緑谷出久の限界突破(オーバードライブ)   作:Red_stone

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第1話 オリジン

 

 緑谷出久は原作と同じように無個性と診断された。

 そして、同じように、同じ動画をきっかけにオールマイトに憧れた。

 ――けれど、たった一つの砂粒が物語を狂わせた。そう、ほんの少しきっかけが違っただけで、彼は正義(光の亡者)の道を選ぶ。

 これは最高のヒーローになる物語ではない。

 それは、光を目指してひた走る亡者(正論)の物語。

 

 オールマイトが災害現場に到着し、無辜の人々を救済する彼の偉業のワンシーン。原作では勝どきを上げるシーンにこそ憧れた。爆豪なら、敵を倒すシーンだった。

 けれど、憧れた”のは”その少し後。

 泣いている誰かに手を差し伸べる姿。その姿にこそ。

 

「もう泣かないでくれガール。……私が来た!」

 

 女の子を救い、涙を拭ったシーン。その姿に強烈に魅了された、憧れた。

 だからこそ、こう思った。拭った涙の数が男の強さで、勲章だ。……無個性など、戦う力がないなど言い訳にならない。

 だって、誰かを笑顔にする手段は腕力だけじゃないだろう?

 

 ただ、それだけの違いが決定的な差異となって、彼は光の道を暴走する。

 

 ――誰かのために。

 

 ――顔も知らない誰かのために。

 

 ――涙を明日に変えるのだ。

 

 例えば。

 

「君は笑ってた方が素敵だぜ」

 

 こんな言葉で。

 格好よくヴィランを倒すことなんてできなくても、誰かを笑顔にすることができたら十分だと思った。

 

 だから、格好良くなくても、無個性でも……職業ヒーローになれなくても、誰かのヒーローになると決めたのだ。

 

 そして、そう決めて、彼は中学生の最期を迎える。

 決めたから、そう生きてきて、実現はその最中だ。もちろん、自警団の真似事などしていない。

 それは一般人の行いではない、だから駄目だと自戒していた。

 

「おー。でっけー」

 

 とはいえ、ヴィランが出ていたら足を止めてしまうのは人情だろう。

 何の役に立たなくても、まあ娯楽の一つである。

 周りにも似たような野次馬が山ほどいる。それはもはやショーの一環にでもなってしまったヴィラン退治だ。

 最期にはオールマイトに必ずやられるのだから、民衆としては能天気になるのも仕方ない。

 

「一応危険だからねー。下がって、下がって」

 

 ヒーローの一人が水でロープを張った。こうなれば、ただのプロレスだ。

 さすがに心得たもので完全に逃げ道をふさぐことはない。トチ狂ったヴィランが民間人を狙って強行突破などされたらシャレにならないから。

 ヴィランも別に壁を突破して民間人に被害を与えるなんて真似はしない。負けが決まっている彼にしたところで単純に罪が増えるだけで、やるならヒーローをやっつけてカッコよくドロップアウトを決めたいだろう。

 

「それにしても、スゲー個性だな。何やらかしたんだよ?」

「……ひったくり」

「あの個性でひったくりなんて……」

 

 呆れる声が出久の耳にまで届く。

 しょうもない犯罪がこんな騒ぎになるのは、やはり見世物には大きいものがいいということだろう。

 電波塔を破壊をしたのも、単に動き慣れてないだけだ。そのでかさを武器にすることもなく、ただただ捕まえにくい状態になって暴れている。

 

「来るんじゃねえ!」

 

 叫ぶ。……が、単なる悲鳴に他ならなかった。

 戦っているのはシンリンカムイ、若手で期待もされているヒーローだ。彼が負けるわけがないのだ、こんな木っ端ヴィランごときに。

 シンリンカムイが必殺技を放った、直後。

 

「キャニオンカノン!」

 

 巨大な女の跳び蹴りがそいつを襲う。

 野次馬が一斉にカメラアプリを起動する。まあ、美人の類ならそうなるだろう。そして、彼女は間違いなく美人の類だ。

 出久は肩をすくめて登校路に戻る。

 

 ……メモは取らないが色々考える。

 巨大化、というのは強力に見えて制限が多い。建物を壊してしまう以上は限定的な活用に限られる。

 まあ、そこを突けるほど考える頭のあるヴィランはそう居ないのだが。

 

 そして、学校へと到着した。

 志望を聞かれたとき、やはりヒーローかという問いに出久は元気に手を挙げた。爆豪はキレて暴言をまき散らしていたが、奇麗に無視した。

 授業が終わり、放課後。

 

「……おい、出久。てめえ、ヒーロー志望だってなあ!? 無個性のくせによお!」

 

 BOM、と音を立てながら爆豪が迫る。

 『爆破』の個性。汗をニトロのような爆薬に変えるそれなら、人に一生消えない傷を刻み込むのも容易だ。

 

「ああ、そうだ! なんだ、ライバルが増えるからって不満か?」

 

