緑谷出久の限界突破(オーバードライブ)   作:Red_stone

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第22話 モール内での会敵

 

 (ジュースを)飲んで騒いだ次の日、彼らはショッピングモールに来ていた。水着を買いに来たのだ。

 出久としては母が買ってくれたものでいいじゃねえかと思っていたのだが、盛り上がる者たちに水をかけるような真似をするほど無粋ではない。

 そんなわけでここで集まり、さっそく自由行動になり、そして最後に残った麗日もなぜだか顔を赤くして走り去ってしまった。

 

 出久にはその理由が分からない。

 というか、人間の行動の理由は、普通に暮らしていてもさっぱりなことが多い。基本、他人は意味不明だからその麗日の行動も気にしなかった。

 光の宿痾に、人間の感情の機微は難しすぎる。

 まあ、何かあれば戻ってくるだろう。と放置することにした。

 

 ――そして、彼女が離れてくれたことは結果的に幸運だったと言えよう。

 

「……よ。お前、覚えてるぜ。体育祭で優勝した奴だろ?」

 

 そいつはまるで友人のように肩を組んできた。

 パーカーを頭まで被っているが素顔だ。

 実は、目立つ恰好というのはそれだけで迷彩になる。印象的なものを外すだけで目の前で会ったはずの相手がまるで分からなくなる。

 実際に人々の背格好が似通っていた旧時代では、盗んだピザ店の制服を着ていたために、服だけ印象に残り発見者の誰もが顔を思い出せなかったという事件があった。

 だから、出久は殺気で判断した。

 ――その男こそ敵連合、首魁……死柄木弔だった。USJ襲撃のあの時、身体全体を無数の手で覆い隠して現れたその男だった。

 

「お前こそな。追いかけっこで漏らした奴だろ? ちゃんと下には気を付けようぜ、特に大きい方には、さ」

 

 痛烈な皮肉を言い放った。

 実際に落ちたのはハラワタだ、まあそれが詰まっている物ごと落ちたと言えば間違いではないと言え。

 さらに引きづり出したのも本人である。そこまで言えるような人間はヒーローにも中々いない。

 

「へへ。やっぱりバレちまうか。……歩こうぜ。分かってるよな? 騒いだら何人も死んじまうぜ。だから、さ。昔馴染みの友人のように振舞えよ。一般人を安心させてやれ、ヒーローだろ」

「言われるまでもねえよ。そっちこそ、五指が触れるか、誰かに危害を加えるか……どちらにせよ心臓を砕く。お前には何もさせねえよ」

 

 二人、あっさりと言っている。

 道行く通行人の耳にも、この声は入っている。なのに全くと言っていい程注目されないのは、まるでゲームのように気楽に言っているせいだ。

 声に深刻さがなさ過ぎてフィクションにしか聞こえない。だが、当人にとっては真実だ。わずかな切っ掛けで前言を実現させる。

 

「ちょっと聞きたいことがあったんだ、教えてくれよヒーロー」

「聞かれたことにゃ答えてやるよ。ちなみに師匠の今日の予定はハワイでバカンスだ」

 

 オールマイトの行動予定、絶対に漏れてはいけないはずのことをこともなげに言う。が、しかしその言葉は。

 

「……今日は東京の方でイベントやってるだろ」

 

 ハワイなど大嘘であった。

 前から決まっていたイベントだ。こういうのはよくあること。人気者で、平和の象徴だからあっちこっちに顔を出す必要がある。だからテレビをつければどこにいるかわかったりする。

 

「ハハ。ま、それは誰でも知ってるわな。詫びに奢ってやるよ。姉ちゃん、タピオカミルクティーを一つ。フレイバーはアッサム、トールサイズで」

 

 本当に、はたから見れば本当に友人同士にしか見えない。

 売り子のお姉さんもはーい、と気楽に返事して作り始める。そっちの人は、と目線で伝えてくる。

 

「いや、タピオカってなんだよ。食ったことねえっつの」

「おいおい、シリアスな話するときにはうまいもん食っとかなきゃ力が出ねえぜ? 同じのをもう一つ」

 

 1600円になります、と言われたので出久が払った。

 

「……げろ甘。なんだ、餅?」

「タピオカだよ。うめえだろ」

 

 二人、ベンチに座った。

 ずるずると啜る音が響く。

 

「……そこにヒーロー殺しの仮面が売ってんなあ」

 

 出し抜けに死柄木が呟く。自動販売機だ。

 遠目だが、出来はそこそこだ。まあ、オリジナル自体くたびれた布だったことを考えれば、よく再現できている。

 それで彼の圧倒的なまでの存在感を再現できるわけではないけども。

 

