◇西暦1915年《大正4年》 3月 藤の家紋の家
藤の家紋の家。
それは全国各地に存在する鬼殺隊に協力している者達を表す用語だ。
基本的には協力者という扱いになるため、鬼殺隊でも産屋敷家の管轄下でもないが、彼らは過去に鬼殺隊によって救われた恩を返すべく、積極的に協力している。
そして、先日、その藤の家紋の家へと駆け込んだ3人の内の1人である炭治郎は鎹烏からの次の任務を受け、旅立つ準備を始めていた。
「たくっ。人使いが荒すぎるよ」
炭治郎は悪態をつきながら、カナヲに出発の挨拶をするために彼女の下まで向かっていた。
しのぶやこの家の人間には挨拶を既に済ませているので、残りは彼女だけだ。
「あっ、カナヲ」
ようやく炭治郎は縁側に座っているカナヲの姿を発見し、そちらに声をかける。
「カナヲ、俺は新たな任務があるから行くから、しのぶさんの看病、頑張れよ」
「・・・」
炭治郎はそう言うが、カナヲは沈黙したまま銅貨を弾く。
そして、それを腕に乗せた結果、銅貨は裏を表していた。
「ありがとう」
「・・・」
彼女は簡潔にそう言った。
しかし、炭治郎の方はといえば、『ありがとう』と言われても、何がどう『ありがとう』なのか全然分からず、カナヲにその事を尋ねる。
「何のことを“ありがとう”なの?」
「ありがとう」
しかし、炭治郎の言葉には答えず、カナヲは尚も同じ単語を繰り返す。
そして、それを聞いた炭治郎は内心でため息をつく。
(分かっていたけど、こりゃ重症だな)
炭治郎はそう思う。
コインで物事を決めるのもそうだが、これだけ他人との話が出来ないと、いずれ冨岡レベルで嫌われてしまうこととなるだろう。
ましてや、彼女は冨岡のように話が嫌いという訳ではなく、どうでも良いと思っているのなら尚更だ。
無愛想な人間はあまり好かれない。
これは古今東西の人付き合いの常なのだから。
(・・・ここは一肌脱ぐしかないか)
彼女の過去を考えればそういったことも仕方ないのかもしれないとはいえ、だからと言ってこのままにするのは憚られるし、後々の展開にも支障が出てしまうかもしれない。
面倒ではあるが、こういった手間を惜しむと後になってとんでもないしっぺ返しを食らうことになる可能性がある以上、妹を守るためにも看過する訳にはいかないだろう。
そう考えた炭治郎はまずこう言った。
「ねぇ、なんで銅貨を投げたの?」
「ありがとう」
「その銅貨は何を意味するの?」
「・・・」
原作同様、カナヲの言葉を華麗にスルーした炭治郎。
そんな彼に折れたのか、カナヲは自分の銅貨を示しながらこう言う。
「指示されていないことはこれを投げて決めるの。今、あなたと話すと決めたのは裏。裏が出たから話した。・・・ありがとう。さよなら」
カナヲはそう言ってさよならを告げるが、それに対して炭治郎はこう返した。
「なんで、自分で決めないの?」
理由は分かっているが、炭治郎は敢えてそう尋ねた。
「どうでもいいの。どうでも良いから、自分で決められないの」
「この世にどうでも良いことなんて無いと思うよ。少なくとも、俺はそんな風にぞんざいに扱われたら悲しいし、カナヲだってしのぶさんにお礼を言われて嬉しかっただろう?」
炭治郎は原作の言葉に、自分の考えを伝える。
ちなみにしのぶがカナヲにしたお礼とは、先日の青爪草の花の事だ。
しのぶが採取した分は失われてしまったが、カナヲが採取した分が残っていたことで、これで姉さんが救えると、カナヲはしのぶに泣きながら抱き締められてお礼を言われていた。
だが、仮にそれが当然だと言わんばかりの態度だったらどうだろうか?
