緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
麗日お茶子は氷河姫の顔に一撃を入れた代償に全てを失った。
左腕は踏みにじられ、二目と見れない血と皮のなめしものに成り果てた。右手、彼女の個性であった愛らしい肉球は腐り落ちた。
――もう、二度と個性は発動できない。
夢だった父母の建設業を手伝う日はもう来ない。……彼女は二度とものを浮かすことはできない。
いや、それだけではない。彼女は二度と”何か”を掴めることはない。肉球は身体の一部だ。それをなくせば上手く掴めなくなる。というか、そんな傷が残っている人間に重いものを持たせるような鬼もいないだろう。
それが父母ならなおさらに。ああ、なんということだろう。思いやりこそが彼女の夢を阻んでしまう。ゆえに、個性を使えなくても手伝う、なんて選択肢も……”もう”ない。
そして。ああ、恋心を抱いた相手の隣に居たいと願って努力してきた。けれど、腕も、個性も失った者が雄英に在籍し続けられることはない。
あの相澤先生は必ず除籍するだろう。この有様でヒーロー科に残ることがどれだけ残酷か分かっているし、他の”できる”人間はたくさんいる。
麗日はもうできなくなってしまったから。自分も、この有様でヒーローになるなんてことは言えない。
――全て、失った。
それでも、残るものがあるとすればあの言葉。
ずっと聞いてきたあの言葉だけが耳に響く。もう寒さも痛みもどうでもいい。
ただ、胸の奥にくすぶる熱だけが。
「……全ては、勝利をこの手に掴むため」
その熱が全てを焼き尽くす。
英雄の光が全てを焼き尽くし、塵と変える。物理法則など関係ない、そう――全ては”勝つ”ために。
必ず勝つと、誓ったゆえに。
砕けた腕も、身体も、心さえも薪にして劫火にくべよう。全ては、そう……勝利を掴むためにこそ。
「――なんだ?」
殺塵鬼が訝しる。何かを感じた。
「ふん。とうとうイカれたか? 狂ってしまってはつまらん。もう殺すか」
氷河姫はまだ気付いていない。
「FuSHuuuuuuuu!」
麗日の瞳に黄金が宿る。瞳孔がひし形……切れ長に変化し、怪しい光を放つ。まるで魔眼のごとくに。
それは進化。強靭な意思が、個性因子を暴走させて敵に勝てるまで自らの肉体を強化する。
そう、あらゆる全てを犠牲にして、英雄の翼を羽ばたかせる。その疾走の先に死が待とうとも、もう止まることはない。
「……ハッ。……ハッ。……ハッ。――HAAAAAA」
細い呼吸。獣の呼吸だ。
紙のごとくにぺらぺらになった腕が持ち上がる。筋肉が潰れてなくなったそれが動くなど、医学どころか物理法則にすらケンカを売っている。
だが、それは個性因子。物理現象など簡単に凌駕してしまう。
「おいおい、これはマズいんじゃないか?」
「は、臆したか? 劣等ごときが進化など片腹痛い。どれ、さっさと殺してしまおう」
氷河姫が動く。
絶対零度が、人体を完全に停止させて殺すのだ。先までのいたぶるために生きたまま氷漬けにするのではない。絶殺だ。
「SHAAAAAAAA!」
麗日は猫のごとく、跳んだ。
「……なに? っが!」
影のようにしなる左腕が氷河姫の頭を後ろから掴む。
それは人間の腕を越えた『影猫の手』。紙のごとく薄く、自在に伸縮し――異形系に勝るほどの腕力を持つ。そして、獲物を引き裂く爪を持つ。
それだけでなく、そこから発する瘴気までがゼロ・グラビティの効果を持っているのだから。
「SHuuuuuuuu!」
なぎ倒し、引き倒し、叩きつける。
合宿所を無惨に破壊しながら、氷河姫を玩弄して地に壁にと打ち付ける。
そして、地面へ押し付けながら引き連るのだ。それを言うなら紅葉下ろし、顔面を地面で削り取りながら血と皮の痕を付ける。
「はは。なるほど、素晴らしいな。窮地に陥って覚醒するか。……そう、オールマイトのように。とはいえ、仲間を殺されるわけにも行かんのでな」
殺塵鬼が戦線に参加する。
全てを塵に化す紅のオーラと、麗日が血とともに垂れ流す瘴気が激突する。
「FUKAAAAAA!」
影の左手が殺塵鬼を壁に叩きつけた。
どちらも個性の発動、ならば強力な方が勝つ。殺塵鬼は本気を出していなかった。
そして、もう片方。無惨に顔面を潰された氷河姫が起き上がる。合宿所から離れ、森の中で3人が対峙する。
「……おのれ。おのれ、よくもこの私の顔を剥がしてくれたな!? 神に仇なす罰は死すら生温いと知るがいい!」
同じようなことを言っている。
ぶち切れはしたものの、語彙がない。すでにメッキがはがれ始めている。とはいえ……一番怖いのは大きな力を持つ小物だ。
小さな私怨に固執してどこまでも残酷な真似をする。剥がされた顔面だって、すでに治っているにも関わらず。
「覚醒。なあ――だが、様子がチトおかしい。それは本当に、オールマイトを受け継ぐにふさわしいと言えるのかな? 見せてもらおうか」
そして、殺塵鬼は相方を支援する気だ。
2対1、プラネテスを相手に1人で多数を敵に回す意味を麗日は知る。
「SHAAAAAAAA!」
