緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
インターンが終わり、次に待ち受ける試練は期末テスト。命はかかっていないが、それでも気を抜けば除籍の危機もありうる。なによりも、目の前のことに全力で取り組めもしない者にヒーローたる資格はないのだから。
原作と心境が違っているだけあって、生徒たちそれぞれの課題も異なる。まさに、心の改革は一瞬だが肉体は積み重ねである、だ。
実のところ、個性を意志力で進化させるというウルトラトンチキをかました出久以外は原作と同程度の実力でしかなかった。むしろ、轟に至っては炎を使わない分、総合戦力としては格下だ。炎と氷の全体攻撃を繰り返すだけで負ける。
無理も無茶も無謀もひっくるめて、身体を壊しかねない努力を日常的にやっている者は何人も居るのだ。けれど、オーバーワークが何よりも修行だなんて老人が好みそうな理論は、すでに医学的に否定されている。
努力した分、身体が壊れかけているから負ける。悲しい話だが、そういうこと。努力が素晴らしいと言う価値観は否定しないが、しかし度を越した努力が実が結ぶなんて展開は現実では稀少例だ。
そしてそんな彼らが受ける期末試験というと。それはやはり、生徒と教師の2対1だ。重りをつけることで制限をかけ、戦闘を視野に入れさせる。
逃げることより、むしろ相手を倒すことを求められる戦闘訓練。ヒーローは敵を倒すことばかりではないはずだが、そこは雄英の校風という奴だろう。――代々”強い”ヒーローを輩出してきた。
倒すか逃げるかできれば勝利、そして悪い相性の個性をぶつけることで課題を与える。
出久は八百万と組まされ、相手は根津校長だ。麗日は原作通りの組み合わせだが、まあそこは原作同様の弱点があるということだ。
だが、出久に関しては教育そのものの欠点として……突き抜けすぎたものは評価することすらできないと言う問題があった。
そりゃそうだ、100%のワンフォーオールをどう評価しろと言うのだ。なんだ、満点にすればいいのか? 教師にタイマンで勝てるから?
そも、全力のコイツと戦えとか、教師でも嫌だ。枷を嵌めたとしてもそれごと殴り壊されかねない。全員が全員、オールマイトみたいな理想主義でも、相澤先生みたいな合理主義でもない。人は感情の生き物だ。
だからこそ校長が引き受けた。そして雄英たるもの戦力がプロ級なら満点でいいです、なんてプルスウルトラではないことを認めない。
ゆえに、”これ”だ。
頭がいいだけに課題点を突き付け、かつオーバードライブを封じる手段を用意した。
「――まったく、俺だけ狙い撃ちで酷い試練を突きつけやがる」
その手にはまっているのはガントレット……ボクシングのグローブのような威力を弱めるものでなく、使ったらダメのセンサーだ。
多少破片が当たるくらいならいい、が殴ったらその時点で失格。ワンフォーオールどころか、光の覚醒まで封じる神の一手だ。
威力を弱めるのではなく、使用そのものに制限をかける。
光の宿痾には制限をかけて、その制限を砕くことを敗北にしてしまえばいい。なぜなら、あらゆる軛を突破するのが光の亡者だから。軛を突破した瞬間に敗北だ。覚醒が意味をなさないどころか負けてしまう。
「でも、出久さんなら当然かもしれませんね。一人だけ、実力がまるで違う……」
八百万はうつむいている。
彼女は万能だが、それだけに目立てない。この年頃は”目立つ”のが偉くて強いと勘違いするところがある。だから、逆にそんな人気者になれないと、自分がダメだと思い込んでしまう病気がある。それは小学校から中学に、中学校から高校に上がったばかりの1年生がかかりやすい麻疹だ。
十分に有望な能力なのに、強すぎるクラスメイトに気が退けて実力を発揮できないのが彼女の弱みだ。
「――はあ。前にも話したことがあったろ? そんなん、個性を使い慣れてるかどうかの話だよ。それに、個性なんて力の一つでしかない」
出久は眼下の街を睨みつける。
根津校長の個性は知らない。相手は教師とは言え、全員の個性を把握しているわけではない。これが最初から教師を相手にするものだと知っていれば情報収集したかもしれないが、そんな情報はなかった。
ゆえにオーバードライブとはいえ、調べることもしなかった。そこは怠惰と言うべきではないだろう。
「八百万。校長の個性は知ってるか?」
「それは……聞いたことがあるような。……いえ、ちょっと分かりません」
声が沈んでいる。
自信がないのが悪い方向に働いている。確定していない情報だからと心の内にしまってしまった。
「そうか。張りぼての街で使う個性なら……絞り切れんな。相手のスタート位置から大まかな傾向を予想するしかないか」
頷いた。
こっちもダメな点だ。人の気持ちが分からないから、ここでちゃんと聞くことができない。
