娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない 作:丹波の黒豆
この国のメシはまずい。
いや日本のメシが美味すぎたとか、品種改良された食材との差とかそういうレベルの話じゃなくて。
『料理が近代イギ◯ス基準だった』
野菜を煮出して沸き立たせた後その汁を捨て、また崩れるほどに煮込み直す、悪評高きあの文化。
国交悪化によるフラ○ス文化排斥で廃れ、さらに産業革命で追い打ちを受けて完全破壊されたブレックファストの国の料理を、追い打ちに大量の調味料で誤魔化す悪魔の所業こそ、我が国の料理であった。
なんと驚きのK点超え。
あの国以下を樹立するとか。
『やべぇ、俺の国の料理が不味すぎ問題』
こんなモンで育ったらそりゃどんな奴だって冷血漢に育ちますよ(超偏見)
なんでだ?
下地もないのにどうしてこんな悲しみを背負うんだ。そう思って脳内を探ったら答えを見つけた。
『同じ轍を踏んでいた』
料理文化は昔から左隣の陽光の国に頼りきりだったのに、少し前の宰相が国交悪化を理由にそのメシウマ文化を徹底排斥。古ぼけたレシピを持ち出した結果。
どうにもこの様であるらしい。
『料理下手が料理上手のやり方全否定して、美味しくないから廃れた料理作ったらメシマズだった』
そんな当たり前の過ちを国家レベルでやらかしたのがこの国である。
正直、正式な場以外ではしっかり他の国の料理が食べられている辺り、この国の罪深さが窺える。
……味音痴じゃなくそもそもやる気がない類いだコレ。
おかげでとある社交場で、見た目だけはよく工夫されているそれらを初めて口にした時に、俺は果てしなく深い虚無の宇宙を漂う事になった。
か、改善を要求する!
娘には美味しい実家の味を贈ってやりたいし。
ソレ以上に美味しい物を味わって貰いたい。
『食育は大事なんやぞ!』
過去最高のやる気が俺を動かした。
日本に生まれて20年間。みっちり姉ちゃんによって仕込まれた(ヘタレな)男である俺にとって、料理とはすなわちホームグラウンド。
今まで散々姉ちゃんのわがままで鍛え上げられ、工業大に入った癖に
『料理人なんて人生もいいもんだよな……』
なんて考えるまで追い詰められた弟力が火を吹くぜ!
なぜだか少しだけ濡れる瞳の端を拭って、俺が決意と共に選びとったのがこの一品。
ダシのなんたるかを分からせるのに、和食がないならこれしかない。
『コンソメスープ』
俺はこのスープで栄光を掴んでみせる。
固形ダシなら簡単なこの一品。
本来最上級の変態料理だ。
肉をわざわざ細かくミンチにし。
数々の香味野菜を細かく切って卵白と一緒によく混ぜた後、それを長時間沸き立たせずに煮込んで、澄んだスープと仕分ける作業を1サイクル8~12時間。
その後、半日冷まして最初の行程から2~3回繰り返すという、もう何かの執念しか感じない料理こそ。
完璧の意味を持つあのコンソメスープの正体なのだ。
姉ちゃんにめいれ、……いや頼まれて作ったこのスープが俺の勝利の鍵となる。
3連休の初日から始めて、連休の終わりにやっと完成したコイツの姿と、それにかかった材料費のあまりの高さ。そのダブルパンチで泣きに泣いた、あの日の俺が報われる。
『姉ちゃんありがとう。けど許さん!』
俺はその時コンソメスープの素って奴がいかに優れたモノなのか、誰よりも理解した。
固形だしは正義なのだ。
そんなコンソメをウチの薄紫頭のちゃら男な料理長に作らせた結果。
「く…狂って…る。だがこれは…美味…すぎる」
と、見事にこの料理界の暗黒面に屈服し、“執着”落ちさせる事に成功。
本格的な料理開発と相成った。
日々その完成度を上げる為に、食材の吟味を重ねる料理長。
当然異世界なので食材だって普通じゃない。
ここ紫の領は西と南を国以上の大きさを持つ“森林型ダンジョン”魔獣の大森林に覆われており、魔獣が無限に湧いてくるので、正直シビエ食材がたくさん取れる。
おかげで肉食用の畜産業は鶏以外ほぼ息をしていないので、この魔獣肉を使った料理開発が生産コストを安く仕上げる鍵なのだ。
『しかし今のままでは夏場は辛い』
ファンタジーには当然冷凍技術などなく、夏場のお肉などどうなるかなんて簡単に想像できる。
ならば作ろう冷蔵庫、冷凍庫の勢いで用意したのがコレ。
『冷凍庫付き馬車』
え、ファンタジーの世界で冷蔵庫?
