娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない   作:丹波の黒豆

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3)【別視点】重力紳士の生き様

 ジルクリフのヤツが女性の生理問題を解決すると人を集めた会場で。

 俺、紫の公爵デールは唖然とした表情でソイツの挨拶を聞いていた。

 いや俺だけじゃない。

 

 ここに居るその全員が、呆然としている。

 そりゃ当然だ。

 

 嫁以外に笑いかける事も、頭を下げる事だってしなかった生粋の嫁狂いが。

 清廉で民思いの嫁を迎える為に、この国の邪魔なヤツらを文字通り払いのけた魔王の如き為政者が。

 冷酷で傲慢で、それでも馬鹿ほど優秀なだけが取り柄のヤツが。

 

 自分達に心から笑いかけ、頭を下げているんだから。

 そりゃあ驚くってもんだろう。

 

 その眼の奥には確かに強い執着の光があって。

 それを見て、組織やら仕事に執着してここに来た連中が泣いて喜び。

 

「どんな手段を使っても、成し遂げて欲しい」

 

 と言われた趣味人達が歓声を上げ。

 妻にしか見せなかった整った顔が作る優しげな笑顔が与えるギャップで、女どもが悲鳴を上げて。

 会場はもう大騒ぎってヤツだ。

 

 まぁそりゃあ別にいい。

 妻を失ったアーディンが腐って領を潰すよりはマシだ。

 

 娘の為って頑張る所も者は違えど共感できる。

 

 だが気に入らない。アイツの変化が気に入らないんだ。

 

 アイツはそれから、文字通り誰にでも優しく振る舞った。

 俺たちが開発しやすいようにって気遣って。

 女達の会話に甘い笑顔で答えては、なんか色々専門知識を踏まえた、為になるような話を返してやって。

 

 シャンプーやらリンスやらハンドクリームやら。

 そういう土産すら持ってきて、ソイツラに配って。

 

「娘のついでだ」

 

 と、笑顔でもって渡してみせた。

 

 ……それが俺には気に食わない。

 

 誰にでもいい顔するような男は、重力紳士に相応しくない。

 そりゃあ俺たちの中には恋に執着して、ふらふら色んなヤツに甘い言葉を飛ばす輩もいるが。

 そんなヤツは言語道断だ。

 

 俺らの本懐は、いつだって1人だけ。

 たった1人の心に定めたヤツ以外、全部どうでもいいのが俺たちだろう。

 

 その第一人者だったヤツのそんな姿が。

 どうにも俺は、俺らは我慢ならなかった。

 

『娘を愛するなら、娘だけにその愛情を注ぐべきだろ』

 

 そんな思いを抱く中。

 あの事件は起こったんだ。

 

 それは俺が討論の場で他の貴族と揉めた時の事だった。

 どうにも論議に収まりがつかなかった俺たちは、そこで側にいたメイドに向かって命令した。

 

「おうキサマ。そこでスカートを捲って、キサマのモノが見えるようにしろ」

 

 メイドの頭を見れば茶髪で魔力なし。平民なんざどう扱っても貴族の勝手だ。

 皆が納得してその場で頷き、メイドがテーブルに座ってズロースを下ろすのを待ってやった。

 誰も文句を言う奴などいない。

 

 そりゃそうだ。平民なんざ使い捨てのコマで、妻以外の女なんざ道具でしかない。

 ソイツをどうしようが俺らの勝手だ。

 

 が、その時だ。

 ジルクリフがそこに割り込んだ。

 

「すまない。

 集まって頂いた紳士淑女の皆様の気勢を削ぐわけではないが。

 女性の尊厳を守る道具を作るという高い志を持ったこの集まりで、例えメイドであるとはいえその女性の尊厳を傷つけるような真似を皆様にさせてしまうのは。

 

 皆様をこの場に集めた者として、実に心苦しく思うのだ。どうにも娘が彼女のように誰かに辱められたならば等と思うと、とても平穏ではいられんのだよ。

 

 どうかこの小心者の心の平穏の為と思って、こちらに用意したハリボテを使って実験を進める事をお許し頂きたい」

 

 一部の奴らがハッとしてやがったが、俺にはもう我慢ならんかった。

 特に態々自分を下げて、さもこちらを気遣っているという態度が気に入らん。

 

 俺の魔力が示す“執着”先以外の尊厳など知った事かというヤツだ。

 

「え、元々女になんて興味ないですから問題ないのでは?」

 

 こんな事を言うヤツも居るくらいなんだから。

 だから俺は言ってやった。

 同じ公爵である俺が教えてやらねば、誰がやる。

 

