鏡に映る、自分の顔。俯いた目の下にくまが出来ている。そんな顔が見たくなくて、俺はフードを深く被り鏡に布を被せた。
「う……」
頭痛がして、俺はフードの上から頭を押さえる。痛い、痛い、痛い。ここ数日、俺は寝ていなかった。その結果が回って回って俺に返ってきている。自業自得とでも言うべきか。俺は椅子に座り、机に突っ伏す。
ここ数日間、俺は寝ていない。考え事を、失った兄弟を思うたびに目が覚め、気づいたら朝。それの繰り返し。失った兄弟は、どんなに想っても返ってくるわけがない。分かってるはず、なんだけど。
「……兄弟……」
コンコン。
ノックの音がした。俺は顔を上げることが出来なかった。溜まりに溜まった疲労が、顔を上げるなと言っていたからだ。
メア「クロス」
「……せん、ぱい……?」
扉の向こうから聞こえてくる冷たい声で、俺は少しだけ顔を上げる。冷たいというべきかクールというべきか、今の俺には分からなかった。
メア「ちょっと用事がある。入ってもいいか?」
「……どうぞ、ご自由……に……」
掠れた声が俺の喉から出る。聞こえているのかは知らない。そこまで頭が回らない。
ガチャリと音がして、ナイトメアが部屋に入ってきた。
その目は鋭く細められている……ように見える。
メア「おい、クロス」
「……何しに……来たんですか」
俺は机に突っ伏したまま用件を聞く。いくら同じ環境に住んでいるとはいえ、今の顔を見られたくない。
メア「……お前さ、無茶してないか? 最近」
ぴたりと心の中を見透かされた。俺の体が無意識にびくりと跳ねる。
「なんで……それ……を」
メア「簡単だ、お前の様子がおかしかったからだよ。反応は鈍いしフードは深く被り出すし……」
俺は何も答えることが出来なかった。隠したつもりなのに、ナイトメアからしたらバレバレだったらしい。確かナイトメアって他人の思っていることが読めるんじゃなかったかな……。
メア「お前は何か……深く物事を考えているんじゃないか? 例えばそう……『兄弟』とかな」
「……そうです、よ……」
メア「だろうな、そんなところだと思ったよ。お前は兄弟を失ってここにいるからな」
そこまで言いますか。反論したかったが、またしても疲労が勝る。
メア「まあ、最近の来客は……スワップのパピルスとサンズだったからな。思い出すのも無理はない」
いきなり、体が軽くなった気がした。床から離れ、ぶらぶらと浮く足を、俺は見ていた。
少しして、ぼふっと柔らかい感覚がした。周りを見ると、それはベッドだった。……触手で掴まり、投げられたようだ。しかも壁側に。
メア「おお……。相当、深く考えていたんだな。くまが濃い」
「……!」
俺は深く深くフードを下げる。しかし、ナイトメアの触手によって、ぐいっとフードを上げられた。ナイトメアがベッドに乗ってきたかと思うと、俺の膝の上に乗ってくる。
至近距離で、目が合う。ナイトメアの水色の目に、虚ろな表情の俺が映っている……だろう。
「せんぱ……い……」
メア「口、開けてろよ?」
「え……? ん……!?」
すっと顔が近づき、口に柔らかいものが当たる。それはナイトメアのだった。軽くて、そして柔らかな口付け。
されるがままで、舌が強引に入ってくる。それすらも、俺は受け入れていた。反抗する力など、今の俺にはなかった。
「ん……はっ……んんっ!?」
とろりとろりと舌が交わる中、何かが俺の口に流れ込んできた。気づいた時には遅く、俺はそれを飲み込んでいた。それを確認したのか、ナイトメアは口を離す。
「せん、ぱい……なに、を……」
何をしたんですかと言いたかった。……普段の俺なら言えていただろう。
急に眠気が襲ってくる。それは俺の体の中で膨れ上がる。目が自然と下がっていく。その感覚が心地よかった。
メア「お前が眠れなかったようだからな。睡眠薬を口に入れてそれをお前に移したんだよ。けっこう良いやつを使ってるからかなり眠れるかもな」
「う……せん、ぱい……」
これで眠れそうです。と言う間もなく、俺は目を閉じた。ああ、気持ちいい……。
……ス、……ロス……ん!!
……誰かが、呼んでいる? 俺なのかな。まどろみの中で、俺は浮いているような感覚だった。
……ロスくん、おーい!!
「……ん?」
目が覚めた。視界にぼんやりと、丸くて白いものが映る。……顔?
