全集中・一点を身に付けた際に炭治郎が無意識のうちにやっている技術。通常の全集中・常中から更に深い呼吸をすることにより、痣者並みの身体能力を発揮することが出来る。
遊郭での戦いから2週間程経った9月のある日。
炭治郎は既に雲取山に戻って炭売りの仕事を再開していた。
冨岡の死以来、自分が禰豆子を失ってからしていたのはただの甘えであると自覚し、炭治郎は本格的に仕事を再開し始めたのだ。
「おかえりなさい、炭治郎」
しかし、その家に居たのは炭治郎1人では無かった。
炭治郎より1つ上の少女であり、鬼殺隊の
彼女は数日前にここに来て突然自分の家に住むことを希望したのだが、それを意外にも炭治郎はあっさりと承諾した。
何もかもを失った炭治郎としては、なんでも良いので帰りを待ってくれるような存在が欲しかったからだ。
これに関しては冨岡の生死に関わらず、同じ結論を出していただろう。
おそらく彼女は鬼殺隊に戻るよう説得するのだと思ったが、意外にも彼女は何も言わなかった。
まあ、冨岡の死によって鬼殺隊への憎しみが若干薄れたとはいえ、戻るかどうかと聞かれたらNOと即答できる自信があるので、これは助かったが。
「ただいま、カナヲ」
炭治郎はそう言いながら、今ではカナヲにしか見せることが無くなった笑顔を彼女へと向けた。
◇
「なぁ、カナヲ」
情事の後、ゆっくりと眠ろうとした炭治郎とカナヲだったが、ふと炭治郎はここに来た時から気になっていたことをカナヲに聞く事にした。
「どうしたの?」
「鬼殺隊に戻れとか言わないのか?お前達にとってそれが望みだろう?」
炭治郎はカナヲがここに来た理由について既に察しがついている。
そもそも彼女は未だ鬼殺隊士であり、任務があるはずなのだ。
それなのにここに居られるということは、おそらく産屋敷輝哉が彼女に炭治郎が鬼殺隊に戻るように説得してくることを命令、あるいは要請したのだろう。
カナヲがどういう心境でそれを受けたのかは分からないが、彼女の立場からすれば自分に一刻も早く鬼殺隊に戻ってくれるように言わなければならない筈だったのだが、彼女は一向にそれを言っていない。
こう言ってはなんだが、自分に体を売るような真似までしているのに、だ。
だが、それに対して、彼女はそう返答した。
「そうだけど、炭治郎は鬼殺隊に戻るつもりなんて無いでしょう?」
「・・・まあな」
冨岡が死んで鬼殺隊に対する恨みが少し薄れた炭治郎だったが、鬼殺隊に戻りたいという気持ちも更に薄れていた。
自分の理解者が居なくなった今の鬼殺隊に自分の居場所は無いであろうし、隊士達も自分の事を憎悪の眼差しで見ているだろうからだ。
鬼殺隊は煉獄のように家業で鬼を狩っている例や甘露寺のような例を除いては、何らかの理由で鬼に何かを奪われたといった人間が多い。
炭治郎もその1人だったのだが、彼は鬼に対する恨みよりも、どちらかと言えば生き残った妹を元に戻したいという思いが強かった。
それが原因で他の隊士と折り合いが悪くなる点もあった。
おそらく、原作でも描写されていないだけでそのようなことはあったのだろう。
だが、原作ではそれを炭治郎の人柄で何とかしていたが、この世界の炭治郎は彼ほど優しくはない。
それゆえに隊士達の軽蔑や侮蔑などの感情に対して、揉み合いこそ起こさなかったものの、炭治郎は冷たい反応をしていたし、あの8月の惨劇以降は炭治郎もまた妹の命を奪った隊士達を軽蔑や侮蔑、殺意などの感情を込めた目で見ている。
そんな炭治郎が戻ったりすれば、それこそ言い争いからの刀での乱闘が起きたりするかもしれない。
つまり、結局のところ、自分が戻らないのが一番なのだ。
少なくとも炭治郎はそう考えていたし、そうでなくとも戻るつもりなど一切無かった。
「だったら、何も言わない方が良い。私、炭治郎に嫌われたくないもの」
明らかな好意の表れ。
だが、ここ数日で幾度となく体を重ねておきながら、その好意を炭治郎は素直に受け取る事が出来なかった。
正確には心が受け付けないのだ。
受け入れようかと考える度に、家族との温かな思い出やあの日に惨殺された光景、そして、最終的には人間に戻った禰豆子の微笑んだ顔とそれを踏みつけられた光景が頭に浮かび、腸が煮え繰り返っていく。