「ふん、ジルクリフ卿。貴方こそおかしいぞ。

 そのように多くの女性に色目を使うような事を言って。我ら重力紳士はたった1人にその愛の全てを示すのが習わしだ。

 

 その第一人者たる貴方が、その様な有り様など全く持って嘆かわしい。

 今の貴方はあまりにも醜い!」

 

 会場がざわつく中、俺の言葉に賛同する男は多かった。

 対してヤツに気遣われた女共はジルクリフ側ってヤツだ。

 中にはヤツが女性の為なんてお題目を、どこまでも正直にやりきろうとする様を見て。

 

「あの方こそ真の貴族……」

 

 なんて立場と使命を貫いた、おとぎ話の英雄の逸話を持ち出すヤツもいたが。

 気が知れん。

 唯のナンパ男の間違いじゃねぇか?

 

 俺は妻の他には何も要らない。

 そう言い切れるぜ。

 ほれみろ。

 

 この場にいる妻だって、この俺のあまりの愛の深さに顔を赤らめて下を向いているじゃあないか。

 

 一気に騒がしくなった会場で、俺が自信を持ってヤツの返答を待っていると。

 

「それは勘違いだデール。俺の愛は今でも1人にのみ捧げられている。

 彼女の遺してくれた我が女神に」

 

 そんな言葉を吐きやがった。

 そんな誤魔化しを聞いた俺は、たまらずその場でブチ切れた。

 

「ならばその娘だけを思うがいい。

 この場で一番の重力紳士であった貴公が、なんたる様か。

 それこそ噂の黒の魔力にでもやられたか、ジルクリフ卿!」

 

 そう言った瞬間、俺は自分の言葉を悔いた。

 別に言いすぎた、などと言う理由じゃない。

 眼の前の男があの断罪者である事を、思い出したが故にだ。

 コイツは妻の為にならないモノを徹底的に排除した男。

 

 今も娘を愛するというその本質が、変わって居なければ。

 俺もこの瞬間、ヤツの魔力で潰されても可怪しくはないと、思ったからだ。

 だが奴は、そんな暴挙には出なかった。

 

「だからこそだ。娘に対するその様な言葉を覆す為に、俺は誰より正しく生きて、娘と妻が正しくある事を示さなければならない」

 

 身体に魔力を纏わせたソイツは、静かに、静かにそう言った。静かだが、誰よりも強い意思が感じられる。それは柔らかいが、何よりも強い光で。

 

「それにな。俺の行動でこれから築かれる娘の絆が狭まる事は許されない。だからこそ全ての者を気遣って、俺は大切にせねばならんのだ」

 

 奴はまっすぐ俺を見て言葉を続ける。

 

「なにより。

 私がやった事を、娘相手にやり返されたらと思うとな。

 怖くなってしまったのだよデール」

 

 そうしてソイツが言い切った時。

 俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや。そんなん気にしてたら、正直やってられないだろ』

 

 心からそう思っていた。

 

 その優しさとやらで決意が鈍って大切なモン守れなかったらどうするよ。

 一大事じゃねぇか。

 やっぱ俺の方が正しいぜ。

 

 何だか力ずくでの制裁はないみたいだし、もう手加減は要らんな。

 そう思って俺がまた声を張った時。

 

「やはり、今のお前はあまりにも醜いぞジルクリフ!」

「醜いのは貴方でしょう。デールっ!」

 

 怒りに震えながら叫ぶ妻に頬を張られた。

 え、嘘?

 

「な、我が愛しの君よ」

「お黙りなさいな。貴方の愚かな振る舞いによって私はこれからどんな顔してこの街を歩けばいいのかしら。ああ、恥ずかしいったら!

 貴方なんて絶縁よ!!」

 

 あ、ええ?

 ちょっ、ええ?

 

 おいおい。どうしてこうなるよ。

 俺は間違いなくお前一筋なんだぞ!

 

「お、おい君。それだけは勘弁してくれ。俺は今までも、これからだって全部お前の為にこの命を捧げてきた。そのように云われる所以はないぞ」

「今現在、私は貴方にとっても恥ずかしい思いをさせられているのだけれど。

 このように子の為に、私達の為に、まっすぐに生きようと示されている立派な方に、どの口が醜いと言うのよ貴方!」

 

 妻は紫の緩やかなウェーブを揺らしながらそういうと、その眼の奥には執着の光が瞬いている。

 おい、なんでヤツの事を口に出してる時に。

 はぁっ、……そういう事なのか!

 

 ジ、ジルクリフに執着を?

