緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
もはや、ヒーローサイドに連携を取れる頭は居ない。雄英生に被害が出たことを追求するマスコミが足を引っ張っているのもあるが、何より根津校長の死が響いていた。世間と言うのは、どこまでも足を引っ張る。
敵への対処以前に民衆への対処を考えなくてはならないし、苦情の対処だけでも多くのマンパワーを取られてしまう。今の雄英には新しいトップを選出する余裕すらない。オールマイトをそこに、と言う声もあるが同僚にはそんな事務能力がないことはバレている。
そして、警察だけでは個性が尖りすぎたトップ10を制御できない。ギガースは決戦を前に爪を研ぐため今は沈黙を保っているが、警察の言うことなんて聞かないのは分かりきっている。闇に葬れば人殺しですら容認するような連中に、法の首輪を嵌めるのは不可能だ。
あとの雑魚などいくら居たところで関係がない。無数の脳無を相手にしては、そいつらを戦力になど数えられないからだ。最低限としての戦力ラインがトップ10、それ以下では死人が出る。
そして、オールマイトは警察によって抑えられた。警察が確保できたのは木っ端を除けば彼だけだった。
「――下らん。ヒーローが
だから、警察の管理から漏れたNo2が先走った。誰の連携も取らず、深夜に泥花市へ突入する。
市の中がどうなっているかは不明だ。なぜか市民が武装化して戦った、相手はどうも”敵連合”らしいと……情報が錯綜している。真実が何一つ分からない。
もちろん、神の視点を持つ読者は何が起きたか分かっている。
しかし、これはミステリーで例えれば被害者が自らアリバイ工作をしたようなものだ。被害者=解放戦線も犯罪者だ。それを知らない登場人物の視点では推理も難しい。
「やれやれ、勇猛なことで。こんな何もわかってない状況で敵の牙城に突入するなんて功名心が過ぎるでしょ」
ホークスがエンデヴァーの後に続く。
”速すぎる男”の異名を持つ者としては、ここで遅れる訳にはいかないと思ったのか。それとも、例え死んでも情報を掴む必要があると、己の死すら計算にかけたのか。
とにもかくにも、自殺行為を行う二名が泥花市に足を踏み入れた。
そもそも、不明戦力の脳無に、さらに行動を予測できない最後のプラネテス・デッドエンドを除いたとして。それでも、雄英襲撃で見せた死柄木の力だけでもこの二名で相手取るには重すぎる。
「知らんな。どんな脅威があったとて、あの男は怯まなかった。今は警察に引き留められているようだが……俺も、悪を前に怯みなどしない」
眼光は前だけを向いている。家族を犠牲にしてもヒーローとして前に進み続けたエンデヴァー。彼だけだ、未だに個性強化訓練を行っている大人は。
今のヒーローに死も恐れない特攻など期待できない。ビジネスとして考えるのなら死んだら終わりだろう。家族や部下が路頭に迷うから、それを選択できない。ヒーロー殺しが唾棄した今のヒーローたち。
「まったく。無駄死にかもしれないってのに、この人は。はい、これ持っておいてください」
通信機を投げる。
「……これは」
「最新式の盗聴器です。位置もモニターできます。飲んじゃってください、それが一番悟られない」
「まあいいだろう」
素直に飲んだ。
「――準備はいいですね? 突入します。音をたてないように」
「当然だ、貴様こそ下手を踏むなよ」
侵入経路は奇しくも敵連合と同じ。小高い丘から、草木に隠れつつ進む。馬鹿正直に道路から侵入しても、カメラは避けられない。
人工のセンサ関連機器は自然には適さない。葉擦れの音、獣の存在――機械を乱す要素が山ほどある。そこに紛れ込めば。、カメラ程度……避けて進むことなど造作もなかった。
市に突入する。見張りはない。
「……なんだこりゃ、不気味ですね。音がない」
ホークスが呆れたように呟く。本来なら敵地でおしゃべりなど下の下だ。だが、人の息吹を残しながらも誰一人として存在しないゴーストタウンは気味が悪すぎた。
夜中にも生活音はある。寝ていても寝息や衣擦れによる音が聞こえてくるものだ。特にホークスはその羽で振動を捉える。なのに、”それ”がない。
「確かにな。熱がない、ここには誰にもいない。だが――」
「中心部に動いてる施設が一つ。トゥワイスの『二倍』と黒霧の『ワープゲート』があれば、どこだろうと脳無製造工場は作れるってわけですね」
「そういうわけだな。……潰すぞ」
「その前に、一つ聞いても? サイドキックを連れてこなかったのは」
「足手まといだ」