と思う方も居るかもしれないが、作れる。
作れてしまうのが科学の怖さ。
なんとも疑わしい方は、まずその冷凍技術の入門編。
エアクーラーとかジェットクーラーとか呼ばれてる、空気式熱交換器の図解を見て欲しい。
と、この直径15cm程の装置一つで、強度と空気圧さえ用意できればちゃんと-70度近くの冷気を出せる。
使う為のエアコンプレッサーは空気入れを連装化して、一度タンクに送って一定圧に仕上げれば大丈夫。
それを何らかの動力で動くように仕組めば、完成だ。
もちろん本来の熱交換機とは仕組みが違うけど、そっちだって作れるよ。
そちらを説明するのはちょっと勘弁して欲しい。
……多分唯の工業の授業になるだけだからさ。
とりあえず熱交換器って奴はフロンやアンモニアと言った冷媒が無くっても、効率さえ無視すれば空気でだってちゃんと冷たさを生み出せる。
それに本来冷たさの前に熱を生み出す代物だから、ヒーターや温水なんかにも利用出来ちゃう優れ物なんですよ。
動力があれば、電気は元々必要ないし。
こんな風に効率とか整備性とか耐久度とか無視すれば、割と工業製品は文化水準が低くても出来上がる。
『例えばコイツを拵えた水車式の複合加工機』
水車の回転を利用して旋盤やら切り出しやら穴あけやら、何でもできるそいつで円柱部品を造ってベアリングとし、水車の芯に仕込んで更にその回転精度を上げて、また作る。
これを繰り返すだけで、簡単に近代に近い加工精度の環境が手に入る。
これがあれば、もう作り放題だ。
だって今まで腕一本で鎧の究極曲線とかを作り上げてた職人達が、コイツを使うんだもの。
……技術がない世界って人間の方が壊れてるんだよ。
なんせ、このエアクーラー。
水車加工機を教えたドワーフの親方が、その日のうちに作ってくれたしな。
「おう、礼だ。受け取れや」
ってさ。流石に俺もビビったわ。
スゲェなドワーフ。
おかげで実はウチの領。早い段階でもう熱交換機、すなわちクーラーと冷凍庫が手に入っているわけで。
もちろんパーツ別に別工房使って作らせて組み立てる方式の分担量産体制だって用意済み。
効率化は高度産業の基本よね。
ちなみにこの冷凍庫付き馬車。動力は車輪と水車のどちらか2つが使えるぞ。
そんな素敵アイテムを持って、ウチの騎士団は毎日森へと入っていった。
もう色々手が足りないから、冒険者の人たちを直接呼んで解体作業だけやって貰って、ここでも分担効率化を徹底していく。
なんて指示を出してたら。
「領主様。解体後の魔獣の処理に肉屋を呼んで下さい」
「もう面倒なんで土魔法でここに水路引いて冷凍庫用意しましょう。ついでに水車で骨粉とか作りましょう」
「後、毛皮の処理に職人お願いします」
「内臓と草とか混ぜて肥料作る工場も作りましょう」
「あ、人が多くなったんで色々日常品の手配に商人達呼びましょう。あと職人追加で」
「宴会用に、お酒欲しいッス」
と、度々愉快な報告を受ける様になったのでホイホイ許可した。
しばらくしてからとりあえずの監査も兼ねて、コンソメと、そのダシをとった後に大量に出る肉と野菜を利用したブラウンなミートシチューとか、ミートソースとかいっぱい持って陣中見舞いに向かってみると。
すると不思議な事に。
『おぅ。小さい市場が出来とる?』
なんかウチの大森林の前線基地が、色んな商人で賑わう卸売市場みたいになっていた。
あとやけに冒険者の姿が目立つ。
見れば突貫して作られた冒険者ギルドの倉庫と宿屋。
あ、支店が出来てる。
……ま、まぁ効率の良いのは良いことですよ。
「がはは、今日も大量ですなぁ騎士団長殿!」
「ふっ、今日も冷えたエールで乾杯だな!」
そこではなんか妙に仲の良くなった騎士団と冒険者達の一団を発見。
どうして下級貴族である騎士と平民が、こんなに仲良くなったのかを聞き出すと。
「いやぁ、共に肩を並べて働いた後に、この天上の飲み物たる冷えたエールで一杯やってたら自然に」
「今では立派な飲み仲間ですよ!」
「この一杯の為に生きてますよ。この為ならなんだってやれます」
と、和気あいあいと話す姿を見て、思わぬ冷凍効果を知る。どうやら冷え冷えの美味しいお酒が両者の仲をとりなしてしまったようだ。
やはり美味いモノは強かった。
おかげでみんなのやる気が上がってお肉が一杯取れてるらしい。この時代、エールは飲水代わりだから、安いし経済的にも助かります。
