4月のとある日のこと。机の下につけられた冷蔵庫から板チョコを取り出した俺はベッドでそれを貪っていた。最近地上に出向くことはなく、タコスが買えていない。
板チョコはあのミニ冷蔵庫の中に腐るほど入っているため糖分補給にはなるのだが、たまにはタコスが食べたい。しばらくは口にできないであろうタコスに思いを馳せていたときだった。
何の前触れもなくいきなり扉が開かれた。勢いよく体を起こして見ると、俺のセンパイ(上司)であるナイトメアが仁王立ちになっていた。
「あれっ、センパイ? どうしたんですか?」
板チョコの欠片を飲み込む。少しの甘さと苦みが、口の中へと消えていった。
「お前、いま何時か分からんのか?」
ナイトメアは腕を組んでずかずかと中に入ってくる。時間……? 俺は反射的に壁時計を見て、目を見開く。午後3時10分……。やっちまった。
「あっ……」
「そういうことだ。阿呆」
冷たい視線と、当然のように吐かれる罵倒。午後3時はおやつの時間ということで、ナイトメアはおやつを要求してくる。とある日はクッキー、とある日はプリンなど、内容は毎日異なる。俺はそれに応えて毎日のように持っていくはずだったのだが……。完全に忘れていた。
何を考えていたんだ俺は! ついさっきまでの自分をぶん殴りたくなって、俺は自分の頬を強くつねる。骨なのでもちもちしているわけではないが、かなり痛かった。
「まさか忘れていたとはな。いったい何を考えていたのやら」
呆然とする俺をそこら辺のゴミを見るかのような視線。痛い。物理的ではないのに、痛い。俺の手から食べかけの板チョコを奪い取ったナイトメアは、隣に座りもぐもぐと咀嚼し始める。こればかりは俺が悪い。
「……すみません」
「まあ、このひょこれーとがうまひからひひ」
いや、食べ終えてから言ってください。何言ってるか分かんないですから。リスのように頬を膨らませ、板チョコを食べるナイトメアに、俺は心の中で呟いた。
「しかし、俺に隠してこんなに旨いチョコレートを持っていたとはな?」
板チョコを食べ終えたナイトメアは薄笑いを浮かべて俺を見てくる。この人もチョコレートが好物だ。そこら辺の安いチョコレートじゃ満足するわけがない。
「……たまには奮発したくなるんですよ。貴方と同じです」
「俺はいつも奮発してるぞ」
そりゃ、理不尽で我が儘だし。なんなら帝王だし。
「ところで、お詫びした方がいいですか」
俺はベッドから降りて彼の足元に正座する。一応ここは俺の部屋だが、センパイがいるとなると話が変わる。
「逆にしないまま終わらせるつもりか? 逃げたって無駄だぞ。お前は俺のものってこと、分かってるよな?」
顎にスリッパの先が当たる。
「分かってます」
それぐらい分かっていた。あの日から、この人に会った日から、俺は逃げられなかった。逃げることを許されなかった。
俺はいつも、この人の手のひらで踊らされている。彼が飽きて捨てようとしない限り、俺はずっとこの人に従わなければならない。彼の部下として、手駒として。
「なら責任があるはずだ」
しゅるしゅると伸びてきた触手が、俺の体を持ち上げベッドへと落とす。流れるように、ナイトメアが俺の体の上に乗ってきた。
「……分かってるな?」
「そんなに何度も聞かなくていいでしょ。それぐらい分かってます」
何年あなたのそばにいると思ってるんですか。なんて言ってやると、ナイトメアはくすりと笑った。
俺は貴方に従うしかないんでしょう?
ね、センパイ?