とある日の昼下がり。俺はスマホを片手にソファーに座っていた。画面にはある人の電話番号が表示されていた。俺は電話マークにそっと触れて相手が出るのを待つ。
1……2……3回目のコールで電話が繋がる。俺はスマホを顔の横に当てた。
『もしもし?』
「もしもし……」
電話の相手はドリームだった。彼は、俺と同居(というより俺が居候)しているナイトメアの弟で、ポジティブの守護者。永く生きているというが、年齢は教えてもらっていない。
『クロスか、どうしたの? 元気ないね?』
「あの……お話したいことがあるんですが」
そう、電話をかけたのは話したいことがあるのだ。彼の兄、ナイトメアのことで。
『話したいこと?』
「ええ。ちょっと悩み事というか、相談があるんです」
『そっかあ、分かった。今からおいで、Dreamtaleで待ってるよ』
「ありがとうございます」
お礼を言った途端、ぷつりと電話が切られる。ツーツーという機械音が静寂のリビングに虚しく響いた。俺はスマホをポケットに入れてソファーから立ち上がる。
せめてセンパイの様子でも見ておこうかな。俺は廊下の突き当たりにあるノブをゆっくりと回す。部屋の中は暗く、ベッドに視線を移すと、人の形に盛り上がった布団が見えた。
「……ごめんなさい」
俺は呟いた。リビングにセンパイ……もといナイトメアが出てこないのは、少し前に喧嘩してしまったからだ。いま考えればとてもくだらなかったと思う。センパイから見ても、俺から見ても。
早朝ならまだしも、昼間の静寂は悲しくて、寂しい。きっとふて寝しているんだろうなあ。あの人、拗ねたらだいたい部屋に引きこもって寝るし。
そんな彼を起こしてドリームのところに行ってきますなんて言ったら叩きのめされる……最悪の場合、殺されるかもしれない。彼が起きないことだけを祈って、俺はそっと扉を閉めた。
センパイのことを考えながら、俺がたどり着いたのはDreamtale。ドリームとナイトメアが、生まれ育った場所。
だいぶ前にインクから話を聞いたことがあるのだが、Dreamtaleは数あるAUの中でも悲惨な運命を辿ったという。
そんな場所に、今でも住んでいるのはドリームだった。まあ彼も育った場所だし、故郷にいたいのだろう。
「こんにちは」
Dreamtaleに着いた途端、ドリームが手を振って歓迎してくれた。相変わらず妖艶なことで……。
「こんにちは、今日はわざわざすみません」
相談があるとはいえ、急遽持ちかけてしまったことに、俺は頭を下げて謝罪する。
「いやいや、大丈夫だよ。ボクもここにいて暇だったからね、来てくれて嬉しいよ。さて、行こうか」
ドリームはこちらに背を向けてゆっくりと歩きだした。俺は小走りで彼の隣につく。
「……綺麗な森ですね。太陽も当たって神秘的というか」
俺はこの世界のことをあまり知らない。インクから聞いた話だけでしか、この世界で起きた悲惨な出来事を知らないのだ。
ドリームやナイトメアに聞く気にはならない。なぜなら彼らはこの世界のSans。この世界で起きたことを、一番知っている存在。そして、一番話したくないだろうし。
「ふふ、そうだね。ボクはこの森が好きだよ。クロスは、好き?」
「まあ……好き、ですね」
物騒なことを平然と行うセンパイと一緒にいたせいか、心が掻き乱されていくような感じはする。だが、嫌いと言えるほどではない。たまには穏やかな心に戻りなよ、と森が囁いている気がしてくる。
しばらく歩いていると、開けた場所に出た。周りは木々に囲まれていて、真ん中にぽつんとテーブル一つと椅子二つ。木々に囲まれていると思ったが、よく見ると抜け道のような跡がある。