 だが、出久は堂々と言い返す。

 この姿が爆豪には気に入らない。無個性なのに、なんで自信満々なんだ、こいつは? さては、手を出せねえと勘違いしてるんじゃねえだろうな、と思っている。

 要はアレだ、プロボクサーに喧嘩を挑むチンピラだ。向こうが手を出せないことにイキって、ちょっかいを出して俺は勇気があるなどとうそぶく。

 はたから見ればただのアホだが、本人は勇者のつもりなのだろうとイズクのことを侮っている。そういうチンピラも確かにいるが、彼は”本物”なのに。

 

「てめえがライバルになんざなるかァ! 鏡見てからもの言えや、ボケェ!」

 

 両手で爆破する。爆発音が響く。だというのに、出久は全くひるみもしない。自信満々な薄い笑み、まるでこんなものは大したことはないとでも言いたげな。

 

「ならイイじゃねえか。何が不満なんだよオマエさん、アレだ記念受験とか言うやつだよ。人生において、壁を経験しとく方がいい男になれるんだぜ? 俺が落ちても別にそっちの受験にマイナス点がつくわけじゃあるまいに」

 

 言い返してくる。

 何の力もないのなら、怯えてうずくまるべきだ。それが力のない人間の相応しい姿と言う奴だろう。少なくとも、爆豪はそう信じている。

 

「教えてやるよ。格が下がるんだよ、お前程度が挑める壁を乗り越えたってハクにゃなんねえだろう? なあ――」

 

 ジュ、と音がする。

 その個性を人に向けられないと勘違いした馬鹿の相手ならしたことがある。内申に響くから、ぶちのめしたことはない。

 だが、どんな馬鹿でもそれ(爆発)が熱いことを教えてやれば逃げ出した。

 

「ソレは違うぜ。誰にでも開かれているからこそ、超える価値があるんだ。選ばれた人間しか挑戦できねえなんてクソだ。裏を返せば、仲間内だけでよろしくやってるってことだろうが」

 

 だが、出久は違う。

 実は爆豪、内申すら完璧とは言えないまでもかなりのものに仕上げている。現実は基本的に減点主義だ。何かを起こすごとに点数は下がっていく。

 しかるに、出久。彼は問題児だった。近所ではボランティア少年として有名、しかし他人を病院送りにしたことも、自分がなったこともある。

 虐めに立ち向かっていった結果、何もしなかった方が結果的には正解だったという悪い現実の好例だ。

 そんな出久だからこそ。

 

「……チ。気分が悪いぜ」

 

 爆豪が引いた。

 喧嘩両成敗は世の常、ここで手を出して困るのは爆豪だ。常に激発しているように見えてクレバーな爆豪は引き際を見誤らない。

 ここで進めば、待つのは内申のマイナスだ。そして、出久がそれを気にしないのは今までの素行からはっきりしている。

 

「ムカつくぜ」

 

 だが、子分にも何もしないように言い含める。

 何せここで闇討ちでもしたら、爆豪にやれと言われたなどとほざくに決まっている。雄英を受けるために、否……自分の人生につまらない汚点など許しはしないと胸にしまった。

 

 一方で、出久。彼は爆豪との口論などまったく気にしていない。

 どころか、彼のことを気に入っているフシすらある。思ったことをはっきりと言う気持ちのいい奴だ、と。

 まあ、外面を気にしすぎる点があるが、と思うがそれは出久本人が光の宿痾(しゅくあ)として他人の言うことなど気にしていないだけである。

 

「――よし、誰もいねえな」

 

 彼は日課のパトロール中だ。と言っても、ヴィランを探して叩くのではない。迷子の子供や泣いている子供が居ないかを探している。

 拭った涙の数が男の勲章だ、だからこれは簡単に始められてお手軽な勲章(結果)だろう。ポケットにはちゃんと飴も準備している。

 ……爆豪にはロリコン野郎と呼ばれている。だから、いつかは大人の涙も拭えたらいいなと思っている。

 

 だが、迷子を捜すと言うことは暗い場所に入り込むと言うことだ。

 必然、危険と言うことになる。

 現代日本に生きる人々と同じく、危機管理能力がまるでない。どうせヒーローが助けてくれるのだから、と誰もが呑気に日々を過ごしている。

 

「隠れ蓑、見ィつけた」

 

 唐突に泥が湧き立つ。

 暗緑色のそれは音もなく這いより出久を拘束する。敵が現れたのだ。この敵は逃走中で、逃げるための犠牲者を探していた。

 

「大丈夫、ちょっと身体を借りるだけさ」

 

 口を塞がれる。息ができない。

 圧迫感は深海のそれだ。もがけどもがけど絡みついて離れない。

 

「落ち着いて、苦しいのは180秒間だけだから」

 

 それは妙に粘性が高かった。

 何か弱点はないかと身体をターンさせようにも、そもそも動くのは腕か足くらいだ。有効なことなど何一つできない。

 