「まあな。お前達もお茶の間デビューってわけだ」

「それが違えんだよ。どいつもこいつもヒーロー殺しと、俺たちのことをまるで話題にしやがらねえ」

 

「……」

 

 ヒーロー殺しと敵連合は組んでいない。

 結構重要な情報のはずのそれを漏らしたことを彼は気付いているのだろうか? 出久は静かに彼の表情を観察して真偽を吟味する。

 

「それがうざってえんだよ。何が違うってんだ? ヒーロー殺しも、俺も……ただ気に入らねえもんをぶっ壊したかっただけじゃねえか。なあ――答えてみろよ、俺とアイツの違いをさあ……!」

 

 天下の雄英を襲撃して見せた悪党が平和な社会に紛れ込んでいる。なのに、社会は平和なまま何も変わらない。

 ――誰も自分(敵連合)のことなど恐れない。

 

 ぶるぶると手に力が入る。

 激発しやすい子供の性格はそのままだ。このままなら、見境なく通行人を襲い掛かりそうだ。

 その、刹那。

 

「ま、アレだ。俺が思うに多分な、インスタ映えだよ」

「………………………………………………………………………………」

 

 長い沈黙が落ちた。

 

「…………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 やっとのことでそれだけを口に出した。

 あっけにとられた男、と題名が付いた絵画になりそうだ。それだけお手本のごとくだった。

 

「お前、ニチアサの努力を馬鹿にしちゃいけねえぜ。ヒーロー殺しってのさ、あんなふうに売れちまうほどよくできている。だが、お前さんのは落第だよ。……いや、なんだよ手って。お前、あれ本物使ってるだろ? ダメなんだよなあ、作り物はどうあがいても作り物でパチモンくさくなる。真似できないってのは、お子様には致命的なんだぜ。ほら、全集中の呼吸とか」

 

 滔々と説教する。

 内容が少々あれだが、まあしかし真似しやすいかどうかというのは重要なポイントだ。それだけ身近なものということになる。

 

「お前、子供受けとか、マスコミ受けとか……そんなんでこうなってると思うのか? ヒーロー殺しの思想がどうのじゃなくて、単純に子供受け? 分かりやすい? 見た目がカッコ悪いから俺は無視されている……?」

 

 とはいえ、それは真面目に悪党やってれば閉口したくなる事実だった。

 社会にとって、自分の主張なんてどうでもよくて……かっこいいだの悪いだの一過性の流行で消費されるアニメや漫画の同類だ。

 ただただ笑いものにされるだけだと知っていい気分がするはずがない。ヴィランでも、世直しでやっているのだ。――本気で。

 

「ダサカッコいいとかもあるから、あまり一概には言えねえだろうがな。……そんなもんだろ。どんなもんでも、流行るか流行らないかなんか予想できたもんでもないしな」

「なんだそりゃ。気が抜けるにもほどがあるだろ……? というか、そんなでいいのかよ大人たち」

 

「世の中ってのはそんなもんだし、大人も子供も変わらない。身の回りのことで精いっぱいで、世界のことなんか見えてねえさ。……だから、人は誰かを愛おしむことができるのさ」

「理解できないね。愛なんて、頭が(ゆだ)ったやつの寝言だろう。ただの独占欲だ。どうせ、危険が迫れば誰もが本性を現すさ。死が目の前に来ればその愛しい誰かとやらを放って逃げ出すに違いない」

 

「それが得難い行為であるからこそ、誰かのために命をかける行為は素晴らしいものだと、俺は思う」

「――ふん。そいつはオールマイトが言ってたのか?」

 

「いいや、彼は大事な人を守るために命をかけないといけないような、こんな世界が間違っていると言っていたよ」

「はあ? なんだそりゃ、No1ヒーローだとそこまで偉いことが言えるのかよ。世界が間違ってるとか、笑い種だろ。神様にでもなったつもりかね」

 

「人それぞれの解釈があって、そしてそれはきっと全部が間違ってるのだと――俺は思う。ああ、そうだ。……旧世界の『ジョーカー』という映画を知っているか?」

 

 ジョーカー。

 突発的に笑ってしまうと言う奇病を抱えた男の転落劇。いや、初めから上がってなどいない社会の最底辺だった。

 あれだけ尽くした母すらも、己を虐待していた。父など、息子の顔すら知ろうとしない。愛も、地位も、何もかもが最初から手の内になかった男はただの苛立ちから勝ち組を殺してしまう。

 

「知ってるぜ。やっぱりエンディングが好きだな、皆で巨悪を打ち倒すんだ。はは、あんだけ居るんだ。きっと、撃ち殺されたり、警官どもを殴り殺したり――地獄絵図が生まれるんだろうなあ」

 