「先に座っててくれるかな。お茶
ドリームはそういって、抜け道らしき道を歩いていった。あの先に彼らの家があるのかもしれない。勝手にそう思った俺は椅子を引いて座る。目線の先には、洋風の家が建っていた。なんか童話に出てきそうな家だな。
「なんか……童話に出てきそうな家だね」
隣から声が聞こえてきた。俺は横を見る。キャラだった。というか俺が思ったことをピンポイントで当てるな。さとりかよこいつは。
「なんだ、起きてたのか」
「さすがにね。で、ここはどこなんだ?」
キャラはふわあと
「Dreamtale。センパイやドリーム先輩が育った場所だ」
「へえ、あのタコもここに住んでたんだね」
「……お前、今度またタコって言ったらぶちのめすからな」
湿度の高い目で見ると、キャラは「分かった分かった」と面倒くさそうに言った。絶対分かってないだろ、このガキ。俺とナイトメアが付き合ってることを知っているくせに。
そうこうしているうちに、ドリームがこちらに近づいてくるのが見えた。キャラは「僕はお邪魔っぽいね」と言って姿を消した。また寝るのだろうか。彼のことは俺には関係ないので考えることをやめた。
「お待たせ。ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった」
「いえいえ大丈夫です」
ドリームは、俺の前に綺麗な模様が施されたティーカップを置いた。湯気がほくほくとたっている。
「さて、お話を聞こうか」
俺の反対側に座ったドリームは手を顎に当てる。兄と弟でここまで違うものなのか、と俺は感じた。
「メアのこと? それとも、別かな?」
「……センパイのことで、ちょっと悩み事があって」
俺はティーカップを持って中身を少し飲む。普通に麦茶だったが、乾いた喉には嬉しいものだ(まあここで紅茶を出されても俺はよく分からない。何故ならほとんど飲んだことがないからだ)。
「なんとなくそんな気はしてたよ。それで?」
「あの人……なんか、俺のことを
「玩具……」
「……はい。しょっちゅう悪戯してくるし、仕事の最中に邪魔してくることも多いんです。おまけに我が儘もたくさん言うし、もう……あんまりだなって……」
ナイトメアに対する不満が溜まりに溜まっていたのか、言葉がすらすらと出てきてしまう。ドリームは目をつぶって吟味するように話を聞いていた。
いくら対立しているからって、こんなに言われたら気分を悪くさせてしまう。そう思ったときにはすでに遅かった。口は禍の門ってこのことなのか……?
「……そっか」
しばらく目を閉じていたドリームはゆっくりと目を開けた。その口角は下がっている。ああ、悪いことを言い過ぎた……。今さら反省したって遅い。
「……クロス、よく頑張ったね。偉い偉い♪」
ついさきほどの暗い表情とは一変、ふわっとした笑顔を見せたドリームは俺のフード越しに頭を撫でる。じわりと体温が上がっていくのが嫌でも分かった。……っていうか、これじゃあ褒美をもらう犬じゃないか!?
「ド、ドリーム先輩? あの……褒めてもらいたくて相談しに来たんじゃ……」
止めようとするが、ドリームは聞こえていないのか「いい子だね~」と言って頭を撫で続ける。なんか、効果音つきそうな勢いだな。……じゃなくて!!
「先輩っ! 俺は相談しに来たんです!」
少し強く言うと、ドリームはぽかんとした表情になった。俺の頭を撫でていた手が止まる。少し名残惜しい気持ちになってしまったのは何故だろうか?
