【JS事件】および【CB事件】から2年経ち、ミッドチルダは束の間の平和を保っていた。事件によって浮き彫りになった諸問題も徐々にではあるが解消されていき、それと同時に関係者たちの状況にも変化が起きている。
トップが凶悪な犯罪行為を犯していたことが発覚した管理局は、苦労人のクロノたちが必死こいて改善しているとだけ伝えておくとして、そんな話より気になっているであろうスカリエッティとナンバーズたちの近況について詳しく述べることにする。
まずはナンバーズの状況だが、今のところは彼女たちの処遇に大きな変化は無く、死ぬはずだったドゥーエが生存していることとチンクたちの刑期が短縮された点を除いて本来の歴史とほぼ変わっていない。
更正プログラム受講組はシロンの協力を得たチンクのおかげでかなり待遇が良くなったものの、ウーノ・ドゥーエ・トーレ・クアットロ・セッテの5人はもともと人間とは相容れない精神構造をしているため、監獄から出られる可能性は限りなく低いと判断されている。
しかし、彼女たちの主であるスカリエッティに大きな変化が起きたおかげで、近いうちに改善できる可能性が出て来た。
なぜそのような奇跡が起きたのかと言えば、当然シロンが関わっている。
今より2年前のJS事件最終日、気絶しているスカリエッティの顔にパンティを被せて変態仮面を再現していたシロンはふと思いついた。こいつの変態的才能がエロ文化に向いたら、さぞかし素晴らしいアイデアを生み出してくれるのではないかと。そこでセフィの力を使って、スカリエッティの探求欲を【実用的なのにエロいランジェリーの開発】へと向くようにしたのである。
スカリエッティの研究意欲をこれまでとは全く違う無害な物に変えることで悲劇の拡散を防ごうと考えたのだ。
「心にまで干渉したくはなかったが、許せよスカ太郎。お前の才能を悪用しようとする奴らが再び現れるかもしれないから、禍根を断っておく必要があるのニャ」
「それらしいことを言ってますけど、斬新でエッチな下着が欲しかっただけでは?」
セフィは適確なツッコミを入れるが、シロンの本音はこの際どうでもいい。
こうしてスカリエッティは、本人ですら気づかぬうちに変態科学者からランジェリー職人にジョブチェンジした。
おバカな変化だと思われるだろうが、いきなり彼をまともな人間に戻しても大きな罪に押しつぶされるだけなので、ある意味人道的な判断とも言える。
そもそも、数多くの美少女を傷つけてきた変態を救ってやる気などこれっぽっちもない。無限に広がる欲望をランジェリーの研究だけに集中させることで、余計な事をさせないようにしただけだ。
「ふむ、我ながら素晴らしい裁量だぜ!」
「なぜランジェリーを選んだのか疑問に思うところですが」
「そりゃ男性用下着の研究に熱中させたら流石に可哀想だろ?」
「下着からは離れないのですね……」
何はともあれ、セフィの力によって人知れず無害化したスカリエッティを見下ろしながらシロンは思う。勝手に悪役として生み出されたコイツも哀れなヤツなのかもしれないが、性格の悪いイケメン野郎なんかにこれ以上の情けをかけるつもりはない。後は、エロくて可愛いランジェリーを作りまくって罪を償うんだな。
「ああ、素晴らしいよランジェリー……あれはいいものだ……」
「なんかマ・クベみたいなこと言ってるけど……ま、いっか!」
とまぁ、その場のノリで生まれ変わったスカリエッティであったが、まさしく人が変わったようにランジェリー愛に目覚め、獄中にて画期的な作品を次々と作り出していくことになる。
捜査協力をする代わりに下着を作れる環境を要求した彼は、準備が整うと早速研究を始めた。 一体あいつの中で何が起きたのだろうか。訳のわからない変化に驚き、最初は誰もが奇異の目で見つめるだけであったが、彼の変化に興味を持った女性局員が現れたことで事態は思わぬ方向に進んでいくことになった。
スカリエッティの要望を叶えるために本局からやってきた2人の女性局員――リコ・クラハシとナツオ・マキは、話を進めていくうちに彼の本気を感じ取った。その結果、適切に対応していけば本当に更正できるかもしれないと希望を抱くようになったのである。
「ある女優さんが『私の体はワインでできています』と言っていたが、さしずめ私の体はランジェリーでできているね!」
「ぶふーっ! コイツのランジェリーに対する情熱は本物だわ! 有名下着メーカーの社長してるマキの親父さんと同じこと言ってるし!」
「うきゃー!? その話はもうしないって約束したでしょー!?」
そんな感じで楽しい(?)やり取りをしながら数日が経ち、とうとうスカリエッティオリジナルのランジェリーが出来上がった。
その作品を見た局員たちは目を見張った。初めは更正の一環として半信半疑のまま進めていたものだったが、あまりにも素晴らしい完成度に全員が驚き、本職の意見も聞こうとナツオ・マキの父親が経営している下着メーカーに持ち込んだ。それが原因となって世にも珍しい罪人開発のランジェリーが日の目を見るようになった。
数ヵ月後、本当に発売されることになったスカリエッティ作のランジェリーは、意外にも高い評価を受けて、短期間の内にミッドチルダで流行りだすほどまでになったのである。
以下のやりとりは、流行に乗ったとある女性たちの一例だ。
ある日、偶然にも本局で出会い、久しぶりに模擬戦をした後にシャワー室を一緒に使った3人の美女たちは、例の下着について会話した。
「あっ、なのはちゃんもそのブラつこうとるんか?」
「うん。すごく動きやすいし、胸の形がよくなるからね」
「そうそう、私もシロンからいいパイオツになったなって褒められたよ」
「フェイトちゃん、それはただのセクハラだよ」
「それでも羨ましいかぎりやで~? やっぱり一つ屋根の下で暮らしとるとアダルトな会話も自然でええなぁ! このこの~!」
「あんっ、ちょっとはやて、そんなに強く揉まないでぇ~!?」
――というような感じで、管理局のアイドルたちにも愛用されるようになり、その情報がどこからか広まって更に人気が上がっていった。
