「それで、どうするんだ?このまま(上弦の伍の討伐を)行うのか?」
善逸が去った後、2人だけとなった部屋で義勇は炭治郎に作戦続行の可否についてを尋ねる。
「どうって・・・1度撤退して戦力を整え直すしかありませんよ。さっき言った作戦は善逸が去ったことで成功率が低くなりましたし」
炭治郎はため息を着きながら、義勇に対してそう答えた。
先程の作戦は実のところ、善逸を抜いても出来なくはない。
炭治郎と義勇が上手く頸を斬るタイミングを合わせるよう修正すれば良いのだから。
しかし、初期案より成功率が低いのは確実だ。
なにしろ、奇襲の要素が半減するし、そもそも義勇には善逸の霹靂一閃・神速程のスピードのある技は繰り出せない。
それにもし奇襲に失敗した場合、他の上弦の増援が来てしまう可能性がある。
作戦そのものの成功率が低くなったのにリスクはそのままという現状を鑑みると、やはり1度撤退して戦力を整え直すのが適切な判断と言えた。
「幸い、こちらは何も失っていません。まあ、あとで他の柱にぐちぐち言われるかもしれませんが、それは我慢しますよ」
「・・・そうだな。まあ、(この場の指揮官はお前だ。判断はお前に)任せる」
「ええ。取り敢えず、帰り支度をしてください。一旦、日屋敷に行って作戦を練り直します」
「分かった。では、失礼する」
義勇はそう言うと、部屋から出ていき、あとには炭治郎だけが残される形となった。
「・・・やれやれ、一から作戦を練り直さないとな。さて、誰に声を掛けようかね」
炭治郎はそう呟きながら、上弦の伍攻略のために新たに調達する人員について考える。
まず真っ先に思い付いたのが伊之助だ。
彼の実力はまず間違いなく准柱レベルであり、もう数ヶ月鍛練を続ければ柱になれる実力となっている。
それに強い相手との戦いを依然として渇望している彼ならば、今回の相手が上弦の鬼と聞けば、善逸と違って話に乗ってくるのは確実だ。
だが、それだけでは足りない。
なにしろ、奇襲案は既に廃案となってしまったので、今度上弦の伍討伐の為の戦略を展開する時は強襲となる可能性が高い。
そうなると、上弦の鬼の増援も考えて、あと1人か、2人ほど柱クラスの実力を持つ者が必要だ。
(しのぶさんは無理だから、カナヲか?でも、別の任務が入ってるかもしれないしな)
炭治郎は選択肢の少なさに少しだけ苛ついた。
まあ、あれだけ御館様の前で啖呵を切った以上、仕方のないことなのかもしれないが、とにかく自分は他の柱に反感を持たれており、それこそ無条件で協力してくれるのは冨岡くらいなものなのだ。
いや、厳密に言えば他の柱も強制的に徴収できるのだろうが、いつ裏切るかも分からない不安定な戦力など手元に置いておけるわけがない。
さて、どうするかと考える炭治郎にある報告が入ってくるのはそれから数分後の事だった。
◇
「・・・悪いこと言っちゃったなぁ」
一方、藤の花の家紋の家から出ていった善逸は先程の発言に少しばかり罪悪感を感じていた。
冷静になって自分の発言を見直すと、先程の言葉は炭治郎への暴言ばかりであり、あれでは炭治郎が怒るのも無理はないと思ったからだ。
「でも、俺は怖いんだよ。また俺のせいで人を失ったり、自分が足手まといになったりするのは」
善逸が思い出すのは3ヶ月前の一件。
あの時、自分と伊之助は半ば無理矢理音柱によって任務に連れてこられたのだが、そこで遭遇した上弦の弐はとんでもない相手であり、結局、自分達は逃げ切れたものの、事実上の足手まといとなったことで音柱は死んでしまった。
だが、善逸がその時に感じたのはその事に対する罪悪感だけではない。
それは恐怖。
上弦の鬼の圧倒的な力に対する恐怖だった。
それが上弦の鬼に対する拒否感を生んでおり、更には柱でもどうせ勝てないだろうという善逸の中での勝手な思い込みから、それが水柱を囮にすることへの拒否感を生み、最終的に先程の炭治郎への暴言に繋がったという訳だ。
ちなみに炭治郎にあのようなことを言ったのは、上弦の鬼に対抗できる腕を持っていることへの嫉妬の感情も多分に混じっている。
・・・断っておくが、原作の善逸は断じてこのような自分勝手な性格ではなかったし、この世界でもそれは同様だったのだが、彼が禰豆子に出会わず仕舞いのまま禰豆子が殺されてしまったこと、更には原作炭治郎より冷たい性格(ただし、これに関しては原作炭治郎と同様のものを求めるのが酷)だったこと、そして、極めつけには前述した上弦の鬼に対する恐怖感が彼をこのような歪んだ性格にさせていた。
人は環境が変われば、多少はそれに適応した歪んだ性格になる。
何故なら、そうしなければ組織の中で生き残れないからだ。
そして、これはその典型的な例と言えた。
「・・・」
俯きながら蝶屋敷への帰路に着こうとする善逸。
だが、そこに善逸の鎹“雀”がある手紙を運んでくる。
「ん?なんだろう」
いぶかしみながらもその手紙を手に取って読み始める善逸。
そして、そこには驚愕の事実が書かれていた。
◇少し前 鬼殺隊士養成学校
「放せぇ!ワシは死んでお詫びをせねばならんのだぁ!!」
「ダメですって!!」
そう言って腹を切ろうとする桑島善悟郎に、ここで働く教員の1人が必死の形相で取り抑える。
何故こうなったのか?
