緑谷出久の限界突破(オーバードライブ)   作:Red_stone

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第28話 地獄の始まり

 

 敵名『スピナー』、本名を伊口秀一と言う彼は、血を流しながらも己が信念のために立ち上がるヒーロー殺しの姿に感銘を受けた。

 それはもちろんテレビ越しの姿ではあったけども、そんなことは関係ない。ヒーロー殺しは現実の存在だ。

 そう、彼はこの間違った社会を正すため、どこまでもまっすぐな覚悟で突き進み偽りなく信念を貫いた人間だった。

 あれだけのことができるのは、そう。もはや才能など関係がない。生まれついた個性なんかに関係なく……無個性だったとしても彼ならば必ず成し遂げたはずだ。

 

 だが、その勇ましい姿に対して自分はどうだ?

 思えば、今まで何もしてこなかった。社会に不満を漏らすばかりで、努力と言えることもほとんどしてこなかった自分だ。

 当然、人に誇れることなど何もない。

 クソみたいな社会の最低辺として、クソみたいな仕事で糊口をしのいで、クソみたいな安酒で不安を誤魔化す毎日だ。

 

 個性『ヤモリ』も、単に異形種の形をしているだけで何も役に立たなった。いや、むしろハンデにしかなっていない。

 田舎で、ただただ異形と蔑まれた。

 だが、この個性でできることなど何もないのだ。そう、力というなら無個性と何も変わらず、それを言い訳にしていつまでも管を巻いていた。

 社会が悪い、理解のない周りが悪い。そんな言い訳ばかりでつまらない日々を過ごしていた。

 

 ――ゆえ、猛烈に己を恥じた。

 

 彼がたとえ自分と同じヤモリの個性を宿していたとしても、変わらず社会に警報を鳴らしていただろう。

 どんな境遇にあろうと関係ない。天涯孤独であろうと、生まれつき四肢がなかったとしても……

 

 そう、ヒーロー殺しならば出来た。

 そうだ、ヒーロー殺しならば出来たはずだ。

 必ずや、必ずやヒーロー殺しならば出来たはずなのだ。

 

「ゆえにこそ、証明しなくてはならんだろう。人は生まれ変われるのだと!」

 

 テレビで彼の姿を見たその日から、ずっと己が身体を鍛え上げてきた。

 その鍛錬密度はオールマイトも、出久も……否、他のあらゆるヒーロー達すらも凌駕する。努力して、努力して。努力努力努力努力努力努力努力努力して、襲撃に臨んだ。

 その、彼の現在は。

 

「いい加減、倒れなさいよ!」

 

 端的に言って、マンダレイのサンドバッグだった。

 拳が臓腑を抉るが、ボクシングみたいなグローブのせいで威力が弱まっている。非殺傷を貫くからこその威力不足である。

 彼女はスピナーを殺せない。が、ひたすらに打ちのめす。

 

「まだだ! この程度でヒーロー殺しの志を受け継ぐ俺が倒れるわけがないだろうが! もっと打ち込んで来い! そして、最後に――俺が偽物を殺してみせよう!」

 

 叫んだ。

 が……その隙に顎を撃ち抜かれる。反撃にサバイバルナイフを振るうも、軌道がブレたそれは回避するまでもない。

 

 所詮は三日坊主。これから先に鍛錬を続けるかどうかはともかく、彼がヒーロー殺しの動画を見てから三日しか経っていないのだ。

 殺人的な密度の鍛錬をこなそうと、それは所詮一時のモノ。三日前から始めたと言う点では三日坊主と何ら変わりがない。

 

「……根性だけはあるから厄介ね、コイツ! 早く他の子たちを助けに行かないといけないのに!」

 

 その三日坊主はヒーローの年月とともに積み上げてきた努力には至らない。そう、いかにヒーロー殺しに感化され、心の覚醒を迎えようと身体は血肉でできている。

 今までの怠惰な己を恥じて鍛錬を? ああ、それで?

