医者が死んで千年。拾った子の養育費の為に鬼殺隊始めました 作:宮崎 葵
私は貴族の子でありながら恥ずかしいかな詩が苦手だ。その上に身体も弱く、持病の所為で余り運動出来ない。兄上達に剣の才では勝るが、女の身の私に剣の才等意味は無い。
「待て待て、桃。詩は良い物だぞ?詩は人の心に残り長く響き続ける。貴族なら少しは覚えなさい」
父上は笑いながら言った。父上は都でも名の知れた詩人で本当に私はこの父の子かと信じられない位だ。
「あんまりですぅぅぅ」
「桃。十にもなって騒がないの。端ないでしょう?」
「分かりました……母上」
私は家族を愛している。この日々が何時までも続けば良いと思う程に。
何故こんな所にこの女が居る?彼女は五年待つと言っていたが、あれは嘘だったのか?不味い、ここは怪我人も居る。どうにか時間を稼が無ければ。それに、彼女の背負っている女の子も助けたい。
「やぁ?どうしたんだい?まるでかつて自分の同胞を傷付けられて、全員の刀を折った相手に遭遇した様な顔をして?」
彼女は他人事の様に語る。あの日の悲劇を。あれは戦闘にすらならなかった。向かっては骨を砕かれ、刀を折り奪われる。全員生きてはいるがあんなのは公開処刑と差して変わらない。こいつはそれを「つまらない」と言いながら潰したんだ。
「全くだよ。俺もまさかあんたがここに来ているとは思っていなかったよ。あんたの目的は何だ?」
こいつは何故こんな場所に居る。そもそも此処をどうやって知った?まさか、俺を尾けていた?畜生、俺の所為で……。
「しのぶを探しているが如何せん見つからなくてね。雪霞が用があるから探しているんだけど見つからなくてね。知らないかい?」
何でカナエさんでは無くしのぶさんを?そうか!しのぶさんはカナエさんの妹。人質に考えているのか。この外道、それに責任を後ろの女の子に擦り付けようとしている。鬼は何処まで腐っているんだ!
どうすればいい?全身から嫌な汗が出る。俺は今刀も無ければ、両腕の骨は砕けていて動かない。蹴りを入れるか?いや、避けられて殺される。殴りに掛かる?これもさっきと同じだ。なら、答えは一つ───
「それならさっき見たんだ。こっちに来てくれないか?」
こいつを騙して日光に当てる。今は幸い昼間だ。今なら日光でこいつを殺せる。幾らこの鬼でも日光には敵うまい。最悪、日光に当てられなくても時間稼ぎだ。
「知ってるのかい?なら、早く案内してくれ。雪霞の望みは僕にとっては最優先事項だ」
「分かったよ。じゃあ尾いてきてくれ」
俺はそう言って、さっきしのぶさんとすれ違った所の逆方向へと歩みを進めた。
「で?どうしたんだい?僕に日光を当てる事に成功したが灰に成らないのに驚いているのかい?」
全く、途中から気付いてはいたがそんなに驚くとは。ここまで来ると一周回って面白いと言う奴だ。
「何でだよ……。お前……鬼なんだろ?何で死なないんだよ?」
彼は尻餅をつき全身を弾いた琴の糸の様に震わせている。懐かしいなぁ。昔はあんなに弾くのが面倒臭かったのに今ではあの日母と弾いた琴が今ではとても楽しかった物とも感じる。今は終わった遠い日々に耽る。
「で?次はどうするんだい?僕としてはしのぶを探しに戻りたいかな」
「……てくれ……」
「ん?何だい良く聞こえないなぁ?」
「お願いだ……俺はどうなっても構わねぇ。頼むから、誰にも手を出さないでくれ」
彼は額を頭に擦り付けていた。あぁ、そういう事か僕がしのぶを人質に取り、全員を殺す算段だと踏んだのか。全く、僕を何だと思っているんだい?この若造は。僕は確かに人を殺した事があるが君の前で一人でも殺したかい?
