前回のお話をまだ読んでいないという方はそちらを先にご覧ください。
あとメアクロとかいってますがメアクロもどきになりました。
『あれ』から数日後。
俺は生きている気がしなかった。別に死んだわけじゃない。そう分かってはいるのだが、この体が腐り落ちたかのような気がしてならない。いつも通りに家事をこなして、あの人たちの前では笑顔を作って、部屋ではベッドに沈み天井を眺める。そんな日々が続いた。
あれが全部夢ならばよかったのに。あのあと、白い空間から出た俺は、自室のベッドを目を覚ました。センパイは、と思い彼の部屋に行ってみた。そこには遮光カーテンが閉じたいつも通りの空間が広がっているだけで、センパイの姿はどこにもなかった。
そう、あの空間で確かに俺はセンパイを殺した。でも、認めたくなかった。ソウルの片隅では理解していたのかもしれないけれど、そう簡単に認めたくなかったのだ。Dreamtaleに行ってみたり、インクやエラーに姿を見ていないか聞いたりしたのだが、案の定収穫はなかった。
あれは夢ではなかった、現実だったのだ。
思案に耽っていた俺の存在しない鼓膜を、ぐちょぐちょというなんとも言えない音が揺らした。重たい体を起こして、音のしたほうを見る。何の変哲もない床に、黒いインク溜まりができていた。
「やあクロス!」
そこから姿を現したのは、インクだった。
「なんだ」
「今すぐ来てほしいんだ」
インク溜まりから体を出した彼は、いつもの笑顔とは違う真剣な表情で俺に言った。
「……どういうことだ? Dreamtaleで何かあった、のか……?」
Dreamtaleは感情を司るAUらしく、片方が死ねばその感情が消える。ナイトメアが消えてしまったことによって、暗い感情が消えてしまったのだろうか。これは一見、問題ないように見えるが、問題大有りなのだ。
「まあ、そんなところだよ。……ここで駄弁ってる場合じゃない、今すぐ僕と一緒に来て」
そう言って、インクは俺の手首を掴む。体は傾き、俺の言葉も空しく、インク溜まりの中へと落ちていった。……てか俺の同意を得てからにしてくれよ。今さら、遅いか。
インク溜まりを経由してたどり着いたのは、俺がよく知っている場所だった。
「あっ、ドリーム先輩」
切り株の近くに、冠をつけた高身長の人物(骨というのが正しいが気にしないでほしい)が佇んでいた。ドリームは俺の姿を見るなり、駆け寄ってきた。インクは俺の手首から手を離す。
「来たんだね」
「……強制的に連れてこられた、ですけどね」
ため息をつきながらそう言ってやった。ドリームは苦笑した。
「ドリーム、もう話した方がいいんじゃ」
ドリームは頷いた。いったい何があるのだろうか? そこまで思った俺は、ドリームの足元にバケツが置かれていることに気がついた。
「クロス、今日は君に話があって呼んだ。同意を得ないで連れてきてしまったけど、どうか許してほしい」
「……分かった」
インクは凛とした表情でそう言った。いつもの笑顔はどこにもない。真剣なんだと感じた。頷かざるを得なかった。こんなに真剣に言われてしまっては。
「ありがとう。……それじゃあお願いね、ドリーム」
そう言ってインクは消えてしまった。これからAUの見回りにでも行くのだろう。
「急に呼んでごめんね、クロス」
ドリームは冠を被った頭をぺこりと下げる。
「……いえ、大丈夫です。それで、何のご用ですか」
そういうと、頭を上げたドリームは足元に置かれたバケツを渡してきた。その目が「受け取って」と言っている気がして、俺はそれを受けとる。バケツの中は黒い液体で満たされていた。そのせいか、重たい。
「これは……」
「クロスに渡したかったんだ。ここにいても仕方ないからね」
ドリームはその口に弧を描く。その意味ありげな言い方はなんなんだ。俺は首をかしげるが、ドリームはニコニコと笑うだけで何も教えてくれない。
「それを持って帰ってみて。クロスにとって最高のものだから」
「あの、説明が適当すぎませんか」
「いいから、帰ってからのお楽しみってことで」
そう言って、ドリームは指を鳴らす。俺の足元に黄色の魔方陣が現れた。あっ、これは……移動用のポータル……。
そう気づいた頃には、俺は自分の部屋に戻っていた。インクといい、ドリームの説明といい、いったい何があっているんだ……。頭痛を覚え、俺は顔をしかめる。バケツの中の黒い液体は、照明を受けてぬらぬらと光っている。
このバケツがどうしたのだろうか。ドリームは『ここにいても仕方ないからね』と言っていた。あの言い方は、引っ掛かる。バケツはどこにあってもおかしくはないと思うのだが……。そう思ったときだった。
光を受けていた黒い液体が動き出した。俺は思わず身構える。何が出てきてもいいように。…………しかし、これ、どこかで見たことがある、ような……?
「ったく、あの説明でわからないとはな」
「……えっ?」
すぐ近くから、声が聞こえた。温度を持ち合わせない、まるで氷のように冷たくて、低い声が。その声は、俺が聞いたことがあるものだった。不規則に動いていた黒い液体は人の形を作っていく。
「よう、クロス」
バケツの上で、センパイ……もといナイトメアがその口に弧を描きながら浮いていた。
「せん……ぱい……?」
俺の口から、掠れた声がこぼれた。なぜ死んだはずの彼がここに?
「おやおや、大好きな先輩が帰ってきたってのにハグはないのか? 悲しいなぁ、そんなんだったら死んだままの方がよかったのかもなぁ」
口笛を吹きながら目をそらす彼。俺はそんな彼のもとに駆け寄り、腕を伸ばした。彼の背中に回す。ぬめっとした感触が手に感じた。
「センパイっ……お帰りなさい……!」
「おう、ただいま」
ナイトメアも、俺の背中に腕を回してくれた。冷たいはずなのに、今だけは温かく感じられた。生きているんだ、改めてそう思った。
「あの……ところで」
ナイトメアの体から手を離し、いつの間にか頬を伝っていた涙を拭いながら口を開いた。ナイトメアは床に足をつける。
「あのあと……どうなったんですか」
「フツーに死んだぞ」
彼はあっさりと言い放つ。彼にとって、死ぬことは普通のことなのか。ソウルが1つしかない俺とは全く違う。
「でもそのあと、生き返ってDreamtaleに戻ってきたんだ。リスポーンってやつかな」
「それで、このバケツに?」
俺はバケツを指差す。ナイトメアは首を横に振った。
「いや、どうせならサプライズみたいな感じにしようと思ってな。ドリームに頼んでバケツに入ってたんだよ」
……この人にサプライズ精神はあったのか。
「そして今につながる、と……」
「そういうことだな」
ナイトメアはスリッパを鳴らしながら俺に近づき、抱き締める。それは優しい。残虐でサイコパスとはとても思えないほどに。
「俺がいなくてつらかっただろ?」
「そりゃ……そうでしょ。俺がどんだけ罪悪感に苛まれたと思ってたんですか……!」
「そうだよな。でも大丈夫だ。今生の別れじゃなかっただけマシだろ」
またしても頬を涙が伝う。ナイトメアはそれを舌でぬぐいとった。
「センパイ……大好きです……!」
「……俺も」
幸せが、また帰ってきた。
「お帰り」と言えば、「ただいま」と言う。ただいま、クロス。