そして数ヵ月後、ついに【オレンジスカッシュ】という新ブランドを立ち上げるまでに至ることになった。これには当事者全員が驚き、更にやる気を漲らせたスカリエッティは、親しくなったマキの父親から教えてもらった【寝ても覚めてもランジェリー】という歌を口ずさみながら生き生きと新作を生み出し続ける。
しかし、これまで他人の気持ちなど一切考えもしてこなかったスカリエッティは、大きな問題にぶち当たることになった。今以上のランジェリーを作るには、それと接する人々の心情が分からなければならないからだ。
「最高のランジェリーを作り出すには、着用する女性と鑑賞する男性の心も理解していかなければならないな……」
そう思うようになった結果、あのスカリエッティが人間に対して思いやりを抱くようになるまで変化した。しかも、その変化に伴いウーノたちの更正に協力することも受け入れるようになった。そうするためには彼女たちの精神データを更新する必要があるが、人殺しをしてはいけないといった基本的な倫理観を持たせる程度ならスカリエッティにとって児戯に等しいので快く引き受けた。
実を言うと、彼の抱いている新たな夢が彼女たちと一緒に新作ランジェリーの開発をすることだったから素直に乗ってきたのだが、そんな可愛らしい(?)野望なら危険視しなくてもいいだろう。
「くっくっく……ウーノたちと接触できるようになったら、新たな計画を始めるとしよう。すべての人類に私の作品を身につけさせる【ランジェリー補完計画】をねっ!」
かなりマヌケな話にこじれてしまっているが、結局は下着を一生懸命作るぞと言っているだけなので問題はあるまい。ただし、珍妙なランジェリーを試着することになるウーノたちにとっては大問題だろうが……ここは罪滅ぼしとでも思って我慢してもらおう。
そんなこんなでおかしな変化が起こりつつも、シロン一味の日常は穏やかに進んでいた。
すっかりこちらでの生活も落ち着いた彼らは、それぞれの役目をこなしながら充実した日々を過ごしていた。シロンはジオニック社の一員として研究と開発を進め、グラハムは企業専属の護衛としてプレシアたちの警護と部下の教育に気を配り、リニスは専業主婦をしながら時々管理局の嘱託として働いていた。
そして、今年で8歳になるアルマは、クラナガンにある聖王教会系列の学校【St.ヒルデ魔法学院】に通っている。初等部の2年生となった彼女は、親友のヴィヴィオと共に青春を謳歌している真っ最中だ。カリムが特権を使って色々と便宜を図ってくれているおかげで、ケット・シーであることを気にする必要もなく一安心だ。
両親の愛を一身に受けて健やかに育っているアルマは、今日も元気に登校していく。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい」
「車とロリコンには気をつけろニャー!」
「はーい!」
シロンから注意を受けたアルマは、腰に付けたデバイスをチェックした。
残念ながらこの世界にも変質者はいるので、子供たちは護身用の防犯デバイスを所持している。特にアルマやヴィヴィオが持っているデバイスはシロン特製の強力な物で、たとえSランク魔導師に襲われたとしてもバッチリ防御できる優れものだが、子煩悩なグラハムはそれでも毎日心配していた。
もちろん、彼がそこまで心配するのには確かな理由もある。彼女たちの通うSt.ヒルデ魔法学院は美少女が多い上に制服も可愛いので、その手の変人たちに大人気だからだ。特にヴィヴィオとアルマは一際目を引く美少女なので、彼が心配するのも納得できるのだが、度が過ぎているのも間違いない。
「ええい、子供を守るべき学校が危険を誘発するとは! St.ヒルデ魔法学院……存在自体が矛盾している!」
「もう、グラハムったら。確かに外は危険に満ち溢れていますけど、心配しだしたらきりがありませんよ?」
「しかし、我慢弱い私としては放っておけん! 娘の後をつけ回し、家まで無事にたどり着くまで見届けるほどの気構えでなければ、父親として失格なのだよ!!」
「そんなことしたら人間として失格ニャ! っていうか、毎朝ウザイこと言ってないで、さっさと出社するニャ!」
そんな感じで小さな騒ぎは多々あるものの、世界を騒がすほどの大事件は起こる気配も無く、穏やかな日常が過ぎていく。魔法少女の物語は、なのはたちが大人となったことで終わりを迎えたかに思えた。
しかし、この時既に新たな物語が始まりつつあった。ヴィヴィオやアルマを始めとする同世代の子供たちを中心として……。
これは、新たな世代を担う魔法少女たちが最強の魔導師ファイターを目指して切磋琢磨する、愛と友情の物語――その序章である。
☆★☆★☆★☆
春になり暖かな空気が心地よくなってきたある日の夜、クラナガン郊外に建てられたシロン一味の邸宅では楽しい夕食タイムが始まっていた。グラハムとプレシアは別の世界に出張しており、エリオとキャロはルーテシアの家に行っているのでいつもより人数が少ないものの、それでも十分賑やかだ。今いる面子だけでも、シロン、セフィ、リニス、アルマ、フェイト、アリシア、アルフ、ユーリ、マテリアル娘といった大人数なので当然だろう。
しかも、今日は気になる話題が持ち上がっていた。ディアーチェ特製の絶品カレーを食べながら楽しく談笑していると、学校で新鮮なネタを仕入れてきたアルマから興味深い話題が飛び出してきたのだ。
「そういえば、ヴィヴィオちゃんが【ストライクアーツ】を始めたいな~って言ってたんだ~」
「へぇ、読書好きなあの子が格闘技をねぇ」
「なるほど、今度はガンダムファイトか! こいつぁ燃える展開になりそうだぜ!」
「話がめんどくさくなるからお前は黙ってろ」
アルマの話を聞いて興味を持ったアルフとシロンが食いついてきた。Gガンダムが大好きなシロンは言うに及ばずだが、アルフの場合は自身がストライクアーツを習得しているので、いたって真面目だ。
