで、行ってきます」
「ああ」
俺は手を上げる。クロスは扉に向かって歩き、ノブに手をかけて、もう一度俺の方を向く。
「なんだ? 下りてこいってか?」
クロ「はい」
「ちゃんと下りてくるよ。つか、下りて来ない日とかあったか?」
クロスは考える素振りを見せた。
クロ「どうでしょうね。じゃあ、また後で」
「おう」
クロスはノブを回し、部屋から出ていった。
俺はまだ残ったココアを見る。今日の昼御飯はなんだろうか。
「さて……」
俺も下りるとしよう。
ベッドから出て、ココアを飲み干した。