”知ってるなら話すだろ”と、それ以上の考えが及ばないのだ。言わない理由とか発想すらできない。知らないものは聞きようがない。
「ええ、そんなに臨機応変なことができるなんて凄いですわね」
やはりうつむいてしまった。
「で、どうする? 策はあるか?」
「出久さんにはありますの?」
「――正面突破。男ならそれだろ。……それに、相手の情報がねえなら奇を衒ったところで無意味どころか害悪ですらある。一回当たって向こうの出方を伺った方がいいだろうな」
「では、逃走経路を?」
「ああ、三つくらい用意しておこう。ここと、ここ……あとは」
「このルートはいかがでしょう」
「いいね。よし、一度突っ込んであとは流れで行くぞ」
「――了解ですわ」
試験がスタートする。
ブザーが鳴った。
「根津校長は……どこかに居ますの?」
「いねえな。こっちを見ている視線が一つ、長距離攻撃が来るか? 警戒しておけ」
始めの作戦通り、最短ルートをまっすぐに。
下手な小細工は意味がないと割り切った。どこから行こうが読まれるのが前提なら、最短ルートを行った方がいい。
「分かるのですね。私は何も分からないのに……」
「あん? お前、何言って――」
走っているうちにガン、ガン、ガンと音が連続する。
何かが崩れるような音。
「この音は……? 何かの不具合でしょうか」
「馬鹿言ってんじゃねえよ、自分に都合のいいことを考えんな。何かがあれば、即座に敵の攻撃だと考えろ。行住坐臥……はさすがに無理だろうが仕事中くらいは気を抜くな」
まあ、言ってる出久は常在戦場。例え風呂場であろうと敵が来れば反応する。
それは極端が過ぎるだろうが……しかし生徒とはいえ、異常を感じて動かないのは失態だ。そこはすでに戦場、試験は始まっているのだから。
出久が動かないのはそちらの方が対応しやすいからだ。プロヒーローに迫るほどの戦闘能力なくして、ただ立っているだけは不用心が過ぎる。
「動くぞ! Bルート!」
そして、前もって決めておいた逃走ルートへ移る。音がする、ただそれだけなのに逃げることを選択した。
とりあえずスタート地点へ。そこなら、少なくとも罠はない。
「ええ!? でも、根津校長の姿も見えていないのに……」
「だからマズイんだよ。最悪、すでに詰んでいる。今は、生き残ることだけ考えろ。試験のクリアなんぞに思考を割く余裕はない」
「え……ええ……?」
八百万には分からない。
まだダメージすら受けていない。攻撃の一つも受けていないのだ。
「――」
逃走に移る出久に、八百万はついていくしかない。
だが、考えが間違っていないことはすぐに知れる。
「HAHAHA! なるほど、攻撃が始まる前に逃走を選んだか。さすがはオールマイトの弟子。いや、これはオーバードライブというべきかな? だが――すでに君たちは蜘蛛の巣にかかった獲物なのSA!」
遠くで紅茶を片手に笑うネズミ。
爆笑している。……ちょっと人格的に壊れていた。
「――ビ、ビルが倒壊しますわ!」
「なるほど。パワーローダー先生みたいな重機の力か。破壊してこっちに倒してるのか」
一方で、完全に勘違いする出久。
まあ、知らなければしょうがない。それは個性じゃなくて普通に重機を使っているだけである。
クレーンに鉄球を繋いで、叩きつけているのだ。個性など関係ないただの暴力、だが……その破壊は完全に制御されている。校長の個性”ハイスペック”による予知じみた予測によって。
「これを見越して避難を? やはり凄まじいですわね。……私とは、違う」
「いや、敵を知らずに突っ込むのは自殺行為だろ。俺は気合いと根性でなんとかする脳筋とか言われているのは知っているが、実際に想い一つで勝てたら誰も努力なんてしねえんだから」
「では、どうやって突破しますか?」
「さて、そいつが考え付かねえ。どうも拳を封じられてるってのはな。足でも瓦礫は吹き飛ばせるが、動きが止まるのが怖い」
「そんな……! それではクリアできません!」
「だから考えるんだろ。ゴール前、それか最低でもゴール前の近くに陣取っているはず。校長から離れれば……スタート地点に戻れば多少は余裕ができる」
「はい! 頼りにしていますわ!」
「――」
だが、スタート地点に戻ったところでどうしようもない。
建物の倒壊という手段を使う以上、手数は限られる。貴重な攻撃回数を温存するため、攻撃は来ないのだが……
しかし、ここで座り込んでいてもタイムリミットで終わってしまう。
「……これは、どうしようもねえわな!」
出久が笑い出す。
「え? なにを――」
「いやあ、どうしようもねえだろ。向こうの攻撃の質を知れりゃまだ手段はあったかもしれねえが、こんな間接攻撃じゃ予想も何もあったもんじゃねえ!」
「ば、ばかなことを。何かあるのでしょう? 逆転の一手が。だってあなたは出久さんではないですか。オールマイトの弟子で……」
「腕、使えりゃあな。足じゃ瓦礫を吹き飛ばした隙を付かれるのがオチだ」
