緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
そして、殺塵鬼。
一番厄介なオールマイトとオーバードライブはデッドエンドが相手をしている。そして、覚醒した麗日は最初の一当てで退場。止めを刺せなかったのは残念だが、戦場に復帰できるほど軽傷でもない。
ならば、後は氷河姫と一緒にいる理由もない。
別れた方が効率的だ。なにせ、獲物はいくらでもいるのだから。
「待て」
だが、邪魔がないと言うこともなく――教師たちが立ちふさがる。
前回は恐怖で動けなかった。だからこそ、修行した。以前は生徒を鍛えるだけで、自らを鍛えることを忘れていた。
今度こそ、恐怖に震える生徒を守るために強くなった。その成果を、今こそ。
「おやおや、前は二人だけだったのにな。ああ、良いな。感動したぞ、ヒーロー達。そうだ、お前たちはヒーローだ。あの時の、動けもしなかった過去を乗り越え……今や勇気を振り絞って俺に立ち向かっている。その心構え、聖戦へ参戦する資格としては十分だ」
だが、その邪魔を殺塵鬼は歓迎するようなそぶりを見せる。
これこそが殺塵鬼。一貫して遠くを見据え、ヒーローたちを選別する。彼が聖戦と呼ぶそれ、オールマイトとオールフォーワンの最終決戦がそれと予想した者が居たかもしれないが。別にそれとも違った。
彼の言う聖戦はまだ始まってすらいない。
「ああ、それでこそ。それでこそだ。そうだろう、ヒーロー殺しは間違っていた。そいつがヒーローを勘違いしていたとして、殺すことが何になる? 教え、導かねば誰も居なくなるだけなんだよ。誰もいない楽園なんて冗談じゃない。だが、俺だって愚かさとしては変わらない。殺すしかなかったんだよ、この鋼鉄の爪と鬼面では……誰かと話すことさえ望めない」
天を仰ぐ。
嘆く声は真実にしか聞こえない。その聖戦に挑むため、人類が勝ち残るために非道を働いてもヒーローたちに強くあるよう促した。ヒーローを襲撃し、一般人を殺して……恨まれ役に徹して成長させた。
「だが、お前たちは違う! 違うんだ! 悪を倒すために立ち上がり、勇気を振り絞ったのだ。そんなちっぽけな個性で、オーバードライブや俺たちのように改造なんかに頼ることなく己の力で。ああ、なんと感動的だろう」
その姿は本当に感動に打ち震えているように見える。
犠牲は悲しく、自分は許されはしないだろう。だが、ここにこうして強くなれたヒーローが居ると彼らを誇った。素晴らしい、と褒め称えて見せた。
「ああ、それを俺の功績とは言うまいよ。勇気も、力も、それはお前たちのものなのだから」
だが、出し抜けに動き出す。
「――しかし、悲しいなあ。力がなければ勇気を胸に秘めようと無意味だ」
破壊の力が立ちふさがった者たちを吹き飛ばす。
それは悲しい現実。ただ立ち上がっただけでは何も成せない。そして、大人であるからこそプルスウルトラなんてできはしない。
寿命を犠牲にした覚醒だなんてことができるほど若くないし、理想に生きることだってできやしない。
紙のように吹き飛ばされて、もう動けない。
「まだだ! まだ戦える人間なら……ここにも居るぞ!」
「「「おおお!」」」
飯田、尾白、佐藤、常闇。4人が教師の後に続いた。
「ああ、美しいな。だが無意味だ」
同じように壁へめり込んだ。そして。
「力なき正義の結果がこれだと、教えてやろう。無力に涙するがいい。……涙を明日に変えるため、今は泣くがいいさヒーローたちよ」
爪の一撃が大災害を引き起こす。一般生徒たちが居る校舎を砕いてしまった。雄英にも戦う力のない生徒はたくさんいる。そもそもヒーロー科自体の枠が狭い、数で言えば絶対的に少数だ。
そんな彼らが居る場所にそんなことをされたのだ、まず間違いなく死人が出た。
「……ハハハハハハ! 何人死んだ? 貴様らの両手から零れ落ちた命は何人分だ? 立ち上がって見ろよ、誰かと救いたいと願うのなら。ヒーローだろうが、テメエらは」
そう、言ってしまえば彼はヒーロー殺しのその先だ。彼はヒーローの失格者を殺して回れば、理想のヒーロー社会を築けると信じていた。
だが、彼はヒーローを育てると言う意味で先を見据えている。ヒーロー殺しのやり方ではオールマイトと他に数人しか残らないのは目に見えている。だが、こいつはヒーローの代わりに一般人を犠牲にする。
そうだ、彼はこう言っている。一般人を殺すから、その悔しさをバネにヒーローとして羽ばたいてくれと。
自分を倒せるようになるまで強く気高くなってほしいと、恥ずかしげもなく夢を見ているのだ。
「ふざけるな! 救えと言いながら、人を殺す! 強くなれと言いながら、これ見よがしに人に危害を加えて見せる。それで憎まれ役のつもりか。自分を倒せるような立派なヒーローになどと、ふざけたことを! ヒーロー殺しも、貴様も! 理想があるのなら、なぜ自分で目指さない!?」
飯田が立ち上がった。
全身から血を流して、満身創痍の身体で――それでも、と。勝ち目などないなど知ったことか、と吠えて見せた。
