娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない 作:丹波の黒豆
その日。俺、紫の領の騎士団長ドーンは主君からの命を受け、我が隊の騎士達と冒険者達を引き連れて、公爵領最南の町より下った場所にある、あの忌々しい大森林から生まれ続ける魔獣達と戦う最前線の基地の一つに来ていた。
現在は夜間。この作戦が始まってから数日が経ち、一々折り返すのが面倒になった我々は冷凍馬車の一部のみを輸送隊として戻し、本隊はこちらで寝泊まりすると決めていた。
時には何日も魔獣達とやり合う事になるそこには、我ら第一騎士隊と、冒険者達全員が泊まっても十分な備えがあり、俺は指揮官用に用意された一室を借りて、日課である筋力鍛錬に励んでいた所なのだが。
そこに多くの隊員達と冒険者が、なにやら酒樽を担いでやって来た。
「なにか?」
「いや団長。実はですねぇ。コイツらがとんでもない発見をしたんですよ」
「これは世紀の大発見ですよ」
俺が尋ねると、何やら興奮した騎士達が一斉にまくし立て。
冒険者達が後ろで何か照れ笑いをしているようだ。
この様に平民達を我らが称えるような事は、普通ない。魔力を持たぬ存在である平民は、我々尊い血を引く者にとって、どこまでいっても弱者でしかないからだ。
「なんだというのだ。
魔獣との新しい戦い方でも見つかったとでもいうのか?」
訝しみ、うろんげな目で彼らに尋ねると、そこにジョッキに注がれた一杯のエールが差し出された。何やら涼しげな湯気を出しているが、まさか。
「いえいえ、アッシの仲間がキンキンに冷えたコイツを拝借しまして……」
「何。貴様ら、我らが糧食を先付けしたというのか。それは禁則事項だぞ?」
革鎧の身軽そうな冒険者が、その灰色頭を掻きながら言った言葉は、頭の硬い俺には聞き逃せないモノだった。
それまで冷凍馬車に乗せて運ばれてきたのだろうそれは、その順序からして後に飲む為の代物である。各騎士隊では形骸化はしているが、規則は規則。
紫髪に稲妻の黄色が混じる俺は魔力の示す“正義”を重んじる為、よくバカ真面目だとからかわれるが、それがどうした。
己を律せぬ軍など、暴徒と変わらぬ。
些細な事であれ、規律は守られねばならんのだ。
「まぁま、団長。
とりあえずコイツをくいっと、やりましょう?」
「なっ、オイ!」
しかしそこに正義はなかった。
あろうことか数人の隊長格が、俺を直接取り押さえ、その口に無理やりそのエールを押し付けてきたではないか。
『いかん。このままでは、エールがこぼれる』
食を粗末にする有り様もまた正義ではない。
しかたなく俺は高度に柔軟な対応により、ソイツを飲み干す事にした。
それが運命の出会いであった。
「な、なんだコレは。まさしく神の国の飲み物だ!」
間違いない。
これは天におわす神々が、我々がエールを飲み尽くさぬ様にと我々の目から遠ざけていた味わいなのだ。
鍛錬後であった事も合わさり、それはまさに珠玉の一杯であった。
その時、俺は確かに自分の魔力がこの天上の品に“執着”する瞬間を感じ取った。
「美味いですよねぇ、キンキンに冷やしたエール……」
「ひひ、まさに天上の飲み物ですよ。俺らもビックリしたんですから」
取り囲む皆が、俺に起きた変化を感じ取ったんだろう。まるで同志を得たと言わんばかりの表情で語り掛けてきた。
おもわず俺は正直に今の心情を述べてしまった。
「うむ。まさしく」
そう言うと周囲から歓声が上がり、俺の反応を感じ取った彼らは、続けて口早に言葉を続ける。
「ねぇ団長。この旨さを知っちまったら、……ちょっと辞められませんよねぇ」
「こいつの為にちょっとばかりあの魔道具を間借りしても、領主様は文句言わないんじゃないですかね。
まだまだ場所に余裕はありますし」
「士気が上がって、みんなガンガン仕事するようになりますよ!」
「「「はい、やります!」」」
……魔道具の専横は規則から外れる。
いつもならそれでも俺は“正義”から外れると、この申し出を断っただろう。
だが。その時の俺にはどうしてもその行いが、正しくないとは思えなかった。
