『禰豆子の事を認めて欲しいと思ってる』
その御館様のお願いのような言葉を聞きながら、炭治郎は内心でこう思った。
(なんで、わざわざこんなお願いのような言い方で言うんだろうな)
それは炭治郎が原作を見た時から不思議に思っていたことだった。
普通、こういうのは鬼殺隊のトップである御館様が決めたことなら、反対はしても御館様がそう決断した理由くらいは聞くものだ。
こういうイエスマンだけでは無いところが鬼殺隊の良いところでもあり、これが無ければ鬼殺隊は消滅していただろうという話は前世で炭治郎も聞いたことがあったが、ぶっちゃけこれだけの脳筋集団だったらイエスマンだろうと、そうでなかろうと大して変わらないというのが炭治郎の今の感想だった。
(・・・よく考えたら、そもそも鬼滅の刃世界って、戦略面で頭を使う場面なんてほとんど無いよな?それを考えると、ますますイエスマン以外要らない気が・・・)
炭治郎はそう思った。
そう、現実的に見て鬼滅の刃世界というのは、戦術面はともかく、戦略面では頭を使う場面などほとんど無い。
精々が最終局面の無限城くらいなものだろうし、それにしたって産屋敷家の担当であり、鬼殺隊の幹部クラスである筈の柱が戦略面で頭を使う場面はついぞ無かった。
まあ、たった数百人という組織規模で日本全体を回らなければならないので戦力の分散は仕方ないとも言えたし、そもそも上弦の鬼の潜伏先が分からない上に無限城に引きこもっている鬼も居たので、討伐のための作戦が立てられないという事情もある。
それ故に仕方の無いこととも言えるのだが、それを考えると、ますますイエスマンでも実力さえ有れば問題ない気がしてきた。
(いや、イエスマンだけだと戦術面でも影響が出て問題があるのか?・・・難しい問題だな)
炭治郎がそんなことを考えていると、先程の御館様の言葉に対する柱達の反応が返ってくる。
「嗚呼・・・例えお館様の願いであっても承諾しかねる」
「俺も派手に反対する。鬼など認められない!」
「私は、全てお館様の望むまま従います!」
「じゃあ、僕も甘露寺さんと同じで」
「・・・」
「・・・」
「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ!全力で反対する!!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。御館様の言葉なれど、反対いたします」
上から順に岩柱、音柱、恋柱、霞柱、蟲柱、水柱、蛇柱、炎柱、風柱の反応だが、仮に沈黙を中立として考えた場合、中立4・反対5となる。
賛成は1人も居ない。
まあ、組織の存在意義の観点があれなのでそれも分からなくはないのだが、せめて鬼を容認する理由を聞いてそれから最終的な判断をして欲しいというのが炭治郎の意見だ。
(分かっていたことだが、これはキツいな。て言うか、冨岡さん何か言えよ。元々はあんたが招き入れたも同然なんだから)
炭治郎は内心で自分の意見を言わない冨岡を少し不満に思いつつ、じっと会議を見守っていたが、その視線は常に風柱──不死川の存在をマークしている。
まあ、当然だろう。
こいつが原作では一番盛大にやらかしてくれているのだから。
「ふむ、左近次。説明を頼めるかな?」
「はい」
御館様にそう言われ、鱗滝は禰豆子の事を話し出す。
「禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を食わず、そのまま二年以上の歳月が経過していることは私も確認済みです。しかし、もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は冨岡義勇及び私、鱗滝左近次が腹を切ってお詫び致します」
「・・・えっ?」
炭治郎は思わず驚いてしまった。
師と兄弟子が命を賭けている事に、ではない。
それは原作でもあった故に想定済みでもあったからだ。
しかし、そこに自分の名前が無いのは流石に予想外だった。
いったいどういうことなのか?
炭治郎が思わずそう尋ねようとすると、鱗滝が目で制してきた。
黙っていろ、と。
そこまでされては炭治郎も黙らざるを得ず、再び視線を不死川へと戻した。
「・・・切腹するからなんだというのか?死にたいなら勝手に死に腐れよ!何の保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです!人を喰い殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!」
しかし、それでも風柱と炎柱は反対を主張する。
その発言に炭治郎は少しばかりイラつきはしたが、鱗滝に恥を掻かせないようにという配慮から表情にまでは出さなかった。
そして、そんな彼らに御館様はこう言う。
「確かに実弥と杏寿郎の言う通り、禰豆子が人を襲わないという証明はできない。しかし、人を襲うということもまた証明できない」
「ッ!」
「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、2人の命がこうして懸けられた。これを否定するには、否定する側もそれ以上の物を差し出さなければならない」
「むっ」
「それに禰豆子の兄は現在、鬼殺隊に所属していてね。鬼舞辻無惨と直に戦っている」
「「「「「「「「!!!?」」」」」」」」
流石にその情報には冨岡を除く柱達は驚くことになった。
当然だろう。
鬼舞辻無惨は鬼の親玉であり、柱ですら遭遇したことがない相手だったからだ。
「そんなまさか!柱ですら誰も接触したことがないというのに・・・しかも、ここに居ないって事は一般隊士・・・ん?」
宇髄はそう言いかけて何かに気づく。
そう、先程から鱗滝の隣に居る少年の存在に。
「まさか・・・そいつが?」
「うん、炭治郎。自己紹介を」
「・・・竈門炭治郎です。階級は癸。よろしく」
炭治郎は素っ気なくそう言ったが、鬼舞辻無惨の事で興奮状態にある柱達はそんなことを気にせず、炭治郎に詰め寄ろうとした。
しかし──
ドン!!!
