「失礼します」
一月下旬の昼下がり。ナイトメアの命令で呼ばれた俺は、彼の部屋に来ていた。
「よく来たな。座れよ」
ベッドの上で足を組んだナイトメアが、床を指差す。部屋の中は薄暗く、間接照明が道しるべとなる。遮光カーテンは一年中閉まっており、不気味な雰囲気を醸し出していた。仕方ないのだ、ナイトメアは光が弱点なのだから。
俺は言われた通りに床に正座をする。彼の部屋に行ってナイトメアの命令を聞くときや何気ない会話のときでも、これは変わらない。
「何の用ですか?」
まだおやつの時間ではないはずだが。
「ちょっとお前に用事があってな」
用事?俺は首をかしげる。またクッキーやらチョコレートやらを作れということなのだろうか?言われなくてもほぼ毎日作っているが……。
「用事……ですか?」
「別にあれしろこれしろって言うわけじゃない。感謝……ってやつだな」
ナイトメアの口から放たれた『感謝』というワードを聞いた瞬間、俺は思わず目を見開いた。悪夢の権化、そして数あるAUの中でも特に邪悪と言われているあのナイトメアが?
ポジティブな感情や言葉は苦手なはずなのになぜ……。
「おいおい、そんなに目を見開かなくてもいいだろ。こう見えてもちゃんとお前には感謝してるんだぞ?」
「あの……先輩」
「あ?」
ナイトメアは目を細めて俺を見下ろす。ズボンを握る力が無意識に強くなった。こういうことには慣れているはずなのだがやっぱり威圧感が刺さる。
「失礼なことを言いますが……変なものでも食べましたか?」
そういった瞬間、ナイトメアは一瞬硬直した。ぽかんとしていたその目が、やがて鋭い目付きへと変わっていく。
「はあ!? 変なもの食っただと? 俺は至って正常だぞ!?」
「いやだって……普段そう言うこと言わないじゃないですか……」
そう、普段のナイトメアは『感謝』というワードを口にするわけがない。闇の帝王という別名にふさわしく、希望を絶望へと変える発言が多いのだ。
「普段言えないから今こうやって言ってんだよ! ったく、感謝しろよな。この俺がわざわざお前に感謝してやってるってのによ」
大きく舌打ちが響く。俺は顔を俯けて「すみません」と謝ることしか出来なかった。下手に口に出さない方がいいかもしれない。
「あー……。脱線したから元に戻すぞ。まず結論から言わせてもらう。ありがとな」
「え……あ、はい……」
俺は顔を上げてナイトメアを見る。恥ずかしいのかナイトメアは顔を背けていた。
しかし、まさかナイトメアから感謝されるとは……。
「いつも我が儘聞いてくれるしおやつは上手いし命令は聞いてくれるし……。とにかく、お前には感謝してるんだ」
「……珍しいですね。俺が来たときはそんなこと言わなかったのに……」
俺が来てまもない頃のことを思い出す。理不尽で我が儘で……。あのときは理解が出来ず衝突したこともあったが、今となっては理解が出来る。
「あの頃は……。聞いて当たり前だと思っていたんだよ。でも、ドリームから『我が儘とか聞いてくれることは当たり前じゃないし、後輩を大事にしなよ?』って言われたから少し考えた。結果こうなったんだ」
ナイトメアは少し嫌そうな顔をした。対立する弟からの発言は、彼にとっては受け入れられないものだったのだろう。表情がそう言っている気がする。
「で、クロス。お前はどう思っているんだ?」
「どう……と言いますと?」
「俺のことだよ。どう思ってるんだ」
俺は顎に手を当てる。来てまもない頃はとても理不尽で、あまり関わりたくないと思っていた。でもそれは、過去のことだ。今は……。
一つの答えが見つかる。
「……俺は」
顎から手を離して、口を開いた。
「とてもありがたいです。必要とされてるなって、いつも思ってました。だから、俺からも言わせてください。先輩、いつもありがとうございます」
彼と過ごすなかで、学ぶこともあるのだ。
「……そうか。分かった」
しばらく口を開けてぽかんとしていたナイトメアだったが、いつものように薄笑いを浮かべて。
「これからもこき使ってやるから覚悟しとけよ」
と言うのだった。
たまには感謝の言葉を伝えるのも悪くないな。
お久しぶりです、花影です。
すみません、名前を変更させていただきました。花影と書いて「かえい」と読みます。よろしくお願いします。
とりあえず短編集の続きが書けたからいいかなと勝手に思ってます。まる。
あ、そうだ。UAが500を突破してました!
皆様ありがとうございます!これからもよろしくお願いします。