それは少し時系列を遡る必要があった。
桑島善悟郎にはご存じの通り、2人の弟子が居る。
1人は炭治郎達と行動を共にしている我妻善逸、もう1人はその兄弟子である獪岳という男だった。
両方とも性格に別々の意味で問題はあるが、それでも才能がかなりあると元鳴柱である桑島善悟郎は見なしており、ゆくゆくはこの2人を鳴柱として推薦するつもりだったのだ。
しかし、その獪岳はつい先日に消息不明となり、現在は鬼となって人を喰っているという報告を桑島は受けてしまった。
ちなみに獪岳を鬼に変えたのは原作通り黒死牟だ。
そして、その報告を聞いて責任感の強い桑島は切腹を決意したのだが、いざ腹を切ろうとしたその時に、偶々通り掛かった教員に発見されて、その行動を止められていたという訳である。
「おい!どうしたんだ!!」
「何かあったのか!!」
そうこうしていると、騒ぎを聞き付けたのか、他の教員や生徒も集まってきた。
「ちょうど良かった!早く手伝ってくれ!!」
桑島を抑えていた教員はそう言いながら、他の教員に助けを求める。
そして、声を掛けられた教員はその光景に少々驚きつつも、叫んだ教員の手伝いを行い、桑島の手に握られた短刀を取り上げた。
桑島はそれからも暫く暴れたが、教員に抑え続けられたお蔭で少し落ち着いたのか、がっくりとしながらも大人しくなる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ。おい、何がどうなってんだ?」
「さあ、分からん。俺も切腹しようとしたのを見て慌てて止めたところだから」
後から来た教員が最初に止めた教員に何があったのかを聞くが、その教員も偶々通り掛かったら切腹しようとしたのを止めただけであり、詳しい事情は知らない。
その為、必然的に当事者である桑島にその視線が向けられるが、桑島はがっくりと肩を落としながらもポツポツと事情を語り始めた。
「実はのう──」
そして、桑島から事情が語られた時、その場の人間の反応は2つに別れた。
「なんという事だ。何故、そのような者を育てた!!」
「そうだ!しかも、呼吸が使える分、余計に脅威になるではないか!!」
1つは現役の鬼殺隊士と同じくらい鬼に対する憎しみを持つ者達。
彼らは桑島の切腹を止めたのは失敗だと考える。
加えて、彼らは日頃から教育方針に口を出してくる桑島をあまりよく思っておらず、これを機会に処分してしまいたいとも考えていた。
「そんな言い方は無いだろう」
「その通りだ。そもそも桑島殿は鬼殺隊に送り出した後の面倒を付きっきりで見ていたわけではない。監督不行き届きを問うには些か無理が有りすぎる」
もう1つは桑島に同情的な者達だ。
そもそも今回のような事は鬼と接する機会の多い鬼殺隊士であれば、たまに有ることなのも事実だった。
実際、過去には無惨の勧誘に乗った黒死牟や猗窩座の勧誘に乗った隊士達のように鬼殺隊から鬼に乗り換えるという例も出てきているのだから。
「しかし──」
「もう止めよう」
尚も口論を行おうとする両者達だったが、それを止めたのは最初に桑島を止めていた教員だった。
「どちらにせよ、裁く権利は我々にはない。この件について御館様に一任しよう」
その教員は炭治郎が聞けば、『柱よりかなり理性的』と評するであろう意見を口にする。
そして、御館様の名前を出されると、その場に居る人間は軒並み黙った。
どうやら鬼殺隊を引退しても、彼らの中では御館様の権威は未だ健在らしい。
「桑島殿もそれで構いませんね?」
「・・・うむ、仕方、あるまい」
桑島は渋々ながら首を縦に振らざるを得なかった。