 ちょっと頑張ったくらいでは、ただただ順当な実力差で蹂躙されるのみ。なぜなら、相手である彼女はずっと頑張り続けてきたからだ。

 今はただ根性で痛みに耐えているが、殴りつけられて意識を失うのも時間の問題であった。

 

「まだだ! 俺はまだ大義を果たしていない! 貴様らは間違っている! 拝金主義、人気取り……全て不要! 資本主義に毒された今のヒーローに、社会の守り手たる資格なし!」

 

 どれだけ不格好でも、どれだけ打ちのめされようとも。この信念は間違っていないと信じている。そう、この信念が借りものでしかなかっとしても、抱いた熱は本物だ。

 ゆえに立ち上がろう。彼がそうしたように。

 

「貴様ら偽物のヒーローを打ち倒し、民衆を抑圧する真の敵を打ち倒すのだ!」

 

 ――それは革命論と呼ばれる思想に近い。

 もしくは社会主義、陰謀論なんてのもある。民衆を食い物にする一番悪い奴が政府の裏に潜んでいる、という考え方が昔からあるのだ。みんな苦しんでいる。そして、偉い政治屋というのは民草の苦難を糧に豪勢な生活を送っている”に違いない”。

 ……きっと、世界は広くても同じ人間なのだ。考えることはおそらく似通っている。

 

「思想家……! こういうのは、厄介ね。けれど」

 

 弱すぎる。

 どこまでも威勢のいいことを言っておきながら、実力はただのチンピラだ。本来なら制圧するのに5秒もかからない。

 なのに、こいつは何度殴っても立ち上がるのだ。だから策を使う。

 

(あ、よく見るといい男かも)

 

 テレパスで伝える。それは無視しようと思って無視できる言葉ではない。例え鼓膜を破壊しようと関係なくその言葉は伝わる。

 避けようもなく、聞いてしまう。

 

「――」

 

 ピクリ、と反応してしまった。

 

「あは! あんたもそういうの、弱いのね」

 

 動きが止まった一瞬に腕を取る。おっぱいが当たって、また彼の身体が硬直するが関係ない。そのまま地面に引き倒して腕を折った。

 

「……がああああああああ!」

 

 スピナーを襲うのは痛みと、それ以上の恥辱だ。

 なんて情けない。この期に及んで恋愛ごっこか? 実力で負けて、色気に負けて……もうどうしようもないクズではないか、己は。

 彼の言葉で変われたと思ったのも勘違い。自分は依然、ただの負け犬であったのだと涙を流す。

 

「それはちょっと、洒落になってないんじゃないかしらん」

 

 大きな棒を持ったオネエ、敵連合の一人マグネが仲間を助けようとする。

 強盗致傷9件、殺人3件、殺人未遂29件の凶悪犯罪者だ。その実力はプロヒーローに勝るとも劣らない。まあ、オーバードライブと比べるのはかわいそうだが、雄英の用意した教師と同レベルに渡り合っていることからもその実力のほどはうかがえる。

 

「させると思うのか? ……クズどもめが」

 

 だが、虎に阻まれる。2対2だ、ヴィランとヒーロー達の伯仲した実力の持ち主たちの中にあって唯一決定的に劣るのがスピナーだ。

 だからこそ真っ先に落ちたし、こうして――

 

「――磁性付与。切り札を切らせてもらうわ!」

 

 仲間に切り札まで晒させる羽目になる。

 個性『磁性』、半径4~5mの人物に磁力を付与する。つまり、自身の持つアイテムと合わせて最大強度で発揮すれば……相手を引き寄せ、”浮かせ”、そのまま一撃を入れられる。

 それは麗日の上位互換だ。接触する必要すらなく浮かし、そしてとどめの一撃の威力を強化する。

 1対1なら、嵌った時点でジエンド。だが。

 

「その女は三十路のくせして婚活に必死で、年甲斐もなくはしゃぎ回る女だ。女の幸せ求めて必死なんだよ――傷付けるな!」

 

 虎の強力な一撃が襲い掛かる。マグネはからくも回避したが、それでもその必殺コンボは解除された。

 マンダレイの足が地につく。マグネが舌打ちする。

 

「……おおおおおお!」

 

 自由になったスピナーが折れた腕の痛みを根性で我慢しつつナイフを振るう。

 もっとも、マンダレイは磁力が切れた瞬間に着地。そちらを見もせずにブーツで真正面からナイフを叩き落した。

 ヒーローが身に着けるコスチュームだ。ナイフで切り裂けるような材質でできているはずがない。

 

「ありがと、虎!」

 

