緑谷出久の限界突破(オーバードライブ) 作:Red_stone
世間から叩かれ、茶の間の話題を独占しているエンデヴァー。普通であれば家族は父を守るものかもしれないが……息子二人に、そんな気は毛頭ありはしない。
そして、頼りの綱の娘といえば。唯一かばってくれそうな彼女も私生活でマスコミに付きまとわれて憔悴してそんなところにまで気が回らない。
仕事にならないレベルまで迷惑がかかっている。マスコミが取材先に遠慮するなどありえない。彼女は小学校の教師をしているのだが……記者に怒鳴られ子供が泣き出した。イタズラをしに行った子供が突き飛ばされて怪我をした。
上からそれとなく、しばらく学校に来ないでほしいとまで言われる始末である。
「「「「……」」」」
せっかくの、家族そろった食事なのに会話はない。
冬美の手料理が出てくるはずだった机の上には冷めた出来合いの品が置かれている。作る気力もなくなってしまった。
テレビも消して、皆無言で食べている。
「……焦凍。醤油を取ってくれんか」
「……」
完全に無視されている。
「なあ、焦凍」
「……」
冬のように冷たい食卓だった。
「はい、お父さん。お醤油」
「ああ」
娘が渡した。
「……チ。自分で取れないくせに礼もないのかよ」
夏雄が吐き捨てた。
「むう」
「放っておけよ、礼も言えない奴なんだろ。ヒーローやってるくせにな」
焦凍もまたゴミのようなものを見る目を父に向ける。
「――なあ、冬美。困ったことはないか?」
「え? なに、突然……」
彼女は戸惑うだけだが。
「そりゃ、犯罪者から逃げるような父のせいで勤め先に迷惑がかかってるのが困ってることだろ」
「こういうときに普段の態度が大切になるもんだな」
二人の息の合った口撃に、エンデヴァーとしては身を縮こませるしかない。職場ではブイブイ言わせていたのが、今ではこれだ。
報道をきっかけに、父の権力が崩れればこんなものだ。
息子二人はずっとずっと、不満をためていた。娘の方は、こんなときこそ父の力になるべきだと思うのだけど、男どもは取り付く島もない。
「……やめてよ」
冬美が震える声を出した。
どうしてこうなったんだろう、と目の端から涙が零れ落ちる。昨日までは今が最悪で、少しはどうにかならないものかと思い悩んでいたものだが……最悪の底が抜けてしまえば声を出して泣く気力もない。
「みんな、なんで仲良くできないの? おかしいよ、今一番苦しいのはお父さんなんだよ。なんで気遣ってあげられないの」
さめざめと泣き出してしまった。
「……」
夏雄は顔を伏せる。
「悪いな、冬美姉さん。俺は父さんのことが嫌いだ。だから、態度を改めることはできない」
「――」
答えはない。しくしくと静かに泣き続ける。
「……焦凍!」
エンデヴァーがけんもほろろに扱われているが、父さんと呼ばれるのも久しぶりだからか嬉しそうな顔をする。
「ああ、そうだ。後で話ができるか、父さん?」
「ここではできない話か? 分かった、時間を取ろう」
頷いた。そして煉獄のような冷たい空気の中、腹の底が冷えるような食事を詰め込んだ後。二人は縁側に居た。
エンデヴァーは腰を下ろし、焦凍はあらぬ方向を見つめている。
「……父さん。お互いに酷い有様に成り果てたものだよな」
「焦凍?」
目には光がない。これがヒーロー家庭と言われても頷ける者はいないだろう。むしろ、この空気は暗殺者一家と言われても不思議はない。
どこまでも重苦しく、そして互いへの思いやりが欠片もない。
「今まで俺はアンタのことを父とは呼ばなかった。酷い反抗期だな、恥ずかしくなるよ。自分に優しくしてくれる父親が欲しかったんだな。下らないな、愛を求めていたんだ――ガキみてえだな」
「確かに、俺はお前を厳しく育ててきた。度を越したトレーニングを施し、時には殴ることや蹴ることもあった。……だが、それも全てはお前のため! お前にNo1になってもらうためだ。愛していなかったわけじゃない。俺は、お前のことを――」
そう、愛がなかったわけではない。
疑うなら真実を暴く個性でも連れて来ればいい。自信をもって答えよう、愛していたのだと。
「あんたがどう思ってるかなんて、今更興味などないんだ、父さん。あんたは俺に優しくしてくれなかった。それが全てだ、父さんの中で俺がどういうことになってるかなんて興味がないんだよ。だって、どう思うかなんて、互いに聞いたこともない父子だったろ? なあ」
だが、息子は冷たく切り捨てる。伝わらない愛に何の意味がある。……憶えているのは厳しく修行をつけられたことのみ。