 そして、勝ち組を殺した行為は間違った社会への反抗と捉えられた。

 権力に迎合する警察を倒し、無辜の民から血と汗を絞り取って豪華な生活をする権力者を虐げられた者たちの力を合わせて打倒するのだ。

 

「――それも、ただの勘違いだ。別にジョーカー本人は暴動の頭になるために行動してたわけじゃなかった。奴はただムカつく奴をぶっ殺しただけだった……ただ、仮面がな」

「仮面? そういえば、ヒーロー殺しの仮面……」

 

 そう、ヒーロー殺しの仮面は目の前の自販機で売っている。

 誰もが白粉と口紅さえあればジョーカーの仮面を被れた、その映画と同じように――彼の仮面は簡単に手に入る。

 

「仮面、マスク、ペルソナ。――呼び名は色々あるがね。”それ”は人の本性を開放する。ようするに大胆になっちまうのさ、仮面舞踏会とか聞いたことがあるだろ? それに、怪盗にもマスクは付きものだ」

 

 そう、仮面はよく使われるアイテムだ。

 表情を隠し、正体を隠すそれは古来から使われてきた実績がある。それは、欲望を開放する。

 

「ま、言われてみるとそうだ。先生め、もうちっと良いコスチュームを考えてくれても良かったのに。だったら、今は俺が人気者だったはずだ。……な?」

「さあ? 流行りは予想できないからな」

 

 とはいえ、可能性は示された。

 仮面を纏えばタガが外れる。そして、今の”個性を抑圧する”社会はストレスをためる。人が皆、仮面をかぶれば反乱が起きる可能性がある。

 ――そう、かのジョーカーのときと同じように、”ヒーロー殺しの後を継いで”という勘違いでオールマイトすら殺し社会を崩壊させようと狙うだろう。

 ただただ私怨しかない落伍者が旗頭に祭り上げられたジョーカーの物語のように。

 

「なるほどな。いい話が聞けた。……そうか、そういうことなんだな。ああやって下らない人間どもが、下らない顔をして、下らない平和を満喫してる。何も考えてなさそうな頭には、真実何も詰まってないわけだ」

 

 だから、ジョーカーが現れたら暴動を起こすし――敵連合が世の中に現れても危険なことなど何一つないような顔をしている。

 全てはきっかけ一つで、大層な思想などどうでもよい。それが世を生きる民衆の真実。民衆それ自体は正しい方にも間違った方にも向かっていない。……ふらふらと揺れ動いているだけだ。

 

「いいや。きっと彼らにとってはジャンル違いなだけさ。親や子供、友人に上司部下、もしくは先輩後輩。複雑怪奇な人間模様で生き抜いているんだよ。……俺たちにはきっと、一生分からないものだ」

 

 それこそが人間。

 人類の未来を考えるより、自分や家族の明日の心配をするのが愚かで愛らしい人の子というものだろう。

 

「間抜けには変わりないね」

「いいや。俺たちが異端なのさ」

 

 だからこそ、真に未来を考える彼らこそが異常者だった。

 

「礼を言っておくぜ。これからが見えてきた。そういや、腹を掻っ捌いてくれたお礼もまだだったな」

 

 五指が触れる。……その瞬間。

 

「……出久君?」

 

 麗日が現れる。

 青い顔をしている。死柄木の殺気を、感じている。

 

「はは! 冗談だ、冗談。くく、ははは――」

 

 歩き出す。10歩ほどで振り返る。ニタリと歪んだ笑みを見せ。

 ……自ら心臓を抉りだした。

 

「――ひ! なんだ、あいつ」

 

「血……血が……」

 

「自殺……? いかれてやがる……?」

 

 ショッピングモールがざわつきだす。

 死柄木は嘲笑して恐慌に陥りかける民衆どもを見下すと……その個性で心臓を塵にしてしまった。

 大声で言う。

 

「It's a show Time! きひ。……あっはっはっは!」

 

 慇懃に一礼をすると、笑い出した。

 悪質な手品だと勘違いした民衆は、悪態をつきながらも日常へと戻る。知っている出久以外は。

 そう、あれは幻でも偽物でもない。……単なる超高速再生能力だ。

 

「9回だ。生存率30%以下の改造手術を受け、俺は新たな力を得た。勘違いすんなよ、お前に付けられた傷なんか1回で治ったさ。……だが、あのバグキャラ(オールマイト)を殺すためにはそれくらいじゃ足りないんでね。――お前もだ。次、会うときは殺す」

 

 人ごみの中に消えていった。

 出久は、口の中で呟く。

 

(9回、ね。オールマイトの8代目を超えるって意味だろうが……お前さん、それじゃ俺とお揃いだろうに)

 

 やれやれ、と小さく首を振った。結局、その日はショッピングモールが警察により閉鎖されて買い物はできなかった。

 

 

 

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