「知らないよ。僕は単にしのぶに用があるだけだ、じゃあ僕は行くから早く寝て傷を治すと良い」
そんな体では僕を殺すのは到底叶いやしない。僕としては君が五年あればそれなりに成れると踏んではいるんだけどね。流石にこんな短期間で成長する訳無いか。
「と言ったら本人が来たらしいね。しのぶ、僕の事を伝えないとこんなにも面倒な事になるらしいね」
しのぶは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「元はと言えば白夜さんが勝手にあの部屋以外で行動したからでしゃないですか?今すぐ部屋に帰って下さい」
「雪霞が用があるんだ。少し来てくれないか?」
「分かりました。私はこの人を帰すので早く帰って下さい」
「分かったよ。じゃあ僕は大人しく帰るね」
そして僕は踵を返して帰って行った。
「しのぶさん、あれは一体?何故こんな場所に鬼が居るんです?!」
俺は問いかける。しのぶさんはアレを容認していた。つまりは予め知っていたと言う事だ。
「雪霞さんの養育費欲しさに鬼殺隊に入ったそうです。鬼殺隊に入る為に上弦の弐を狩りました」
「演技では無いのですか?」
「いえ、演技の可能性は低いでしょう。上弦の弐を潰すのは余りにも手痛い」
あれは上弦の弐よりも強いのか?なら、俺達が挑んだのは実質上弦の鬼だったのか。
「あと、彼女は自称人間らしいので余り鬼と言わない様にして下さい。下手に機嫌を損ねられて彼女が戦力から離れるのは鬼殺隊としても痛いので」
確かに、上弦の弐を狩れるとなると生かしておくメリットは高い事も理解出来る。だが、養育費稼ぎで入ったと言うのがどうにも引っかかる。それも何故あの少女にそんな事をするのかだ。
「分かりました。この話を知ってるのは俺としのぶさんとカナエさんだけですか?」
「はい。他の人は知りません」
その時だった、突然お下げの女の子が向こうから走って来た。確か、すみさんだっけ?
「急いで下さい!炎柱候補の急患です!他にも複数の重傷者が!」
「分かりました。今行きます」
そしてしのぶさんは走って行った。この屋敷はどうやら安全とは言い切れないらしい。
「結局夜まで来なかったか……」
僕は雪霞が寝たのを確認してから月を見ていた。蝶屋敷のとある池のある縁側の前で月を見ている。やっぱり月の美しさは何時の世も変わらない。年々小さくなって見える気がするのは気の所為だろか?
涼しい夜風が肌を撫でる中、淡い紫色の濃淡が下に着いただけの着物を着て僕は雪霞の為に少し台所をお借りした自宅の蔵の餅から団子擬きの余りを食べている。
五段ほどにも積まれた串刺しの素団子。こうしていると思い出すなぁ、かつて父母や兄と過ごしたあの日々を。彼等は人として死ぬ事を望んでいた。だから、血を分け与える事はしていない。でも、今でも偶に思うのだ。「あの人達が生きていればどれ程楽しかっただろうか」と。でもそれは叶わぬ夢で有り得ぬ理想の果て。
「玉の緒よ何故絶えざるや
ながらへば想ふことの深みもぞする」
父上、母上、兄上達、私は今では歌も読めます。かつては非才な私ではありましたが、今ではあなた方には並ばずとも、貴族の末席に恥じぬ程には読めるでしょう。
「よもや、よもやだ。まさか俺以外にも起きている人間が居ようとは!」
私は───僕は振り返る。そこには包帯を巻かれた男が居た。髪は炎を思わせる黄色に近い白や赤が混じった熱そうな男だった。
「そういう君はここの患者かな?早く寝た方が良いんじゃないかな?僕は良いとしても君の身体は傷だらけじゃないか。鬼の首を狩りたいのなら早く寝て傷を治すと良いよ。と言うか君は何をしているんだい?」
「厠に出て少し餅の匂いに惹かれて出てきて見れば君が居た。君こそ寝なくていいのか?」
確かに、餅を砕いて捏ねて焼いたから匂いは漂っているのか。それならこれは僕の落ち度だな。
「そうだね。確かに、僕も寝るべきかもしれないね」
「少し、貰っても良いか?」
「どうぞ?酒も無ければ、中は何も無い素団子で良ければね?」
「構わない。喜んで頂こう!」
男は皿を挟み横に座った。
「下駄は履かないのかい?」
「それは君もだろう?」
男が僕の問いに答えを返す。この間に団子の上二段が無くなった。
「確かにね」
「やっと、笑ったな」
「えっ?」
僕は一瞬分からなかった。僕が最後に笑ったのは確か雪霞と風呂に入った後に一緒に布団に入りしのぶを待っていた時だった。
「さっきから何処か遠くを見つめている様な目をしていたからどうしたのかと思ったが───、特に心配無さそうで何よりだ」
「そうかい。僕はそんな顔をしていたのか」
恐らく、家族の事を考えていたのが顔にも出ていたのだろう。雪霞と出会った所為か少しあの頃に戻ってきている気がする。
「気付いていなかったのか?」
「どうやらそうらしい」
僕は自嘲気味に答える。そして、団子は残り一段になった。残り一段と言っても三本程しか残っていないが。
「エラく美味いがこの団子は誰が作ったのだ?」
「僕だよ?」
「よもや、よもやだ。詩だけで無く料理の才もあるとは」
歌の才と言う事はあの詩を聞かれていたのか。少し恥ずかしいな。あれは家族に向けての詩と言うのもあり、少し感情的な詩である為に感じる物がある。
「お褒めに預かり恐縮だよ。今夜の礼にでもあと二本は君にあげよう。また会った時に可能な限りで君が好きな物でも作るよ」
「そうか!それは楽しみだな」
そして、僕はあの部屋へと戻って行った。その後夜中に皿を回収する為に再び起きたのは言うまでもない。
この胸の高鳴りは何だろうか?