アルフの魔力問題は、フェイトがCNドライヴ搭載のデバイスを所持して間接的に供給することで解決したため、2年前から以前のような大人の姿に戻っていた。おかげで気兼ねなく活動できるようになった彼女は、仲のいいザフィーラと一緒に格闘技の技術を磨くようになった。その流れでスバルを始めとする大勢の格闘家とも試合をするようになり、彼らの多くが使っているストライクアーツに興味を持った。これまでずっと我流でやってきたアルフは、一つの答えに行き着いているメジャーな格闘術に苦戦する場合が多く、対抗手段を編み出すために自分も習ってみたくなったのだ。
特にストライクアーツはミッドチルダで最も競技人口の多い格闘技なので、それを教える道場も数多くあり、ザフィーラと共にいくつか見て回って研究した。その結果、アルフはとある思いを抱くようになる。フェイトに戦い方を教えていた前世のリニスみたいに、人に技術を教える仕事も面白いかもしれないと。
アルマの子守役が必要なくなりつつある今、やる気を持て余していたアルフは新たな道を探していたのだ。
そこで、彼女の気持ちを察したザフィーラから格闘技の指導者を目指してみたらどうかと後押しされ、次の目標を見出すことになった。
流石はザッフィー、実に気配り上手な男である。
「とか言って、本当は愛しいアルフと同じ仕事を始めてイチャつける時間を増やしたいだけだったりして!」
「……………………(真っ赤)」
「あーうん、調子に乗ってからかったりしてゴメンな? 我輩、心の底から2人のことを応援してるから!」
「……感謝する」
なんてやり取りがシロンとザフィーラの間にあったりしたものの、それがきっかけとなって道場を作ってみようという流れになったのだから、結局はいい出来事だったと言えるだろう。
何はともあれ、そのような経緯でソレスタルビーイングの全面協力を受けられるようになったアルフとザフィーラは、必要な資格を取るなどの準備を着々と進め、格闘技を主体とした道場を開くべく計画を進めていた。
仲間思いな守護騎士たちの協力も取り付けており、もうじきナカジマ家に引き取られる予定となっているノーヴェも参加することになっているので、コーチ陣は準備万全だ。後は道場となる建物を作ればすぐにでも始められる状態となっている。
もちろん、その話はヴィヴィオも知っており、なのはやフェイトに内緒で弟子入りを考え始めていたのだが、その辺の事を聞いていなかったアルマがあっさりばらしてしまった。
「だからね、ヴィヴィオちゃんはアルフお姉ちゃんたちに教えて欲しいんだって」
「ほほぅ、それじゃあ、ヴィヴィオがあたしたちの最初の弟子になるわけか」
「うん、そうだね」
嬉しそうなアルフの言葉にアルマも笑顔で答える。とても微笑ましい光景で、周りから集まる視線も温かい。
そんな中、他の面子よりも熱視線を送っている少女がいた。元気一杯にカレーをほおばっているレヴィだ。彼女は、アルフたちが作ろうとしている格闘技主体の魔導師道場に以前から興味を持っていた。
「(……決めた! ボクも参加しちゃうぞ!)」
本来ならフェイトと同じく今年で21歳になるレヴィだが、15歳程度の見た目通りに中身もお子さまのままだ。ユーリとマテリアルたちは、寿命が長くて老化が遅いシロンに合わせて容姿を15歳に固定したままでいた。今のところはほとんど問題無いので、結婚するまでは変えなくてもいいだろうと判断した結果である。
それはともかく、道場に参加することを決めたレヴィは、カレーを食べる手を止めると目を輝かせてアルフを見つめた。面白いことが大好きな彼女がこの手の話を見逃すはずがないので特に不思議なことではないものの、一応ちゃんとした理由もある。
決まった役職のないユーリとマテリアルたちは、リニスと一緒に家事手伝いをしながらシロンのサポートをしているのだが、強いやつと戦うことが大好きなレヴィにとっては道場で指導者をやっているほうが性に合っていると感じていた。
これまでは自由時間が減りそうだと迷っていたが、元聖王のヴィヴィオが関わってくるのなら話は別だ。バトルマニアであり中二病でもある彼女にとって、将来のライバルを育てることは非常に魅力的だった。
「ねぇねぇアルフ! その道場でボクを使ってくれないかな?」
「えっ、アンタを?」
「そう! このボク、レヴィ・ザ・スラッシャーが、バリッとシビれる電撃魔法をビシッと教えてあげるのさ!」
「本当にやる気あんの?」
「もちのろんだよ! このカレーのように華麗な電撃を伝授してみせよう!」
「なるほど……確かにアンタの電撃は使えるね。だが断る」
「なんでぇ!?」
「だってアンタ、教えるのヘタじゃん」
実は以前、同じ電気資質のエリオに教えを請われたことがあったのだが、もともと力が備わっているレヴィは抽象的な説明をする天才タイプなため、はっきりいって意味不明だった。同じ中二病のエリオにはある程度通じていたようだが、そんな特殊すぎる翻訳能力を普通の弟子に求めることはできないだろう。
とはいえ、このままでは涙目になってしょんぼりしているレヴィが可哀想なので、シロンが助け舟を出した。
「それじゃあ、レヴィも弟子として参加すればいいニャ」
「ええ~、弟子ぃ?」
「もちろんただの下っ端ではないぞ? 姉弟子として、徐々に強くなっていくヴィヴィオと戦いまくれるとっても魅力的なポジションなのニャ!」
「おおー! そーいうのもいいね! それじゃあボクは、史上最強の姉弟子になるぞ!」
「って、それで納得しちゃうのかよ!」
アルフは、格下扱いの弟子入りをあっさり受け入れたレヴィにツッコミを入れる。とはいえ、彼女のことをよく知っているユーリたちは一連の流れを適確に理解していた。
「まぁ、レヴィならば仕方なかろう」
「そうですね、レヴィなら仕方ありません」
「私たちは静かに応援するまでなのです」
「末っ子を温かく見守る家族の図だね」
「レヴィってユーリより年下扱いなんだ……」
紫天一家におけるレヴィの位置づけにアリシアは納得し、フェイトは微妙な気持ちになる。
レヴィより大人っぽい(?)ユーリたちは、平穏な暮らしを続けているうちに趣味や特技を磨き上げ、今では戦い以外の存在意義を見出しているが、【力】を司っている彼女がその特性を活かしたいと感じていることもよく分かっている。
