炭治郎が向かっていた洞窟の中。
そこには既に先に来ていた2名の鬼殺隊士──胡蝶しのぶと栗花落カナヲの姿があった。
「これがどんな傷をも治す薬草、“青爪草の花”ですか」
しのぶはそう呟きながら、その青い花を見つめる。
実は彼女も炭治郎と同じ目的で胡蝶カナエを助けるために色々と手を尽くしていたのだが、なかなか良い治療法が見つからずに絶望していたところ、つい先日、この薬草の事を御館様から知らされ(実はこの薬草の情報は珠世から御館様に知らされたものであるのだが、しのぶはそれを知らない)、炭治郎より一足先にこの場所へと訪れていたのだ。
ちなみにカナヲを連れていたのは、自身の継子でまだ勉強が必要だという点もそうだが、それ以上に万が一近くで任務が起きたとしても対応できるようにという要素が大きかった。
「カナヲ、出来るだけ丁寧に採取してくださいね。後で加工が大変になっちゃいますから」
「分かりました、師範」
しのぶの言葉に、カナヲは無表情でそう答えつつ作業に移っていき、しのぶもまた同じように花の採取を行う。
カナエを助けるだけならそんなに量は必要ないのだが、しのぶが蝶屋敷での治療に使えるのではないかと考えていた為、一定の量の採取を行うこととしたのだ。
──そして、それがやって来たのは作業を開始してから一時間が経過した時の事だった。
べペン
突如、琵琶の音が鳴ると、それに驚いた彼女達はそちらを振り向く。
すると、なにもない空間に障子が現れ、そこから1体の鬼が出現する。
「な・・・嘘でしょう」
しのぶはそこから出てきた鬼に目を見開き、信じられないほどの最低最悪の事態が起きたということを自覚する。
それはそうだろう。
そこから現れたのはつい先月那田蜘蛛山で戦った十二鬼月最強の存在である上弦の壱だったのだから。
「既に・・・来ていたか・・・だが・・・問題ない」
自分が来る前に鬼殺隊の方が先に着いていた事に少しだけ驚いた黒死牟だったが、それでも任務に変更はないと判断し、その独特な刀を構える。
そして、しのぶもまた同様に持ってきた独特の日輪刀を構えながらカナヲに対してこう言った。
「カナヲ・・・その薬草を持って逃げなさい。私が時間を稼いでいる隙に」
「・・・」
カナヲはそれに答えない。
あまりの状況下に指示に従うべきか迷っているようだ。
何時もならコインを投げて決めるのだが、今回はそういうわけにはいかないのは明らかであり、更には過去の経緯から少女に自己判断能力が欠如しているのもあって、結論が出ていなかった。
それを見たしのぶは怒鳴り付けてでもこの場から追い出そうと声を上げようとしたが、その前に黒死牟がこう言う。
「悪いが・・・一人たりとも・・・逃がすつもりはない」
そう言いながら、黒死牟は自らの血肉で作り上げた刀を構える。
そして──
月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍
無数の斬撃がしのぶとカナヲに向かって降り注いだ。
◇
「・・・・・・・・・・・」
黒死牟はつい先程まで2人の少女が居た場所を見つめる。
そこには僅かながら血痕が残っており、普通なら先程の月の斬撃によってミンチになったとも取ることが出来るだろう。
しかし、黒死牟は確かに見ていた。
見覚えのある耳飾りの剣士が目にも留まらぬ速さで動き、2人を救出して洞窟を出ていった瞬間を。
「また・・・お前か・・・竈門炭治郎」
忌々しげな表情でその名前を呼ぶ黒死牟。
(しかし、あの速さ。もしや痣者として覚醒したのか?)