冷たく切り捨てた。そういう男だ。今更、守るためなどと言い出せるような男ではない。決死の特攻、サイドキックでは生き残れない。こんな言い方しかできない不器用な男だ。
「やれやれ。ま、俺だけは付き合いますよ。足手まといにはならないんで」
あっけらかんとしたものだ、これから自殺行為を行うのに。何をどう考えても、戦力は向こうの方が上である。
小国がアメリカ本国に殴り込みをかけるようなものだ。末路はどうあっても死以外にはありえないだろう。
それでも退けない理由があるから前進する。特攻ではなく、”勝つ”ために。
「――行くぞ」
向かう、その瞬間。非常事態を知らせるベルが鳴った。本来なら敵地に乗り込む際に、携帯の電源を切り忘れるなど学生でもしないミスだ。
だが、逆に言えばそれをしないと言うことはそれだけ重大な事態であり。つまり脳無の同時多発襲撃の報せだった。
「馬鹿な、なんだコレは!?」
画面を除く。表示される赤い点は呆れるほどの広範囲だった。その襲撃を知らせる光点は一秒ごとにダース単位で消えていくが、それでもなお増え続ける物量。
オールマイトとオーバードライブが全力稼働しても抑えきれない”数”による攻撃。一山いくらのヒーローでは、例えちょびっと身体能力を強化しただけの個性も使えない下級脳無であろうと倒すことはできないと言う事実。
その襲撃は、ただただ一般人の被害を増やすためだけの浪費だった。決戦には使い物にならない雑魚を大量にバラまいて。
それこそが侵入に対する報復だった。ヒーローとしては、このまま本拠地に突入などできはしない。今襲われている誰かを助けなければ。
「手分けするぞ! 近い場所から脳無を潰す!」
エンデヴァーは弾かれたように飛行して、被害地へ向かおうとして。
「もう行ったか。さすがは速すぎる男」
すでにホークスは向かっていた。自分も、加速しようとした瞬間。
「おいおい、もう行っちまうのか。もう少し観光していけよ。ヒーローは
青い炎が降ってきた。
「……ッ! 貴様は、確か敵連合の」
反射でかわし、炎で反撃しつつも誰何する。
「ハハハハハ! 覚えててくれねえか。寂しいなあ、俺は荼毘さ。同じ炎使いだろ? そして、アンタと同じく使いすぎれば己が身を焼く個性だ。覚えといてくれよ」
建物など構わず、それごと焼き潰す。その超高範囲攻撃に避ける場所など残っていない。使いすぎれば、などと言う割にセーブする気が微塵も見えない。
「ならば、その使い方は下手に過ぎるな。個性はばらまけばいいと言うものではない」
エンデヴァーは最小限の力で相殺する。
出力は向こうが上、それなら経験で上回ればいい。漏れた力は周囲を破壊するが、すでにゴーストタウンだ。守る価値などない。このまま無駄打ちさせればすぐにガス欠する。
「ヒャハハハハハ! どうだ、この力は!? こんな使い方をしても、アンタを上回れるんだ。素晴らしいものだなあ、プラネテスってのは!」
だが、そんな馬鹿げた力を使い方をしても一向に底が見えない。挙句の果てにエンデヴァーの方が限界を感じる始末。
そう、それこそが氷河姫の心臓がもたらす力。彼女の遺骸を解体し、自らの身体に埋め込み――新たな力を得た。
「おのれェ!」
我慢比べでは勝ち目がないことを悟ったエンデヴァーが、被弾を覚悟で攻撃範囲から逃れる。
多少の傷を負ったが、それ以上に厄介なのは相手が炎属性であること。熱が籠って抜けやしない。エンデヴァーはまがうことなく炎属性、だが同じく炎を相手にするのは苦手であった。
火力で勝てないなら機動力で、と空を駆ける。
「いいねえ、次は追いかけっこかい? 試してみろよ、俺は全てにおいてアンタを上回る。何であろうと、負けはしない。……もう」
荼毘も同じように足から炎を噴出し、空を駆ける。以前であったら、それこそ足から焼けていた。彼はエンデヴァーと違って炎への耐性がないから。
己を噛めば自らの毒で死ぬ蛇のように、己の個性により焼け爛れる。しかし、今や氷河姫の心臓が身体を氷点下にまで冷やしているのだ。もはや、持久戦に弱点はない。……皮肉にも、それこそがエンデヴァーの目指した最終形。
「――なんだと!? こんな力、以前には……!」
エンデヴァーとしてはたまったものではない。予想していなかったわけではない。彼らのボスは現れるごとに修業とは別次元で強くなった。ならば、部下も――とは自然ではあろうが。
しかし、何の苦労もなく敵が強くなるなんて考えたくはないだろう。相手にするなんてもっと嫌だ。一つしかない自分の身体をいじくりまわして不法に強くなるなど……