だからといって教えることが下手な彼女に大事な弟子の世話を任せるわけにはいかない。今は、弟子として参加してでも教える技術を学ぶことが必要だろう。意外に常識のあるディアーチェたちは、そのようなことを考えていたのだが……レヴィの考えはちょっぴり違った。
「わーい! 今度はこのボクが聖王を倒して王様を超えてみせるぞ!」
「な、なんだとぉ!?」
「さりげなく下克上を企てていたとは思いもよりませんでした」
なんと、レヴィの考えはディアーチェたちの思考を超えていた。というか、もっと単純なだけだった。良い意味で純粋な彼女は立場などにこだわっておらず、ただ単に強くなる可能性を秘めているヴィヴィオを鍛え上げて対等以上の戦いをしたいだけだった。
戦士の勘とでも言うべきものでヴィヴィオの中に眠る可能性を感じたレヴィには確信があった。将来あの子は大物になると。だからこそ、どんな形であれ彼女の成長に関わりたいと思ったのである。
まぁ、レヴィの勘が本当に当たっているのかどうかはともかく、本人が納得しているのなら弟子として参加させてもいいだろう。
だがしかし、ヴィヴィオが格闘技を習うことに異論を持っている人物が1人いた。彼女の後見人となっているフェイトは、何か思うところがあるのか表情を曇らせながら反論してきた。
「ねぇ、アルフ。気持ちよく話を進めてるところで悪いけど、私はあまり賛成できないな」
「えっ、なんで?」
「アルフも分かってると思うけど、あの子が格闘技に向いてないからだよ。やってみたいという気持ちは大事にしてあげたいけど、将来を考えたらあの子に適した能力を伸ばしてあげたほうがいいと思うんだ」
「う~ん、そうだねぇ。確かにヴィヴィオは前衛向きじゃないもんなぁ」
これまでに何度かヴィヴィオの魔法訓練を見たことがあるフェイトとアルフは、彼女の資質を適確に見抜いていた。オリジナルの聖王オリヴィエは身体的な事情もあって格闘型の戦闘スタイルだったのだが、ヴィヴィオ本人はなのはの影響を受けて中後衛型に変化しており、どう見ても格闘戦には不向きだった。
もちろんそのことはヴィヴィオ自身も理解しているものの、【強い子になる】というなのはとの約束を守るため、あえて困難な道を選ぼうとしていた。
だからこそ、幼い子供に対して過保護なフェイトは余計に心配してしまうのだが……そんなことなどおかまいなしな連中が無遠慮に横槍を入れてきた。いつの間にか食卓について勝手にカレーを食べている銀時と桂のマダオコンビだ。
「おいおい、そこのパツキンねーちゃん。黙って聞いてりゃつまんねーことばかり言いやがって。子供が自主的に習い事したいって言ってんなら、つべこべ言わずに叶えてやるのが保護者の甲斐性つーもんだろ」
「えっ!?」
「才能なんか関係ねー。歴史に名を残してるよーな奴らだって、やりたいからやってみたってガキみてーな動機から出発してんだからよ、そのガキんちょにやる気があるっつーんなら、いっちょやらせてみるべきなんじゃねーかと俺は思うぜ?」
銀時は、テーブルの上に座ってカレーを貪りながら至極まともなことを言い出した。そして、隣にいる桂も静かにカレーを食べながら言葉を続ける。
「銀時の言う通りだな。少子化が問題視されている昨今、その小さな肩に大きな責任を背負うことになる子供たちの教育に口を出したくなる気持ちはよ~く分かるが、それは大人のエゴというものだ。自分たちがそうしてきたように、彼らの未来は彼ら自身に決めさせてやるべきだろう」
「ヴィヴィオの未来はヴィヴィオに決めさせる……そうね、そうかもしれない」
フェイトは、妙に説得力のある珍客の言葉に納得してしまった。勝手にカレーを食べてしまっている点はいただけないが、言っていることは憎らしいまでに正論だった。
「あの子がやりたいって言うのなら、まずはしっかり受け止めてあげるべきだよね」
「ふっ、いい笑顔だ。どうやら納得のいく答えが出たようだな」
「はい、ありがとうございます!」
「なに、礼など無用だ。ただ、感謝しているというのなら、もう一つだけ言わせてもらおう。子育てには様々な困難が待ち受けているものだが、今君を笑顔にしている感情を覚えておけばなにも恐れることはない。大切な子供のために悩めることは、大人にとって喜びなのだということをな」
「悩めることが喜び……」
「そうだ。子供に可能性を与えてあげることこそが正しき大人のあり方だということを忘れなければ、君たちの未来は明るいものとなるだろう。それはそうと銀時よ、そこにある福神漬けを取ってくれないか?」
「ああ? んなもんてめーで取れよ。それより、そっちにあるサラダをよこしやがれ。最近野菜が高くなってるから銀さんビタミン不足なんだよ」
「って、子供もいなくて甲斐性もないダメな大人代表のお前らがえらそーなこと言ってんじゃねーよ! それと、家主に断りもなく勝手に食うな!」
12年経った今も相変わらずな2匹につっこみを入れる。
しかし、悔しいかな彼らの言っていることにも一理ある。やはり、こういう場合は子供のやる気を大事にしてやることが重要だろう。素直なフェイトはそのように思いなおして、この後すぐになのはと相談した。格闘技と聞いて始めはなのはも難色を示したものの、自分の子供の頃の話を持ち出されては反論もできなかった。
『そうだよね……隕石を受け止める特訓をしてた私にあの子を止める資格はないよね……』
「うん、比較する以前の話だよ」
何はともあれ、こうしてヴィヴィオは仲間たちの協力を受けつつ格闘技を習うことになった。
基本的に資質のないヴィヴィオがこの先どこまでいけるのか分からないが、2人のママから受け継いだ不屈の心があれば、どんなに厳しい特訓にも耐えられるだろう。ならば、前に進む手助けをしてあげるのみだ。
それが、保護者としての義務であり喜びなのだから。
☆★☆★☆★☆
ヴィヴィオが格闘技を始めることが決まってから2週間後、アルフとザフィーラを中心にして運営される子供専門の魔導師養成所【八神家道場】があっという間に完成した。なのはから許可をもらって大喜びしたヴィヴィオがアルマとレヴィを味方に付けてシロンにおねだりした結果、予定よりも早く出来上がることになったのだ。