このように唯の一杯で人を笑顔にする飲み物を、広めぬ事こそが悪であると、俺は今、神々にすら言いつけてやりたい心情だった。
「ふっ、悪くないな」
これが俺の初めての規律違反。
その時まで魔力の示す所から真面目一辺倒だった俺は、この日より生まれ変わった。
思えば我が主君の与えた俺の使命は、効率のよい魔獣素材の獲得である。
ならばここで士気を貶める事こそ問題。
そう思った俺は、この提案を受け入れた。
そしてこの冷えたエールは、まさに獅子奮迅の活躍をしてくれたのだ。
「踏ん張れよぉ、今日も一杯やるんだからよぉ!」
「おぅ、旦那ぁ。今日も飲み比べだぁ」
本来混じらぬ貴族と平民の垣根を越えた共通の楽しみは、この急造の部隊に結束を与え。
「ちょっとお待ちくだせぇ旦那。そこ、森犬たちが忍んでいやすぜ?」
「ほう、目ざといな」
「アッシらは魔法なんて使えねぇ平民ですからね。目ざとくないと死んじまいやす。どうぞご判断を」
「ほう、この実は虫よけになると?」
「へぇ。燻せば厄介な小虫がしばらく寄ってこなくなります。便利ですよ?」
「うむ。この肉は単純だが美味いな?」
「新鮮なモンは、新鮮なウチに塩振って焼けば間違いありませんよ。さっきとってきたこのヤマ山椒をふりかると、ちょっと乙なモンですぜ」
その結束は自由な発言を互いに許し、多くの気づきを我々に与えてくれた。
そこで俺はこの冒険者たちが唯の弱者ではなく、たんに我々とは違う兵種の者であることに気づけた。
そうだ。彼らは優秀な斥候であり、その命の儚さから森の危険を我らより理解する熟達の知恵者であったのだ。
そのような気づきを得た俺は、今までのように命令に従うだけでなく、主の真なる命である効率化に挑んでいった。
まぁその最大の原動力が、彼らとの連携が強化されるにつれ、魂のありかであるエールを冷やす場所が、……なくなってきたからなのだが。
それは言わぬが花だろう。
主もまた、その行いを了承した。
土魔法を使えるものが近くの人工水路から水を引いて水車を取り付け、木魔法を使えるものと組ませて基地の内部を改装し冷凍倉庫を作れば、そこからは早かった。
肉屋、毛皮職人などを呼びつけて。
冒険者たちの発案から遠方に内臓と葉クズを腐らせて作る肥料の生成場や、骨を砕いて別種の肥料とする骨粉工房を作らせ。
人が多くなったからと商人たちを呼びつければ、その護衛としてついてきた冒険者たちも合わさって、一気ににぎやかな場所に仕上がった。
その誰しもに天上の飲み物をふるまえば、皆がここに住み着きたい等と言う始末だ。
人が多くなれば多くなるほど、誰かの提案で無駄はなくなって、俺たちは友となった。
やはりエールは、正義であったのだ。
そんなある日の事だ。
「……お前達はどうして冒険者になったのだ」
今日も程よく酔いが回ってきた俺は、まだ一か月ほどしか立たない内に随分打ち解けてしまった彼らに、好奇心からそう聞いた。
「口減らしで売られそうになりやして。……もう村を出てくしか無かったんですわ」
「俺も4男ですから、土地も何も貰えないならいっそって、感じですね」
「家族で食うもんに困って、やむを得ずですなぁ。理不尽な場所で農業奴隷になるよりは、まぁマシだったんでしょう」
聞けばどいつもこいつも、居場所がなくて、食い詰めてそうなった者たちばかりであった。
ああ、なるほど。
冒険者など云えば聞こえはいいが、彼らは何の保証もないその日暮らしの日雇いだ。
魔力もない平民の身で、我らさえ命を落とす魔物たちと戦う職など、就きたくてなるモノではあるまい。
「そうか。……すまん事を聞いた」
「旦那……、呑みましょう。ここはパッと呑んで嫌なこと忘れましょうや!」
「ああ。そうだな。こんな時でも酒はうまい!」
みんな気のいい奴らだった。
『彼らの命は、安すぎるのだ』
飲みながら、無性にその事実が胸をつく。
親しくならなければ見えてこない、そんな真実に気づかされた夜だった。
それから半月ほど、俺は騎士団の面々と相談し、空いた時間で冒険者たちを集めて訓練を行った。みな一様に経験のみで戦うものだから、熟練であるが基礎がないのだ。
俺はこの気のいい奴らに、少しでも生き残るすべを伝えたかった。
そのように声をかければ。