?「……ようやく起きた……」
「キラー……先輩?」
ごしごしと目を擦る。ベッドの端に手をかけている骨がいた。両目から流れる黒い液体。間違いなく、キラーだった。俺は起こされたのか。
「あっ、えっと……おはようございま……っ!?」
おはようございますと言おうとした瞬間、俺はぎゅっと抱き締められ胸へと引き寄せられた。視界が赤く染まる。そういえば、キラーのソウルは的のような形になって浮いてたんだっけ。温もりを感じながら、俺はそう思う。
いや、こんなこと思ってる場合か。
「ちょっ……先輩!?」
キラ「もう……! 心配したんだからね……!」
キラーは俺をぎゅっと抱き締める。……首に手が回されている状態で抱き締められているため、首が締まりそうなのだが……。あ、ヤバい、苦しい。
「せんぱっ……い、首……締まっ……!!」
キラ「え? あ、ああ、ごめん…」
キラーは少し力を緩めたが、俺を離そうとはしない。こんな状況を見られたら……。
キラ「時間になっても起きてこないから、僕すごく心配したんだよ……? 部屋に入ってみたら寝てるし、あのタコは『ほっといてやれ』とか言うし……」
またナイトメアをタコ呼ばわりしてる……。指摘しようと思ったが、キラーは俺が起きたことに喜んでいるようだ。それに、指摘する気にはならなかった。
キラ「心配したんだからね……! とっても、とっても……!」
俺はキラーの背中に手を回す。心配をかけてしまったことを、謝らなければ。
「……ちょっと疲れていたもので。心配かけてすみませんでした。もう大丈夫ですよ」
俺は微笑みを浮かべながら囁くように言った。抱き締める力が少し強くなった。
キラ「……あ、ごめん。抱きついちゃった」
「いえ、俺は別に……」
キラーは我に返ったのか俺から手を離す。少し泣いているように見えたのは俺の気のせいなのだろうか?
キラ「……ご飯作ろ? 下で待ってるね」
キラーは俺に背中を向けてそう言うと、部屋から出ていった。部屋がまた暗くなる。俺は遮光カーテンを開く。
差し込んでくる光が眩しくて、俺は目を細めた。
「……んー……」
俺は腕を上に上げて体を伸ばす。とても気持ちいい。伸ばし終えて、ベッドへと戻った。寝るわけではない。むしろ目が冴えているので、もう寝れそうにはない。
「あれっ、スマホ……」
枕の下や布団の中を探すが、スマホが見つからない。今日が何日か知りたいのに……。ふと、机に目を向けたとき、俺は見つける。机の上に置いてあった。
俺はスマホの電源を入れる。画面に表示された数字を見て、俺は目を疑った。
「……一日?」
ナイトメアに睡眠薬を(口移しで)飲まされ、寝たのは確か……一昨日。しかし、画面の数字はその二日後を表している。俺は丸一日寝てたのか? そりゃ心配されるわけだ。
とりあえず着替えよう。俺はクローゼットからいつもの服を取り出し、パジャマを脱いだ。
キラ「もー、遅いよー」
「すみません……確認してたもので」
着替えて一階に降りてきた瞬間、キラーの声がした。待たせてしまったようだ。反省どころしかない……。
リビングにはキラーの他にホラー、マーダー、エラー、ナイトメア(要は全員)が座っていた。
メア「よう、クロス」
ナイトメアはすっと手を上げた。俺はぺこりと頭を下げる。
「おはようございます」
ホラ「……あ、おはよ。オレ並みに寝てたな……」
マダ「……ん、おはよう」
キラ「丸一日寝てたもんね」
やっぱり丸一日寝ていたのか……。
「ちゃんと寝たので大丈夫ですよ。心配かけてすみませんでした」
俺は頭を下げて謝る。たった一日だが、それは先輩を心配させるのにはあまりにも十分すぎたのだ。
メア「まっ、普段のお前に戻って安心したよ」
ホラ「あれ、ネガティブじゃない……」
メア「うるせえほっとけ」
ふふっと、俺は思わず笑う。ナイトメアはそれを見て、じろりと睨み付けたが、すぐに口角を上げた。
キラ「さて、ご飯作ろうか、クロスくん」
「そうですね」
今日も新しい1日が始まる。
「ありがとうございました、先輩」
「眠れなくなったら、また眠らせてやるよ」
「永眠はやめてくださいね……」
今回から最後らへんにおまけのセリフをつけることにしました。お楽しみ頂ければ幸いです。
2021年2月27日
思いっきりつなげました。