 言いつつ、顎にいいのを入れる。

 の、だが――やはりスピナーはまだ意識を持っている。視線がふらふらしている以上、効いてはいるのだろうが。

 これ以上の攻撃は、後遺症すら残る可能性があるゆえためらわれる。

 

「……あは。ちょっとこれ、ピンチかもねん」

 

 そう言いつつも、不敵な笑みを浮かべるマグネ。

 決意したのだ、仲間とともに生き残ると。もはや襲撃した目的などどうでもいい。……ここで彼とともに生き残り帰還することしか考えない。

 実際、この役立たずを切り捨てなければ逃げ出すことも、耐えることすらも厳しいのだが。そこで見捨てるような彼? 彼女? ではない。

 

「やってやろうじゃない」

 

 だから、決意を固めた。限界突破はヒーローの特権ではないのだと。

 そう、ヴィランとて理由がある。守りたい仲間が居る。決して負けられないと奮い立つ心がある。それでも――

 

「いいや。終わりだよ悪党ども」

 

 オーバードライブ、到着。

 無限増殖するトゥワイスを潰し続けたが、逃げられた。しかし与えたダメージは浅くない。後を相澤に任せて、こちらへ来たのだ。

 

「悪に慈悲はないと決めている」

 

 スピナーを一撃で蹴り伏せた。非情にマズい入り方をしただけにピクリとも動かない。次に動くことがあるかは疑問だが、とにもかくにも動きを止めた。

 幸運にも胸が上下している。生きている。

 

「……貴様!」

 

 マグネ、激昂。あれは今、死んでなければ構わないという攻撃だった。病院に搬送されて、まあ1ヵ月あたり生きていればいいやなどと……慈悲もない。

 それがオーバードライブの考え方。オールマイトを尊重こそすれ、考え方は明確に異なった。

 

「お前も寝てろ」

 

 マグネに急所への五連撃。一瞬で意識を奪った。

 

「……オーバードライブ」

 

 マンダレイが呟く。呆れたほどの強さだった。

 しかも、ヴィランへの容赦が一切ない。規則だからやっていないだけで、死んでも構わないと言う意志を明確に感じる。

 

「助かった。さすが特別にヒーロー仮免を貰っただけはあるわね」

 

 とはいえ、そこは考え方の違い。それは違うと思っても口には出さない。生徒なら矯正しようと考えることもあるかもしれないが、オーバードライブだ。

 

「ああ。……相澤先生からの伝言だ。生徒に告ぐ、個性の使用を許可する。全員、生き残れ。とテレパスで皆に伝えてくれ」

「え? ええ、了解……」

 

 普通の教師ならそんな決断は早々に降せない。この場の全責任を自分が負うとの発言に等しいからだ。ただ、彼の性格はマンダレイも知っている。あり得ないことではないと納得した。

 

「そして、敵の狙いが判明した。敵の狙いは爆豪勝己だ。言ってやれや、守ってやってくれってなァ。ハハハハハ!」

 

 飛び出して行ってしまった。

 マンダレイは呆気に取られて。

 

「なんなのよ、もう……」

 

 と呟くが、しかしこの場から動くわけにもいかなくなってしまう。

 オーバードライブの来た方から洸汰が歩いてきた。

 そう、出久は彼の世話をマンダレイと虎に押し付けた。

 

 

 

 なお、出久は爆豪が守られるような奴だとは思っていない。

 積極的に戦闘に行くはずだと、はた迷惑な信頼を寄せていた。そして、集まってきたヴィランを一網打尽だ。

 彼の個性は目立つ。――丁度良い。なぜなら、その殲滅メンバーに爆豪本人も入っている。

 

 まあ、そのあたり相澤先生と考え方は違うが、しかし彼の周辺に戦力を集めておかなければならないのもまた事実だった。

 更に言えば、マンダレイと虎は民間人の保護を優先せざるを得ず前には出れない。

 

 奇襲をしのぎ、反撃の時間がやってきた。イレイザーヘッドにオーバードライブが殲滅に出る。

 

 





 ちなみにトゥワイスですが、大健闘しました。
 自分と荼毘が逃げられただけでも大金星ですが、かなりの時間稼ぎをしています。マスキュラーは調子の乗った末ものの2,3分で倒されたので役立たずでした。
 敵連合の他メンバーが思いのまま行動できたのは、彼が時間稼ぎをしたから。原作では出久君は腕がへし折れてかなり移動に時間がかかっていたはず……


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