痣者。
それは鬼殺隊ではとうに廃れた技術であり、それを発現させた者は身体能力を格段に向上させることが出来るものの、それは寿命の前借りにすぎず、発現させた者は25歳までに死ぬ。
そう、
(もしそうだとすれば、あやつは生きたとしても10年というところか。しかし──)
炭治郎の年齢は黒死牟が見たところ、15前後。
となると、普通ならあと10年で死ぬこととなるだろう。
が、例外もある以上、やはり確実に始末した方が良いというのも確かだった。
「まあ・・・いい・・・今は・・・任務が優先だ」
だが、だからと言って今は追う気はない。
無惨に言われた目の前の花の抹消が最優先だと判断した為だ。
「今度会った時こそ・・・お前の・・・最期だ」
そう言いながら、黒死牟は無惨に言われた通り、青爪草の花を抹消するために己の刀を振るった。
◇
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
黒死牟が青爪草の花を蹂躙していた頃、2人を回収して洞窟から少し離れたところへと移動していた炭治郎は大きく疲弊していた。
先程の目にも留まらぬ機動は、全集中・一点で強化した能力を5秒ほどあちこちの体の器官に続けざまに展開することで為し遂げたものだ。
しかし、全集中・一点の身体強化は痣者とほぼ同等の身体能力を得ることが出来る反面、物凄く疲労も大きい。
その為、こうして疲弊していたのだが、今の彼にはすぐに考えなければいけないことが幾つかあった。
「師範!しっかりしてください!!」
炭治郎の横でカナヲは応急手当をしながら、何時もの物静かな態度を思わせないような大声で意識を失っているしのぶに呼び掛ける。
実は救出する際、しのぶはあの斬撃を脇腹に喰らってしまい、深手であったことで血がドバドバと流れ続けていたのだ。
致命傷とまではいかないが、彼女の小柄な体と合間って、このままでは原作の無一郎みたく失血死が懸念されてしまう。
しかも、炭治郎の懸念はそれだけではない。
「くそっ!忌々しい天気だな!!」
炭治郎はそう言いながら、曇り空を睨む。
鬼は夜しか活動できない。
この知識は厳密に言えば間違っており、厳密には“太陽が照らす場所では活動できない”と言った方が正しい。
これは逆に言えば、“太陽の光が地上に当たらないような天気なら昼間でも活動できる”という事でもあるのだ。
そして、今の天気は曇りであり、雨が降ってきそうな空気もある。
度胸のある鬼なら、この時間帯での活動も決して不可能ではない。
(いや、流石に上弦の壱となると、喪失を恐れて無惨の方が止めるか?)
下弦の鬼とは違い、上弦の鬼というのは替えがききづらく、中でも最強である上弦の壱を真っ昼間の時間帯に自分達に差し向けるなどということは、突然天候が晴れたりすれば喪失のリスクも大きいため、幾ら頭無惨の鬼舞辻でも許さない可能性がある。
そう考えた炭治郎だったが、すぐにその楽観的な思考を振り払う。
(それはないな。少なくとも原作を見る限りは)
炭治郎は改めてそう思い直す。
原作では無限列車編で鬼舞辻は上弦の参に日の出間近という時間帯にも拘らず、柱を含めた鬼狩りの抹殺を命じている。
それを考慮すれば、太陽という制限がない今の環境で逆に上弦の壱に自分達の追跡と排除を命じる可能性も十分に有るわけだ。
なにしろ、鬼舞辻にとって、自分の存在はそこまでのリスクを犯してでも排除したい存在なのだから。
(まあいいや。どちらにしても──)
そう思いかけたところで、炭治郎はカナヲとしのぶの方を向きながらこう言う。
「カナヲ!しのぶさんの応急手当を急げ!!」
「分かってる!」
炭治郎はカナヲにしのぶの応急手当を急ぐように言う。
本来ならば、カナヲの方が炭治郎より階級が1つ上なので、炭治郎はカナヲに対して敬語を使わなくてはならなかったのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
なにしろ、黒死牟はすぐにでも自分達を追跡してくる可能性があるのだから。
そう思った炭治郎だったが、結果的にはその心配は杞憂だった。
何故なら、黒死牟は青爪草の抹消という目的を達成した後は鳴女によって無限城へと撤退していったからだ。
──そして、3人は近くの藤の家紋の家へと駆け込み、しのぶは全治1ヶ月の怪我を負ったものの、一命を取り留める事となる。