「あの、すいません隊長殿。……俺らの仲間も呼んでやっていいですかね?」
「こうして騎士様に学べる機会なんて他にありません。みなバカばっかですが、それでも必死に生きてますから」
数名がそう口にした。
ああ、なるほど。それならばいっそまとめて面倒みてやろう。
義を見てせざるは、なんとやらだ。
「構わん。ギルドにそう通達せよ。我が主の許可は俺がとっておく」
「ありがとうごぜぇやす!」
「恩にきますぜ旦那」
「また始まったよ。団長のお人よし」
「良いんじゃない。誰も損しないしさ……。いっちょ厳しくしごいてやろうぜ?」
それから冒険者ギルドの者がこの前線に招かれて、皆で協力して支店を築き。
一丸となって魔獣の相手と大規模な訓練に当たり、親睦をさらに深めていって半月。
我らの元に我が主がやってきた。
清廉で民思いの奥方の為、この領の不正を断じた苛烈なお方は。
少しばかりやりすぎたこの前線基地の有り様を見るなり。
「ふむ、よく仕上がっているな。……効率的でよい町だ」
なんと認めて下さった。
それが皆一様にうれしくて、思わず多くの騎士たちが冒険者たちと笑いあう。
それを見た主君は一言。
「ふむ。ずいぶん絆が深まったようだな?」
とおっしゃったので、自分の“正義”に従って堂々と答えた。
「はっ、共に肩を並べて働いた後に、この天上の飲み物たる冷えたエールで一杯やってたら自然に」
「……信じらんねぇ。
そこは隠しとく所でしょう団長……」
「バカだ、バカがいた!」
「あわわ」
例え違反行為であろうとも、この場の絆はこの冷たきエールがもたらしたモノ。それを何ら恥じる気はない。
たとえ相手が断罪の魔王であろうと、俺は自分の正義の為にそれを称えよう。
しかし厳罰すら覚悟して言った言葉の先に待っていたのは、あり得ない光景だった。
「ふっ、ならばツマミのひとつもいるだろう。そこにお前たちの成果がある。
……それで一献やりながら、詳しい話を聞こうじゃないか」
あの氷の如き主は。
まるで俺たちの仲が深まる事など、全て理解していたという温かい眼差しでもって。
持ってきていた料理の数々を差し出して下さったのだ。
・
そこからは宴であった。
コンソメに、ミートシチュー。ミートソースを使ったパスタに、グラタンにハンバーグなど。
見たことも、聞いた事もない美味なる料理の数々を用意された俺たちは基地の中、その素晴らしさに感嘆の声を漏らしながら、近況を報告した。
主はちびりと酒をやりながら、その全てを静かに受け止めてくれていた。
「そうなんですよ、今では立派な飲み仲間ですよ!」
「この一杯の為に生きてますよ。この為ならなんだってやれます」
ある者は冷えたエールの素晴らしさを説き。
「おお、これは素晴らしい料理だ!」
「硬パンとシチューで、い、いくらでもエールが飲める」
ある者は目の前のそれに劣らぬ美味に酔いしれ。
「すげぇなぁ。俺ら平民にゃあ一生縁のないまさに天上の味だ」
「こんな美味いもんの為に働いてたとあっちゃあ、なんだか誇らしくなるよなぁ。
一生分食い溜めしとかないと」
「おう、しっかり食っとけよ。きっと俺らでだってこんな上等な料理そうそう食えないんだからな!」
ある者は、目の前の身の丈に合わない料理に打ちひしがれていた。
それを見て俺は、内心複雑であった。
俺たち貴族がこのような美食を貪る中で、平民は未だ貧しさに苦しんでいる。その事実を受け入れてしまうと、俺はこれらの料理をそれほど魅力的だと思えなかった。
貴族のみが豊かになる代物など、誰でも気軽に楽しめてその苦楽を共にできる、この冷えたエールに叶うはずがない。
そう思っていたのだ。
しかしそこで我が主がおっしゃった。
「ふむ。そうありがたがるな。
それらはこれよりこの領で売り出す予定の品だ。
特にそのシチューなど、貴族や商人へ売るコンソメを作るついでに仕上がるのでな。
我が民たちの暮らしの助けにするべく、施すつもりなのだ。今の物よりよほど安くな」
「な、このような品を平民に与えようというのですか?」
「え、俺らの飯より上等なんですが……」
その瞬間、誰もが声を張り上げた。
当たり前だ。こ、こんな美味い料理を、そのような値段で?
