緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
原作で試験に落第した切島は合格し、そして爆豪と一緒に肝試しをすることになった。まあ、他の者は胸をなでおろしたことだろう。
挑発しているとしか思えない出久以外の人間は、大体が気後れしてしまう。
――その状況での襲撃だった、別れる選択肢はない。
「おいおい、ヤベエってこれ」
とはいえ、慌てることには慌てるが。未だ常在戦場の域にまで至っていない。そこまで行きついてしまったら日常を捨てることと同義だから、それでいいのかもしれないが。
実際、オールマイトは自分の日常などというものを持っていない。仕事が忙しくて趣味の一つも持てやしない。
「……は。ビビったんなら隠れてろよ、俺が敵どもをぶっ飛ばしてやる」
一方で爆豪は切れ散らかして不安を忘れる。
不安に駆られて失敗をするよりはよほど良いのだが……まあ、彼の場合だと血気にはやっているようにしか見えない。
「いやいやいや。俺たち仮免も持ってないんだぜ? ここで戦闘になったら退学処分だぞ。……オールマイトの弟子の緑谷とは違ぇよ」
実のところ、出久は単に暴走しただけで温情を期待したわけでもなかった。退学処分になったところで”やる”人間だ。
だけど。
「――チ。合宿所に戻るぞ。まずはセンコー共に会わないとどうしようもねえ」
さすがにそこは常識的だった。
とはいえ、どちらも索敵できる個性ではない。……よって、運悪く出会ってしまった。ヴィラン、開闢行動隊の一員。
「あはあ。いたぁ……肉。若い肉が……ふたぁつ」
剣呑な目を宿らせた異相の男だ。
――拘束具を身に着け、芋虫のように這いずっている。その姿は見る者に生理的な嫌悪感を与え、寒気が背に走る。
「……チィ。しょうがねえ。ぶっ殺す!」
爆豪が意気を上げ、掌で爆破を起こす。
「肉ぅ!」
そいつは口から刃を伸ばしてきた。個性『歯刃』、自らの歯を鋭利な刃へ変える。そして、彼――ムーンフィッシュの強さはその経験値。連続殺人であろうと、経験は裏切らない。
彼こそは自らの経験を力へと変えてきた典型的な古強者と言えよう。
「あぶねえ!」
切島が前に出てかばう。
けれど……
「爆豪! これ、どうしよう!? 防御してるだけなら退学にならないと思うけど!」
「知るか! ぶっ殺すんだよ」
「だから退学に――」
このままではなすすべなく詰みだ。
負ける、とか。実力差を考慮から外したところで、個性を使って人を傷付けても駄目。相手が脱獄犯だからなんて理由にならない。
〈生徒たち! イレイザーヘッドからの伝言! 個性を使った戦闘を許可する!〉
マンダレイからのテレパス。これで――
「心置きなくぶっ殺せるなァ!」
「いいや、先に俺がぶっ飛ばす! 行くぜ……『安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)』」
二人、反撃に出た。
そのあとに爆豪が狙われているとの連絡が入ったが、もう遅い。こうなった以上は二人で戦う以外に選択肢はない。
――切島は、自分が誰かを守れるほど強くないと知っている。
「ふふ。うふふふ、キレエな……肉面ぇん」
口から刃が噴出する。
スピードが速い、人間など簡単に一刀両断にしてしまうそれが6本も襲い掛かってきた。
「……は! その程度の小手調べは死ねぇ!」
刃に正面から挑むなど愚の骨頂、爆速ターボで側面に移動した。横側からなら、刃は脆い。爆発で簡単に砕いた。
「おらあ!」
そして、切島が踏み込んで殴りに行った。見事な連携、互いへの信頼が生み出す絶妙なコンビネーション。
「……? どこを打っているんだい? うふ、うふふふふ」
だが、容易にかわされた。
――そいつは歯刃で自らを押し上げて距離を取った。拘束衣を着ているから近接戦闘はできない。殴り合いの距離まで踏み込めば勝てるだろうが……そう簡単には行かないらしい。
「誘導だよ。くたばれや、カス」
横に爆豪が飛んできた。反応が速い、刃を伸ばした瞬間には反応して己を飛ばしていた。
火力を集中して本体を叩く。
……だが。
「にくめん。いひ」
生やした刃での迎撃が待っていた。まだ彼らは卵、本物の凶悪犯罪者と比べて劣るのは当然の話だ。
肉が刻まれ、絆創膏では閉じれないほどの傷が刻まれた。
単なる経験値、生まれ持ったバトルセンスなどなくともこの凶悪犯罪者はそれくらいはやってのける。
「……っづ! この、クソが!」
とはいえ、クラスの中でも戦闘力は高い彼だ。
爆破で飛んで致命傷は避けた。そして、その程度で戦意を失うほど軟な性格をしていない。
「いいなあ。うふ、うふふふふ。奇麗だなあ。……君も見せてよ」
呆気に取られていた切島に大量の刃が降り注ぐ。
走る以外に移動手段を持たない彼では逃げられない。ゆえに耐える以外にない。だから、降り注ぐ刃の前に一歩も動けずに。
「――ぐううううううう!」
耐える耐える耐える。それしかない。