猫のごとく跳び、空中を駆ける。それはUFOじみた異形の動き。自身の重量を0にすれば、宙に浮かぶ破片すら立派な足場となる。
ここは森、生えた木に、破砕されて舞った木の破片と踏み場はいくらでもある。
そして脚力。敵を倒すために進化したジャンプ力だ、今の麗日のスピードは時速100kmを下らない。
「下らん! 調子に乗るなよ下等生物め。その程度の動きについていけないプラネテスではない!」
だが、ハイエンドを超えるプラネテスを相手にすれば、視界を振り切れない。相手の反応速度が人間の限界を超えている。
そして、氷河姫の攻撃は全方位殺戮攻撃。近づけば絶対零度に命を呑まれる。
前後左右に加え、上すらも攻撃範囲だ。離れたところで、一秒ごとに安全圏は狭まる一方だ。
「もう一度見せてみろよ、覚醒と言うやつを。英雄は何度でも覚醒する頭のおかしい存在だろう? 寿命と身体を犠牲にして、もっともっと輝くがいいさ」
そして殺塵鬼。冷気など関係ない影猫の手を伸ばすも、全てこの鬼に撃墜される。範囲攻撃が二人だが、広範囲の殲滅を仕掛けてくるのが氷河姫で、反撃の一点突破を集中攻撃して落とすのがこの鬼だ。
こちらがサポートする形と言えど、それは立派な連携である。
「FUUU! SYAA!」
叫び、息もつかせぬ360度のヒットアンドアウェイを繰り出すも……全て無駄に終わった。こんなもの、雄英の教師にすら耐えられるはずはないのに。
このプラネテスは獲物をいたぶるように彼女を追い詰める。
「絶望するがいい」
「さて、力が足りない。そんな時はどうするんだったかな? なあ、教えてくれよ。
これ以上なく激しく動いているはずなのに、麗日の肌には汗の一つもない。完全に冷え切っていた。
しかし、幾多の赤い氷が貼り付いている。殺塵鬼の与えた無数の傷が氷河姫の冷気によって凍らされた。
硬すぎる牙城の前に手をこまねくしかない。無謀な突撃を繰り返し、そして順当に殺される。
――だが、それを許さない男がいる。
「そんな時はな、仲間を頼るんだよ!」
黒いコートをたなびかせ、オーバードライブが来た。
「……なに!?」
氷河姫が驚愕の声を上げる。
ここはすでに氷結地獄、生きる者など居ないと思っていた。
「貴様がオーバードライブか!? 資格持つ者の力、試させてもらう!」
だが、殺塵鬼の隙は付けない。
彼へと向き直り、その強大な爪を振り下ろす。
「……New Hampusher Smash!」
だがオーバードライブが先んじる。
近接距離において、しかし拳を打ち付けない。0距離空気弾で殺塵鬼の臓腑を抉る。彼に障ることは自殺行為だ、紅いオーラが身を守っている。
「殺塵鬼、どうした!? くそ。どこまでも忌々しい光の亡者どもが! 貴様から死ぬがいい!」
そして氷河姫が全霊の一撃を放つ。
唯一の脅威と認識していたオーバードライブだ、それくらいはしなければ殺せない。彼女の攻撃はどこまでも大雑把なゆえに多少避けた程度ではかわせない。
そして、全力の一撃を放ったオーバードライブは技後の硬直中だ。
「NYAAAAAAA!」
だからこそ、麗日が氷河姫の腕を砕く。
オーバードライブの隣に立つまで、どこまでも飛翔する。なぜなら、彼の力強さはこんなものではないのだから。
「ぬぐ――おのれ、どこまでも憎らしい小娘が!」
氷河姫の注意が逸れた。
「行くぜ。……SMASH!」
ゆえに、オーバードライブは顔面に拳を叩き込んだ。冷気が浸食して皮がはがれたが、まあそこはいつものあれ。耐えればいい。
「――なるほど。ここで手打ちにしようと言っても、聞いちゃくれんよな?」
殺塵鬼がおどける。その動きにはダメージの一つも見当たらない。
「いいや、駄目だ。お前たちはここで壊す」
「FuSHAaaaaaaa!」
二人、意気は十分。
身体はと言うと、すでにガタが来ていたがそこはそれ。やはり根性で何とかすればいい。
「なるほど。……じゃ、やるしかないようだな」
「殺す。……殺す! 貴様らだけは、必ずこの手で……ッ!」
空気が変わる。
――詠唱が始まる。それは世界を変革する詩。それは殺りく兵器が真なる戦略的撃滅兵器へと羽化するための唄。
〈〈天昇せよ、我が守護星───鋼の
絶大なまでの殺気が空気すらも滅却する。
究極兵器は生命など一欠片も許さない。全てを破壊し、壊し尽くすのみ。
〈散りばめられた星々は銀河を彩る天の河。巨躯へ煌めく威光を――〉
〈死が満ちる、死を満たせ、死を
プラネテス。その真なる性能が発揮される、刹那。
「時間です。目的は果たしました。撤退を」
黒霧が回収する。
「……っな!? 待て! 貴様、ふざけるなよ! こ奴らは私が殺すと誓ったのだ! まずは貴様から殺してくれるぞ!?」
氷河姫が激高しながらワープゲートに飲まれる。
「やれやれ。いいところだったのになあ。……お前さんたち、聖戦はすぐそこだ。オールマイトが生きている。そして彼も生きている。精々、乗り遅れんことだ」
殺人鬼はひょうひょうと謎の多い言葉を残して消える。
後に残された二人は、緊張の糸が切れて……
「「――」」
限界を突破した代償に、二人が倒れた。