愛の鞭などという言葉を受け入れられるほど大人ではない。愛などと言う言葉を免罪符になどさせない。――自分はただ、父に優しくされたかっただけだった。
「……俺はそんなこと思ってたわけじゃない。違うんだ、聞いてくれ。焦凍。……悪かったと思っている。お前にヒーローの道を強制したこと。お前だって目指してくれていると思ったから、俺は」
「俺は待ってたんだ。八歳と九歳と十歳。十二歳と十三歳のときも待っていた」
唯一の11歳のときも、冬美に言われて無理やり渡されたものだった。オールマイトの刺繍が入ったハンカチは、今も机の奥に大切にしまわれている。
「何を……?」
「誕生日プレゼントだろ」
「――」
違うんだ、と言おうとした。軟弱だ、と渡せなかった。オールマイトを超えるためには、そんな弱さは残せなかった。
だから、ずっとそれはあった。書斎の一角に、渡せなかった誕生日プレゼントが積まれている。忘れてなど、いなかった。
「今は待ってない。もうガキじゃないんだよ」
「……」
エンデヴァーは何も言葉を言えない。
「だが、大人にはなれそうもねえな」
「……ッ!?」
それは二つの意味がある。両方とも、エンデヴァーには伝わっている。家族として心を想うことはできないが、犯罪者の心理状態を把握するスキルは持っている。
だから、”それ”も分かった。それは心の余裕をなくして犯罪に走る人間と同様。明日も知れない刹那しか生きられない追い詰められた者の目だ。
「アンタを許せるほど俺は心が広くない。そして、心を育てるだけの時間も残っちゃいないのさ。アンタも親だ、健康診断の結果は見ただろ?」
雄英襲撃後に丁寧に診られた。とくに彼は、意味の分からない進化をして個性が変化し、そしてその変化した個性も意味が分からないものだった。
大体冷たい炎って何だ? -1000℃など、物理法則に反しているだろう。
その代償は凄まじい。何が起こったかなど1割も分かっていないのにもかかわらず、寿命が短くなったのだけは確定している。現代医学も、リカバリーガールの個性も通じないほどに身体はボロボロになっている。ガンの末期症状もかくやという有様だ。
「あれは……! だが、ゆっくり休めば」
目を逸らす。エンデヴァーも人の親、息子の余命が宣告されれば動揺もする。そして、そんなときにどんな顔をしていいかもわからない。
使い続けなくとも明日も知れない身体、しかし今更止めることだってできやしない。そんな、気遣いうような言葉など吐いたことがなかったから。
「無理だな。俺の身体だ、俺が一番よくわかっている。もう持たねえよ」
「……馬鹿な」
失意の底に沈むエンデヴァー。
自業自得と呼ぶには、それこそ勝手が過ぎるだろう。平和の象徴を目の前に、ヒーローとして努力を続けたエンデヴァー。
それでも超えられぬと思い知らされて、息子にその想いを託した。憎かったわけではない。全ては息子にためにと信じて、厳しく修行を科し甘さを許さなかった。
傷つけて、苦しめて楽しんでいたわけではない。それは、ただただ高みを目指していただけだったはずなのに。
最後は、その息子は数年で死ぬ。
「――ハハ。その顔いいな、笑えるぜ」
「焦凍! お前は……いいのか? 俺を憎んでいないのか?」
「憎む? なぜだ。こうなったのは俺の勝手だ。まあ、愛する家族とやらが居ればこうはならなかったのかもしれんがね。父さんは勝手にやればいい。俺も勝手にやらせてもらう。それだけが言いたかった」
「……そんな。焦凍」
これはダメだと思い知る。
病人にとって一番重要なのは生きる気概を持つこと。弱者への支援もヒーローの仕事、生きる気概を無くした者から死んでいくのを見てきた。
焦凍も、身体内部の奥底からボロボロになった重病人だ。
「俺は好きに生きて、そして死ぬ。オールマイトにも勝ってやるよ。……あんたも、好きにやればいい。今のアンタは見てられねえんだよ、マスコミなんて無視しちまえ。そんなものを気にする父さんじゃなかっただろ」
背中を向け、建物に入る。答えを聞く気はなかった。
「――」
エンデヴァーはそんな息子にかける言葉も見つからない。ただ、背中を見つめるだけだ。何か言いたげでも、意を汲むなんてことやったこともない父子だった。
そして、そこで終わるはずの会話は。
「うわあああああ!」
長男の情けない悲鳴によって継続することになった。
「父さん!」
「ああ、敵だ! 向こうに逃げている。俺が追う、お前はここに居ろ」
飛び出して行った。
「――見つけたぞ! 夏雄を離せ!」
敵に向かって炎を放った。