その際のやり取りは以下の通りである。
「早く道場できないかな~」
「今からとっても楽しみだよね~」
「ボクもすっごく待ち遠しいよ~。こんなに胸がドキドキするくらいにねっ!」
「もう、しょうがないなぁ、レヴィ太くんは」
まるで某猫型ロボットのような扱いだが、可愛い子供たちのお願いを断ることなど出来はしない。レヴィに抱きつかれてほどよく育ったパイオツを押し当てられたシロンは、彼女たちのお願いを快く引き受けてしまった。
かなり甘やかしすぎている気もするが、どちらにしろ道場を作ることは決まっていたのだから予定を早めても特に問題はない。共同経営することになるはやてと相談したシロンは、早速次の日から行動を始めた。
一番重要な土地のほうは、はやてが目星をつけていた場所がすんなりと購入できたので、そこから先の仕事は速かった。財力に物を言わせて材料をかき集めた後に、特殊な結界魔法で音と震動を遮断しつつ土木作業用傀儡兵をフル稼動させる。その結果、驚くほどの速さで立派な道場が完成した。もちろん手抜きなど一切ない百万人乗っても大丈夫な安全設計だ。
そんなこんなで、道場が完成した当日。パーフェクトな仕上がりに気を良くしたシロンは、肩に座っているセフィと共に外観を眺めながら良い気分に浸っていた。
素晴らしい出来栄えに満足して思わず自画自賛していると、制服姿の子供たちがレヴィとユーリを引き連れてやって来た。
「ふっ、我ながら良い仕事してるニャ。……おや? アッチから来るのはヴィヴィオたちじゃニャいか?」
「どうやら学校帰りのまま立ち寄ったようですね」
今日完成することを知っていたヴィヴィオ、アルマ、レヴィ、ユーリの4人が、興味を押さえきれずにお披露パーティの前に見に来てしまったのだ。本当なら次の日曜日にみんな揃ったところで披露しようと思っていたのだが、目を輝かせながら見つめてくる彼女たちの熱意に負けて中に入れてあげることにした。
「いやぁ、子供たちの純粋な心には勝てませんなぁ」
「抱きついてきたユーリとレヴィの胸に負けただけでは?」
にやけ顔のシロンにセフィのジト目が向けられる。
そんな彼らのやりとりはともかく、侵入に成功したヴィヴィオたちは喜び勇んで道場の中に駆け込む。するとそこにはアルフとザフィーラがいた。シロンと一緒に作業を手伝っていた2人は満足そうに辺りを見回していたので、少女たちもそれにならう。
「わぁ~、すごく広くて綺麗だね~!」
「うん! 使っちゃうのがもったいないくらいだよ!」
出来上がったばかりの道場を見てヴィヴィオたちが感嘆の声を上げる。そんな彼女たちの様子に笑みを浮かべたユーリは優しく語りかける。
「ふふっ、それじゃあ逆にもったいないですよ。レヴィみたいに思いっきり使ってあげなきゃ」
「「えっ?」」
ユーリの言葉に反応してレヴィの様子を見てみると、丁度ヘッドスライディングを試みようとしているところだった。あまりに床が綺麗だったので、つい滑ってみたくなったらしいが……
「見て見てみんな! ピッカピカだからよく滑るよー! って、あっつぅー!?」
「床を滑って摩擦ヤケドするって、懐かしいなオイ!」
嬉しさのあまり調子に乗ったレヴィが、体育館で転んだ小学生のようにヒザを負傷してしまった。それでもレヴィは強い子なので、表情は笑顔のままだ。摩擦熱でニーソに穴が開いてしまったことなど気にせずにユーリたちと談笑している。
もちろん、大人たちも彼女らと同じく心地よい感動を味わっていた。特に、計画を立ち上げたアルフとザフィーラにとっては感慨もひとしおだ。
「こりゃ想像以上に良い出来だね。まったく申し分ないよ」
「ああ、これほど素晴らしい道場を構えられるとは嬉しい限りだ」
「後は入門者が来ればすぐにでも始められるけど、私は人に教えるって経験があまり無いから……まぁ、その、なんだ、これからもヨロシクな!」
「こちらこそ、2人で一緒に盛り上げていこう」
「って、新居を購入した新婚さんみてーな雰囲気出してんじゃねー!」
いつの間にかイチャつき始めた2人に、つい条件反射でツッコミを入れてしまう。しかし、今のシロンは、そんなバカップルの存在すら許せてしまうほど歓喜していた。
格闘技というキーワードと共にヴィヴィオたちの心に変化が起きた。そのことに気づいた時、彼は予感した。これから彼女たちを中心にした新たな物語が始まるのだと。そして自分は彼女たちの師匠となり、最強のガンダムファイターとして鍛え上げることになるだろうと。
「そんなわけで、今から流派東方不敗の心得をお前たちに伝えよう!」
「いきなり何でだよ!?」
子供たちを前にして唐突に始まった怪しい演説にアルフがつっこむ。
「大体、流派東方不敗って、アニメに出てくる架空の武術なんだろ?」
「うむ、アルフの言う通り流派東方不敗は本来なら存在しないものニャ。アリサが使ってたのも、魔法で再現した奥義だけだからニャ。だがしかし、マスターアジアの大ファンである我輩は、6年の歳月をかけて、ついに独自の流派東方不敗を編み出すことに成功したのニャ!!」
「ええっ!?」
「独自に武術を編み出しただと!?」
格闘家である2人はシロンの発言に驚いた。普通に考えて架空の武術を現実に再現することなどできないと思ったからだが、チート技を使える彼にかかれば不可能な話ではない。
セフィの力で実際に存在しているGガンダムの世界から必要なデータを手に入れたシロンは、あの恐るべき武術をこちらの世界の技術で再現した。基本的な動作はこちらの人間でも使えるように調整し、奥義の方はアリサが使っていたものを更に洗練して、よりオリジナルに近づけた。
そして、一番重要な明鏡止水モードは、ELSを研究することで更にそれっぽく再現することに成功した。
他の物質を融合・吸収する事であらゆる物をコピーすることができる彼らの能力を応用した結果、魔法によって擬似的に融合状態を作り出し、一時的にリンカーコアをコピーすることができるようになった。それによって、明鏡止水モードのように脅威的なパワーアップを可能としたのである。完全な物質ではないリンカーコアだけを恒常的に維持することは難しいため、時間制限ありの強化魔法という仕様となったが、それでも十分すぎるほどの大成果だ。