「憧れたのなら、自分で目指すのが筋だろう! 正しいことと信じるのなら、自分が貫いて見せろ! 誰かに強制するだけして自分は知らんぷりか!? ふざけるなよ恥知らずめ!」
レシプロブレイズ・ハイペリオン……自らの足を焼き焦がしながらも爆走する。砕き、破壊して悪を倒すのだ。
鋼すらも破壊して疾走するその姿はまるで嵐。全てを曳き潰しながら悪を討つ。
「良い蹴りだ。だが、まだまだそれでは俺を倒せない」
受け止めた殺塵鬼の足元で地面が砕けている。凄まじい衝撃だったはずだが、それでも通用しなかった。
鋼すら砕く足は、逆に今崩壊の力に曝されて砕けかけている。
「お前は何だ! オーバードライブは滅茶苦茶だが、理想のために自分で動いていたぞ。だが、お前は違うだろう。人を傷つけ、殺し――その先に何が待っていると言う? ああ、そもそもそういうところだ。あえて言うぞ、貴様もオーバードライブも最悪だ!」
「『自分が信じている』から、そんな理由で法を犯していいはずがないだろうが!」
だが、飯田は諦めない。未来を口にするくせに、将来のことなど考えない。ひたすらに威力を高めて、自滅の道を真っ逆さまだ。
「法を、秩序を! 何だと思っている!?」
蹴りぬいた。
「……」
今度は殺塵鬼が瓦礫に埋まる。
「――ぐう! がっ。……足の感覚が、もう。ない……ッ!」
飯田が膝をつく。ハイペリオンは足のエンジンを焼き溶かしながら爆走する必殺技。ともすれば敵に与えるダメージよりも、自身の傷の方が深くなりがちだ。
ぶすぶすと足から煙が上がっている。全体の3割が火傷すれば重症という医療基準に照らせば彼はもう戦えない。
一刻も早く緊急手術室に運ばなければ二度と立てなくなるのが道理だ。
「法。そして秩序か。なるほど、それは耳に痛い。だがな、聞いてもいいかい? 飯田天哉君……君は秩序が社会の最上位に置かれていると信じているようだが」
なぜか、殺塵鬼は今はとても穏やかだ。
飯田の方も立ち上がれない状況では話に付き合う他ない。口を閉じることは生真面目な彼には思いつかなかった。
「当然のことだ。人が秩序を忘れれば、獣の世界に戻ってしまう。法律は人として守るべき最低限のラインだ。……僕は、それを踏み越える者を人として認めたくない」
「……なるほど、ご立派なことだ。確かに『犯罪をしてはいけません』、『人に迷惑をかけてはいけません』と親に言われたことのない奴は、よほどのクズに育つのだろうさ」
「それを教えずに何が親だ。そいつは、育児放棄か何かだろうが……! ふざけているのか!? そんな親がいるものかよ」
「確かにな……誰でも聞いたことのある言葉だ。子供に言い聞かせる言葉としては上等だろう。だが、君は子供じゃないだろう? 大人とは言えないかもしれないが、悪いことだからと、理由のない決まり事を言い聞かせられるほどの小さな子供じゃあない」
「……何が言いたい? 子供の時にやっていけなかったことが、大人になれば許されると? それこそ馬鹿げている。人の嫌がることはやってはいけないんだよ、子供も大人も関係なく」
「現実の話だよ、天哉君。そう、例えば――君の友達にアルコールを嗜む子が居たりしないかな?」
「――」
飯田の頭には爆豪と出久の姿がよぎった。
「それは裁かれなくてはならないほどの罪かな? だが、大人になれば許される。それに大人であればサービス残業とかいう言葉もあるだろう。それだって立派な法律なのに、守らないことを誇っているのは何も経営者だけじゃない。自分は偉いことをしているかのように話す労働者だっているのさ」
「……確かに、そういう場合もある。だが、それも家族のため頑張っているのなら仕方のないことだろう。理想論だけでは現実ではやっていけないと知っている。僕は理想だけで世界を語るような子供じゃない」
「つまり、現実の前には法など軽視されているんだよ。君にだって覚えはあるだろう? 皆に真面目君とか言われているんじゃないかな。君としては、最低限果たすべき義務を果たしているだけに過ぎないっていうのに」
「確かにそうかもしれない。だが、俺は後悔したことなどないぞ。誰が何と言おうと秩序がなければ人は獣に堕すのだから。何かを言われたところで俺は絶対にやめはしない」
「それで何が得られる? 正しいことをして、何か報われたことがあったか? 認めろよ、現実を。君がそうやって頑張ったところで、結局出来るのは立場の弱い奴に威張り散らすことくらいさ。上の人間には都合の良い奴だと思われているだけさ。本心では馬鹿にされているんだよ、好き好んで損をする間抜けだとさ」
「だとしても……! 僕はやめないぞ。間抜けだと蔑まれようと、法を犯すことは最悪だと信じている。馬鹿を見たとしても! 絶対にこの信念を曲げたりしない。『インゲニウム』の誇れる弟であり続けるために!」
「そうか、お前は素晴らしいな。是非、その信念をこれからも貫いてくれ」
言葉とは裏腹に殺塵鬼が爪を振り下ろす。動けない飯田に待つのは確実な死以外になかった。