炭治郎は自らの日輪刀を手に持ちながら鞘ごと先っぽを床に叩き付けることでそれを黙らせる。
そして、それによって柱達が沈黙した後、日輪刀を元の位置に戻すと、御館様に向き直る。
「・・・御館様、続きを」
「うん。それで鬼舞辻無惨はどうやら炭治郎に追手を放っているみたいなんだ。現に昨晩は炭治郎の目前に上弦の壱が現れている。単なる偶然かもしれないが、私はどうもそれが偶然とは思えないんだ。そして、それは禰豆子に関しても言える」
炭治郎の促しによって改めて喋った御館様はそう答える。
しかし、目の前で柱達が思わず沈黙してしまう程の音を立てながら間髪入れずに話すところは流石は武装勢力のトップといったところだろう。
「・・・だから生かしておくと?」
「そういうことになるね」
悲鳴嶼の言葉に御館様はそう答えるが、それでも納得できないものは居た。
「納得できません。そこの隊士と冨岡の隊律違反は今は置いておくとして鬼は駄目です。これまで俺達鬼殺隊がどれだけの思いで戦い、どれだけの者が犠牲となったか・・・承知できない!」
言いたいことは分かるが、そんなの鬼殺隊に来たばかりの自分や禰豆子が知ったことではない。
そう思った炭治郎だったが、もちろん言葉に出しては言わなかった。
そして、不死川は刀で自分の左腕を切りつけながらこう言う。
「御館様・・・!!証明しますよ。俺が、鬼という物の醜さを!!」
「実弥・・・」
御館様が何かを言おうとする前に不死川は禰豆子の方へと進んでいく。
そして、今の前に来ると──
「失礼致します」
そう言って居間へと上がり、そのまま鱗滝の手前に置かれている禰豆子の箱へと向かっていく。
炭治郎はすぅっと目を細めながら、何時でも不死川を
が──
「炭治郎、落ち着け。ここを突破すれば一応は認められる」
「・・・」
小声で言われたその言葉に、少しだけ頭を冷やし刀からは手を離した炭治郎だが、相変わらず不死川には鋭い目を向けたままだった。
そして、不死川はそこから刀を箱の中に居る禰豆子へと突き刺す。
「ッ!?」
分かっていたことだが、つい刀に手を掛けそうになる目の前の光景を必死の理性で抑えつける炭治郎。
しかし、その間に不死川はザシュ、ザシュと刀を中へと突き刺していき、遂にはこう言った。
「出て来い鬼ィ、お前の大好きな人間の血だァ!!」
そう言って血に濡れた左腕を差し出す不死川。
しかし──
「・・・」
当の禰豆子は理性を失いかけるどころか、血に濡れた左腕を見ようともせず、ただひたすら不死川の顔を睨んでいる。
・・・どちらかというと、飢餓状態ではなく乱暴な手段で寝ていたところを叩き起こされて怒っている様子だった。
しかし、何を勘違いしたのか、不死川はその様子を見て不死川はこう言う。
「どうした鬼ィ。来いよォ。欲しいだろォ?」
「・・・」
その言葉を聞き、怒った様子から冷たい目へと変える禰豆子。
そして、数秒後、付き合っていられないと言わんばかりに、再び眠りへとついた。
「・・・どうなっている?」
御館様は目が見えていないため、目が見えて傍らに居るくいなに状況を尋ねる。
「不死川様の血で濡れた腕を竈門禰豆子が無視しています」
「そっか。じゃあ、これで禰豆子は人を襲わないことは分かったね」
御館様がそう言うと、不死川は歯噛みをしながら押し黙るしかなかった。
そして、御館様は炭治郎に向き直りながらこう言う。
「炭治郎。それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。これから君が鬼殺隊で戦えること、役に立てること」
「・・・上弦の鬼を倒してきます。それで構いませんか?」
怒りをギリギリまで抑えていたせいか、物凄く底冷えのするような低い声で炭治郎はそう言う。
その態度と殺気に思わず一部の柱達は身構えるが、御館様は怯むことなくこう言った。
「うん、十二鬼月を倒せばみんなに認められる。君の発言の重みが変わってくる。だから、まずは下の方ではあるけど、下弦の鬼から倒しておいで」
「ですが、それでは精々柱レベルの発言力と変わりませんよ」
「れべる?」
「あっ、いえ・・・要は柱と同じくらいの発言力では禰豆子を認めさせるにはまだ足りないと言いたいんですよ」
炭治郎は前世の言葉を思わず言ってしまったが、慌ててそれをどうにか誤魔化す。
そして、それを聞いた柱達の反応は幾つかに分かれた。
無理だと嘲笑う者、御館様への態度に怒りを覚える者、面白そうな奴だと笑う者、無表情に佇む者。
しかし、御館様は朗らかに笑ったままだった。
「そこまで言うなら大丈夫そうだね。君は十二鬼月最強の上弦の壱と互角に戦っていたと聞いている。期待しているよ」
「はい」
御館様はそう言いながら、期待の言葉を口にしたが、一方で冨岡としのぶを除く柱達は炭治郎が十二鬼月最強の上弦の壱と戦って生き残ったというのもそうだが、互角に戦ったという事実に驚き、ざわめいていた。
「それと那田蜘蛛山ではご苦労だった。君が下弦の伍以外の鬼を全滅させて、上弦の壱の足止めをしていたからこそ、
「分かりました。それでは退出して構いませんか?禰豆子をあやさなくてはならないので」
「うん、どうぞ」
御館様がそう許可を出すと、炭治郎は禰豆子の入った籠を回収し、鱗滝と共にその場から退出していこうとしたが、その前に御館様は小声でこう言った。
「珠世さんにはよろしくね」
「・・・分かりました」
炭治郎は振り替えることなくそう言うと、今度こそ鱗滝と共に部屋から退出していった。