緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
氷河姫は忌々しげにつぶやく。
「全て無駄なんだよ。オールマイトは絶対だ。平和の象徴、時代を築いた立役者。アレこそふざけた舞台装置。全てを壊す悪魔だ」
それは敗北宣言か。ぶつぶつと、怯えるように独り言を続ける。そう、彼女にオールマイトと戦う気など一切なかった。口では強いことを言いながら、そいつの心はすでに折れていた。
そう、それは死んでプラネテスとなるその”前”。
「そうだ、奴が人間であるものか。アレは条理を覆す。物理法則など奴の前では意味がないんだよ。どう考えても、戦力で考えればオールマイトは劣勢だった。腕力も、体力も、武ですら奴を上回る猛者を揃えたはずだったのに」
氷河姫はかつてオールマイトに逮捕されたヴィランの一人だった。その美貌で人を狂わせた結婚詐欺師にして、政府の高官すら手玉に取るハニートラップ。
富と名声を求め過ぎたのが悪かった。考えられる限りの贅沢と引き換えに、オールフォーワンと関わってしまった。その最後は、彼の仲間としてなすすべもなくオールマイトに潰されるヴィランの一人として埋もれた
「なあ、世界を広いぞ。エンデヴァーごときでは想像もつかない世界がある。そこでは、奴とて
宙を見つめる氷河姫。その無防備な背中を突こうと、4つの影が音もなく迫る。速い――飯田を優に上回るスピード。
「――このように」
強襲するギガース。オールマイト並みの身体能力を持ち、そして自爆によって敵を追い詰める元ヒーローの狂戦士たちが一瞬にして凍り付いた。
その程度で世界の闇を相手にするなど片腹痛いと氷河姫は嘲笑う。
「なあ、信じられるか? 奴はこんな、敵にあっさりとやられてしまう程度の力で我々を壊滅させたのだぞ。道理に合わない。世界観がおかしい。何かが狂っている。私は、奴に復讐するためにこそ、こうなったのに――」
オールマイトは人を殺さない。だが、見てはいけないものを見てしまったせいで、最後には国連の意向として仲間たちごと処刑された。調査のために解剖され、サンプルとして保存されたその死体が氷河姫になった顛末。それがカナエ・淡・アマツという身の程を超えた栄華を求めた令嬢の人生だった。
だからこそ、オールマイトのどうしようもなさを知っている。栄華も、最新鋭の兵器と裏社会の化け物どももオールマイトの前ではただのやられ役にしかならなかったことを知っている。
「それは、テメエが逃げただけだ。オールマイトに怯えて、尻尾抱えて逃げ出しただけだ。奴は逃げなかった。エンデヴァーは人として最悪だが、それでも諦めない意思を持っていた。なあ、下らねえ反抗期だと思わねえか? 俺は親父に愛されなかったことを恨んでただけなんだよ」
「……何を」
「テメエは好きに諦めてろ。どうせ行方を掴めない神出鬼没も、単にオールマイトから逃げ出していただけなんだろうが。俺は違う、諦めねえ。奴の血が俺にも入っているんだ。……だからこそ、こんなところで何もなせずに死んでなるものか。オールマイトが覚醒すると言うのなら、俺だとて!」
「ふざけるな! オールマイトのような人外が何人も居るものか。人間が覚醒などしてたまるか。人間は死にかけたら弱くなるんだよ、強くなってたまるか! 科学に喧嘩を売るな、物理法則を覆すな! 潔く死ねよ、人間が!」
「いいや。人は誰だってオールマイトのようになれる。夢を諦めず、努力を続ければ……あの後ろ姿に追い付ける! あらゆる全てを犠牲にして昇ってやる! 俺は、エンデヴァーの息子だからな!」
轟、と炎が上がる。
殻を突破した。寿命を対価に捧げ、躍進を得た。力と引き換えに全てを失ったとしても、進むことを諦めないから。
強引な覚醒の果て、死へと突き進むことになろうが構いはしない。……全ては”勝利する”ためならば。
「炎だと、そんなものがこの私に通じると思うな! 思いあがるなよ、人間が!」
その姿に氷河姫は激昂し、本性を晒す。氷河姫の全力が姿を現す。それは決して弱者であろうと油断しない強者の姿ではない。
群がるアリの姿にぶち切れ、恥も外聞もなくやたらめったら力を振るうヒステリー。
『
それは太古の時代の氷河。地球すべてが凍り付き、生けとし生きるものすべてが凍り付いた時代がここに現出する。
そこにあらゆる生命は死に絶え、氷像と化すだろう。残るのは美しき氷の結晶花のみ。
『巡れ、昼光の女神。巡れ、闇夜の女王。