「どうしたどうした!? この程度だったのかよ、アンタ」
ぐい、と顔を寄せた。攻撃もできたはずなのに、荼毘はただ煽るだけだ。こちらのことを舐め腐っている。
空中機動でそんな余裕さえあるとは、と――癇に触れたエンデヴァーは加速する。
「俺は誰にも負けん! 貴様ごときの力で俺を負かすなどありえん!」
「そうこなくっちゃ面白くねえ!」
だが、現実は非情。エンデヴァーは、あらゆる面について努力をし尽くしている。経験差は歴然だ。コーナーがあれば1秒、ターンならば3秒速い。うまく自らの身体を操って、芸術的なまでの空中機動を見せた。
「おいおい、そんなもんかよ。やっぱりこんなもんか。悲しくなるくらいに弱っちいね、天然物ってものは」
しかし、荼毘は直線距離で5秒は先を行く。暴力的なまでの軌道なのに、結果的に速いのは彼だ。ジグザグ飛行をしながらも、攻撃を当てている。うまい訳ではない――広範囲に、かつ連撃で。つまり数うちゃ当たると言うやつだ。
対するエンデヴァーは攻撃をする余裕もないと言うのに。もはや飛行するだけで己の身体を焼いていく始末だ。
「おのれがァ! 吹き飛ぶがいい。『プロミネンスバーン』」
戦況を見るに完全に負けているエンデヴァーだが、彼こそ歴戦錬磨。わずかであろうと隙さえあればそこを突く。
荼毘の意識が飛翔に向かってエンデヴァーから切れた、その瞬間に攻撃を叩き込んだのだ。
「おいおい、抜け目ねえな。じゃ、次は耐久力勝負と行こうか」
だが、攻撃を喰らった荼毘には痛みを感じている様子はない。パチリと指を鳴らす。炎熱の津波、強烈な反撃がエンデヴァーを襲った。建物を巻き込みながらも墜落し、火傷痕を晒す。
立ち上がろうとすると足が震える。耐久力勝負であろうと、負けは確実だった。同レベルの負傷……しかし荼毘の傷は既に凍り付いてふさがっている。
「……ッ! まだだ!」
震える足に叱咤を入れ、飛び上がる。上へ、上へと――遥かな天空めがけて飛び続ける。それは天を目指す高度勝負。
「最後は高さ勝負か。だが、そいつも――」
荼毘もまた追いかける。空気が薄くなってきた。薄い大気、身を切るような凍える空気。息が吸えない。
そして……
「俺の勝ちだな」
勝負をかけた”高さ”ですらも敵わない。ノーマルな人間が、改造された人間に負ける。才能の差以上に、それは現実の”性能”の問題だった。
基礎そのものが違うのだ。走りにおいて人間が犬に勝てないように、人間はプラネテスに敵わない。
「――馬鹿な」
だからこそ、遥か上から見下ろされるエンデヴァーとしてはそれ以外の言葉がない。
彼はオールマイトではない。逆境の中、天空を目指して努力し続けた一人の人間。……であるからには、覚醒など望むべくもなく。
実力差のある敵には、順当に負けるのみ。
「こうだったかな。『プロミネンスバーン』」
遥か上空の敵が、皮肉気にガワだけ真似た必殺技を放つ。エンデヴァーにこれをどうにかする手段はない。
更に高く飛ぶ術はなく、反撃したところで諸共に焼き潰されるだけ。
「うおおおおおおお!」
撃墜されて地に堕ちる。
「はは。いい気味だ。……む?」
落ち方が速すぎる。それに落ち方も、なんだか――
「――逃げる気か、エンデヴァー!」
調子に乗って上昇しすぎたから、追い付けない。荼毘は激昂する。奴はこのまま逃げる気だと悟る。この泥花市から逃がせば追いかけることはできない。
それこそ、古来から由緒正しき吊り戦術だ。一人でヒーローの巣窟に突っ込むことはできない。ここで追いかければ袋叩きにされるか、それともオールマイトが来るか。どちらにせよ、してやられたことには違いがない。
「だが、貴様のその無様な姿は世界中が見たぞ。エンデヴァアアアア!」
叫んだ。
そして、彼は脳無殲滅に加わった。そもそもホークスはすでに殲滅戦に加わっている。敵連合幹部を潰すことに意味がないとは言わないが、今やるべきことは市民の保護。ヒーローとして誰かを守ることだ。
――だから、後になって叩かれた。
マスコミ、世間……大バッシングだ。もしかしたら叩くことが至上命題である彼らにとって、オールマイトの復活はフラストレーションが溜まるものだったのかもしれない。
ゆえに鬱憤を晴らすかのように、バッシング一色だ。脳無殲滅に加わった事実は奇麗に無視された。
ただ、敵連合に撃ち落とされ逃げたことだけがクローズアップされた。
更には家族関係のことまで持ち出され、ヒーロー以前に人間失格として私生活が大々的に報道された。
エンデヴァーにとって、地獄の季節が始まった。