人によってはどうでも良いと思うかもしれないが、たいていの人間は大なり小なり不快に思うだろう。
それを暗に伝えつつ、炭治郎は続けてこう言った。
「それと、俺は気にしないけど、仮に君が他人に礼がある時はちゃんと言った方が良い。相手によっては不快に感じるからね。それに場合によってはカナヲの直属の上司のしのぶさんの顔に泥を塗るかもしれないよ」
「・・・」
炭治郎の言葉に、カナヲは考え込むかのように沈黙する。
それを見た炭治郎は後一押しと、ある提案を行う。
「なあ、その銅貨。ちょっと借りても良いかな?」
「えっ?良いけど・・・」
カナヲはそう言いながら、炭治郎に銅貨を差し出す。
「ありがとう。じゃあ、さっきのカナヲみたいに投げて決めよっか」
「何を?」
「カナヲが心のままに生きるかどうかだよ!」
炭治郎はにっこりと笑いながらそう言うと、先程のカナヲのように銅貨を指で弾く。
そして、そのまま
「さて、どっちかな?」
炭治郎はそう言いながら、片方の手で隠した状態のコインをカナヲの前に差し出す。
見れば、カナヲの方も興味津々といった感じに見ている。
すると、炭治郎は隠している方の手を外す。
結果は裏だった。
「裏か。じゃあ、約束通り、カナヲは心のままに生きてね」
「えっ!?裏が正解だったの?」
裏か表か言わなかったので、てっきりよく選びがちな表であると思っていたカナヲは驚いた。
「うん、そうだよ」
炭治郎はきっぱりとそう言うが、本当は違う。
ぶっちゃけ、裏と表、どちらが出ても正解であるように言うつもりだったのだ。
まあ、どちらも正解であるといえば、ある意味裏だろうか表だろうが正解なので、炭治郎の言うことは詐欺じみてはいても間違ってはいなかったのだが、それを堂々とやる面の厚さはとんでもないものがある。
「頑張れよ。人は心が原動力だからな」
最後にそう言いながら、炭治郎はその場を立ち去ろうとするが、カナヲは呼び止めるようにこう言った。
「待って!」
「ん?」
「どうして裏を出せたの?・・・投げる手元は見てた。小細工はしていなかった筈」
「それは簡単だよ。裏表、どちらが出ても、正解だっただけ」
「えっ?」
種をあっさりばらした炭治郎にカナヲは驚いた顔をする。
「どちらが正解かなんていう決まりはしていなかったからね。それにさっき言っただろう?カナヲには心のままに生きて欲しいって」
炭治郎はそう言いながら、悪戯っ子のような笑みをカナヲに対して浮かべる。
「!?」
「まっ、そういうことだよ。じゃあ、俺はこれで。体には気をつけてね」
炭治郎はそう言うと、その場を立ち去っていく。
そして、それを見届けていたカナヲは、ふとこう呟く。
「・・・・・・変な人」
そう言いながらも、カナヲは何処か心が温まるような感覚を覚え、何時もの愛想笑いとは違う笑みを少しだけ浮かべていた。
◇
「うっ・・・ぐ・・・・・・あ」
とある場所に血塗れで倒れる1人の少年。
彼は既に下半身を失っており、死の一歩手前の状態となっていた。
「ふぅ、手こずらせやがって。まさか、俺の肉を喰って再生するなんてな」
そう言って倒れる少年を見下すのは、左目に“下弐”と描かれた1体の鬼。
そう、原作の超パワハラ会議にて粛清された下弦の鬼の1体である下弦の弐の轆轤だ。
彼は原作やこの世界での下弦の壱同様に無惨に血を与えられてパワーアップして以降、積極的に鬼狩りを殺していた。
と言うより、そうしなければ命は無かったというべきだろう。
実際、血を追加で与えられた後に柱と遭遇したことで敵前逃亡を行った下弦の肆の零余子は問答無用に処刑され、すぐに後釜が据えられている。
原作と違い、下弦を解体しなかった無惨だが、流石に敵前逃亡するものには容赦が無かった。
その為、下弦の肆のように粛清されないためには、積極的に鬼狩りを倒す必要があったのだ。
そして、今日、その一環として1人の鬼狩りの少年の命が刈り取られようとしている。
「じゃあな。お前の肉は立派に俺が糧としてやる」
「あっ・・・」
少年が何かを言おうとした直後、轆轤が残った少年の上半身を喰い、そのまま絶命させる。
それは柱となった兄に会うために鬼殺隊に入った少年のあまりにも呆気ない最期の瞬間でもあった。
──そして、この1時間後、辛の隊士・不死川玄弥が下弦の弐によって敗死したという報告が鎹烏によって鬼殺隊に寄せられる事となる。