「――ッ! ……!」

 

 気道を確保しようにも、泥はぐずぐずと崩れて掴めない。

 飲むのを躊躇する前に、大口を無理やり開かされては嚥下もできない。

 

「その後は楽になるさ」

 

「助かるよ、君は俺のヒーローだ。まさかこの街にあんなのが来ているだなんて思わなかった」

 

 述懐の声。

 だが、緑谷に聞くだけの余裕はない。

 

 ……光の宿痾、それは誰かのために無限の力を出せる。だが、それは”自分のため”ではない。

 何かを背負っていれば、そのために立ち上がれた。

 使命があれば、道を切り開くことができた。

 守るべき誰かが後ろに居れば、手足すらなくとも立ちふさがろう。

 

 ――ひるがえるに、今は?

 何もない。あるのはただ自分の命だけだ。しかも、この類の人間は総じて自己評価が低く自分の命を軽視する。

 親を悲しませるのはいけないことだが、しかしまあヒーローがすぐに助けてくれるだろう。

 最期はハッピーエンドだ、今の世は悪が栄えない世界だから。

 

 炎は燃え上がらない。

 燃料になる熾火すらもくすぶらない。自分の身体なんて使っても、逃げ隠れしかできないだろうと言う観もあれば、もうダメだ。

 ただ意識が沈みゆく。その一瞬。

 

「もう大丈夫だ、少年‼ ……私が来た!」

 

 頼りになる声が聞こえた。

 そして、意識がブラックアウトする。

 

「……ヘイ。ヘイ!」

 

 ぺちぺちと頬が叩かれる感触。

 何だろうと思って目を開ける。

 

「元気そうで何よりだ」

 

 目の前にあったのはあこがれていた姿。

 ‘No1‘ヒーロー『オールマイト』。

 

「いやあ、悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスはしないのだが。オフだったのと慣れない土地で、ウカれちゃったKANA? HAHAHAHA」

 

 笑っている男。その人を安心させる自信に満ちた姿。――彼を知らないはずがない。

 彼こそずっと憧れてきた人物。今の世を”平和”に維持している一番の功労者である。

 

「しかし、君のおかげさ。ありがとう! 無事、詰められた!」

 

 その人に会えた感動に打ち震えて、声も出ない。

 

「じゃあ、私はこいつを警察に届けるので、液晶越しにまた会おう少年! それでは、今後とも応援よろしくねえ!」

 

 文字通りに飛び上がった。

 

「って。こらこらこら!」

 

 出久がくっついていた。

 仕方がないので、その辺のビルに着地する。

 

「危ないことしちゃだめだぜ。じゃ、これで!」

「待って。待ってくれ、あんたにちゃんと礼を言えてない」

 

「No! 待たない」

 

 そう言われても、構わず。

 

「ありがとうございました!」

 

 見ていないのを承知の上で腰を90度曲げ、しっかり礼をした。

 彼は片手をあげて答えてくれた。

 

 まあ、ここで終わればいい話だったのだが。

 違和感を覚えてオールマイトを引き留める。

 

「ぬ。ま、待て少年。ホントに時間が……ゴフゥ」

 

 しぼんでしまった。

 筋骨隆々の身体はガリガリの痩せさらばえた老人のような姿へと一瞬のうちに変わり果てた。

 

「……オ。オールマイト!?」

 

 彼はため息をついて、見られたのならと話してくれた。

 世間には知られていない決戦、そしてその結果として傷を受けて制限時間ができたこと。こちらこそが真の姿であること。

 

「……それでも!」

 

 そう、それでもと出久は思う。

 ショックなんかじゃないさ。確かにみすぼらしい姿だろうが、そんな表面的なことに囚われはしない。

 なぜなら。

 

「あなたは俺のヒーロー、です! そんな姿になってもなお戦い続けていること。誰も知らなくても、俺だけは覚えている! あなたが、どれだけのことをしてきたか。……あなたこそ、俺にとっての、永遠のヒーローで……」

 

 泣いてしまう。

 この小さくなってしまった背中に、どれだけのものを背負っているのか。とても生きてはいられないほどの負傷を押して、今もなお戦い続けているヒーローに尊敬の念を抱かざるを得ない。

 それは本気の敬意だった。しかもこの姿を見られてなお心配でも、不安でもなく――敬意を全面に押し出されたのはオールマイトにとっても初めてのことだった。

 

「少年。君にファンで居てもらえてよかったよ」

 

 かすかにほほ笑んで、そう言った。

 

 

 




 原作の緑谷君は影も見えませんが、シルヴァリオの限界突破そのままでもありません。理念をインストールした別人と見てもらいたいと思っています。
 そもそも限界突破さん妻帯者なので、そこらへん転生とかにするとややこしくなる……
 そんなわけで、このSSの緑谷君は誰かの涙を拭う人です。そして、まだ光に堕ちていない緑谷君です。


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