(そうか。俺は無意識のうちにカナヲも憎んでいるんだな)
炭治郎はようやくその事に気づいた。
おそらく、自分は知らず知らずのうちにカナヲを避けていたのだろう。
しかし、それが分かっていても体を重ねたのは、その拒否感と同じくらいずっと居て欲しいという想いがあったからこそだ。
(なんだ。俺はカナヲの虜になってたんじゃないか)
いつの間にか自分が少女の虜となっていたことに気づき、内心で苦笑いする炭治郎。
おそらく、このままでは自分の心は完全に彼女の手に堕ち、彼女が鬼殺隊に戻ると言った時にそれをどんな手を使ってでも引き止めるか、もしかしたら逆に彼女を追って鬼殺隊に戻ってしまうかもしれない。
(・・・まあいっか)
炭治郎はその事実を受け入れることにした。
このままではいけないと分かってはいるが、だからと言って他にこの家族が居ない寂しさを払拭するような良い方法が有るわけでもないのだ。
それに今は彼女が離れてしまう方がずっと怖い。
最初から彼女を受け入れなければこうはならなかったかもしれないが、もう遅いのだ。
依存と言われようがなんだろうが、今さら彼女を手放したりしたら自分は壊れてしまうだろう。
「? 炭治郎?」
「あっ。いや、なんでもないよ。なんでも、ね」
炭治郎はそう言いながら、一糸纏わぬ姿のカナヲを抱き締めながらこう決意する。
(絶対に離さない)
そう思う炭治郎の赫灼の瞳は、ほんの少しだけ狂気を孕んでいた。
◇
先月の遊郭での冨岡の死。
それを悲しんでいるのは炭治郎だけではない。
この蝶屋敷にも1人存在していた。
「冨岡さん・・・」
蟲柱・胡蝶しのぶはその名前を呟きながら、珍しく何処か悲しそうな目をしていた。
彼女がこのような目をすることは滅多にない。
医療に携わる過程で誰よりも人の死に慣れていたし、同僚の死にも慣れきってってしまっているからだ。
しかし、そんな中で冨岡という存在は彼女の中では特別だった。
先月に訃報を知らされた時、姉やアオイ達の前では取り乱さなかったが、彼女の心には人知れず大きな傷が着いていたのだ。
「冨岡さん。必ず仇は取りますから」
彼女は誓いの言葉を立てる。
ちなみにそこには強い意志と憎しみの視線こそあったが、原作のカナエを失った時のような狂気は無かった。
何故なら、ここ数ヶ月で柱が3人も柱が建て続けに亡くなっている現在、自分が脱落するわけにはいかないと考えていたし、なにより姉には子供が居る。
自分が死んだことで心労をかけ、赤ちゃんを流させる訳にはいかないし、もしそうなったとしたらあの優しい姉は狂い、狂気に走るかもしれない。
原作では姉を亡くした事で私情を優先して狂気に走ったしのぶだったが、姉がそのような惨めな事になることだけはとてもではないが許容できなかったのだ。
そう考えると、原作でも姉の死後にしのぶを心の底から支えてくれる存在が現れたりすれば、もしかしたら彼女は狂気に走らなかったかもしれない。
しかし、原作ではしのぶは常に支える側であり、支えてくれる側の人間は結局現れずに童磨に喰われるという最期を迎えてしまい、彼女に支えられた人間に大きな傷痕を残している。
最後の家族を失ったのだから、ある意味でそのような行動を取る気持ちは分からないでもないが、それは逆に言えば、残された蝶屋敷の人間達は彼女にとって義妹であるカナヲですら完全な家族とは思えなかったのではないだろうか?
そういう考察も出来る。
まあ、それは全て原作のしのぶであって、この世界のしのぶではないので、考察しても意味のないことであったが。
「絶対に!」
しのぶは手を思いっきりギュッと握り締めながら、改めて決意の言葉を口にした。
炭治郎が入隊してからこの時点(西暦1915年10月)までの十二鬼月の討伐数
上弦2体
下弦5体
計7体
・内訳
竈門炭治郎(3体)→下弦の壱(厭夢)、上弦の肆(半天狗)、上弦の参(猗窩座)
栗花落カナヲ(2体)→下弦の伍(累)、下弦の陸
不死川実弥(2体)→新下弦の壱(轆轤)、新々下弦の壱(病葉)