4年にも及ぶ研究の結果、何とか実用化に成功したシロンは、この最新技術を流派東方不敗の奥義として用いることにしたのである。
「リンカーコアを……」
「作り出す?」
「そうニャ。魔力で動くようにしたELS型ナノマシンで体を覆って【エクストラ・リンカーコア・フィールド(ELF)】を作るのニャ」
ELFとは【追加するリンカーコア力場】という意味で【エルフ】と読む。ELS型ナノマシンを媒介にして使用者の体にまとうように人工リンカーコアを形成する身体強化魔法となっており、エルフのように人間を超えた魔法の使い手になれるという意味が込められている。魔法が発動するとナノマシンが金色に輝き、全身を巨大なリンカーコアと化す恐るべき奥義だ。
理屈としては、体全体にリンカーコアと同じ機能を持たせることで大気中から取り込む魔力量を増やして魔法の力を何倍にも跳ね上げるというものだ。流派東方不敗の奥義は天然自然の力を借りて放つものなので、再現度は高いと言える。
とはいえ、これほどの奥義を使うためには、お約束通りに大きな制約がある。
「ギアナ高地で修行する必要は無いけど、特定の資質がないとダメニャ」
ELFを発動するには使用者自身の脳波コントロールが必要なので、デバイスの演算能力に頼ることができない仕様となっている。つまり、複雑かつ特殊な操作技術が必要なナノマシンを使いこなせるだけの【高速並列運用能力】を持った者か、高度な脳量子波を使ってELSと同調できる者でなければ使えない、かなり特殊な魔法だった。
しかも、その魔法を戦いながら実行するにはかなりの集中力が必要なため、本家と同様に何事にも動じない明鏡止水の精神力が必要だ。そのため、状況変化による影響を受けやすくて安定性が悪いうえに、高速演算による負担も大きいため長時間の使用ができないという弱点もあり、扱いが難しいとされているカートリッジシステムより遥かに厄介な奥義となっている。
しかし、リスクに見合った効果があることは間違いない。ELFによって得られる魔力量はカートリッジとは比べ物にならないくらいに絶大だからだ。膨大な魔力運用による負荷もELFが受け持って緩和する仕様になっているので、本人の負担を最小限に抑えつつ限界を超えることが可能だ。
ゆえに、明鏡止水モードを使いこなせるようになれば、常識を遥かに超えた強大な力を手にする事ができる。まさに、必殺技と言うべき画期的なシステムとなっていた。
「それが、魔法式明鏡止水モードニャ!」
「「…………なんだってぇぇぇぇ――――――!!?」」
最後まで聞いてみたらとんでもない話だった。もし、この事実が管理世界中に知れ渡れば、世紀の大発明として大騒ぎになることは間違いない。
しかし、逆に言えば、誰にも分からなければ問題にもならない。事実、この世界の人間では真相を明かすことができないように作られている。
ELS型ナノマシンは、専用魔法で動かさなければただの金属でしかないので、この世界の技術で調べても新種の金属としか認識できない。同時に、強度や性質も既存の物と大差ないため金属としても注目を集めることは無く、実を言うと既に管理局のチェックを通過して使用可能にしてある。
そもそも、魔力で動かすように作られているELS型ナノマシンはデバイスと同様の扱いとなるので、管理局の定めた基準を満たしているから、たとえ真相が発覚してもなんら問題は無い。ELFに関して正直に説明しなくても、ルールに反していない以上は文句を言われる筋合いなどないのである。
そうとなれは、後は何食わぬ顔でデバイスに組み込んでしまえばオッケーだ。
「そう説明されると法律的には問題ないようだが……」
「そんなスゴイものを使って本当に平気なのかい?」
「もちろんノープロブレムニャ!」
常軌を逸した能力であっても、秘伝の魔法とかレアスキルの類などと言っておけばいくらでも誤魔化せる。安全確認したデバイスと自分の魔力で使える魔法なら、基本的に認められるようになっているからだ。
すべてを説明している訳ではないため、そこはかとなくキュゥべえみたいなあざとさを感じるものの、魔法とはそういうものだ。
元々個人差の大きい能力なので、特殊な魔導師が使うデバイスは、完全な専用品となることが多い。もちろん安全チェックをして正式に登録をしなければならないが、大抵が銃火器などの質量兵器や毒などの非人道的兵器の有無を調べる程度で、余程規格外な物でもない限りはほとんどそのまま許可が通る。
そもそも、公式試合で使われるデバイスは、巨大企業などの実用試験や売り込みなどの生臭い話が絡んでいる場合が多々あり、独自に作り出した技術を秘匿することは公に認められている。その代わり、違反をした場合は大きな罰を受けることになるが、前述の通りその点は問題ない。
「まぁ何にしても、デバイスは良いモンを使ったほうがいいからニャ。なのはだって汎用型デバイスを使えば、ヒイロがリーオーに乗った時みたいに硬くなる程度の力しか出せないし」
「最後の例えはよく分からないが、前半は理解できるな……」
デバイスに関してはかなりの自由度が認められているため、管理局の安全基準をパスできる範囲ならどんなものでも作って構わない。
特殊な能力を持った者が使う魔法は専用デバイス以外で発動できないものが多く、デバイスの均一化自体が難しいという実情もあるからだが、一応、個人の努力や能力次第でデバイスの性能差を覆すことも可能なので、公式試合でも専用デバイスをそのまま使える場合がほとんどだ。
とはいえ、高性能なデバイスを作れることが強さの一因となっていることは間違いない。優秀なデバイス職人と潤沢な資金、その両方を揃えられた者がトップクラスになれる可能性が高いことは紛れも無い事実だった。悲しいけど、これ現実なのよね。
だからこそシロンは、妹のように思っている少女たちのために無茶苦茶とも言えるトンデモシステムを作り上げた。