俺は布団に入ってからこの事ばかり考えている。否、正確にはあの少女と出会ってからだ。あの月の様に美しい髪をした少女。肌は雪の様に白く、目は硝子玉の様に美しかった。
「また会いたい」
思わず口から零れ落ちる言葉。今でもさっきの会話を明瞭に思い出せる。あの声が何処か俺を狂わせる。夜風にやられて風邪でも引いたか?と考えたが俺に限ってそんな事は無い。
俺はきっと何時までも忘れない。あの御伽噺から出てきた様な美しい少女の事を。
「白夜さん?また勝手に行動しましたね?」
「しのぶ……こわい」
しのぶが笑いながら怒りつつ問い詰めて来る。いや、顔は笑っているのだが声が笑っていない。雪霞が若干怯えている。あとその話、今回は心当たりがあるな。
「噂ですよ、何でも『杏寿郎さんが昨日の夜に厠に起きると月の様な美しい少女と一晩を過ごした』とね?朝から『その女は何処だ?』とずっと騒がしいんですよ?その上、貴方の髪が白色だから誤魔化し様がありませんしね?」
かなり騒ぎになっているらしい。なんか屋敷がやけに騒がしいと思ったらそういう事か。となると不味いな、この部屋に来るのも時間の問題か?
「それに関しては謝罪するよ。少し昔を思い出していてね」
「昔ですか?と言うと」
「家族の事さ。もう千年も経ったと言うのに今でもあの日々を忘れられずにいる」
しのぶがの勢いが水面に落ちる投石の様に沈没した。家族の事と言われれば少々響く物があるのだろう。恐らく、僕の見立ててでは二人の両親はもう居ない。大人を見たがどれも実の親と言う感じでは無かった。恐らく、鬼に殺されたのだろう。
「あと、昨日雪霞がしのぶに用があったのはお腹が空いたかららしいから僕が団子を作って食べさせた」
「そういう事ですか。なら良かったです」
「所で、この事態の収集どう付けようか?僕を知っている隊士が今この屋敷に居るのだろう?」
一番の問題はここなのだ。知っている者が居ないなら本人の登場で話は収集が付くが今回の場合、まだ断片的にしか伝わってないから鬼と判明していないだけで鬼と分かれば自体は更に悪化するだろう。
「九作郎さんは大丈夫でしょうけど、他の方々が騒ぐかどうかですね」
九作郎?ああ、五年待ちのアイツか。あの日に僕が覚えている限りでも日輪刀を折ったのは十人以上。この人数全員が箝口令に賛成するとは思えない。
「カナエみたいに話せば分かる隊士なら良かったのにぁ」
「姉さんみたいな人は稀です。基本的には鬼殺隊の隊士は鬼は全員狩ります」
しのぶは溜息を吐く。確かにご最もだ。親兄弟の仇の一味ともなれば問答無用で叩き切りたくもなるだろう。
「そうだなぁ、でも暗かったからある程度は分からないんじゃないかな?ね、九作郎君?」
僕の視線の先にある襖の隙間から覗いていた黒髪の少年の身体が揺れる。少年は観念したと言わんばかりに襖を開けて部屋に入って来た。
「……少なくとも、あの日は暗かったからアンタの顔を覚えているのは俺だけだ。他の連中は夜目が俺程効かないからな」
「だとの事だ。お面を被れば気付かないんじゃないかな?最悪聞かれても家の仕来りで通せばどうにでもなるさ」
一応、御館様にはお面を被ると言う話をしてはいる。これで特に問題は無いはずだ。
「分かりました。でも、いざとなれば見捨てますからね?」
「是非ともそうしてくれると良いよ」
僕は全力で笑って返した。最も、君たちでは僕の頸を切る以前に刃が届かないと思うがね。
僕は黒い霧を作る。そこに手を入れて随分前に作った錆びにくさを理由に銀で作った白く塗装された狐のお面を取り出した。丁度中央の両端に赤い紐があり、それを後ろの左手で髪を上げて右手で紐を髪の下で結ぶ。そして、髪を下ろした。
「雪霞はどうする?」
「……一緒に……行く」
「じゃあ一緒に行こうか」
そして、僕は立ち上がった。「あの女まさか……」「……そういう事です」と言っていた二人の会話を僕は聞き逃していないから後で覚悟したまえ?
はい。私です。辛うじて週一投稿を守っています。ここでお知らせなのですが、近い内に少し執筆活動が困難になる恐れがあります。仮に週一投稿が出来なくなった場合は帰ってくるまで待って頂けると幸いです。では、次のお話でまた会いましょう。
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玉の緒よ何故絶えざるや
ながらへば想ふことの深みもぞする
因みにこの詩はオリジナルですので少々文がおかしい可能性があります