ここに氷河姫の全てが開陳される。
それこそ究極の殺戮兵器の一つ。人類すべてを滅亡させることさえ可能な、その個性は……
『
校舎の生存者全てを殺し尽くす勢いで必殺を放つ。生徒や教師たちをいたぶるために力を抑えていたことなど秒で忘れた。全力の一撃が結界内の全てを覆いつくす。
「それは凍らねえよ」
凍らない。轟のそれは炎と言うにはあまりにも異質。パワーがどうのと言う以前に、これは何か通り抜けているような。
波に波をぶつけても何事もなく進んでいくように、この炎は氷に干渉しない。
「……馬鹿な! 何だ、この炎は。熱を感じない、いやむしろ――」
幻想的な蒼い炎。荼毘の高熱がゆえに青く染まった炎とはまるで違う。それこそ、現実を侵し破壊するような。
「未来を対価に捧げて得たこの新たな個性。……もう俺は『半冷半熱』じゃあない。思えば、母さんには頭を撫でられたこともなかったな。あの人が抱きしめていたのは俺じゃない、自分だったんだ。あの人が好きだったのは結局自分だった。なあ、そんな両親の血を引く俺だって、俺でしかないだろうさ」
独り言ちる。この力は諸刃の刃。もはや両親より長く生きることは叶わないだろう。だが、そんな親不孝もあの両親の血を引き継いだと思えば清々しい。
もう反抗期はやめにしよう。なにせ、もう最大の親不孝をしてしまったのだから。
「コイツは『氷炎』、-1000℃の炎だよ」
これこそ現実をぶち破る最強の力。ただ一時でもNo1に昇り詰めるための儚い力。あと何回戦えるのかは知らない。
だが――プラネテスを潰せたのなら、トップ10レベルを超越したことは間違いなかろう。
「馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な――なんだコイツは。死に瀕して個性がバージョンアップだと!? オールマイトにオーバードライブ、そしてウラビティ。そんな、そんな人間の皮をかぶった化け物が何人も居て溜まるかァ!」
氷河姫は理不尽に叫ぶ。
死に際して覚醒する、強くなるなど冗談ではない。死にかけたから、隠していた力をなりふり構わず使ってしまう、それは普通のことだろう。
だが、この轟という男にそんなものはない。隠していた力など何もなかった。身体の半ばまで凍り付いていたのだ。そこは断言できる。
しかし、今や――感じる力はオールマイトと同質のそれだ。
「現実を見ろよ、氷河姫。ここにこうして個性を変えて見せただろうが」
腕を蹴り砕いた。-1000℃の炎は物質を侵して脆くする。プラネテスの防御能力はエンデヴァーですら突破できないレベルだったはずなのに
その炎に触れれば、焼かれずともガラスのように脆くなる。
「ふざけるなァ!」
氷河姫は全力の力を込めて腕を振りぬく。技術も何もないが、窮鼠の一撃は恐ろしい。それが地面に当たれば余波で結界内の全てが凍り付き、生き残るものなど誰もいない。
プラネテスはパワーだけでもオールマイトのそれを上回っている。
「勝つのは俺だ!」
轟はカウンターで迎え打つ。拳と拳が衝突した結果、両方とも砕き散った。さらに、校舎へ向かうはずだった余波すらも砕け散る。
「……ガアアアア!」
氷河姫は生存本能を頼りに全力を行使する。結晶花を生やし周囲を侵食する。周囲一帯全てを凍り付かせながら、自分は逃げる。
それが氷河姫の姑息な本性。誰かを犠牲にしつつ、自分だけはどこまでも逃げ続ける。
「お前は生き残りたいんだな? それが、テメエの敗因だと覚えて逝きやがれ」
結晶花を身体の至る所に生やしながらも、轟が迫る。自分の命など知ったことではない。動けなくなる致命の攻撃だけ避けて、敵の命を狙う。
追いつき、足を砕き折った。
「ヒャ! ヒィィィィ!」
それでも氷河姫は芋虫のように這いずって逃げようとして。
「下らねえ。今のテメエは最高にカッコ悪いぜ!」
頭を踏み潰した。
「俺は虫けらのように死ぬのは御免だ。オールマイトのように勝どきを上げて、そして死ぬのがカッコいいってものだろうがよ」
真似をするように片腕を上げて、そして動かなくなった。奇跡的にもまだ心臓が動いている。そして、救助活動を続けていたヒーロー科の生徒が必死に駆け寄る。
彼らの治療があれば、命は助かることだろう。
小物2人が退場しました。彼ら二人は最後まで皆が覚醒する役に立ってくれました。(強い奴と戦ってないだけとも言う)
プラネテスが死んだらどうなるか、予想出来ている方もいると思います。