「で……でも……」
「ま、諦めるのも性に合わねえ。イチかバチか……勝てる目は一割もねえだろうが特攻かますか! なに、本気でやりゃ学べることの一つや二つはあるさ」
からからと笑う。
「さあ、死のうじゃねえか。やるだけやって、笑って死のう。ま、試験だから死なねえがな」
笑う。笑う。笑う。
これがオーバードライブの死生観。やるだけやって、流星のように死んでいく。
笑って死のうと。だが――
「お待ちください」
八百万がNoを突き付ける。
そんな感性は受け入れられない。それに、無策で特攻するのも。お祭りのように、そして負けを確信して。
――そんなのは嫌だ、勝ってほしい。憧れたのだから、負けを覚悟、やけっぱちでなんて……そんな、格好悪いではないか。そんなものは認めたくない。
だからと自らの殻を破る。彼にできないことがあって、自分にそれができるのなら本当は悩む理由もなかった。
「それなら、私に策があります」
「……へえ。じゃ、聞かせてくれや」
ゆえにこそ、ここで八百万は課題をクリアする。
いかに憧れた彼とて出来ないことがある。なら――それを手伝えれば、それは最高に気持ちがいいことだから。
なによりも、支える方が性に合っている。彼も、馬鹿にせずに聞いてくれる。ちゃんと向き合ってくれるのだ。
「はい。では、お耳をお貸しください」
出久は人の心が分からない。その欠点は放置されたままだが……しかし、頼れる仲間がいる。欠点は本人が克服するのが一番だが、しかしそれが出来ないのもまた欠点であるのならば。
仲間と補い合えば、それは一つの克服の方法。それこそが人と人が繋がって紡いでいく絆の力だ。
「はっはっはァ! 行くぜ行くぜ行くぜェ」
選択した方法は……なんとお姫様ごっこ。禁止されているのは殴ることだ、何も問題はない。
そして、機動力と言う点で見れば八百万は完全に足手まといだった。だが、こうすることでこの条件下での最大パフォーマンスを引き出した。そして、それだけではない。
「次の十字路を右ですわ! さらに建物を踏み越えてください!」
「了解だ!」
出久と八百万は友人として、結構話す機会がある。その中で話したこと……八百万には戦略眼があり、出久は戦術眼がある。
要するに、戦闘における規模の話だ。出久は目の前における戦闘を、しかして八百万は全体を俯瞰する目を持っている。
その場の戦闘単体ならセンスがなくとも経験で何とかなる。だが、一方で戦略の方は才能を持った人間が努力して磨く必要がある稀有な能力だ。
どう勝つか、ではなく……勝利をどう利用するか。倒壊する建物から逃れ切るか、逆に破壊するかしたところで、ゴールへの道を切り開かねば意味はないから。
だからこその、これ。
八百万が進む方向を指示、そして出久が足下を見て状況を突破する。抱きかかえて二身同体なだけあって、精度もいい。
どうせ腕は制限で使えないのだ。
「よっしゃあ! このままゴールまで一直線だ!」
調子に乗り始める出久。
「まだですわ。根津校長は個性の全貌を見せてはおりません。もう、いくつか試練は来るはず……!」
「だな。……来るぞ! そこか……発電機の暴走! 熱と衝撃に備えろ」
「ならば、これですわ! 出久さん、耐えてくださいまし」
「当たり前だ!」
八百万が作ったカーテンで全身を覆う。爆発が来る、わざと破壊してオーバーロードさせた発電機が即席の爆弾として作動する。
爆破の熱は断熱素材のカーテンで、さらに衝撃は根性で耐える。
使い終わってボロボロになったそれは即座に捨てる。そして、飛ぶ。
「次だ、囲まれたぞ! 上から来る!」
「――左ですわ! あちらの方角なら公園に出ます。あそこなら追撃できない」
囲うように倒れてくる電柱の一本を蹴り飛ばし逃れた。そして、公園なら倒れる背の高いものはない。
「――」
このコンビネーションの前に敵はない。
校長が直接戦闘能力を持っていれば、まだマシかも知れなかったが……
「もう少しでゴールだ!」
「出久さん、その前にこれを!」
BOM、と紫色の煙が視界の全てを覆いつくす。
計算して一斉に発動したそれに隙間はない。睡眠薬に巻かれて容赦なく眠りこける……はずだった。
「こいつも予想済みか」
「だって、気が抜けるゴール前にトラップを仕掛けるのは当たり前でしょう」
最後の一手。一吸いで眠らせる睡眠ガスすらも防毒マスクで無効化した。
八百万、出久……期末テストクリア。
ちなみに、教師陣にとってオーバードライブは鬼門です。
相澤先生:個性を無効化されようと殴りかかる。無効化が解けた瞬間にワンフォーオールでジエンド。
ミッドナイト:気合いで眠気を耐える。
セメントス、エクトプラズマ:壁だろうが分身だろうが全て倒す。
オールマイト:オールマイトが出久を殴るのに耐えられなくなるまで戦い続ける。もしくはドクターストップでの出久の負け。
普通に勝てそうな人がオールマイト以外にいない件。