「しかし、強い力を持つということはそれ相応の覚悟が必要ニャ。だからこそ、君たちには指導を始める前に教えなければならない事があるニャ!」
「「は、はいっ!!」」
ヴィヴィオとアルマは、いつになく真面目なシロンの雰囲気に飲まれて大人しくなる。そんな彼女たちの様子を見て一つうなずいたシロンは、指をパチンと鳴らすとあの男を呼んだ。
「来い! グラハーム!!」
「ふっ、この私、グラハム・ニャーカーをお呼びかな?」
「「「「「ほんとに来た―――!?」」」」」
シロン以外の全員が驚いている中、動きやすい格好をしたグラハムが颯爽と現れた。どうやら、ミラージュコロイドで姿を隠しながら近くでスタンバッていたらしい。
しかし、普段なら勤務時間中のはずの彼がなぜここにいるのだろうか。
「どうしてパパがここにいるの?」
「実はプレシアからシロンと一緒に有給休暇を取るよう薦められてね、せっかくだからアルマに内緒で後をつけ回して、その愛らしい姿を心ゆくまで鑑賞していたのだよ」
「たんなる不審者じゃないか!?」
「もう、しょーがないなぁ。パパは心配性なんだから」
「その反応も違うだろ!?」
アルフの連続ツッコミは実にごもっともだった。とはいえ、当事者のアルマがまったく気にしていないので、外野が文句を言っても意味がない。後は、勘違いした他の人から通報されないように願うしかないだろう。
「まぁ、そんなよくある話は置いといて、今からコイツに協力してもらって流派東方不敗の演舞を見てもらうニャ」
「演舞?」
「確かに本格的に始める前に見せるべきものだが、今やる必要があるのか?」
「その質問、我らの意図が読めぬと見える。ならば論より証拠だ、いくぞ王子!」
「おうともよ! 流派東方不敗が最終演舞、とくとその目に焼き付けろぉぉぉ!!」
まるで、ドモンとマスター・アジアの最終決戦が始まる前のように気合を入れた2人は、同時にELFを発動して明鏡止水モードとなった。その瞬間、道場内に満たされていた魔力が一気に吸収され、全身が金色に輝いているシロンとグラハムに信じられないような力が集まっていく。
ズゴゴゴゴゴゴッッッッ…………!!!!!
「「きゃ―――!?」」
「こ、これはぁ―――!?」
「すごい魔力です!」
「って、すごいなんてもんじゃないよ―――!?」
これまでの常識が覆ってしまった信じられない現象を前に、子供たちはおろかアルフとザフィーラまで度肝を抜かす。ただでさえオーバーSランクのシロンたちが、トランザム中のモビルアールヴ並の魔力を発しているのだから当然だろう。
「うわぁーい、みんなのパンツが丸見えだー!」
「うむ、これを女子高生の前で使えばすばらしいことになるな!」
シロンとレヴィだけは副産物で発生している突風で遊んでいるが、それにツッコミを入れる余裕も無い。2人ともにSSSランクを超えてしまっており、人間としては確認されたことが無い驚きの数値を叩き出している。扱いが難しく時間制限があるという弱点を考慮しても、この奥義に対抗できる者はほとんどいないだろう。
「こ、これって本当に演舞なのかよぉ――!?」
ここまで凄まじい状況になっては、もはや演舞などという範疇を超えているが……実際に始まったものはやっぱり演舞ではなかった。
先ほどまでの激しさはどこへやら、なぜか2人は明鏡止水モードを止めて急に普通の状態に戻ると、グラハムがシロンの頬をビンタした。
パンッ!
「ウッ、殴ったね!?」
「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな」
「我輩がそんなに安っぽい人間ですか?」
パンッ!
「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに!」
「それが甘ったれなんだ! 殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか!」
「………………って、演舞が演技になってるじゃねーか!!!」
明鏡止水モードに驚いていたら、いつの間にかアムロとブライトさんの有名なシーンが再現されていた。というか、なぜこうなった?
一見すると流派東方不敗とはまったく関係ないように思えるため、騙された気分になったアルフが突っかかっていく。しかし、シロンたちもただモノマネをしただけではない。若干楽しんでいたことは否定できないが、もちろん今の寸劇の中に子供たちへ伝えたいメッセージが込められていた。
「いいかい子供たちよ。格闘技とは、対戦する相手と傷つけあうことであり、それは戦争においてもスポーツにおいても同様ニャ。そして、そこには常に負の感情との戦いがあるのニャ」
「負の感情?」
「そうだ。悲しみ、怒り、嫉妬、傲慢……それらの感情は当然君たちの中にもあり、格闘技を始めるならば必ず立ちはだかる最大の強敵となる」
どんなに綺麗ごとを並べようが、勝敗や能力差が生まれる以上は絶対に負の感情が付きまとう。戦うという事はそういうことだからだ。
「先ほど我輩が演じたアムロ少年は、ブライトさんにぶたれ、負の感情に何度も押しつぶされそうになりながらも必死に前に進んで数々の強敵に打ち勝ったニャ。だから、真の強さを手に入れるには、悪いことを考えてしまう自分の心に勝ち続けなければならないのニャ!」
「つまり、最大の敵は自分の心というわけなのだよ! あえて言わせてもらおう、弱き心こそが乗り越えるべきライバルであると! それに打ち勝つことこそが真の強さとなる!」
娘の前で気合を入れたグラハムは、良いところを見せようとして、もう一度明鏡止水モードとなった。相変わらず凄まじい奥義だが、全身が金ピカになるので、はっきりいうとうざったい。
なので、みんなは自分に酔いしれている彼に背を向けながら話を続ける。
「ねぇ、シロンお兄ちゃん。真の強さを身につけるには、強い心が必要なの?」
「そうニャ! たとえ冷凍庫にアイスが一つしか残ってなくても、それをどうぞと譲ってあげられるほどの心の強さが必要ニャ!」
「それじゃあ、昨日買って来たシロンのアイスをボクに頂戴!」
