緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
一人の子供、洸汰がとある場所で膝を抱えていた。
吹きすさぶ風がうなりを上げる。眼下では1-Aの生徒たちが集まって騒いでいる。一人でいるには余りにももの寂しい光景だが。
それでも、彼にとっては虫唾が走る連中と一緒にいるよりはマシだった。
「よ、坊主。興奮しすぎたかい?」
そこに出久がやってきた。片手をあげる。
平穏が破られた。そいつは忌々しい奴らの一人。大嫌いなヒーローだった。しかも、明確な落ち度まで突かれたら、それは怒鳴り返すしかない。
「……な! ふ、ふざけるな! そんなこと思ってない!」
顔を真っ赤にして反論した。
夜、風呂に入った時ピクシーボブ達に頼まれて女風呂の護衛をしたわけだが……峰田の邪悪な企みを阻止したとき、間違って女湯の方を見てしまった。
そう、決してわざとではない。そんなふうにからかわれるのは大嫌いだ。それも、ヒーロー志望のやつらなんかに。
「HAHAHA! まあ、ガキで良かったな。良い思い出として残しとけよ」
出久はけらけらと笑っている。
まあ、これが他ならぬ峰田ならば血の涙を流していただろうし、飯田あたりなら説教でもかましただろうが。
「……くそ!」
洸汰は全力でそっぽを向いた。
「……」
「……」
二人、星を眺めた。
「お前さんの両親のこと、聞いたぜ」
「――アンタも、皆と同じこと言うのかよ」
「そりゃ、立派な行いだったとか、彼らは息子のことを愛してた――だとかさ。そんなことか?」
「そうだよ! 僕は、ヒーローも、この社会も嫌いだ……!」
地面を殴りつける。
わずかに血がにじむ。詳しく説明する気なんかなかった。誰も、どうせ分かってくれないのだ。
……保護者の彼女たちもそうだった。自分がヒーローで、両親の最期も立派な死に様だったから。他ならぬ彼らの息子には知っていてほしいと思ってしまうことが、相互理解の邪魔をする。
「そりゃそうだ。お前のことを置いて、どっかに行っちまったんだ。ヒーローとしてはともかく、親失格なのは変わらんだろう」
「……え?」
呆けてしまう。そんなことを言われたのは初めてだ。
会う人会う人、皆が自分のことを責めた。慰めていたのかもしれないが、しかし最終的には決まって「両親のことを悪く言うな」という結論しかなかった。
間違っているのはヒーローが嫌いな自分だと、ものを知らない子供に諭すように。
「寂しいよな。一緒に居る、そんな家族として当たり前の願いすら踏みにじられた。一発ぶん殴ってやればチャラにしてやれるかもしれないが、もう殴ることすらできないんだ。そりゃ、どうしようもねえわな」
ガリガリと頭をかく。
初めてそんなことを言ってくれたその人は、自嘲に顔を歪めていた。
「……そっか。うん、僕はただ一緒にいて欲しかった。――死んでほしくなかっただけなのに。死ぬのが、立派だなんて……」
その言葉はすとんと胸に落ちた。
それは、ずっと彼の胸の中にある感情だった。
人間、誰かのことを分かってやれたと思うときは多いが……それはただの錯覚だ。自分のことでもないのに理解できる方がおかしいのだ
では、何なら理解できるかと言えば、それは”自分のこと”だ。語化できないもやもやをうまく言い表してくれたのなら、それは分かる。
出久はというと、論外だ。彼は置いて行く方であり、置いて行かれる方ではない。この言葉も、本当に理解できているわけじゃない。
そういうものだから自戒しなくてはならないと、自らを戒める言葉だった。
「泣け」
洸汰の頭を押さえつけるみたいに撫でてやる。
そういうところは不器用だ。
――そんな不器用さが父にあるかさえ、
「男が泣いていいのは負けたとき……それと身内が死んだ時だけだ。だから、今は思い切り泣け」
「うう……うわあああああん!」
盛大に泣いた。
そんなこともできなかった。だって、皆……悲しむ方がおかしいとそう言われていたのだ。本意でないだろうが、しかし”そんなこと思ってなかった”が通じるなら”俺はそう思った”も通じるだろう。
誰も彼もが、口をそろえて立派だなどと言う。――息子を置いて死んだそのことが。
「落ち着いたか?」
「うん。でも、兄ちゃんはなんで……?」
テレビではヒーローの中のヒーローの卵と言われていた。
なにかしら言葉がおかしい気がするが、あのオールマイトの後継者だ。そういうことにもなるだろう。
そんな彼がヒーローを悪く言うことに驚いていた。誰よりもオールマイトを尊敬するはずの彼が。
「いや、そういうのは身に染みてるからな。……母さんを泣かせちまった。それでも止まることはできないのが俺たちの罪なんだろうな」
「……」
なにも言うことはできなかった。
だって、こいつは何を言っても止まらないと理解できてしまった。その太陽のごとき熱量が全てを焼き焦がしながらまい進するのだ。
「ああ、俺たちは”最悪”だ。大切な人を泣かせて、顔も知らない誰かを助ける。きっと、誰かは褒め称えてくれるだろう。けれど、唯一無二の大切な人は置き去りだ」
それを罪と背負う。
背負ってなお征くのだから、もう救いがない。だが負けん、勝つのは俺だ――それが光の宿痾なのだ。
「……兄ちゃん」
「だが、勝つのは俺だ」
やはり言い切った。
ゆえに、この会話に意味はない。オーバードライブは一貫してオーバードライブだ。そして、洸汰は初めて理解者を得たがそれだけ。
それは何も未来につながっていない。敵も、ヒーローも、この社会も憎いことには違いがない。
だけど、分かってくれる人がいると心に余裕ができた。救われた気がした。彼がヒーローになる未来は間違ってもこないだろうけど、それでも……一歩を踏み出そうと思えるようになった。
「じゃあな、あまり遅くまでほっつき歩いてんじゃねえぞ」
「兄ちゃんもね」
「ハハハ! これは一本取られたな」
出久は笑ってごまかしながら下に降りて行った。門限を守る気など欠片もなかった。
そして。
「よ、かっちゃん。合宿だってのに、やってんなあ」
正拳突きの練習をしていた爆豪に声をかける。
彼は傲慢であっても努力家だ。オールマイトに教わって以来、一日もサボることなくその鍛錬を続けていた。
「ああ!? なんだ、クソデク! やんのか、コラ!」
「落ち着けよ、ここでやり合ったら相澤先生に見つかって強制送還だ、それはお前さんだって勘弁願いたいだろう?」
「ッチ! なら邪魔すんな! 4995! 4996!」
鍛錬に戻った。
「なら、俺もやらせてもらうぜ! 俺とお前はいわば兄弟弟子だな!」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねェ――」
「1‼,2!,3!,4!,5!,6!,7!,8!,9!,10!……」
「って、はええ! くそ、負けてたまるか! 4997!」
没頭していく。
二人、揃って同じ型を練習する。それはどことなく微笑ましい兄弟弟子の修行風景だった。
「10000!」
「8324! くそ、負けたか……!?」
殺すような目で睨みつける爆豪。だが、出久は何も構わずに――
「10000!、10001!、10002!、10003!……」
万を超えてもまだだと言わんばかりに続けていく。
「この……! なら、テメエと同じだけやってやるよ!」
結局、爆豪は朝になって倒れているところを回収された。
爆豪君は原作と同レベルの強さなので、まだ弱いです。飯田君や切島君は原作緑谷君と同様、べきべき腕とか足とかへし折りながら戦うので爆発力はある、と。