絶対に採算が合わない。
そこに俺と同じように狼狽えた冒険者の一人が、もっともな質問を投げつける。
「あの、でもそれじゃあ儲けなんてないでしょうに。こ、こんな上等な料理!」
「儲けの方はコンソメがある。こちらは貴族や富む者の為に考えている。まぁそれでも平民でも届く値だ。しかしそれに……他の領の者が買う際は100倍ほどの関税をつける」
「ひゃ、100倍!?」
「いや、確かに。これが砂糖以下の値段なら売れる。……ものすごく売れるぞ」
この味が、その程度の値段で買えるとあれば我々貴族はいくらでも金を出す。そんな事、火を見るよりも明らかだ。あの砂糖を、純金程の価値がある調味料を北の森のエルフ達から買い集める我々には、その値段が決して高いとは思えない。
そうか。この人は、このコンソメという揺るがぬブランドを生み出して……。
「金はある所から巻き上げた方が
民の暮らしを、本気で救い上げる気だ!
そのあまりの器の大きさを前にして、俺は震える声で理由を尋ねた。
「恐れながら。なぜ、……そのような事を民の為に施して下さるのです?」
「我が娘と喜びを共にする者は、多いほうがよいだろう?」
「……」
その時、俺に電光が奔った。
当たり前のように言われたその言葉。
民と喜びを共にしたい。
今の俺にはわかりすぎるその理由は、瞬く間に頭の酔いを覚ましてみせた。
ああ、そうか。
それはすごく“正しい”理由だ。
同時に、目の前にあるシチューに、俺の正義と執着。2つの魔力が強く引き付けられ。
俺は為すべき事の啓示を受けた。
もとより守る事に執着してきた多くの騎士が、一杯のスープの為に居場所を無くしたモノ達が、同じように目の色を変える。
なぜなら気づけば目の前に。
多くの命を救う為の戦場が、広がっていたのだから。
「そ、そいつはいつから始めるんで?」
「何を用意すれば事足りますか。我々はその実現に、全てを捧げる所存です」
そこにはもう酔いどれ等は、いなかった。
自分の関わる仕事の先が、今までずっと手の出せなかった怨敵の元へと繋がる道だと、理解した戦士たちの姿があった。
・
……そこから彼らは、一丸となって戦った。
「お前たち。これは戦だ。我らが主がお与えになった、民を救う為の聖戦である!
ずっと彼らを守る事しか出来なかった我らは、今初めて攻勢に出る。
我らが新しき輩を襲う見えない敵を討つために、今こそ己が剣を掲げよ騎士たちよ!」
「「「「「おう!」」」」」
民を襲う貧困という、見えない敵を倒す為。
「騎士でなくとも、戦士よ続け。負けられぬ誉れ戦だ。そこに身分の垣根などない。
己を今まで苦しめた怨敵を、その手で見事討ち取ってみせろ!」
「「「「「おう!」」」」」
騎士も冒険者も。
その区分なく全力で戦った。
冒険者たちが言い出した、各村にシチューを納める事で野菜を受け取るという物々交換法は、身近な立場の者の説得もあり、瞬く間に領内で受け入られ。
一杯を頼めば、平民に確かな施しが与えられるこのコンソメの在り方は、領地で流行り始めた新たな紳士、淑女の生き方に受け入られ。
そして、領民と喜びを分かち合うというその領主自らの考えは。
同じ魔獣戦線を戦う“調和”を愛する地の領のその主すら動かして。
最後に、多くの村人たちの協力を経て達成された。
そうして得られた一杯のシチューが、多くの命を救う事に繋がり、これから繁栄していく紫の領のその土台を支える礎となったのだ。
そんな彼らの存在が歴史に語られる事はなかったが。
だが村々では長く語り継がれて行くことになる。
それは、ついには見えない敵を打ち倒した
その長き聖戦の、始まりの物語。
うーん、こう言う話って需要ありますかね?
なければ外伝送りにして本編はジル上げに徹しますね。
皆様、誤字報告ありがとうございます。
特に水上 風月様、何件も修正して頂き感謝致します。