……刃には凶悪な殺傷力まではない。ムーンフィッシュはあくまで経験を糧にするタイプだ。そもそもにして強力な類の個性ではない。
硬化の肌に刃が触れ、刃の方が砕けるが――刃は無尽蔵に出てくる。
「くそが! これ、いつ終わるんだよ!?」
「ひひ。うふふふふふふ! そろそろ見せてよ、君のぉ……にくめぇん」
勢いが増す。
切り刻まれ、切り刻まれ、硬化が割れる。刃が肌に刻まれる。そもそもにしてレベルが違う。
個性の扱いについての技量が違いすぎる。
「させるか。死ねえ!」
爆豪が襲う。
だが……刃の群れに阻まれて近づけない。
「いひ。ひひひひひ!」
凶悪犯罪者ムーンフィッシュが強すぎる。
いたぶり殺す方に集中しているから死んでいない。彼が殺すことに集中していれば命はなかった。
「……ひ。うわあああああ!」
切島、ついに恐慌に陥る。
だがしかし、耐えることしか出来ないのだ。足が貼り付いたように動かない。身体を固めて縮こまる以外にない。
そして、頼みの綱の爆豪にもどうしようもない。
「――クソが! 切島、死ね! 死んでも殺されんじゃねえ!」
「もう何を言いたいのかさっぱりだよ!? っあ」
どすどすどす、と刃が突き刺さって――木に叩きつけられた。
肉の断面を見たい、ゆえにその傷は致命でなくとも血が出やすい切り口だ。1秒ごとに大量の血を喪失する。
「クソが! テメエ絶対にぶっ殺してや……!?」
「次は君だ」
滑らかにしゃべった、その瞬間に切り裂かれる。
そのまま切島の横に叩きつけられた。
「絶望的状況って奴だな」
「……ハ。オールマイトはいつだって窮地を覆してきた」
血は地面に広がっている。急所は外してくれたとはいえ、傷が深い。このままでは、何分も経たずに失血死する。
だが、それでも立ち上がるのだ。
血に塗れてもなお、気合いと根性で立ち上がるその姿。
「勝つのは俺だ。……吠えることもできなきゃ、アイツには追いつけねえ」
「馬鹿め。俺は奴に追いつき、そしてぶっ殺す。テメエごときに負けてちゃ話にならないんだよ」
そして、切島は思いついたことを爆豪に話す。
「……?」
ムーンフィッシュはそれを眺める。
油断以外の何物でもないが、それが彼の生き様だ。他人には理解しがたい感性だが、若い人間が肉の断面を晒しながら動いている様はどんな美術品にも勝る絶景だった。
そんな光景を静かに見つめるのは何よりも幸福だ。
「――待ってくれてアリガトよ。礼にテメエをぶっ倒してやるぜ」
「は。しくじるんじゃねえぞ」
二人、パンと手を合わせて向き直った。
意気は十分、敵を見る目には戦意が乗っている。
「……にくめん。きれええ」
しかし、ムーンフィッシュは動じない。先の一幕と同じように大量の刃を噴出する。それは牽制、鍛え抜かれた目で敵の隙を見つけ切り裂けば敵はない。
「これこそ、俺の新必殺技。
切島が踏み込んだ。
だが、先の一幕と変わらず、無数の刃に囲まれる。そのままでは切り裂かれる。
「爆破!」
だが、一瞬後にはそこに切島は居ない。爆豪の爆裂ターボを彼が使った、だが火力を増やして機動力を上乗せしている。
「……!? どこだ?」
「こっちだああああ!」
更に爆破。火力でぶっ飛ばすため、肌が焼けるが硬化が抑え込む。熱いし痛いが、そこはほら――我慢すればいい。
「このおおおお!」
ムーンフィッシュの目の色が変わる。
本気になった。今までと違う、急所を狙ってくる。鍛え抜かれた戦闘眼が美学にこだわっていれば負けると警鐘を鳴らした。
「だからどうしたァ!」
切島は初めから手加減してもらって勝つなど考えていない。相手の本気をたたき伏せてこそ、そうだろう。
急所を狙われるなど、当然のことではないか。
「チィィィィ!」
だが、ムーンフィッシュは手ごわい。今まで刃を使って距離を取るばかりだったが、今は足も使っている。
拘束衣なんてものを着ながら、近接戦闘もこなす脅威の相手。
「……一発勝負。短期決戦で片を付けるぜ」
切島にはそれしかない。
爆発のタネが切れたところで、補給に戻るわけにはいかないのだ。そんな隙を晒せば即座に屍を晒す羽目になる。
「「――っが!」」
ゆえに、同士討ちだろうと”倒す”。死ななければ勝ちと暴走した切島の一撃は相打ちだ。
切島は大きく左腕を切り裂かれ、もう動かせない。だが、ムーンフィッシュの腹にもいいのが入った。
「……!」
しかし、上手だったのはムーンフィッシュだ。追加の一撃を放つ。
「馬鹿が。教えてやるよ、そいつはな――囮だよ」
爆豪がチャンスを見逃さず突貫した。
これは初めから二段構えの作戦だった。切島が突っ込んで隙を作り、そして。
「……ッ!?」
「さあ、大技を叩き込んでやるから死ね。『ハウザァァァ! インパクトォ!!!』」
ムーンフィッシュがその策に気付いた時にはもう防御ができないタイミングだった。膨大な爆炎に飲み込まれる。
「俺の勝ちだ! クソが!」
吐き捨てる爆豪。
「……か。勝てたぁ」
今更恐怖がよみがえってきたのか、目に涙をためながら胸をなでおろす切島。二人、少し休憩して合宿所へ向かった。