ねぎらいに持ってきた料理を色々手渡すと。
「おお、これは素晴らしい料理だ!」
「硬パンとシチューで、いくらでもエールが飲める」
と素直にその味を気に入ってくれた。特にシチューが大人気だったので。
『これからこの領で売り出すコンソメのついでに出来るシチューなんかは、平民に格安で施すつもりだ』
と、軽く今後の予定を話せば。
騎士団長以下酔っ払い達が食いついた。
「その話、詳しく教えて頂けませんか?」
「どんな準備が必要なんです」
完全に眼の色を変えた男達に、君等の取ってくる肉とたくさんの野菜が必要なんだが、早くても領の予算の都合で数年後の話だと答えると。
何やら車座になって相談開始。
空色混じりの紫髪の美系騎士が冒険者達と一緒に
「俺たち、各村を説得してきます」
「この冷凍庫があれば、各村で夏場に腐らせていた野菜、領内運河使って持ってこれます」
お、おう。
そうなんだけど財布がな。
元のジルクリフが領地開発した分と、俺が現在色々やらかした分で、……実は今領の財源はかつかつなのだ。
大規模展開は、出来れば来年以降に……。
「領主様。これで払いましょう!」
「みんなきっと納得します」
彼らに示されたのは、そのシチューだった。
あ、なるほど物々交換か。
現代人な発想が邪魔してた。冷凍技術を使って余所から大量買い付けする事ばかり考えてたわ。
各村の彼らが腐らせる予定の野菜と、いくらでも湧く魔獣を使って作るコンソメ。
そのお礼に副産物のシチューを渡せば、確かに材料費は大幅カット。しかもこれって……。
……一切食料生産量が増えてないのに、現行食料に依存しない食料対策と資金繰りが同時にできる。
実質、食料生産量が大幅に増えたのと一緒なんだ。
『今まで使ってないリソースの見直しか……』
……君達、頭いいね?
後はその生産施設と冷凍倉庫を作れって話だな。
あ、戦力増強もか。
即採用。料理長に作らせていた貴族へのプレゼン用のコンソメが完成する前に、なんだが量産化の流れとなった。
ならば水上運搬用の冷凍庫付き船舶が必要だとセバスに言うと。
「ふふ。旦那様がそうおっしゃる事は分かっておりました。
既に手筈は終わっております」
『いつから俺がこんな手を用意していたと錯覚していた、セバス?』
……空恐ろしい万能執事の期待がそろそろつらい今日この頃。
だがありがたく使わせて頂きます。
こうして各村出身の平民を擁する冒険者達と、我が領の騎士たちの異常な張り切りによって、コンソメ量産計画はトントン拍子で進んでいった。
そんな彼らに引き込まれ。
——領地経営の官僚達が。
「領主様ぁ、話は騎士達から聞きました。なんでもコンソメは材料費ロハで儲かる魔法の料理だとか。やりましょう。どんどんやりましょうコンソメ!」
——この前の研究で出会った人達が
「ジルクリフ様。この料理は大変素晴らしいですわ。ぜひ領の特産に致しましょう」
「おうジルクリフ卿。妻の為になんでも手伝うぜ?」
——何故か多くの趣味人達が。
「氷の魔石って高いんで、気軽に冷凍実験出来るようになると助かります。量産化と改良手伝いますよ」
「今まで鮮度不足で手に入らなかった素材とか、一緒に手配出来ますよね? 実験捗るから早く開通しちゃいましょう」
果てには一緒に魔獣の大森林を抑える隣の領地。
あの異世界業界きってのチート魔法。
土魔法を使う地の領の濃いオレンジ頭の老領主様が。
『おう、話はオメェん所の騎士達に聞いたぞジル坊よ。
このシチューってヤツ。コイツぁいいのう。
工賃はまたいつもの技術払いでいいからよ。ワシラにも一丁手伝わせてくれや』
いつでも土使い達を送ると、手紙をよこして下さった。
え、なんで?
……。
み、みんなやっぱりメシマズ気になってたんじゃないか!
食事は大事だ!
この作品はKAKERU先生の「科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日記」から多くを学ばせて頂いた上で執筆しております。こちらの話の熱交換器云々は、まさにそこからの発想です。
先生の作品はどれも本当に着眼点が一味も二味も違うモノなので、もし興味が湧かれた方はぜひ手にとって見て下さい。
人は選びますけどハマる人にはたまりませんよ(笑)