 

 嘘だろう。嘘って言ってくれ。

 いきなり妻に絶縁を言い渡された俺は、命の灯火が消えちまったように消沈し。

 その場で崩れ落ちてしまう。

 

 そんな俺を救い上げたのは、……皮肉にもジルクリフのヤツだった。

 

「どうか気を治めてくれ給え奥方。

 俺はどうとも思わない。それよりもどうか私の前で簡単に別れるなどと言ってくれるな」

『妻にもう会えない俺の前で』

 

 そう続きそうな、辛そうな表情で言った言葉で、妻は即座にハッとなり。

 

「はっ、も、申し訳っ」

「よい。どうか仲睦まじくな」

 

 切れそうだった俺達の仲を繋いでみせたじゃないか。

 助かった。本当に助かった。

 

「す、すまんジルクリフ卿。お、恩にきる」

 

 急に立場のなくなった俺は、弱々しくヤツに謝罪と礼を言った。

 しかしヤツは首を振り

 

「謝罪する相手を間違うな。それはこの淑女に対してだ」

 

 あのメイドを指して言いやがった。

 

 『おい、俺は公爵だぞ!』

 

 そう言おうとした瞬間、妻の鋭い視線が見えた。

 はっ、おい。

 これってそういう事か。

 

 こ、コイツやりやがった。

 

 正しく生きるとか言いながら、俺たちの女房たぶらかして。

 俺たちの命握りやがったじゃねぇか!

 いや、俺たちの執着心は命より重いからそれ以上だ。

 

 マジマジと、ジルクリフの方を覗き込むと、ヤツはもの静かにこちらの様子を窺うばかり。

 は、魔王め。

 俺は油汗を流しながら、地に膝をついて。……静かにメイドに謝る他ない。

 

「す、すまないレディー。……俺が間違っていた。いかようにも罰を受けよう」

「い、いえ、そのようにお気になさらないで下さい」

 

 その瞬間、会場を暖かな空気が流れる。

 俺はその空気に乗っかる事を、強いられていた。

 

「ふふデール。見直したわ。これからも公爵様をお手本に“正しく”あって欲しいものね」

 

 そんな微笑みを浮かべて、世界一綺麗な表情を見せる女神の言葉に。

 

「ああ、もちろんだとも」

 

 俺は頷く以外出来なくて。

 周囲の並み居る重力紳士達もどうやらこの事実に気づいたらしく。

 

「あの生き様。美しいな……」

「そ、そうか、考えた事もなかった。

 ソウイウ紳士は妻に受けが良いかもしれん。さ、流石は我らの第一人者よ……」

「こ、これからの重力紳士は……斯くありたいものですな」

 

 心の底から言うヤツも入れば、俺のようなヤツもいる。

 だが少なくともこの場にほぼ集まった、我が領の妻を思って生きる生粋の重力紳士達。

 その生き方は今日新たに定まった。

 

 なにせアイツの生き様というヤツは間違いなく女達の中で話題になって、これから俺のような悲劇はいくらでも起こるんだ。

 その時起こるだろう諍いを止められるのが、ヤツだけならば。

 

 これはもう、生き方を変える他ない。

 新たな流行に乗る他ないんだ。

 

 ジルクリフに、この魔王に、妻を取られちゃたまらんわ!

 

「まぁそれはよく分からんけど、公爵様はいろんな面白い知識持ってるし」

「ちゃんと私達の研究に耳を傾けて下さいますし」

 

 それだけじゃない。

 他にも多くの趣味人達を次々と与えた目新しい知識と道具で飼いならして。

 まんまとコイツは掴みやがった。

 

 こ、こんな女性の為の道具を作るとかの話題一本で。

 どうにも纏まりの悪いこの紫の領が、もうこの男の手の中だ、と?

 

 ……。

 

 そのあまりの事実に俺は恐ろしくなって、一言アイツに声を細めて囁くと。

 

 「恐ろしい男だな貴公は。……読めぬ先などないのではないか?」

 「かいかぶるな。まだまだ俺など知らぬ事ばかりよ」

 

 そのあまりにも隠そうとしないその誤魔化しに、俺は今後、コイツにだけは逆らうまいと誓うのだった。

 

 

 かくして紫の領の紳士達は、望もうが望むまいが新たな掟を受け入れる事になる。

 この歪な団結がこれより急成長を遂げる紫の領の大きな原動力となった事は、言うまでもなく。

  

 人に恥じぬ行いを貫くその男達の姿は、これより後世、紳士の見本として多くの国で語り継がれていく事になるが、その変化のきっかけの正しい所を語る者は、……誰もいなかったと言う。

 




赤の侯爵令嬢の話はまた別の機会にやります。

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