「あっ、そうだね。ごめんごめん、クロスがいい子だったからつい」
いや、俺たぶん貴方が思っているほどいい子じゃないですよ。クスッと笑うドリームに、俺は心の中で呟いた。
「それで、玩具と思われてるんじゃないかってことね? なるほどね……」
ドリームはお茶を啜る。柔らかい風が吹いた。
「……メアはね」
しばらくの沈黙が破られる。
「愛情が欲しいんじゃ、ないかな」
「……『愛情』?」
ドリームの口から放たれた意外な言葉に、俺は目を丸くしておうむ返しをする。
「そう。過去の話になるけど、メアはいじめられていたんだ、理由は省くけど。ある時、あの姿になった。そして、この世界の住民やモンスターすべてを殺してしまった」
「えっ!?」
インクの口から放たれることはなかった、この世界の悲惨な出来事の中身。まさかそれが虐殺だったなんて……。さきほど通ってきたあの道が、少し恐ろしく感じられた。いやそれ以前に、あの人は昔からあの姿じゃなかったのか……。
「そのときのメアは……完全に絶望そのものだった。ボクは止めようとしたけど、膨大な魔力の前には勝てなかったよ。……それから、メアはこの世界を出ていった。そこからボクは知らなかったけど、あとから分かったんだ。この世界を出ていったあと、数々のAUに絶望と悪夢を与え、『闇の帝王』と呼ばれて恐れられたってね」
ドリームは目を伏せて悲しそうに喋り始める。自分の兄が変わってしまった挙げ句、帝王として恐れられてしまった。ドリームにとってはさぞかしつらかったことだろう。今でも、それは変わらないのかもしれない。
「それから、誰も目につかない深い森の奥に家を建てて、ひっそりと暮らすようになった。森の奥だし、彼は帝王として恐れられていたから誰も近寄らない。……でも、彼は愛情に餓えていたと思うよ。そんなときに、クロス……君が現れた」
「……俺が?」
ぽつりと呟くと、ドリームは頷いた。
「君のネガティブな感情につられてメアはやってきた。そのあと、どうなったの?」
喋り過ぎて喉が一気に乾いたのか、ドリームはまたお茶を啜る。俺はナイトメアが現れてすぐのことを思い出した。
『お前が世界を直しても、いずれそれは消える』
『そんなバカなことをするより、俺と一緒に暮らさないか?』
そっと手を差しのべて、俺の答えを待つナイトメアの姿。最初はただ仲間にしたかっただけかと思っていたのだが……。
「あの人は、家に俺を連れていって……。家事やら何やらの説明を受けて……」
「そっか、メアはあまり料理しない方だからね。クロスがちょうどいいと思ったんじゃないかな」
連れてこられて間もない頃、ナイトメアに出したオムライス。彼はもぐもぐとそれを咀嚼して、こう言った。
『うん、上手い。料理が上手なんだな』
「……クロス」
ふと急に、名前を呼ばれる。俺はゆっくり顔を上げた。
「ボクはね、ポジティブの守護者だよ。だけど、メアはポジティブは好きじゃない。ボクは……メアが好きだったよ。だけど、今のメアは……クロスのことが好きなんだと思う」
「……玩具のように扱われてると思うのですが」
「あははっ、クロスってば本当にお子様なんだね?」
「なっ!?」
ドリームは妖艶な笑みを浮かべる。平熱に戻りかけていた体温がまた上がっていく。っていうか、俺はお子様じゃありません、働き盛りの29歳です。だからお子様じゃない……多分。
「好きな子ほど悪戯したくなる……ってことだよ?」
「は、はあ……?」
そんなものなのか? 俺にはよく分からない。
「悪戯にしろ我が儘にしろ、メアはクロスのことが好きだと思う。きっとクロスのことを信頼しているから、我が儘言いたくなるんじゃない?」
信頼……。あの人にはとても似合わない言葉だ。
「……そういうものなんですかね」
疑問を抱く一方で、何故だろうか。それであっているのかもしれないという気がしてきた。なんだか、心が軽くなった気がする。
「そういうものだよ、たまには構ってあげたら? きっと喜ぶんじゃないかな」
「……分かりました。それじゃ、俺は帰ろうと思います」
俺はティーカップのお茶をすべて飲み干す。時間が経っていたので、お茶は冷えていた。
「そっか。気を付けてね」
「はい、わざわざありがとうございました」
俺は椅子から立ち上がる。ポータルを開き、振り返る。
「それでは、また」
「うん、またね」
俺はポータルに飛び込んだ。
「末長くお幸せに、ね?」
くっっそ長文で申し訳ない……。どうも花影です。
そういえばまともにお気に入りや評価に対するお礼を書いてなかったのでここで書かせていただきます。
お気に入り→二人
謎の通行人δ様、もう一人の方、お気に入り登録していただきありがとうございます!(もう一人の方はお名前が分からないので上記のように表記させていただきます)
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☆4評価お祈りメール様、☆9評価謎の通行人δ様、評価していただきありがとうございます!
特に謎の通行人δ様はお気に入りや高評価だけでなく活動報告にてご提案もしてくださった方です、本当に感謝しかない……!ありがとうございます!
またお気に入り登録されたり評価されたら書いていこうと思います(登録したり評価してくださった方のみ)。