「そんなのダメに決まってるニャ」
「全然強くないじゃん!?」
子供っぽいシロンの中途半端な覚悟はともかく、言ってることはそれなりに正しい。
たとえ困難な道のりであっても、続けていければそれに見合った結果が手に入る。だからこそ、人は技術を伝え続けてここまで発展してきた。その技術を上手に使いこなすためには、あらゆる悪意に飲み込まれない強靭な心が必要だ。
勉学も、格闘技も、魔法も、知識と呼べるものはすべて同じだ。まともな心が伴わなければ、それらはすべて悲しい結果を生み出す凶器となってしまう。せっかくの知識もただ人を傷つける愚かな道具として使われ、未来に続いていくようにと願いを込めた先人の思いはないがしろにされていく。そうして悪意が蔓延すれば、そのうちシャアのような過激な人物が現れて、多大な犠牲をもって贖罪することになるかもしれない。
しかし、心臓に毛が生えているようなシロンは、弱い心に負けてしまったシャアとは違う。
「(貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない。だから、世界に人の心の光を見みせなけりゃならないのニャろう? 子供たちが持っている可能性という光を!)」
先の事件を経て大切な人を想う心の大切さを強く感じたシロンたちは、次世代を担うヴィヴィオとアルマに心の強さについて教えることにした。強大な力を持ったロストロギアに溢れているこの世界を守っていくには、その誘惑に飲み込まれない強い心が必要なのだということを伝えるために。
「(……な~んて、長々と力説してきたけど、ほとんどは単なる建前ニャ!)」
本音を言えば、この世界でガンダムファイトっぽい格闘技を広めようと企てているだけだったりする。あんな物理法則を超えた技を使いこなすには、人間離れした強き心が必要だからだ。
「(じきに流派東方不敗を習得するヴィヴィオたちと対等に戦えるライバルが必要だからニャ)」
実に恐ろしい計画である。
チートな才能を持った彼も所詮はガンダムオタクな猫妖精でしかないので、法律の許容できる範囲で実現できそうな欲望には抗えなかった。ようするに、ガンプラ好きな少年が実物大のガンダムを作ってみたいと思うような感じである。
しかし、その野望はあっさりとなのはたちに知られることになり、あっという間に潰されることになるのだった。それでも、ヴィヴィオのマスターアジア化は止められなかったのだが、それはまだまだ先の話なので、今は多くを語るまい……。
何にしても、負の感情に打ち勝つ心の強さは何事においても必要なので、優先して教えるべきことなのは間違いない。ということで、話はこのまま進めることにする。
「つまり、君たちの希望を叶えるという事は、心を鍛えることに他ならないのだよ! それはわかるな、2人とも!」
「「うんっ!!」」
「いい返事だ。ならば、後は君たちの意志次第だな」
「私たちの意思次第……」
「2人はまだ8歳だから、今すぐ決める必要は無いニャ。でも、すぐに格闘技を始めるというのなら……自分の心と真剣に立ち向かわなければならないニャ! 人と競い合う真の意味を理解し、負の感情を乗り越える覚悟が必要だからニャ!!」
シロンたちの話を聞いて2人は大いに悩んだ。スポーツとはいえ人を傷つける行為を中途半端な覚悟で始めるわけにはいかない。シロンたちが一生懸命用意してくれた技術を適当な心構えで学ぶわけにはいかない。
ならば、自分たちはどうするべきか。
ヴィヴィオは、大好きななのはママを助けてあげられる力を手に入れたいと思って、格闘技を始めようとした。アルマは、過酷な運命を背負わされているヴィヴィオを支えて一緒に頑張りたいと思ったから、必要となる力を手に入れると決めた。
動機としてはまったく問題は無い。後は、先ほど聞かされた覚悟を持てるかどうかだ。
もし実際に始めれば痛い思いをたくさんするだろうし、悔しい気持ちも一杯味わうことになるだろう。もしかすると、途中で心が変わって止めてしまうかもしれない。
でも、今は……やりたい。2人で一緒に行けるところまでやってみたい。
だったら、自分たちの答えは――
「「格闘技を学びたい! 2人で一緒に強くなりたいですっ!!」」
「よく言ったぁぁぁぁ!! それでこそ我が弟子ぞぉぉぉぉ―――!!!!!」
「って、なにドサクサに紛れて弟子奪おうとしてんだよ!? ヴィヴィオたちはあたしの弟子だぞ!? なぁそうだろ? 2人はストライクアーツを習いたいんだもんなー?」
いきなりの急展開に驚いたアルフは慌てて聞いてみた。しかし、当初の予想に反して子供たちの反応は芳しくない。
「ごめんなさいアルフお姉ちゃん。私、流派東方不敗を習ってみたくなっちゃった!」
「私も、ヴィヴィオちゃんと一緒に明鏡止水モードを極めるんだー!」
「ボクもボクも! 3人で金ピカになって目立ちまくるぞー!」
「な、なんですとぉ―――!!?」
先ほどシロンたちがおこなった演舞という名のデモンストレーションに感化されてしまったヴィヴィオたちは、あっという間に鞍替えしてしまった。実を言うと、これがシロンたちの狙いだったのである。お祭りごとが大好きな彼らは自分たちも参加したかったのだ。これから始まる新しい物語に。
「チクショー! ヴィヴィオに教えるのを楽しみにしてたのにぃ!!」
「だぁぁからお前はアホなのだぁぁっ!! 物事はそう簡単にはいかんということを、この我輩が身をもって教えてくれるわぁぁっ!! うわーっはっはっは! ざまぁみろぉぉぉぉ!!」
「何と言うか、やはりシロンが絡むと一筋縄ではいかないな……」
「でも、彼と一緒にいるとすごく楽しい。そうですよね、ザフィーラさん?」
「ああ、その通りだ」
最初は呆れ気味だったザフィーラだが、ユーリの綺麗な笑顔を見ているうちに大切な事実を見出していた。彼がいたからこそ今がある、このドタバタ騒ぎこそが幸せの証なのだと。
「って、良い話だったように終わらせようとすんなー!!」
とうとうあと1話まで来ました。
よくやったな、俺!
ありがとう、俺!
引き続き、ご意見、ご感想をお待ちしております。